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by morristokenji

どこへ行く官製「春闘」—労線統一の功罪―

 春闘の季節である。和製英語にもなり、広く国際化した日本の労働運動の象徴だった春闘です。

 しかし、90年代からの長期デフレの波に呑まれ、次第に春闘の影も薄れて、日本の国内でも話題にもならなくなっていました。それがアベノミクスと結びつき、企業というよりも、政府主導の官製「春闘」として、賃上げが推進されようとしています。アベノミクスの尻に企業も、連合も付き従いながら賃上げが進められる、むかしの春闘からは想像もできないような春の行事が繰り広げられています。

 昔から春闘による賃金上昇は、中央大手の大企業中心、労働組合も大手民間単産を中心に進められてきました。鉄鋼や重機、造船などの基幹産業大手の賃上げが先行し、それが官公労、さらに中小企業の賃上げ交渉に波及し、その年の春闘相場を引き上げる仕組みで、これが日本の労働運動の春闘方式として定着してきたのです。アベノミクスの官製「春闘」も、2014年度は大企業の賃上げは90%を超えているのに、中小企業は約65%に止まっている。定期昇給のベースアップに結び付いたのも、大企業では46%に上ったものの、中小企業では23%に過ぎなかった。官製「春闘」もまた、アベノミクスの格差拡大を増幅しているだけのようです。

 では、長期慢性デフレの中で、雇用は不安定を続け、また賃金上昇も儘ならないにもかかわらず、春闘が黄昏を迎えて、影が薄れてしまったのは何故か?いろいろ理由が挙げられますが、その根本の理由は、もともと春闘方式が高度経済成長、景気拡大への便乗型であった、という点が大きいと思います。春闘は、1950年代(54-5年の単産共闘会議)から始まりましたが、それが定着したのは60年代以降の高度経済成長であり、「岩戸景気」から「いざなぎ景気」と続く大型景気の上昇に雇用拡大と賃金上昇が結びついたのです。
 
 さらに春闘という方式が生まれたのは、労働運動の経験から定着したとも言えますが、もともと若年労働力の賃金が安い年功序列制が継承され、新規学卒の労働力の採用と賃金決定をバックに、賃金相場の決定が行われたからでしょう。当時、日本経済の高度成長にとり、「金の卵、ダイヤモンド」ともてはやされていた、中卒や高卒の新規学卒の雇用拡大と賃金相場のアップを梃子として、その賃金上昇を大企業から中小企業、官公労などに全面的に拡大展開する賃金交渉の方式、これが春闘方式にほかなりません。
 
 日本の高度成長経済は、周知のとおり重化学工業の発展拡大を基軸としてきました。京浜・中京・阪神の3大工業地帯とその延長の太平洋ベルトに、重化学コンビナートを建設する。そこに、戦後新たに開発された中東アラブから安価な石油など、輸入基礎資源素材型の産業を張り付ける拠点開発方式です。さらに続いて、電気・自動車などの高度加工組み立て型の産業が、内陸工業団地の開発により拡大しました。この基幹産業部門の発展に必要な労働力ですが、戦後の6・3制の学制改革で義務教育となった中卒、さらに高卒、そして大学進学へと上昇拡大する学歴社会とともに、新規学卒の労働力の雇用拡大によって確保されました。しかも、この新規学卒の労働力が、東北などの農村部には、戦前からの農村の次三男として過剰人口のプールに横溢していたのです。この豊富な労働力が、しかも安価な低賃金で利用できる。これが年功序列賃金,さらに終身雇用制の前提だった。
  
 戦前から、出稼ぎ女工を利用した繊維産業など軽工業部門に対して、軍需産業とも関連し徐々に発展し始めた日本の重化学工業部門の労働力は、伝統的な職工制度により支えられてきました。若年層の低賃金を基礎として年功序列型、そして終身雇用制、さらに企業内教育(JT)制度など、男子労働力を中心とする雇用が確保され。正規雇用の本工を占めてきました。日本型経営と呼ばれる①年功序列型賃金②終身雇用制、それに③企業内教育とともに企業別労働組合、この3点セットこそ戦後の重化学工業化の高度経済成長を支えてきた。中卒から高校進学、そして一流大学から一流企業への就職のエスカレーターに乗り、企業の終身雇用で定年まで無事に勤め上げ、その後は隠居して孫の世話、これこそが日本のサラリーマン人生の生涯物語でした。

 しかし、1980年代のバブル経済崩壊により、日本経済の高度成長は終わりました。高度成長便乗型の春闘も終焉ですが、ここで日本経済の潜在成長力の停滞は、日本型経営を支えてきた①、②、③が維持できなくなった。とくに①と②を支えていた豊富で安価な若年労働力が減少してしまったことが大きい。そのため、もともと若年層の低賃金を前提条件として成立していた年功序列型賃金が維持できない。だからまた終身雇用制も制度疲労を起こすし、企業内教育や企業内福祉も行き詰る。企業別組合の影響力や組合員数や組織率の低下も、そこに根本の原因があるのでしょう。そして、正規雇用の正社員中心の企業別組合の組織と運動の限界が露呈してしまっている。春闘の黄昏は、単に賃上げ闘争の問題ではない。日本の労働組合、そして労働運動そのものの地盤沈下に他ならないと思います。
 
 戦前の重化学工業でも、本工の社員労働力とは別に、臨時工や季節工、社外工などが雇用されてきました。また、戦後の高度成長が進む中で、若年労働力の不足に対して、女性の労働力のパートや学生などのアルバイトなどの労働力が利用されてきました。しかし、それらの労働力は、正規の労働力に対する、あくまでも補完的、補助的な意味しかもたず、正規雇用は上記の①、②の賃金体系と雇用形態であり、正社員の労働組合中心だった。しかし、日本の高度成長が行き詰まりを示し始める1970年代の終わり頃から、そして80年代から「非正規雇用」が大きく問題にされてきた。非正規雇用には、アルバイトやパートタイマーも含まれますが、問題の中心は派遣労働者の問題でしょう。85年には,派遣労働者の保護を目的にした「労働者派遣法」が制定され、派遣型労働力がバブル崩壊から長期デフレの中で急速に増加しています。

 周知のとおり、すでに派遣労働者を中心に、雇用労働者の4割近くが非正規雇用であり、もともと非正規の多かった女性労働力は、半数以上が非正規雇用です。半数を超えたら、正規と非正規の区分も、非正規が正規になり、正規が非正規に分類される、分類の呼称変更も必要でしょう。今後、女性労働力の雇用がさらに増え、正規雇用の高齢者の退職が進めば、日本は非正規雇用が多数派となって、終身雇用や年功序列賃金は、一部の特権的な労働貴族や特別の公務員労働者の既得権に過ぎなくなってしまう。すでに、そうした構造的変化が進んでいるし、この構造変化を踏まえて春闘を考え直し、さらに労働組合の組織や運動、すすんで労働運動そのものを根本的に再検討せざるを得ないと思います。

 そうした再検討による労働運動の再生への努力を抜きに、ただ賃上げ欲しさにアベノミクスの成長路線の尻馬に乗った形で官製「春闘」を続けることは許されません。正規と非正規、大手と中小、さらに中央と地方など、賃金の格差拡大を助長するだけです。さらにまた、すでに戦時体制にモードが切り替わったかのような安倍政権の下では、いつ国民総動員体制による、強権的な賃金統制に転換するかわかりません。官製春闘は、そうした強権的賃金統制への布石と地ならしの意味をもっていることを忘れてはならないのです。

 

 
by morristokenji | 2015-04-03 11:24