森のミュージアムの最新情報<研究ノート>を分離


by morristokenji

カテゴリ:未分類( 134 )

 米トランプ政権の誕生は、敗戦直後の日本を思い出させるような価値観の混乱を引き起こしているようです。神国日本の勝利を信じていた国民大衆は、敵国のアメリカから占領政策として押し付けられた「自由と民主主義」の理念と価値観を受け入れられないどころか、先ず民主主義が理解できない。小中学校の教師が、我々生徒に向かって「先生も民主主義が解らないから、皆で一緒に学びましょう」昨日までの軍国主義者の苦衷を、弱々しく訴えていたのを思い出します。教室から生まれる「手作り民主主義」の誕生でした。
 この「自由と民主主義」の価値観により、戦後日本は国民的統合が維持され、また外交など対外関係も進められてきた。また、「自由と民主主義」を党名に掲げた自民党の政権支配も続いてきた。そうした価値観に真っ向から対立するようなトランプ大統領が出現し、暴言・放言が連発される。大統領就任と同時に、いち早く自由貿易を象徴するTPPからの離脱、さらにその前提となるNAFTAの見直しを始める。そればかりか、合衆国として「民族のルツボ」の移民国家であるにもかかわらず、イスラム圏7カ国からの入国制限を強行し、内外の亀裂が拡大して民主主義の危機を招いています。
 トランプ革命は、「自由と民主主義」を踏みにじり、アメリカや世界をどこにに持って行こうとしているのか?戦後70年、いま日本人の多くは、再び敗戦時に似た価値観の喪失と将来への不安に陥っているのです。トランプ革命の行方を考えてみたいと思います。
 
 敗戦で先勝国アメリカから降ってきたような「自由と民主主義」も、今日まで多くの紆余曲折を経てきました。当初は、占領軍による敗戦国の統治のための「自由と民主主義」だった。占領政策の名のもとに、教科書から神国日本の説明や戦闘機の日の丸の写真に墨を塗って、それらを消去する作業から開始されました。占領軍の権力的な強制であり命令だった。また、戦後の民主化政策として農地改革、財閥解体とともに容認された労働組合のストライキ権も、マッカーサーの命令で1947年2月1日のゼネストは圧殺されてしまいました。占領軍の政策のための「自由と民主主義」に過ぎないことを、我々は身をもって学んだのです。
 この占領政策が終わらない中に、1950年6月25日、朝鮮動乱が勃発した。同じ戦勝国であり連合国として占領に責任を持っていた米ソが対立し、共産党政権が誕生したばかりの中国も参戦した。東西冷戦時代の開幕です。占領下の「自由と民主主義」は、アメリカを中心とする西側陣営を組織的に統合するイデオロギーに代わったのです。東の世界は、戦勝国そして連合軍を構成していたソ連を中心に、プロレタリア独裁による中央集権的な指令型計画経済の組織体制でした。東西二つの世界が、ベルリンの壁を挟んで真っ向から対立し、異なる価値観によりそれぞれ組織的に統合され、軍事的にも睨み合う。この冷戦状態が1991年のソ連崩壊まで、約半世紀の長期にわたり持続した、まさに異常な時代だったのです。

 この異常な時代の幕開けの時点で、冷戦体制の構築を加速させるためのサンフランシスコ講和条約が、日米安保条約とともに締結されました。1951年9月8日、朝鮮戦争がまだ停戦をみない時点での講和であり、占領状態の異常な終結だった。当時、単独講和か全面講和か、日本では国論を二分する激しい対立が起こり、大学はゼネストで単独講和に反対しました。単独講和論、それは連合国による占領を終わらせ、早期に米国を中心に西側陣営の構築を図る、そのためには東のソ連、中国に対する最前線基地の防塁として日本列島を利用し、日米安保条約の締結を急ぐための講和条約だった。それに反対する全面講和論は、朝鮮戦争は無論のこと、冷戦構造にも反対して、中ソとも講和条約を結び、領土問題や賠償問題も全面解決して、第2次大戦の戦後処理の完全解決を図る主張でした。
 世論の動向もあって、全面講和論は敗れ、単独講和と日米安保条約が成立、日本はアメリカを頂点とした西側陣営の「自由と民主主義」の陣営に組み込まれました。しかし、同時に単独講和だったために、中国は会議に招待もされず、ソ連は講和条約に反対し、朝鮮半島は戦闘状態、そのため単独講和は「片面講和」だった。そのためにソ連の北方領土をはじめとする竹島、尖閣、沖縄などの領土問題を、今日まで未解決なまま残すことになってしまった。その点で領土問題は、サンフランシスコ条約と日米安保条約の後遺症であり、負の遺産として今後も残り続けることになります。

 東西冷戦体制の中で、日本は「自由と民主主義」の価値観で西側陣営の一員になりますが、この「自由と民主主義」も、あくまで冷戦体制のもとでの価値観に過ぎない点が重要です。そこで冷戦体制ですが、世界大戦の戦争状態、つまり「熱戦」ではない。しかし、東西の両陣営が軍備を拡張し、不断の軍拡競争を展開する体制です。そもそも冷戦が、アジアでは朝鮮戦争の勃発で始まり、その中でサンフランシスコの単独・片面講和条約が結ばれて出発した。だから冷戦の下で朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争など、世界大戦のような全面戦争は回避されたものの、局地戦争、部分戦争が世界各地で次々に勃発したのです。だから「自由と民主主義」もまた、単なる市場の自由な競争だけでなく、局地戦争、部分戦争とセットだし、抱き合わせだった。
 したがってまた、冷戦体制は安保体制の構築と維持が不可欠だったし、冷戦体制下で米・ソの核開発競争が展開されました。第2次大戦の終結が、広島・長崎での原爆投下によるものであった以上、戦後の冷戦体制の下での安全保障もまた、核の抑止力によらざるを得ない。東西冷戦は、米ソの核の傘のもとに、二つの陣営が組み込まれて対立する構造だったわけです。実際、冷戦は米ソによる核開発、核拡大の競争であり、両陣営の対立だった。もちろん原子力開発は、第二次大戦中の軍事利用、米の「マンハッタン計画」として進められ、1945年7月に原爆実験が成功した。それを利用して8月に広島、次いで長崎に原爆が投下され、日本の無条件降伏により第二次大戦は終結した。しかし、核開発は終わらないのです。

 戦後の冷戦体制は、戦時下の軍事主導による核開発によって構築されたといってもいい。アメリカは、原子力開発の歴史をスタートさせた国であり、冷戦下の核開発競争をリードしてきました。上記の原爆製造に成功の後、軍事利用の目的で核燃料製造のための巨大施設が建設され、さらに巨大科学の研究開発システム、さらにまた多数の民間企業の参加・協力体制も構築されたのです。文字通りの「産軍複合体制」です。しかも、ヨーロッパではベルリンの壁、北東アジアでは朝鮮戦争による38度線で東西二つの世界に分断された。ソ連もまた、間もなく第1回の原爆実験に成功し、米ソ、東西の核開発競争が始まります。米トルーマン大統領の水爆実験(1952‐3年)が行われ、米ソの核軍事力の拡大競争はエスカレートし、53年にソ連の水爆実験も成功しました。この時点で、米ソ双方で約4万発の核爆弾を蓄え、飽和状態に達した、とも言われています。
 1953年、アメリカ大統領アイゼンハワーが、国連で有名な「Atoms for Peace」原子力平和利用を提案しました。すると翌54年には、ソ連がモスクワ郊外の原子力発電所で5MWの発電を行うなど、熱戦のための原子爆弾の製造から、冷戦のための平和利用で原子力発電が開始されます。しかし、米ソの核開発競争は、産軍複合体制の下で平和利用の名のもとに、原爆から原発の開発競争に拡大を見ることになったのです。その点で、冷戦体制の下で、熱戦の原爆と平和利用の原発は、まさに表裏一体であり、核軍拡と結びついて原発の開発競争が始まった事実を忘れてはならないでしょう。とくにソ連は、ちょうど100年前のロシア革命以来、いわゆる「国家社会主義」の集権型計画経済として、国家独占型の電力事業により社会主義を建設し、工業化を推進してきた。
 
 すでに指摘しましたが、レーニンは1920年12月、第8回全ロシア・ソヴィエト大会の報告で「国内の敵は、小経営のうちに保存されており、これを覆すためには一つの手段がある――それは、農業をも含めて国の経済を、新しい土台に移すことである。そのような土台とは、ただ電力だけである。<共産主義とは、ソヴィエト権力プラス全国の電化である。>」と演説しました。プロレタリア独裁の下で国家独占により電力の全国的ネットワークで工業化を図る、これがレーニンの「国家社会主義」のテーゼです。とすれば、冷戦体制の下で熱戦の原爆開発とセット抱き合わせで、中央集権型指令経済として原発を推進することは、まさにソ連型社会主義の建設であり、発展だった。米ソの核開発競争は、原発の拡大発展により、ますます加速され、増幅されてエスカレートすることになったのです。
 冷戦下の核開発競争は、原子力の平和利用の原発開発の段階を迎え、ソ連型である「黒鉛減速沸騰冷却型」原子炉の開発に進む。その原子炉こそ、1986年4月レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故を引き起こし、91年にはソ連そのものが崩壊、冷戦体制は終結を迎えました。ソ連崩壊に対して、アメリカの原子力産業はどうだったのか?原子力平和利用が提起され、原子力法の改正など濃縮ウラン燃料が民間企業に貸与される方式で、動力炉の開発が進められました。その結果、アメリカでは巨大電機メーカーの手に、発電炉の開発技術が蓄積されます。しかし、1960年代には、中東の低廉な石油の利用による石油火力発電が台頭し、原発は実用化の準備段階だった。それが70年代、2度に及ぶ石油ショックにより、原子力発電ブームがやってきます。アメリカの原子力産業の圧倒的優位の下に、原子力産業が世界的に拡散しました。日本でも、東京電力による福島第一、第二原子力発電所の建設が進み、東北の「原発銀座」と呼ばれたのです。

 こうしたアメリカの巨大原子力産業の拡大発展は、上記のソ連の原発開発に刺激され、核拡大競争として推進されます。ソ連のレーニン主義、プロレタリア独裁に対抗するためにも、西側陣営は「自由と民主主義」の価値観でコントロールして組織化を図る。ソ連の核軍拡と安全性への脅威に対して、一方では核拡散の防止に努め、他方では原発の安全神話のキャンペーンの総動員体制が構築されたのです。その意味では、「自由と民主主義」の理念は、あくまでも冷戦体制の下で、ソ連の核の脅威に対抗するための価値観だったと言えるでしょう。そして、ソ連が上記の通り、チェリノブイリ原子力発電所の爆発事故により、体制の根底にあった「全国の電化」の理念が喪失し、その結果として体制の崩壊を迎えたとすれば、西側の『自由と民主主義」も対抗する根拠を失うことになってくる。
 しかし、ソ連崩壊による冷戦体制の終焉の前に、アメリカの原子力産業国家の内部から亀裂が表面化しました。言うまでもなく1979年のスリー・マイル島の原子力発電所の第2号炉の事故です。すでにこの時点で、安全設計や設備の不備、また運転員の誤操作などの問題が大きく提起されていました。実際、スリー・マイル島の事故の後、アメリカ国内では新たな原子力発電所の建設がストップした。そうしたアメリカ国内の矛盾の上に、86年のソ連のチェルノブイリの事故が発生し、とくに事故による放射能の汚染が西方のヨーロッパ各地に拡散したことは、原子力発電計画に大きな打撃を与えました。にもかかわらず日本を含めアジア諸国では、いぜんとして原発導入に積極的な国が多い点が指摘されてきました。それに終止符を打つような巨大津波を伴う2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の発生だったのです。

 

[PR]
by morristokenji | 2017-02-02 18:30
 「同一労働・同一賃金」のガイドラインが、政策なき運動として進められるについては、すでに説明の通り、安倍一強内閣が「一億総活躍社会」を目指し、国民運動として「働き方改革」を推進する政策的意図が強いと思います。国家権力が前面に躍り出て、国民総動員で「成長戦略」を実現しょう、そのためには少子高齢化で限界が来ている就業労働力を何としてでも確保したい。そのための国民運動こそが、まさに「働き方改革」のスローガンではないか?「何のため」、「誰のため」に働くのか、それを政権主導で、国家権力が進める国民運動です。

 いうまでもなく資本家的経営においては、労働市場において労働力が商品として企業に売られ、賃労働として労働者は雇用されます。労働力の商品化が前提される、いわゆる資本・賃労働の階級関係です。ここでは、資本家的経営に雇用される限り、労働力は資本に売られ、資本が労働力を使用する以上、労働力は資本のために働くのです。「何のため」に働く?それは資本のために働く。そして、資本家的経営の企業である以上、経営の目的は企業の利潤追求であり、株式会社であれば株主の配当=利殖のために働くことにならざるを得ません。労働力の企業への貢献についても、要するに企業の利潤追求への貢献以外の何物でもないのです。
 こうした企業の労使関係は、両者の契約関係である以上、資本を代表する経営者と労働者の間の関係です。経営者の組織と労働組合との団体交渉で決められる場合も、労使の契約関係であることに変わりはない。また、契約関係で働く以上、労働者は企業の職場で、経営者の管理の下で働くことになる。そして、労働者が生産した物もサービスも、労働者のモノではない。すべて資本家的企業のモノになる。労働者は、自分で作ったクルマも、企業から購買する以外にない、それが資本家的経営の現実です。その点で、労働基準法など、長時間労働や最低賃金が決められていても、それは大枠のことであり、基本は労使の自由な契約に任されているのです。その限りにおいては、国家権力である政府が、「働き方改革」と称して、労使の契約関係に介入するのは、労使関係に対する重大な干渉になるでしょう。

 さらに労使の契約関係では、労働条件である賃金、労働時間などが交渉で決められる。これは、あくまでも労働市場の労働力の売買のレベルの話であり、売り方の労働者はできるだけ高く、買い方の資本の側は安く買い叩こうとします。買い物をする時の、売り手と買い手の立場と同じで、市場原理です。労働組合が交渉に関与する場合も同じで、資本を代表する経営者組織と、労働者を代表する労働組合の市場取引です。労働組合は組織の力で交渉力を強め、より有利に労働力の取引を行うだけです。労働組合の力が無くなって、最近のように「官製春闘」と呼ばれる、政府の力を借りる賃金交渉では、当然のことながら政府からデフレ脱却のための消費拡大の代償を求められることにもなるのでしょう。
 戦後日本経済の高度成長時代、賃金交渉は総評を中心に、春闘方式で行われてきました。名前だけは官製春闘として残っていますが、賃上げ交渉を①時期的には春季に、②全国横並びに統一的に、③ベースアップとして基本給の一律アップを目指し、賃上げの相場形成をリードしました。年中行事の春闘は、全国規模の一斉ストライキを構え、大きな社会問題として国際的にも話題を集めました。SOHYOと言う和製英語が国際的に通用した時代だったのです。また、日本経済の高度成長とともに、国際的な日本の低賃金が大幅に改善され、特に年齢別賃金格差が改善されて、いわゆる「一億総中流」時代が到来したのです。

 しかし、80年代の終わり、労働戦線の統一が実現し、連合が結成されて総評が解散したあと、春闘方式による賃金上昇は急速に減速しました。春闘の終焉とも言えますが、それはなぜか?総評の応援団として協力した経験からすれば、そもそも春闘は高度成長に便乗したものでした。日本経済の高度成長は、別の機会に説明しましたが、輸出依存・民間投資主導型でした。その民間投資主導の成長に、企業内組合は容易に便乗しやすい。賃上げも成長実現と同時に実現され、しかもインフレ物価上昇とも結びついた。基本給の一律アップの要求に、消費者物価の年率上昇率が加算され、全国統一の
春闘相場の形成とゼネストに結びついたのです。文字通り、春闘方式は「高度成長+インフレ便乗型」賃上げ方式だった。
 しかし、こうした春闘方式を中心とした労働組合の運動は、高度成長それ自身より内部矛盾が拡大し、組織の劣化が浸透しました。すでに前回(上)説明しましたが、企業別組合を含む日本型経営の3点セットのうち、年功序列型賃金を支えていた、若年労働力の不足と賃金上昇が急速に進んだ。とくに地方の農村部の若年労働力の雇用拡大と年齢別賃金格差が縮小する。それと同時に、年功給が維持できなくなり、それこそ「同一労働・同一賃金」の職務給が導入されるとともに、年功給に支えられていた終身雇用制も次第に制度疲労が進むことになぅたからです。そうなれば、もともと3点セットで維持され、春闘方式とともに、日本経済の高度成長を主導してきた企業別組合も組織的な危機を迎えることになる。上記の総評解散、労線統一、そして連合の誕生は、こうした企業別組合の内部事情から必然だったように思われます。

 このように春闘方式が、「高度成長+インフレ便乗型」なるがゆえに、日本経済の長期デフレとともに終焉を迎えた。それとともに、労線統一によって誕生した連合も、「派遣型」労働力など非正規雇用の増大とともに、組織率の大幅な低下に苦悩しているだけではない。「官製春闘」に縋りつきながら、今や「同一労働・同一賃金」を梃子に「働き方改革実現」の総動員体制に組み込まれようとしている。安倍一強政権のもと、「一億総活躍社会」構築にむけて体制翼賛団体として、連合も「国家」のために働き「安保法制」の実現に参加することになりかねない。そうした政治的意図を持ちながら、「働き方改革実現」が提起されたのではないか?この間の民主党、民進党と連合の関係にも、そうした危惧を感じます。
 ただ、初めに提起したように、そもそも安部一強政権が「一億総活躍社会」や「働き方改革実現」を提起するに至ったのは、「高度成長戦略」の実現のためのアベノミクスが破綻し、もはや財政や金融のマネタリー戦略を超えて潜在成長力そのものの「岩盤」に斧を振う、そのための働き方改革です。資本過剰による長期慢性型デフレが解決できず、国家権力が正面から少子高齢化の労働力不足を解決せざるをえない。そのために「保育所」をつくり、女性の建設労働力「建設小町」を動員し、難民労働力に「田植え」をさせる、その地ならしに向けての「働き方改革」ではないか?そこまで労働力商品化の矛盾に追い詰められ日本資本主義の終わりの姿が曝け出されたなら、日本経済を救う代替戦略を提起しなければならないでしょう。

 とくに「働き方改革実現」として問題が提起されたなら、労働力商品化の賃労働については、アダム・スミスの昔から「労働は、toil & torouble(骨折りと苦労)」であり、マイナスの効用だった。しかし、それは労働力が商品として売買されるからであり、もともと人間労働は「社会的動物」としての行為であって、協業や社会的分業で相互に協力し合い、助け合って働き続けてきた。協同組合の祖であるロバート・オーエンなどは、「協同労働」を本来の労働としている。イギリス産業革命が進む中でオーエンの思想は、J・ラスキンやW・モリスに継承され、とくにモリスは「芸術は労働における喜びの表現である」と主張し、それを我が宮沢賢治は『農民芸術概論綱要』で「芸術をもて、あの灰色の労働を燃せ」と強く訴えたのです。「共同社会」主義comunitarianismの思想に他なりません。
 一方、すでに高度成長の終焉した日本資本主義は、今なお「蓄積せよ蓄積せよ」の成長神話で暴走し、大量生産―大量販売―大量消費の使い捨ての仕組みの中で、「過労自死」に追い込まれ、ブラック企業の統治能力が問われ続ける「賃労働」である。しかし、この「賃労働」による「過労社会」の「働き方改革」は、「協同労働」として「実現」する道が提起できないのか?すでに資本の過剰が長期化し、アベノミクスも破綻している。資本過剰の「過労社会」は、「過労自死」の悲劇を生むだけではない。少子高齢化の名のもとに、労働力の再生産が維持できなくなっている。「保育所落ちた、日本死ね」は、労働力の再生産の機能不全の証明であり、それは資本・賃労働の社会の存続不能を意味しているのではないか。すでにビジネスモデルは、広く「社会的企業」の名で各種の協同組合、ベンチャーキャピタル、NPO、「一人親方」など、営利的個人・株式企業の行き詰まりとは対照的に増加している。こうした新たなビジネスモデルの労働組織として、既得権だけを保守する企業別組合に代わる労働組合の再生が期待されるのではなかろうか?
[PR]
by morristokenji | 2016-12-28 13:00
 「よもや来るまいと思っていた狼が、本当に来てしまった」、米大統領選でトランプ大統領誕生についての報道です。これから「やってくる大きなリスクについて」米国をはじめ、日本の既得権支配層(エスタブリッシュメント)達の恐怖に満ちた発言です。また、トランプ対クリントンの泥仕合で増幅してしまった米国内の亀裂で、特にシアトルなど産軍複合体制の強い都市では、クリントン派の抗議デモが発生している。
 しかし、早々とオバマ現大統領の申し出で、トランプとの会談が行われ、日本から安倍総理も「トランプ詣」に出かける。それどころか、開票と同時に進んだ日本の株式市場の過剰反応で一時的暴落はあったが、翌日のニューヨーク市場など大幅な株価上昇、円高=ドル安どころか、真逆の円安=ドル高。アベノミクスでは実現できない円安=ドル高・株高が、何のことはないトランプ・ショックが実現する皮肉な市場の反応でした。
 こんな「トランプ革命」「トランプ・ショック」を予想していたわけではありませんが、当「持論時論」第51回「再論:日本資本主義の終わりは始まったのか?」の冒頭で「お断り」したように、今回の米大統領選など、大きな動きを予想して、早めにアップして貰いました。そこで書いた内容を補足する意味で、今度の「トランプ・ショツク」について、それを戦後体制の転換として位置付けてみましょう。ソ連崩壊で戦後の冷戦体制が終焉しましたが、ここで大きくアメリカ一極のグローバル化が崩れ、再編の動きが進んできたように思います。決して予想外の出来事ではない、再編に向けての大きな転換期ではないか?

 確かに暴言と放言、人格攻撃とスキャンダルの暴露など、見るに堪えない、また聞くにも堪えない泥仕合の大統領選でした。勝敗は別にして、政策論争はそっち除けの選挙戦だけで、超大国アメリカの世界支配の終わりを、内外に強く印象付けてしまったのではないか。また、それだけアメリカ国内の格差や対立、分裂、そして亀裂の深さが大きい。合衆国、移民国家、分断社会、その内部亀裂を近代国家の体制的枠組みの内部で修復できるのか?そんな課題が提起されたように思います。
 しかし、そうした政策論争不在の凄惨な選挙戦の底流に、戦後体制の転換に伴う政治的苦悩の集約を見ることができるように思います。すでに指摘しましたが、戦後世界の冷戦体制は、米ソを頂点とした東西二つの世界の対立だった。東のソ連型社会主義vs西の資本主義、ソ連型社会主義はプロレタリア独裁、西の資本主義は「自由と民主主義」、それぞれの価値観で組織化され、統合されていた。しかも、二つの世界が第2次大戦の「熱戦」ではないが、原子力の核開発を軸に「冷戦」を繰り広げる。そんな冷戦体制の時代が、ほぼ半世紀の長期にわたって持続するという、まことに奇妙な時代が続いた。そんな奇妙な時代の中で、日本経済の高度成長が実現し、GNP大国の地位を獲得したことを見逃してはなりません。
 
 1991年、核開発競争に破れたソ連が崩壊し、ここで冷戦型の戦後体制は一先ずピリオドを打った。この時点では、まだ中国をはじめ、それまで「第三世界」と呼ばれていた発展途上の国や地域は、世界経済や国際関係に大きな影響力を持たなかった。そのためポスト冷戦は、アメリカ一極の超大国による覇権支配の体制となり、折からのICT革命によるブームもあり、アメリカ主導の世界秩序が形成されたのです。また、冷戦下の価値観だった「自由と民主主義」が、新たな世界支配の価値観となり、世界経済は「新自由主義」のもとで国際金融資本の「マネーワールド」を形成し、アメリカが「世界の警察官」「世界の保安官」として、世界戦略が推進されることになったのです。とくに米の共和党ブッシュ政権のもとで、トロツキスト崩れと言われる「ネオコン」グループによって、「グローバリズム」「グローバル資本主義」が唱道されることになった。
 今回の大統領選で、トランプ候補が口汚く暴言、放言した、その批判の根底にあるのは、他ならぬ「ネオコン」が唱道してきた「グローバリズム」批判です。日本では、わざわざトランプ当選に当てつけて強行採決したTPPですが、それにに対しては「大統領就任の日にでも撤退する」と豪語する。また、「世界の保安官にはならない」、そればかりか日本などの駐留米軍も撤退する、要するに「グローバリズム」に対するアメリカ内部からの告発であり、内部批判だと思います。「トランプ革命」は、ポスト冷戦後の「グローバリズム」からの転換であり,アメリカ一極覇権主義の終わりである。トランプの「もう一度偉大なアメリカを」の怒号は、ポスト冷戦の現実を無視して続いてきた覇権国家からの撤退宣言であり、アメリカ一国のモンロー主義への回帰宣言でしょう。その意味で、ポスト冷戦後の新たな国際関係への転換点を迎えたことになります。

 アメリカの一極覇権の「グローバリズム」からの脱却という点では、すでに述べましたが「ネオコン」の影響力の強かったブッシュ父子の共和党政権から、オバマの民主党政権への転換があった。ブッシュ政権ではイラク戦争の失敗など中東支配からの撤退を余儀なくされていたし、経済的には2008年のリーマンショックによる世界金融恐慌の打撃も大きかった。オバマの「変革<Change! Yes,we can>」の大統領就任宣言も、ネオコンなどの産軍複合体制からの脱却を目指していた。2013年9月の対シリア内戦への軍事不介入の際、「もはやアメリカが世界の警察官ではない」と宣言し、中東からの米軍の撤退をはじめ、広く世界を主導する立場を公然と否定し、「リバランス」政策に転換した。また、核廃絶を訴えてノーベル平和賞を貰った。しかし、この「リバランス」の中身が曖昧であり、中国の急速な台頭もあって、単なる世界支配の戦線縮小で「アジア太平洋地域」へのセットバックに止まってしまった。それだけ米を中心とした産軍複合体制の既得権力が強かったとも言えるでしょう。
 長期にわたる戦後体制の続く中で、産軍複合体制をバックに、広く既得権支配層(エスタブリッシュメント)が、政治も経済ばかりか、マスコミまでも支配している。オバマよりも、体制寄りのヒラリー・クリントン候補の立ち位置の曖昧さが、選挙戦においても目立ったわけです。さらにヨーロッパや日本もそうですが、米の民主vs共和の対立の構図も完全に崩れています。共和党の異端分子のトランプが、既存の枠組みを超えて、大統領の座を射止めたのです。対立軸は、もはや保守vs革新、そして共和vs民主では無くなっている。既得権支配層vs非権益・低中所得層の対立だし、その背後には移民国家らしく白人層vs移民層、しかも移民も黒人とヒスパニック系、アジア系に分かれ、女性層の投票も白人と移民との差が目立ったようです。EUとは違った形ではあるが、移民国家の亀裂が大きく浮かび上がっている。さらに地域的対立も大きく、大都市と中小都市・農村との対立が、特に北東ー中西部の白人労働者と大都市移民との分裂となって現れているようです。

 ポスト冷戦により、米一極支配の構造が続きましたが、「グローバル資本主義」の破綻は、単に所得や資産の大幅な格差を産んだだけではない。一握りの巨額な富裕層と99%の貧困層の格差といった対立図式には収まり切らない亀裂が走っている。巨大な移民国家の中の白人と移民の対立であり、さらに金融国際都市に流れ込んだ移民と白人産業労働者や農民層の対立です。こうした複雑な活断層を抱え込みながら、トランプのアメリカは巨大な覇権国家から、北米の「一つの大国」の座に降りる選択をした。戦後体制の国際関係は、東西対立の冷戦時代から、グローバリズムの過渡期を経て、新たな多極化へ移行することになる。そのための転換点が、今度の米大統領選であり、トランプ政権の誕生です。罵詈雑言、誹謗中傷の選挙戦の背後に進む、戦後体制の新たな国際関係の再編の意義を見逃すべきではないでしょう。
 ただ、新たな国際関係の行方については、暴言・放言が目立っただけに、トランプ政権の真意が測りかねています。しかし、依然として日米安保の体制にしがみ付こうとする日本、大量の移民・難民を抱え込み統合の維持に苦悩するEU、そしてEU離脱の英国、さらに中・露とともに、ソ連崩壊時点とは大きく変貌した新興諸国の動向です。とくに米に次ぐ世界第2のGDP大国の中国の動向でしょう。嫌中・反中イデオロギーで盲目になった日本を尻目に、ASEANなど東アジア各国は、中国とともに多極化の担い手を進めようとしている。米国の植民地だったフィリピン大統領の発言にみられる通りです。米中関係を中心に、多極化する新たな国際関係の秩序形成に成功するかどうか?日本資本主義の終わりのシナリオも、新たなページを準備しなければならないでしょう。 
[PR]
by morristokenji | 2016-11-11 12:49
 すっかり影の薄くなってしまったアベノミクスですが、何とか衣替えで出直しをはかる以外に手が無くなったのでしょうか?新アベノミクスか?改定版アベノミクスか?国家総動員体制ともいえる「一億総活躍社会」を打ち出そうとしています。「成長戦略」のための金融政策や財政政策の矢を放ってみたものの、矢はどこに飛んで行ったものやら?年率2%目標のインフレ物価上昇は、このところ物価下落が続き、とてもデフレマインドを変えることは出来ない。経済成長のシグナルGDP成長率もゼロ成長をふら付いていて慢性不況がすっかり定着してしまった。成長政策にせよ、景気対策にせよ、従来の経済政策の次元では、もはや政策の手は打ちようが無くなってしまった。そこで苦肉の策として提起されたのが、GDP600兆円を目指す「一億総活躍社会」なのでしょう。

 アベノミクスの金融や財政の政策が、デフレ脱却のための成長戦略に結びつかない、そのため資本の絶対的過剰生産が解消しないまま、ゼロ成長の慢性的デフレが続いている。その理由に、日本経済の「潜在成長力」が低下して、金融や財政のマネタリーな面から、いくらバラ撒きを続けても経済成長に結びつかない。したがって、潜在成長力を向上するような「構造改革」、それも財政や金融のレベルを超えた日本経済の岩盤に届くような構造政策の必要性が叫ばれています。GDP600兆円の「一億総活躍社会」も、そのスローガンです。
 問題の「潜在成長力」は、いわゆる供給能力であり、それが低下すれば、いくらマネタリーな面からカネをバラ撒き、有効需要を拡大しても、経済成長にはつながらない。もともと潜在成長力は、生産活動に利用可能な労働力、つまり生産年齢人口、および労働力の発揮できる労働生産性によって決定される。生産年齢の労働力が沢山あり、その労働力の生産性が高ければ、自ずから「潜在成長力」が高くなる。逆は逆で、少子高齢化により生産年齢人口が減少し、技術革新が進まなくなれば、当然に潜在成長力が低下する。そこでGDP600兆円の金額を目標にぶら下げ、何とか生産年齢人口の労働力を増やす。また、停滞した技術革新を刺激するために「一億総活躍社会」のスローガンを振りかざして、国民を総動員しようと言うのでしょう。

 もともと「潜在成長力」は、生産労働力の数とその生産性ですから、どんな社会にも指摘できる超歴史的な供給力であり、「経済原則」です。労働・生産過程、そして社会的再生産過程を構成する要因で、それが経済成長を左右します。マルクス『資本論』では、すでに紹介しましたが、まず労働・生産過程を資本が支配する「剰余価値の生産」として、①労働時間や労働の強度による絶対的剰余価値の生産、つぎに②労働の生産性を高める相対的剰余価値の生産を説明しています。そのうえで社会的再生産の拡大である経済成長を、「資本蓄積の一般的法則」として説明します。とくに、経済原則の潜在成長力の発展を「資本主義経済の人口法則」として解明しました。経済原則の資本主義的経済法則としての解明であり、マルクスの人口論に他なりません。
 人口論と言えば、有名なマルサスの人口論があります。人口と食料の関係から、人口が幾何級数的に増加するのに、食料資源は土地の制約から算術級数的にしか増加しない。だから人口過剰が必然化するので、「過少消費説」を主張した。マルサスに対してマルクスは、資本と労働力の関係から相対的過剰人口を説明しました。ここでもう一度簡単に解説すると、マルクスは生産の拡大も資本の蓄積として進む。資本蓄積には、①資本の有機的構成不変の能力拡大型投資と、②資本の有機的構成高度化の生産性向上、省力型投資の2つのパターがあり、①のパターンで能力拡大型投資で資本蓄積が進むと、労働力不足と賃金上昇が必然化する。ここで利潤率も低下し、資本過剰が進み②の技術革新、生産性向上による省力型投資に転換し、「潜在成長力」を改善向上させて資本蓄積を進める。マルクスの資本蓄積論を整理すれば、こんな説明になります。

 マルクスの資本蓄積論では、①の能力拡大型投資を②の省力型投資に転換させ、経済原則の「潜在成長力」の改善を資本主義の経済法則として実現する。そこでは①の能力拡大型投資による労働力の雇用拡大で人口を吸収、②の省力型投資で労働生産性を向上し相対的過剰人口を形成して人口を反発、この資本蓄積による「吸収と反発」を、マルクスの人口法則としたわけです。19世紀のイギリス中心の資本主義の発展には、こうした人口問題の自己解決力があった。しかし、20世紀を迎えて、歴史的にも自己解決力が衰弱し、国家の政策的なバックアップが必要になる。
 この点もすでに説明しましたが、重化学工業による高度工業化は、資本の蓄積様式にも歴史的変化をもたらしました。金融資本による蓄積です。金融資本は、一方で独占や寡占を利用し、資本の組織化を図る。そして、資本過剰についても、それを温存して内部留保などを高め、さらに資本過剰を対外投資に向ける。金融資本の過剰資本による対外侵略であり、植民地支配です。とくに植民地支配は、日本のアジア進出でも明らかな通り、多大なカントリーリスクを伴うものの、安価な労働力を利用し、さらに株式資本の利用で、高度なプラント輸出やインフラ投資とともに技術革新を進めることもできる。金融資本の蓄積は、一方の資本過剰の温存とともに、同時に他方では技術革新による労働生産性の向上と省力化を図ることが可能です。この二つの側面が、どのように組み合わされるかは、言うまでもなく歴史的条件や植民地支配など国際関係の変化により変わってくる。
 
 さらにもう一点、言うまでもなく金融資本の植民地支配は、先進国の勢力圏をめぐる国際対立を激化し、それが二度の世界大戦につながった。戦後の局地戦争や部分戦争ならともかく、世界戦争ともなれば、国家間の総力戦であり、そのためには金融資本の組織化にとどまらず、広く国民全体の組織的統合が必要不可欠です。その組織化には、完全雇用を基軸とした、労働力の全面的雇用の拡大や、労働条件の改善や所得補償など、いわば「福祉国家主義」とも言える社会福祉の拡大が必要だった。第一次大戦後、大戦間に所得や資産の格差が急速に縮小し、そうした傾向が戦後の冷戦体制の時期まで持続し、ポスト冷戦の90年代以降に資産格差が再拡大している。そうした歴史的変化を、T・ピケティの『21世紀の資本論』が鋭く指摘しました。このような金融資本の蓄積と「福祉国家主義」の組織化が、今や10%の富裕層による99%の富の支配と格差社会の拡大、そして今日の「潜在成長力」の劣化と人口問題をもたらしているのではないか?
 金融資本の組織化により、対外投資が積極化する。とくに対外直接投資の拡大のためには、国内への投資を抑制し内部留保を高める。結果的に対内投資が消極化し、資本過剰が温存される。そのため国内経済の空洞化が進み、とくに地域的な格差の拡大が進む。こうした国内の過剰資本の温存は、一方で不況を長期化しつつ、同時に合理化投資による省力化も進まない。相対的過剰人口が形成できないまま、「福祉国家主義」の完全雇用による過剰雇用を抱え込んだまま、同時に人手不足による人材難も進行することになる。いわば「資本過剰」と「過剰雇用」の共存と同時に、国際関係の緊張による国家的統合の強化に乗り出そうとせざるを得ない。ここにアベノミクスが破綻した末に、「一億総活躍社会」のスローガンが必要になったものと思われます。
[PR]
by morristokenji | 2016-10-03 18:04
 黒田・日銀による金融の異次元緩和も、いよいよ正念場を迎えたようです。異例なマイナス金利まで突き進んだものの、年率2%の物価上昇によるデフレからの脱却は、一向に進まない。それどころか、最近は物価の下落が続いている。この間の超緩和路線の「総点検」による結論は、「量から金利へ」の転換だそうですが、依然として短期金利のマイナスは続ける。さらに中央銀行の政策としては例がない長期金利に手を付ける。しかし、これもゼロ金利を維持するだけの話で、国債を買わせても利子もつけない。何のことはない、もはや金融政策としては手の打ちようも無くなったことを自認した総点検でした。
 金融政策がダメなら財政政策ですが、そもそも日銀の異次元緩和路線が、年間80兆円もの国債の買い入れを伴っていた。それがまた日銀の市中銀行から当座預金の「ブタ積み」を助長し、マイナス金利導入を招いた。これ以上赤字国債の発行はムリ、さらに予定されていた消費増税も、選挙対策上断念した。そうなると「税と社会福祉の一体改革」の公約はどうなるのか?財政再建をどうするのか?頼みの日銀からは、副総裁の談話で、企業のイノベーションによる生産性の向上、少子化対策による労働力の量的確保など、潜在成長力の向上・改善による自然利子率の回復を期待する「ボール」が投げ返されてくる。いよいよアベノミックスの政策的破綻が曝け出されています。

 こうしたアベノミクスの破綻も、もともと日本の金融資本の「資本過剰」が、もはや資本自身では自律的に解決できない。資本過剰が慢性化し、構造化したことから生まれたものです。すでに金融や財政も限界を迎えて、潜在成長力の「岩盤」に斧を振るうところまで来てしまった。「一億国民総活躍」の総動員体制の下、女性や高齢者の雇用拡大,保育所など産児拡大の政策措置、難民を含む外国人労働力の利用も、すべて権力的に推進する。消費拡大のための官製春闘を利用した賃上げ、「同一労働・同一賃金」の推進とともに、同時に金融資本の対外直接投資のリスク回避のために、「集団的自衛権」強化による安保法制の強行突破だったことを見逃してはなりません。
 では、日銀からも提起された「潜在成長力」とは何か?それが日本経済の「岩盤」と呼ばれるのはなぜか?その辺から話を始めましょう。「資本過剰」が慢性化し、デフレが長期化して、「成長戦略」が行き詰った原因として、高度成長時代と比べて潜在成長力の低下が指摘されています。いわゆる潜在成長力は、経済成長のための供給要因で、ひとつは生産に従事する「労働力の数」であり、もう一つは労働力の「労働生産性」です。生産年齢の労働力が豊富に存在し、かつ一人ひとりの労働力の生産性が高ければ、供給力が経済成長に結びつく。しかし、少子高齢化で生産年齢の労働力が減少し、技術革新も行き詰って労働生産性も上昇しなければ、供給力も発揮できないし、低成長にならざるを得ないでしょう。

 『資本論』の経済的運動法則では、資本の生産過程、さらに資本の蓄積・再生産過程において、以下のように説明されている。すなわち、マルクスは商品の価値形態を明らかにし、価値関係として貨幣、資本を流通形態として解明します。流通形態としての資本は、一般形式としてG-W-G'の商業活動の形式、それを補完する金融活動の形式としてG-----G'、さらに労働力の商品化を梃子にして、G-W--P--W'-G'の産業資本形式を明らかにしている。その上で、資本の価値増殖として、労働力の労働時間や労働の強度を強化しつつ可変資本の増大で雇用労働力を増加する絶対的剰余価値の生産を説明します。資本の生産過程による供給力の増加、つまり潜在成長力の強化は、資本の絶対的生産として解明さるのです。さらに、その制約を超える方法として、労働生産性の向上に基づく協業・分業・機械による労働力の組織的利用で相対的剰余価値の生産をすすめる。
 さらに資本の再生産過程では、資本の蓄積過程として潜在成長力の強化・拡大を図る。マルクスは、資本の蓄積過程として、2つの形式を説明します。一つは、蓄積のための投資の拡大が、いわゆる能力拡大型投資で、『資本論』では資本の有機的構成が不変の資本蓄積です。ここでは、同じ技術で投資が単に量的に拡大するので、労働力の雇用が拡大する。過剰労働力が雇用され、労働市場では賃金も上昇する。それに対し、もう一つの資本蓄積は、資本の有機的構成が高度化するもので、ここでは技術水準が上昇する。いわゆる合理化投資であり、労働力に雇用を節約し省力型蓄積です。この蓄積により、資本は技術革新による労働生産性の向上、合理化による労働力の相対的縮小で、労働力不足が解消し、能力拡大型投資に転換できるのです。2つの資本蓄積の様式が交互に進み、相対的過剰人口の「吸引と反発」が繰り返される人口法則が展開されるのです。
 
 このように『資本論』では、マルクスは資本の生産過程、そして再生産・蓄積過程を通して、経済法則として潜在成長力を高めながら、自律的に経済成長を資本蓄積として進める。資本蓄積の経済法則が、文字通り法則的に技術革新による労働生産性の向上、それによる労働力の自己調達の実現が、マルクスのいわゆる人口法則です。人間が自然に働きかけて生産し、生産された消費財を消費して労働力を再生産する。その自然と人間との物質代謝の過程で、技術革新と生産性の向上が進み、経済成長が実現する「経済原則」が、資本主義の再生産・蓄積過程として、いいかえれば「経済法則」として実現するのです。「原則」の「法則」としての実現に他ならない。
 また、産業構造が歴史的に高度化し、金融資本の資本蓄積でも、すでに説明した通り、一方では金融資本は組織的独占などを利用して、資本過剰を温存する。独占利潤を内部的に留保しながら、金融的支配を進めます。同時に他方では、株式資本を利用して、大衆の資金を集中・集積し、不断に技術の革新を行い、生産性を向上しつつ投資が拡大する。こうした投資の拡大が、たんに国内だけでなく、むしろ対外的に投資を拡大する。日本資本主義も、戦後の冷戦構造を利用しつつ、輸出依存民間投資主導型の資本蓄積から、しだいに内部留保を高め、対外投資を拡大しました。対外投資も、間接的な金融的投資とともに、直接的な投資の拡大で、プラント輸出やインフラ投資とともに対外進出が進むのです。国際収支表の構造的変化が現れます。

 「失われた10年、さらに20年」長期・慢性的デフレが、「資本過剰」の堆積によって深刻化していますが、一面では金融資本の対外直接投資が進んでいるからです。すでに投資の主軸は、日本の国内ではなく、対外直接投資に向いている。安倍総理も、財界の代表を引き連れながら、中東やアフリカまでトップセールスのための外遊を続ける。テロ多発のリスクの大きい地帯だけに、集団的自衛権のために安保法制の強行採決も必要だった。金融資本も、史上最高の高収益を上げながら、それを内部留保して対外直接投資に向ける。その反面では、日本経済の国内投資は進まない。上記「資本過剰」は国内的には堆積したまま、投資とともに雇用の積極的拡大は進まず、非正規雇用の低賃金で消費の拡大も期待できない。
 こうした「資本過剰」を抱え込んだまま、すでに事実上財政と一体化した金融から、異次元緩和のゼロ金利マネーをバラ撒いても、景気も成長も上向くはずがない。ゼロ金利、マイナス金利は、いたずらに不動産投資の拡大で、資産格差を拡大する。さらに緩和マネーは、先進国病の少子高齢化とともに、福祉国家主義ともいえる「完全雇用」政策の持続によって、労働市場も市場経済である以上、慢性的な人手不足、人材難を深刻化するだけです。アベノミクスの三本の矢が、金融、財政から成長戦略の第三の矢に結びつかないのは、構造的な「資本過剰」を解決できないからです。ついに追い込まれた安部政権は、権力的に国家総動員体制ともいうべき「一億総活躍プラン」により、経済の岩盤に斧をふるい潜在成長力の活性化を図ろうというのです。
 
 すでに述べた通り資本主義経済は、資本の蓄積・再生産の過程を通して、「経済原則」の労働力人口の再生産による確保、また労働生産性向上に必要な技術革新を、「人口法則」として自立的に実現してきた。国家は、それを政策的にバックアップすればよかった。しかし、いまや日本資本主義の成長の行き詰まりが、「経済原則」の充足を不可能にしている。まさにアベノミクスの三本の矢の挫折でしょう。行き詰った国家権力は、一方で対外直接投資による「資本過剰」の解決のために、安保法制を準備し集団的自衛権の発動にむけた準備は完了した。他方、対外直接投資で空洞化の進む国内経済の体制の組織化が「一億総活躍プラン」ですが、その実現は権力的に進めるほかない。
 しかし、労働力の確保のために、様々な政策を準備するにしても、最後は「産めよ増やせよ国のため」とばかり、国策として結婚させ、産児を奨励する以外になくなる。技術革新も同様であり、武器輸出の拡大とともに、大学の国策的研究の推進を図ることにならざるを得ない。「経済原則」の権力的推進と実現ですが、こうした国家総動員体制がいかに危険であるかは、我々の戦争体験による教訓であると思います。

 
[PR]
by morristokenji | 2016-09-22 20:56
 前号では、宇野『恐慌論』の「資本過剰」論、とくに「資本の絶対的過剰生産」の見地から、アベノミクスの成長戦略について、その破綻の経緯を整理してみました。90年代のバブル経済崩壊以後、資本過剰による「失われた10年、20年」の長期デフレ・停滞が続き、日銀のマイナス金利による「異次元緩和」も、すでに政策的限界を露呈してきた。戦時経済なみの借金財政を抱え込みながら、さらに「ヘリコプターマネー」を散布する「一億総活躍プラン」の総動員体制に突き進む以外になくなっている。同時に、集団的安保への「安保法制」の強行採決の背後には、不気味な「戦争への足音」も聞こえてくる。

[PR]
by morristokenji | 2016-09-07 18:29
 アベノミクスの第一の矢、第二の矢が「成長戦略」の第三の矢に繋がらない。第三の矢は行方が知れず、もともと無かった?そんな批判もあります。金融や財政のマネタリーな面が、投資や消費の有効需要に結びつかない、そして実体経済の成長に結びつかず、デフレ脱却の道を足踏みし続けている。挙句の果てに、ついに「一億総活躍プラン」なる国家総動員体制に向けて「ヘリコプター・マネー」をばら撒く、金融の異次元緩和から「ばら撒き財政」へ舵を切っているようです。背後の舞台裏からは、集団的自衛権の「安保法制」による戦争への足音も聞こえてきます。

 『資本論』の貨幣の章では、生産と消費を繋ぐ流通、そこでの貨幣の機能を説明しました。資本主義経済は、商品と貨幣のモノとモノの価値関係が、価値形態を通して貨幣の機能、そして商品流通が生産と消費の「経済循環」を媒介する。言い換えると、商品・貨幣が「資本」に形態転化して、生産と消費による人間と自然の物質代謝を媒介するのです。この生産と消費の繋ぎ目である「資本」を説くために、マルクスは敢えて『資本』論のタイトルで『経済学批判』ではなく、別個に『資本論』を書いたのです。『資本論』の誕生に他なりません。
 しかし、マルクスが新たに『資本論』を出版したのを見て、マルクスの母親は「『資本論』など書いていないで、資本で儲けることでも考えたらいいのに」と、嫁であるマルクス夫人に手紙を書き、息子の貧乏生活を詫びたそうです。母親からの痛烈な皮肉ですが、この商品、貨幣から「資本」への転化こそ、『資本論』の真髄とも言える解明です。資本よって、その再生産によって、生産と消費の経済循環による社会的物質代謝が行われ、経済の原則が充たされ資本主義経済が近代社会として成立する。その経済的運動法則にはどんな矛盾が潜んでいるのか?アベノミクスのアキレス腱を探りましょう。

 『資本論」では、貨幣の章を『世界貨幣」で締めくくったからでしょうが、「貨幣の資本への転化」の説明に当たって、マルクスはまず、歴史的に16世紀に遡り、世界商業と世界市場による「資本の近代的生活史」を提示します。そして、そこでの貨幣財産を「資本の最初の現象形態」として、前期的な「商人資本と高利資本」を持ち出し、商品流通のW-G-Wに対し、G-W-Gの形式を対置し、「資本の一般的形式」としています。そして、G-W-Gの形式では、W-G-Wと違って、GのG'への価値増殖の運動体G-W-G'でなければならず、循環的運動を繰り返す「無限の価値増殖」を求める。資本の致富衝動に他なりません。ここから資本は「蓄積せよ!蓄積せよ!」の成長神話も生まれます。
 しかし、このように歴史的な商人資本や前期的な金貸高利資本を持ち出すと、『資本論』において、マルクスが折角、近代社会の経済的運動法則として「純粋な資本主義」を抽象した方法を否定することにならないか?そして、いわゆる「世界資本主義論」の方法、つまり世界市場の歴史的な拡大・発展への経済的運動法則の解消になってしまい、『経済学批判』以前の唯物史観の「歴史と論理の統一」のドグマに回帰することにならないか?その結果として、「資本の一般的形式」から産業資本を論理的に説明できなくなる。ここでは、前期的商人資本や金貸し本を持ち出すことなく、純粋資本主義から抽象された商品と貨幣、そして「貨幣としての貨幣」の機能から、論理的に「資本の一般的形式」を展開してみたいと思います。

 『資本論』では、冒頭の商品論から労働生産物を富として、等労働量交換を等価交換として、労働価値説を論証していました。そして、社会的労働を「内在的価値尺度」として、商品の価値が尺度され、貨幣の価値尺度も等価交換の実現だった。しかし、価値形態論を前提にして、価値の価格としての表現は一方的表現だし、、価格は価値を質的にも、量的にも、乖離せざるを得ない。貨幣の価値尺度は、貨幣の購買による「外在的尺度」でしかないし、それゆえに商品は、貨幣により繰り返し購買されるなかで、価格の基準も形成されるし、いわゆる一物一価の法則として実現されるのです。さらに、貨幣による商品の購買機能は、流通手段の機能、貨幣としての貨幣の機能、さらに資本の運動として、より具体化するのです。
 ところが労働価値説が前提され、そして等労働交換の「内在的価値尺度」の貨幣の機能が前提されてしまえば、価格の価値からの乖離は必然化しなくなる。等価交換のドグマは、G-W-G'の成立を否定排除し、G-W-Gの形式しか導くことが出来ない。そこで「世界貨幣」まで展開してきた『資本論』では、上記のように16世紀の世界市場まで歴史的に遡り、地中海やヨーロッパの地域市場、中東やアジアなどの複数の地域市場を持ち出して、そこで市場圏ごとに価格基準など価格体系が異なるのを前提する。そして、市場圏が拡大する過程で、G-W-G'が成立するとしたのです。地中海市場のカルタゴでWを安く買って、ヨーロッパ市場のロンドンで高く売る。それでGをG'にして、価値の増殖を図る「資本の一般形式」としたのです。このG-W-G'と等労働交換としての等価交換とは矛盾する。その矛盾を説く形で「貨幣から資本への転化」をマルクスは説明しました。
 
 『資本論』では、「資本の一般形式」の矛盾として、等労働交換と「一般形式」の矛盾を説明しています。しかし、それは内的な矛盾でも何でもない。等価交換を前提し、例えばWを80円で買い、それを100円で売れば、20円儲かる。しかし80円で売った方は20円の損、「一方の剰余価値として現れるものは、他方では不足価値」にすぎず、これでは等価交換と不等価交換の両者の違いを説明しているだけではないか?ところが、価値形態を前提に、価格の実現としての貨幣の価値尺度機能は、価格の価値からの量的乖離を必然としていた。つまり、Wの価格差が前提されている。その価格差を利用する形で、Wの安い場所と時期に購買G-Wし、高い場所と時期に販売W-G'すれば、「資本の一般形式」は成立する。『資本論』では、前期的な金貸し資本の役割は、ほとんど説明が出てきませんが、「貨幣としての貨幣」の支払い手段の機能は、債権・債務の貸付・返済の関係から、「資本の資本」としての資本の金融的機能が、G-W-G'の商業的機能を積極的に媒介します。
 しかも、金融的機能に媒介され、商業的な商品の購買が積極的に繰り返され、価格差の解消に拍車がかかる。したがって、「一物一価」として価格の基準が形成されるのは、貨幣の諸機能とともに、それと結びついた商業や金融の資本の価格差利用に含まれた貨幣機能によるのです。さらに、ここで資本がWを安く購買し、それを高く販売する行為は、安く需要し、高く供給する行為に他ならない。一方で、安い商品Wへの需要は活発化し、価格を高める。同時に、高い価格でのWの供給は、供給の増加・拡大とともに価格を低下させる。結果的に、価格差の解消であり、それこそ「資本の一般形式」の内的矛盾の展開に他ならないでしょう。資本の価値増殖は、「流通部面で行われなければならないし、流通部面で行われてはならない。」そこでマルクスは「ここがロドスだ、飛んでみろ!」として、「労働力の売買」に進むのです。

 労働力は、人間と自然の物質代謝にとって、基本的な生産要素です。生産の主体であり、生産対象の土地自然とともに、近代社会の資本主義経済では、労働力と土地が商品の形態をとり、すべての富が商品として、形態規定を与えられているのです。単なる労働の生産物ではない労働力が、土地・自然とともに商品となり、価値形態を与えられ労働市場や不動産市場に登場している。それが『資本論』の対象となっている近代社会の資本主義経済です。土地と労働力が商品となり、資本による富の生産と消費が全面化し、自律的に運動する純粋資本主義の世界、それが『資本論』の世界です。マルクスは、労働力の商品化について、労働者が①身分的な自由、②土地を含む生産手段から切り離された自由、「二重の自由」が与えられる歴史的条件を挙げています。この条件は、労働力が商品化されるために必要な「助産婦」としての国家の役割、いわゆる「資本の原始的蓄積」が歴史的には必要だった。
 しかし『資本論』は、イデオロギー的仮設に過ぎない唯物史観として、ここで「原蓄国家」の役割を説く方法をとらなかった。マルクスは、『経済学批判』を『資本論』に書き換える中で、プランを変更して「原蓄国家」の助産婦的役割を、資本蓄積論の「付論」として、第一巻の最後の第二四章に置いたのです。ですから「貨幣の資本への転化」の章では、歴史的に「原蓄国家」を持ち出すことなく、資本が労働市場で労働力を商品として購入=雇用して、いかに流通面から生産面への「命がけの飛躍」を説くのです。では、労働市場から労働力を商品として購入した資本は、いかにして生産を支配し、価値増殖を進めるのか?マルクスは、ここで労働力商品の特殊性について述べています。

 労働力商品は、人間の労働能力であり、単なるモノではない。そこに労働力の特殊性があるのですが、しかし例えばポラン二ーのように「擬制的商品」であるとか、「本来商品たるものではない」(宇野『資本論入門』)というのは適切ではないと思う。むしろ、労働力が商品化している点にこそ、資本主義経済の価値関係の根本が指摘できるし、価値形態の根拠もあるのではないか?労働力商品の特殊性は、人間の主体的能力が商品形態のために疎外され、物化して資本に運動の主体が奪われる点にある。しかし、資本は購入した労働力商品を、他の生産要素、例えば原料や機械のように不用なら商品として他に転売できない。奴隷とは異なり、資本は労働力を自ら管理して使うほかない。つまり労働力の使用価値を消費するほかない。消費する点では、価値関係が切断されることになるが、労働者にとっては労働することで、人間労働は必要労働だけでなく、剰余労働も可能であり、資本は剰余労働を剰余価値として、資本の価値増殖に利用するのです。
 『資本論』では、労働力の特殊性を、もっぱら等価交換を前提し、剰余労働の搾取と資本の価値増殖の根拠にしています。労働力の使用価値が、生産過程の労働であり、剰余労働が剰余価値として阿智増殖をもたらす点は重要です。しかし、ここでも等価交換の前提が強調されると、労働力が①人間の主体的な能力である点、②モノや家畜同様に処理される奴隷との差異、③他に転売できず生産過程で労働させる以外にない、こういった労働力商品の特殊性が看過されることになる。その結果、労働力商品の特殊性から生起する資本の再生産過程での矛盾、とくに資本過剰による恐慌の必然性の解明への道が曖昧になる点などを指摘しておきましょう。労働力商品の特殊性の科学的解明こそ、単位剰余労働の搾取だけでなく、人間の物化による疎外論の基礎として、資本主義経済の基本矛盾であることが重要です。
[PR]
by morristokenji | 2016-07-18 12:06
 今年2016年は、岩手・花巻に生まれた宮沢賢治の生誕120年です。その1896年は、明治三陸大津波の年であり、賢治が若くして他界した1933年もまた、昭和三陸大津波の年だった。彼の生と死が、東北の厳しい自然災害の年だったことは、彼の人生と文学に自然への強い睦みあいの念を刻み込んだように思えてなりません。盛岡高等農林、花巻農学校、そして羅須地人協会へと、東北の農村と農業と農民の厳しい自然経済環境のなかで賢治は生きたのです。
 
 さて、ここで高橋秀松の名前を挙げても。殆んどの人が賢治との結びつきを知らないでしょう。賢治研究は盛んに行われてきたし、2011年の東日本大震災もあり、賢治への関心がさらに一層高まった。でも、賢治と秀松の二人の名前は結びつかない。しかし、高橋秀松もまた今年が生誕120年、賢治と秀松は同い年だった。二人は、盛岡高等農林で初めて出会い、同級、同寮、そして同窓の親友だったのです。

 簡単に高橋秀松の経歴を書きましょう。1896年に宮城県名取市に生まれました。生家は「亘理屋」という宿屋でした。仙台に隣接する港町・名取も、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。広瀬川に繋がる名取川の河口、ゆりあげの小学校では、沢山の泥にまみれたランドセルを残したまま、生徒が津浪の犠牲になってしまった。仙台空港も津波にやられ、航空機の残骸が打ち上げられていた。
 1915年、秀松は宮城県立農学校を卒業、岩手県盛岡高等農林学校農学科に入学、ここで宮沢賢治と寄宿舎で同室で過ごした。1918年、盛岡高等農林卒業後、賢治は花巻に帰ったが、秀松は茨城県立農業教育養成所兼農学校教諭となる。さらに、1920年京都帝国大学経済学部選科入学、1923年卒業、その後、安田保善社勤務、1944年名取に帰郷し、名取郡増田町で初代の農業共済組合長(後に農業協同組合に改称)、1956年初代の名取町長、1958年名取市に昇格で初代の名取市長、1959~63年まで2代目の名取市長を務め、1975年に79歳で死去されました。

 賢治と秀松の接点は、1915年から1918年までの盛岡高等農林の3年間、決して長くはありません。しかし、誰でも経験するでしょうが、旧制高校とか大学の時代に、生涯の友となる交友が生まれます。学生生活は、そうした真の友人を得るためのものと言えるかもしれない。しかも、二人は寄宿舎で同じ部屋で起居を共にしたし、賢治は盛岡中学に在学していましたから、名取から出てきた秀松を連れて、毎日のように盛岡市内を案内した。市内にある教会を訪れ、秀松は信仰を深めながら、クリスチャンになったようです。賢治の作品には、宗教の影響が強く流れていますが、特にキリスト教や賛美歌が出てくるのは、秀松との盛岡生活によるものと思われます。
  秀松が賢治について書いたものは、沢山ありません。『宮沢賢治全集』(筑摩書房)の月報9(1956年)に「寄宿舎での賢治」という小品がありますが、「賢治と私は南寮の第一号室で室長は三年生の渡辺五六先輩で室員は各科二名宛で計六名、室長と私の机は向合い賢治の机は私の右斜め、一つの電灯を中心に囲んで配されてあった。寝につくときも位置がきまっていて私と賢治は布団を接していた。親しくなるのは当然であるが、賢治は学生時代は殆んど友達をつくろうとしなかった。」そんな中で、二人の交友は深まっていたのです。キリスト教との関係で、秀松だけには心を開いて打ち解けた賢治からの書簡があります。
 <「これは又愕ろいた牧師の命令で。」
 如何にも君の云ふ通り私の霊はたしかに遥々宮城県の小さな教会までも旅行して行ける位この暗い店さき にふらふらとして居りまする。忘れて居りましたが先日停車場迄何とも有りがたう。
  「優しき兄弟に幸あらむことをアーメン」>
 賢治は天才だと思う。天才に特有なシュールなところが、奇人、変人と見られるし、友人も多くはなかったのだろう。しかし、そんな「賢治とわれとは全く兄弟同様の交友をつづけた。そして賢治はその妹敏子さんが目白の女子大から一週間に必ず一度の消息をよこすと私の前で開き読み合う。ここに三人の兄弟が出来上がった。」と秀松は書いています。そのうえで、「せめて学生時代の資料を纏めようと企て」ていたし、「私にもそれらのことをもう少しハッキリする義務が在ると思うが、まだまだ手が届かないで、今は専ら新らしい農村の建設に意を用いている。」秀松としては、賢治との交友を引き継ぎながら、仙南の農業協同組合運動や名取の町づくりに専念しようとしていたのです。
[PR]
by morristokenji | 2016-07-06 18:27
 アベノミクスの第一と第二の矢が、第三の矢に結びつかない。「国の借金」はすでに 1000兆円を超える世界の借金超大国、異次元の金融緩和で遂にマイナス金利を導入、しかしデフレからの脱却が進まない。第三の矢は行方不明で見当たらない。どう考えてもアベノミクスが成功とはいえないでしょう。それどころか「三本の矢」をそっちのけで、集団的自衛権の安保関連法制を整備し、憲法改正をちらつかせながら、国家総動員体制を思わせるような「一億総活躍プラン」に国民を駆り立てようとしています。そして、こうした強引な安部政権の政治手法こそ、近代立憲主義の否定に繋がる暴挙だと批判されるのでしょう。戦中、戦後を何とか生き抜いてきた我々世代には、再び戦争の足音が聞こえてくるのです。
 第一の矢と第二の矢は、すでに前回も書いたとおり、財政と金融の一体化のもとで、貨幣・金融面からのインフレ期待の刺激策だった。しかし、そうしたマネタリーな側面から政策を続けても、実体経済の投資や消費の拡大には繋がらないし、「成長戦略」の成果は視界に現れて来ない。依然としてゼロ成長に近い長期慢性型不況が続き、超低金利で資産格差を拡大させるだけに終わっている。さらに最近の英国ショック、米大統領選挙なども重なって、世界経済や国際政治の動向は不安で一杯なのです。

 『資本論』の貨幣論では、一般的等価物の貨幣の購買に主導されますが、流通手段の通貨による流通は商品の需要と供給、さらに生産と消費の経済の循環によつて規定されます。日銀券を増し刷りしてバラ撒いても、経済の成長にはつながらない。生産と消費は、資本主義生産においては、労働力の商品化、土地自然の商品化を前提にして、商品と貨幣の価値関係、さらに価値増殖の運動体である資本の生産と再生産に媒介されて進められます。価値形態を前提にして貨幣、貨幣の貯蓄と増殖、そして貨幣の資本への転化が説かれています。
 マルクスは『資本論』を書いた。長寿だったマルクスの母親は、息子の嫁マルクス夫人の苦労に「本など書いていないで資本で金儲けをすればいいのに」と痛烈な皮肉を述べたことで有名です。しかし、マルクスにとっては、唯物史観のドグマから抜け出るためにも、10年ほど前に書いた『経済学批判』の続編ではなく、価値形態論を鮮明にして、価値関係としての商品・貨幣、そして価値増殖の運動体として「資本」を書いた。新たに『資本論』を書いて、価値増殖の運動体として資本を説明したのです。
 資本は価値増殖の運動体として、商品の形態をとる、また貨幣の形態もとる、むろん機械や原材料などの生産財の形態をとる。価値関係の姿態を変える運動体であり、それをストックやフローとか、ましてや機械など生産手段に還元することは出来ないのです。資本を機械など物的資材ではなく、商品や貨幣、生産財などのモノとモノの関係、価値関係として理解したのがマルクス『資本論』の真髄です。だから資本の過剰や不足、つまり投資の過不足についても、単なるリスクの大小などではなく、価値増殖の運動体として、利潤率を指標にして判断されることになります。とくに投資が拡大した景気上昇の行き詰まりにより、資本の利潤率が低下する。マルクスの利潤率低下論です。

 『資本論』第三巻では、資本の絶対的過剰について、以下のように説明します。「労働者人口に比較して資本が増大しすぎて、この人口の提供する絶対的労時間の拡張されず、相対的剰余労働時間も拡張されなくなると(相対的剰余労働時間は、労働に対する需要が強くて賃金が高騰する傾向にある場合には、もともと拡張できないであろうが)、増加した資本は増加以前と同量、またはむしろより少量の剰余価値しか生産しない
ことになるのであって、資本の絶対的過剰生産が生ずるであろう。」やや難解な説明ですが、要するに好景気=高成長が持続し、雇用が拡大して賃金も上昇すれば、資本の剰余価値生産が行き詰る。「利潤率の低下が利潤量の増加を伴わない」ような状況を迎える。純粋資本主義の『資本論』の世界だと、ここで金融の引き締めが起こり利子率が急上昇し、金融パニックが起こる。恐慌の必然性です。マルクスの恐慌論には、こうした「資本過剰論」に対して、投資の不均衡や消費の過少による「商品過剰論」の二つの理論が対立してきましたが立ち入りません。
 ここでは資本過剰論の立場から説明しますが、金融恐慌による混乱を恐れて、金本位制を停止した「管理できない管理通貨制」を利用して、アベノミクス流の異次元緩和でゼロ金利、マイナス金利にすれば、その限りで金融パニックは回避できる。しかし、前提になっている資本過剰、資本の絶対的過剰生産による矛盾は解消しない。そのため長期慢性型のデフレが続き、雇用や賃金の高止まりのため、消費の拡大も進まなくなる。また、ゼロ金利やマイナス金利で土地資産が上昇すれば、人手不足とも相まって資本は日本列島を見捨てて投資が拡大できる海外に出てしまい、国内経済は空洞化します。こうした国内経済の空洞化により、資本の利益が企業の内部留保を高めるし、国内の投資と消費はますます縮小する。アベノミクスの第三の矢が行方不明になり、「成長戦略」が挫折するのは、まさに資本の絶対的過剰生産の結果なのです。
 すでに日本資本主義は、高度成長期以来の輸出主導型の成長パターンから、国際収支表の構造変化からみても、海外直接投資主導型の成長に転換しています。その結果として、国内経済の空洞化が進んでいるのです。海外投資に伴う国際金融都市・東京への一極集中、その反面の地方の人口減少による空洞化、「地方創生」の掛け声が空しく響くだけです。さらにポスト冷戦で、ソ連崩壊についでアメリカの一極支配も終わりを迎えつつある。「ネオコン」のグローバリズムからオバマの「リバランス」、さらにトランプのネオ孤立主義の流れも高まっている。アメリカのグローバル支配の肩代わりとばかり、日本の海外直接投資のトップセールスを買って出たのが安部の外交戦略ではないか?海外投資に武器輸出、原発輸出をセットにして、国際緊張が高まり、ISなどのテロ攻撃の危険地帯へ資本輸出を拡大している。日米安保体制を利用してでも、「集団的自衛権」を発動して、日本企業の海外進出の防衛を図らざるを得ない。安保法制の強行採決も国家総動員法の再現を思わせる「一億総活躍プラン」も、企業防衛のためではないか?
[PR]
by morristokenji | 2016-07-01 20:52
 6月24日、国民投票で英国がEUを脱退しました。事前予想では残留が多数とされていたために、金融筋を中心に激震が走りました。EUでは独に次ぐ経済大国であり、ニューヨークのウォールstに次ぐ、世界の金融中心ロンバートstを抱えている英国の脱退だけに、株式市場など金融市場は大きな打撃を受けるし、すでに久々の株価大暴落となってしまいました。
 ただ、金融筋の混乱も、株価暴落は大きいものの、もともと英国のポンドはユーロに参加していない。また、米リーマンショックのときのように大規模な低所得者向け住宅信用=サブプライムローンの破綻などが結びついていない。その点で、政治的な意味合いの大きい混乱です。金融的混乱よりも、むしろ中東からの大量移民で揺れているEUから脱退がさらに続くのか?より大きい問題は、これまた僅差で否定されたスコットランド独立問題の再燃です。スコットランドは、英国から独立してEUに独自に加入する動きが強まるでしょう。そうなると、資本主義の最先進国のイギリスが、いよいよ近代国民国家の解体を迎え、それが拡大してヨーロッパの地域共同体が新たに再編される。それこそ、近代社会の資本主義経済の時代が終わり、新しい歴史のページが開かれる世界史的転換です。ロンドンで死んだマルクスは、あの世で何んと言っているか?気になります。

 ロンドンに亡命し、大英博物館の図書室で勉強して『資本論』を書いたマルクスですが、冒頭の価値論は特に難解です。ウィリアム・モリスも「
[PR]
by morristokenji | 2016-06-25 20:58