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by morristokenji

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『資本論』第1巻のタイトルが「資本の生産過程」、第2巻が「資本の流通過程」になっている。このタイトルからは、第一巻は「資本の直接的生産過程」であり、資本の生産過程の結果であるG-W---P---W'のW'の実現として、資本の流通過程が位置付けられるようにも見えます。事実そのような巻別構成の整理もあるし、マルクスも「直接生産過程の諸結果」など、そうした解釈や整理を予想させる時期もあった。少なくとも『資本論』以前の『経済学批判』段階までは、そうした考え方が強かったように思われます。しかし、『資本論』を執筆する段階では、その巻別構成は大きく変化しているし、それが『資本論』の理解にとり、極めて重要なように思われます。
 まず手がかりになるのが、『資本論』第3巻の冒頭にある以下の指摘です。「費用価格と利潤」のタイトルに直ぐ続いて、「第一巻では、それ自体として見られた資本主義的生産過程、すなわち、外的事情の副次的影響は、すべて度外視されて、直接的生産過程としての資本主義的生産過程が提示する諸現象を、研究した。しかし、この直接的生産過程は、資本の生涯の全部ではない。それは現実の世界では、流通過程によって補足されるのである。この流通過程が第二巻の研究の対象をなした。そこでは、とくに第三篇で、社会的再生産過程の媒介としての流通過程の考察に際して、資本主義的生産過程は、全体としてこれを見れば、生産過程と流通過程との統一であることが示された。この第三巻のかかわるところは、この統一について、一般的反省を試みることではありえない。肝要なのは、むしろ、全体として見られた資本の運動過程から生ずる、具体的な諸形態を発見し、説明することである。」として「諸資本」の競争や信用などの具体的諸態様を解明する方向を示しています。

 『資本論』第三巻は、第一巻と比べてはもちろんのこと、第二巻と比較しても、エンゲルスがマルクスの原稿を単に整理編成しただけで、体系的にまとめられてはいない。しかも、原稿の執筆の時期がそれぞれ不明で、前後の連絡がつけにくい部分が沢山ある。上記の冒頭の部分も、「費用価格と利潤」のタイトルの後に、どこかから移動して来たように、全三巻の巻別編成について重要な指摘がなされている。とくに第三巻については、第一巻と第二巻の統一ではない点が強調され、さらに『経済学批判体系プラン』の「資本一般」の枠組みを否定して、「競争」「信用」「株式資本」(資産)などの具体的諸形態を説く方法論を明確に提示している。その上で「費用価格と利潤」として「諸資本」の競争の具体的形態の説明に入るのです。それとともに、第一巻をここでも「直接的生産過程」としていますが、第二巻の位置づけが問題です。
 ここで第二巻は、第一巻の全体を受ける形ではなく、第一巻の「直接的生産過程」の「補足」として位置付けられている。「補足」だから「直接的生産過程」を補足して「再生産過程」の媒介をする。「補足」媒介の結果として、第二巻、第三篇「社会的再生産過程」の位置づけとなっている。だとすれば、①資本の生産過程としての「直接的生産過程」、②それを補足・媒介する第二巻「資本の流通過程」、そして③資本の再生産過程=「資本の蓄積過程」、その最後に第三篇「社会的再生産過程」、こんな編別構成となる。そして、さらに上記の「競争」「信用」「株式資本」(資産)の第三巻の地平が拓かれる。このような「巻別構成」、そして「篇別構成」のスケルトンが浮かび上がるように思われます。

 以上『資本論』第三巻の冒頭の整理からすれば、第二巻の「資本の流通過程」を「資本の直接的生産過程」の結果である上記のW'の実現過程に矮小化することは出来ないでしょう。W'の実現論は、生産と消費が流通により切り離されていること、そして生産財と消費財をはじめ産業部門間の不均衡が大きいこと、そこからマルサスやシスモンディの過剰生産論や過少消費説が主張されていた。とくに金融恐慌や景気後退期には、今日でも「有効需要」の不足が叫ばれ、マイナス金利など金融の「異次元緩和」も主張され、しかも長期化する。しかし、恐慌や不況は単なるW'の実現問題ではない。実現問題は、流通市場の現象面で提起されるけれども、資本主義経済は「法則がただ無規則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれうるような生産様式」によつて解決される法則的秩序を持っている。市場経済は「無政府性」だけれども、「無法則」ではない。
 すでに貨幣論で明らかなように、W'の実現のためには、貨幣の裏付けを持った「有効需要」が必要です。貨幣の諸機能が重層的に有効需要を形成しますが、「貨幣の資本への転化」論で明らかにしたように、貨幣を前提とする流通形態としての資本は、その「一般的形式G-W-G'」で明らかなように、G-Wで需要し、W-G'で供給する運動体である。自らの運動の内部で需要と供給を統合し、とくに労働力商品を前提に雇用労働で生産過程を支配して供給をコントロールすれば、生産過程を基礎とした需要と供給の統合が可能である。それを前提にして既に述べたように「一物一価の法則」が流通形態で貫徹されるとともに、労働力商品は必要労働により価値規定されて、労働価値説が論証をみるわけです。いずれにしてもW'の実現問題は、「貨幣の資本への転化」に基づく産業資本の運動形式により、法則的に解決されるのです。

 そこで第二巻「資本の流通過程」による第一巻「資本の生産過程」の補足は、資本の再生産過程=蓄積過程の前に置かれ、その上で資本の生産過程と流通過程の統合として、資本の再生産過程=蓄積過程が説かれる、そんな編別構成となるでしょう。流通形態としての資本は、直接生産過程とともに流通過程を内部に組み込み、W'の実現ではなく資本の「姿態変換」としての「循環と回転」、そして「流動資本」と「固定資本」の運動により、資本の再生産過程=蓄積過程の展開につながる。こうした「資本の流通過程」の「補足」・媒介により、資本の再生産=蓄積過程の運動がダイナミックに把握され、そして「資本主義的人口法則」として展開されることになります。とくに資本の蓄積論が、『資本論』では不十分だった周期的恐慌を含む産業循環の基礎として解明される道も拓かれます。
 資本の直接生産過程は、言うまでもなく剰余価値論として展開されますが、それは絶対的剰余価値の生産、さらに相対的剰余価値の生産が説かれる。資本・賃労働の階級関係が解明されますが、その結果もW'の実現ではない。資本による労働力の支配であり、その形態が『資本論』では、第一巻、第六篇「労働賃金」とされている。資本は、労働力を商品として購入しながら、剰余価値生産の支配を通して、労働に対して賃金を支払う形式を完成する。いわば生産過程を流通形態で覆い隠す形態でしょうが、そうした流通形態の支配が前提になり、第二巻「資本の流通過程」による補足・媒介を通して、資本の再生産過程=蓄積過程が展開されるのです。


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by morristokenji | 2017-10-03 20:53
 労働力の商品化を前提にして、同時に土地自然・エネルギーの商品化とともに、「資本の一般的形式」が、産業資本の形式に発展します。『資本論』が明らかにしている通り、そこでは資本が購入し雇用する労働者の労働力の使用価値が生産過程の労働である。資本は購入した労働力を、その使用価値の限度まで使用する。できるだけ長時間にわたり働かせ、生産に従事させる。資本の価値増殖からいって、それは資本に与えられた当然の権利であり、長時間労働は不可避だし、過労死の可能性もある。しかし、長時間労働は無制限に延長するわけにはいかない。労働者の労働は、人権を無視して取引され、「人身売買」される奴隷労働ではない。奴隷は家畜同様に人権を無視され、死ぬほど働かせることも可能だし、それが奴隷経済の特徴だった。その点で、奴隷経済は人間社会として存立する「経済原則」の根拠をもたないし、市場経済に付随する部分的な経済制度(ウクラード)に過ぎない。奴隷社会を、階級社会として、歴史の発展段階に位置付けることはできないと思います。
 もう一つ、産業資本に雇用される労働力は、資本の管理のもとで価値増殖の手段に利用されて労働するが、その労働は必要労働と剰余労働に分かれる。もともと人間は、B・フランクリンの言う通りa toolmaking animal(道具をつくる動物)であり、一日働いて一日生活する「必要労働」だけでなく、それ以上の「剰余労働」が可能である。剰余労働で道具をつくり、道具を機械に発展させ、また老人や病人の介護もする。したがって、労働者は資本のもとで労働し、労働生産物は資本の所有に帰するが、必要労働の部分は賃金を通して買い戻さねばならない。ここでも労働者の人権を保障し、「経済原則」を充足しなければならないのです。こうした労働者の人権の確保という点で、産業資本は剰余価値による価値増殖をはかりつつ、価値法則とともに「経済原則」を充足して一つの社会として成立する。これが『資本論』の純粋資本主義を抽象した社会である。

 このように産業資本は、一方で「経済原則」を充足しながら、他方「経済法則」としては価値法則に基づき価値増殖を図る。労働時間の延長を中心とする「絶対的剰余価値の生産」であり、労度生産性の向上によって必要労働を短縮する「相対的剰余価値の生産」です。経済原則を前提にしつつも。「経済法則」に基づく長時間労働や労働の強度による労働強化は、絶えず「経済原則」と剰余価値生産の緊張を強め高める。労働生産性の向上もまた、「機械制大工業」に基づく協業や分業の拡大であり、工場制度のもとで機械体系が「組織者」として労働者が支配される。労働者は機械の単なる付属物となり、チャップリンの『モダン・タイムス』であって、「人間疎外」が確実に進む。ここでも「経済原則」の労働生産性向上と「経済法則」の価値増殖の緊張は高まります。『資本論』には、ロンドンの大英博物館の「図書室」が提供した膨大な資料が、法則の実証に役立っていることが判ります。
 このように産業資本による資本の生産過程では、剰余価値生産による「経済法則」の解明の中で「経済原則」が明らかにされます。A・スミスは、労働生産物を商品的富として、「本源的購買貨幣」である労働により、生産過程を自然から生産物を購入する過程とした。「生産過程の流通過程化」であり、流通主義による資本主義経済の絶対視だったのです。マルクスは、スミスの労働価値説を継承しながら、「価値形態」を明らかにして、労働生産物ではない、労働力の商品化の解明に成功した。価値関係による労働力の商品化の解明ですが、それにより流通過程と生産過程を区別し、スミスの流通主義の誤りから脱却した。人間が自然に働きかける労働は、貨幣で商品を購入するのではない。「経済原則」にもとづく人間の超歴史的行為であり、そこに「人権の保障」の基礎があり、人間解放の原点があることを提示したのです。「経済原則」を組織的に、主体的に実現する、それにより資本主義を超える地平が拓かれたと言えます。

 経済関係は、言うまでもなく人間が自然に働きかける生産過程、および生産した生産物を消費する消費過程から成り立ちます。その生産と消費の関係に基づく再生産により、生産過程も繰り返され再生産が可能となる。その点で労働力の再生産としての消費過程も、生産過程とともに「経済原則」を構成する。消費過程は、言うまでもなく経済主体としては「家計」(house holding)と呼ばれ、家庭(home)や家族(family)とともに消費生活が営まれる。その点では、消費過程は経済原則そのものであり、経済法則の支配は家計の面から所得・収入で制約されるだけである。しかし、ここでも個々人の労賃など、所得・収入から消費支出されるのであり、消費市場の経済法則からの影響を免れない。労働力の商品化により、生産と消費が切り離され、家庭や家族と言った共同体的な人間関係が切り崩されて、家族・家庭の崩壊も進む。ここでも経済原則と経済法則の緊張関係が強まり、労働力の再生産が歪められる点を無視できないでしょう。
 消費過程を労働力の再生産とした時、それは教育を中心に生産過程の技術水準の発展など、生産性の向上に資する必要がある。経済原則としての生産性の発展による「経済成長力」の上昇を進め、それがまた資本の価値増殖、上記の相対的剰余価値の生産に結び付く。資本による技術の向上、生産性の上昇、経済成長力の確保も、経済原則に基づく経済法則による社会的再生産の発展です。そうした発展を無視して、資本主義の成長が労働者の貧困の蓄積だけだ、と見ることはできない。その点で、いわゆる「窮乏化法則」のドグマに陥ってはならない。必要労働による労働力の再生産も、消費生活による消費財など歴史的、文化的、教育的水準の高度化を前提にする。そこに経済原則を踏まえた資本主義の歴史的発展による「人口法則」の特徴が認められるのです。「人口法則」については後述します。

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by morristokenji | 2017-09-07 20:38

④貨幣の資本への転化

『資本論』第2章の「貨幣または商品流通」では、「貨幣論」と言っても、貨幣の機能が中心的に論じられ、信用論や金融論との関連は立ち入ってはいません。しかも、貨幣の価値尺度の機能は、その購買手段としては、流通手段の機能と結びついている。流通手段は、とくに通貨の流通量の調節のために、貯蓄手段である「貨幣蓄蔵」が必要であり、さらに支払手段を説くことになっている。最後が「世界貨幣」ですが、ここで「世界市場」が登場し、世界市場の価格差を利用して、「貨幣の資本への転化」を説く解説も可能か、と思います。
 流通市場には、確かに国内市場と世界市場の区別があり、商品の価格差としては、複数の国内市場にまたがる世界市場の価格差が大きい。その価格差を利用して商社などが巨利を獲得している。資本の商業的活動は、世界市場の価格差に根差している現実が判り易いと思います。しかし、『資本論』の純粋資本主義の世界では、流通市場も一般的に説かれるのであり、世界市場も国内市場も区別されない「市場一般」が抽象されて理論化されなければならない。事実、世界市場だけでなく、国内市場でも価格差は不断に生じているし、資本はそれを利用して利殖を続けているのです。資本は、世界市場、国内市場を問わず、不断に形成される「無規律性の盲目的に作用する平均法則」として実現される市場経済の価格差を利用し商業的活動が展開されるのです。生産過程を基礎とする産業資本も、資本としては内部に生産過程を包摂しながら、G-W--P--W'-G'として形態的にはG-W-G'の形式で自己増殖しています。

 『資本論』第2篇「貨幣の資本への転化」でマルクスは、資本の一般的形式をG-W-G'としています。商品から出発し、関係概念としての商品価値を価値形態とする。貨幣形態から貨幣の諸機能を展開したマルクスは、商品・貨幣の流通形態として資本も流通形態としてG-W-G'を、「資本の一般的形式」としたのです。具体的には、商品・貨幣の流通市場に絶えず生ずる価格差を利用し、GをG'に価値増殖する運動体としての資本です。ここでマルクスは、労働手段など物的な資材(Stock)を「資本」としてきたスミスなど古典派経済学の資本概念を根本的に批判して、関係概念としての資本の新たな定式化に成功したのです。資本も商品、貨幣とともに、関係概念として資本家と労働者などの階級概念を解明することになります。マルクスにとって資本概念こそ、資本主義経済の根底をなすものだし、だから『経済学批判』ではなく、本のタイトルを新たに『資本論』と銘打って、自説を世に問うことにしたのでしょう。
 しかしマルクスは、ここでも冒頭の商品論をスミスと同じ労働生産物として、労働価値説を説いてきた。貨幣の価値尺度でも、労働実体による内在的尺度を前提とする貨幣機能だった。そのため流通市場における価格差、いわゆる物価変動が、「無規律性の盲目的に作用する平均法則」として、価格の基準を形成する価値尺度の意義を十分に明確にできなかった。また流通市場における貨幣の諸機能を前提としながら、流通形態としての資本の運動が、商品の価格差を利用しながら、貨幣の諸機能とともに、具体的には「価値尺度」としての購買手段が「一物一価の法則」を実現する。こうした価値法則を実現するメカニズムの解明も不明確なまま、資本の労働者の剰余労働の搾取による階級支配が強調されるだけに終わってしまっている。以下、その点を検討しましょう。

 「貨幣の資本への転化」では、マルクスは第一節で「資本の一般的形式」を説き、単純な商品流通W-G-Wと対比しながら、資本の価値増殖のためには商品Wの価格差を利用し、G-Wで安く購入し、W-G'で高く販売しなければならない。自己増殖する価値の運動体としての資本の説明です。ところがマルクスは、労働価値説の前提をここでも持ち出し、第二節「一般的形式の矛盾」では、労働価値説にもとづく等価交換からは「こういうことは分かった、すなわち、剰余価値は流通からは発生しえない、したがって、その形成には、何か流通そのものの中で見えないあることが、その背後に行われているに相違ないということである」として、こう述べる。「資本は流通からは発生しえない。そして同時に流通から発生しえないというわけでもない。資本は同時に、流通の中で発生せざるをえないが、その中で発生すべきものでもない」として、有名な「Hic Rhodus,hic salta!(ここがロドスだ、さあ飛べ)」として、第三節「労働力の買いと売り」に飛躍してしまうのです。
 しかし、こうした説明では、そもそも何のために「資本の一般的形式」G-W-G'を説いたのか。初めから労働力商品の売買を説明し、産業資本形式を説いてもよいのではないか?資本の一般的形式G-W-G'を持ち出しても、それを等価交換の法則で否定するために持ち出しただけではないか?そのため資本の一般的形式は、「先大洪水時代の姿である商業資本や高利貸資本」の存在に結び付けたり、先に述べた「世界貨幣」から世界市場の価格差を説明することになって、理論的な「貨幣の資本への転化」の説明にはならないのではないか?いずれにしても『資本論』の説明では、理論的説明にはならず、そのために歴史的な単純商品社会の想定や世界資本主義論の歴史観などを産むことになってしまったように思われます。そして、その原因は『資本論』冒頭からの労働価値説による等価交換の法則のドグマにあるように思われるのです。

 流通市場には、時間的にも空間的にも、不断の価格差が存在する。その価格差を流通形態としての資本は、上記のようにWを安く購入G-Wし、それを高く販売W-G'して、GをGに'価値増殖する。この場合、とくに注意しなければならないのは、安く購入するG-Wは、それが活発に行われれば行われるほど、価格を上昇させ需要を減退させる。逆に、高く販売するW-G'は、供給の増大により価格を引き下げる傾向をもつ。つまり、価格差があればあるほど、資本の運動は活発になるが、結果的に価格は上昇して需要が低下し、逆に供給は増大して価格が引き下げられる。つまり、価格差を消滅させるのが、自ら需要し供給する資本の運動に他ならない。まさに「一般的形式の矛盾」ではないか?流通形態としての資本の一般形式G-W-G'は、価値増殖の運動として需要と供給を統合しながら、安い価格を引き上げ、高い価格を引き下げる。結果的に需要と供給を統合しながら、価格差を解消し「一物一価の法則」を実現するのです。
 貨幣論では、もっぱら貨幣の機能によりG-Wの需要、購買力の裏付けのある有効需要のサイドから、価格差を解消する機能を説明してきた。それに対し、資本の一般的形式では、商業的機能G-W-G'に加えて、さらに金融的機能G➛G-W-G"➛G'により補足し、その上で需要サイドだけでなく、供給W-G'の供給サイドからも価格差を解消する。すでに資本主義経済の商品形態は、労働生産物や資本の生産物だけではない。商品経済的富の根源である労働力や土地・自然エネルギーも価値形態を与えられて商品である。資本は供給サイドから、第三節「労働力の売買」を通じて、生産過程Pを通してW-G'を進める。資本の産業資本形式G-W---P---W'-G'の登場ですが、ここで初めて価値関係が生産過程の労働=価値実体と結びつくことになる。価値法則が「一物一価の法則」として、労働価値説の論証が可能になるのです。

 ここでは、『資本論』の「労働力の売買」の説明で、ほぼ十分です。産業資本はG-Wで労働力商品Aを購入し、労働者を雇用する。資本の購入した労働力商品の使用価値は労働であり、生産過程の労働は、人間労働として経済原則からも必要労働だけでなく、剰余労働を行う能力を持ち、したがって剰余価値を生産する。人間は「道具をつくる動物」として、必要労働+剰余労働を行う。しかも資本主義経済の労働力は、単純な労働力として「何でも生産」し供給できる。資本は有効需要のサイドだけでなく、産業資本として供給サイドから全面的に供給を調節して、需要と供給の統合を図り価格基準を「一物一価の法則」として実現する。しかも、それは必要労働+剰余労働として、労働の関係に基づき価格基準が形成される以上、たんなる購買手段としての外在的尺度にとどまらず、貨幣の価値尺度機能もまた、内在的に尺度されることになるのです。
 ただ、ここで問題になるのは、『資本論』のように冒頭から労働生産物を商品として、労働価値説を論証してきた。さらにマルクスの労働価値説の論証を批判して、「資本の生産物」に商品を限定したとしても、ここで「ロドス島」に飛躍して労働力商品Aを外部から導入しなければならない。歴史的には労働力は、人間の能力であり、土地・自然エネルギーとともに、いわゆる「資本の本源的蓄積」により、中世封建主義の制度的崩壊により初めて商品化した。しかし、ここで「歴史的・論理的」に世界市場の発展とエンクロージャー・ムーブメント(土地囲い込み運動)など、歴史的過程を持ち出すわけにはいかない。そのためにマルクスは、上述のように「資本の一般的形式」G-W-Gの矛盾をいきなり設定し、しかも「ロドス島」に命がけの飛躍を試みて、労働力商品を導入したのです。しかし、後に改めて取り上げますが、『資本論』では第7篇「資本の蓄積過程」第24章「いわゆる本源的蓄積」を説き、「貨幣の資本への転化」論を補足する。さらに「資本蓄積の歴史的傾向」として、単純商品生産史観ともいうべき「所有法則の転変」の歴史観を述べているのです。

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by morristokenji | 2017-08-29 20:53
 『資本論』では、商品論に続いて第3章で「貨幣または商品流通」を論じています。その最初が「価値尺度」ですが、たんに一般的な価値表現、つまり価格形態の表現材料の貨幣ならば、すでに価値形態論の最後で明らかにされている。とすれば、貨幣論としては、貨幣商品による商品の購買機能として、価値尺度を論ずることになる筈です。しかし、ここでも労働価値説が前提されているために、マルクスは一方で、商品の労働生産物として価値実体が、貨幣による価値によって内在的に尺度される。すなわち、「価値尺度としての貨幣は、商品の内在的な価値尺度である労働時間の必然的な現象形態である。」「貨幣は、人間労働の社会的化身として、価値の尺度である」と述べています。
 しかし、他方で一般的等価物としての貨幣は、まず商品の価値を価格として表現し、「確定した金属重量としては、価格の尺度標準である。」ここではまだ価格形態であり、貨幣は観念的形態にとどまっている。また尺度標準は、「不変の価値尺度」ではなく、変化する尺度で変化する価値を尺度せざるを得ない。その上での尺度機能になりますが、貨幣が一般的等価として商品を購買し、価格を実現することによって、外在的に尺度することになる。そこでマルクスは、「価格と価値の大きさとの量的不一致の可能性、すなわち価値の大きさに対する価格偏差の可能性は、かくて価格形態そのものの中にある。このことは少しもこの形態の欠陥ではなく、逆にこれを一生産様式によく当てはまる形態にするのである。この生産様式では、法則は、もっぱら無法則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれうるのである」と述べています。

 マルクスが、ここで価値形態を前提にして、資本主義経済の法則性の特徴を、「法則は、もっぱら無法則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれうる」と定式化した点は、極めて重要です。マルクスの価値法則は、たんなる等価交換の法則ではないし、たんなる平均法則でもない。「無法則性の盲目的に作用する平均法則」であり、無政府的ではあるけれども「無法則」ではない。「盲目的に作用する平均法則」、それが価値形態論から展開された「価値法則」の特徴であり、さらにマルクスは価値と価格の量的乖離の必然性にとどまらず、ここでは「質的乖離の必然性」にも説き及んでいる。「何ら価値をもたない未耕地の価格のような想像的な価格形態も、現実的な価値関係、またそれから派生した結びつきをを隠ししていることがある。」「隠していることがある」のではないのです。そもそも商品形態は、古典派経済学やマルクスのように、たんなる「労働生産物」だけではなく、富の根源となる労働力や土地・自然をも商品形態、したがって価値形態を与えているし、労働力も土地・自然も貨幣が購買し価値尺度するのです。
 こうした価値尺度機能からすれば、貨幣が商品を購買し「盲目的に作用する平均法則」がどのように具体化するのか?マルクスは、貨幣の外在的な尺度機能については、「価値の観念的な尺度の中に、硬い貨幣が待ち伏せている」として第2節「流通手段」の機能に移行しています。確かに貨幣の購買手段の機能も、貨幣が各種の商品を購買し商品流通を形成する中で具体化する。しかし、価値形態を前提に、価値の観念的な尺度が現実に具体化するさい、商品の需要と供給と価格の変化が生じ、そこに上記の「盲目的に作用する平均法則」が示される。その解明こそが、貨幣の外在的な価値尺度になるはずです。その点では、マルクスの説明は中途半端に終わっているし、補足的説明が不可欠でしょう。

 貨幣が商品の価値を購買により尺度するにあたり、まず前提されるのは、価値形態の貨幣形態ですが、貨幣形態は相対的価値形態の商品が、等価形態である一般的等価物を観念的に表示する。具体的に商品取引の場を想定すれば、商品が自己の価値表示として、例えば「一金○○円」という正札を下げる状態に他ならない。色々な商品が正札をぶら下げながら、貨幣所有者である顧客の購買を期待して待機する市場の状態です。
 その上で、商品の側から積極的に、押し売りは出来ない。商品は、価値表現については積極的だが、販売は受け身で、貨幣に買ってもらう、言い換えれば貨幣が積極的に購買手段として購買する。その際、取引に当たり、購買者と販売者は「値切り小切り」の商談をするが、最終的に価格は貨幣の購買手段の機能で決定されます。この際、商品の販売者は実現されつつある価格を見ながら、価格が上昇するなら供給を増加させる。いわゆる供給曲線の右肩上がりの傾向を示すでしょう。また商品の種類により違いが出てきますが、需要する側は反対に、価格が上昇するなら、購買を差し控えるから、右肩下がりの曲線になる。したがって、通常の状態であれば、右肩上がりの供給曲線と右肩下がりの需要曲線の交点で価格が均衡する傾向がみられることになる。
 このように価格は、需要と供給の相互の関係で決まりますが、しかし価格の決定は貨幣の側にあり、貨幣の購買手段が価格を決め、価格が均衡し価格の基準が形成されます。価格基準の形成は、一般に「一物一価の法則」と呼ばれていますが、マルクスの「価値尺度」は購買手段が商品の購買を繰り返し、価格変動になかで価格基準が形成され、「一物一価の法則」が実現されること指すと見ていいでしょう。マルクスが、上述のように「盲目的に作用する平均法則」もまた、貨幣の価値尺度機能が商品の購買を繰り返しながら、価格基準が形成される、そうした無政府的な傾向の中で、それを通して法則が実現される特徴を説明したと言えます。

 資本家的商品経済の「価値法則」は、マルクスが『資本論』冒頭の労働価値説による等労働量の交換の法則ではない。したがってまた、単純商品生産社会の商品生産者の「自己の労働に基づく商品生産」の所有法則でもない。価値尺度による「無政府的」で「盲目的に作用する平均法則」としての「一物一価の法則」として実現されます。しかし、言うまでもなく貨幣の購買機能は、貨幣が商品市場でマルクスも事実上、流通手段の機能として説明していますが、流通手段の機能、さらに「貨幣としての貨幣」の蓄蔵貨幣=貯蓄手段の機能、さらに支払い手段の機能による仕組みの中で購買手段の機能も具体化する。さらに、商品の供給を調節する点では、「貨幣の資本への転化」による産業資本の運動が、価値尺度の機能の機構的裏付けにならざるを得ないのです。
 「価値法則」は、形態的には価格変動の基準が形成され、「一物一価の法則」として実現される。しかし、価値法則の実体そのものは、「貨幣の資本への転化」を通して、産業資本の運動形式、とくに「労働生産物」ではない、しかし資本家的商品経済的富の根源にある労働力商品の価値規定により、「商品の再生産に必要な労働量」によって決定されることになる。そこで、貨幣論の諸機能については、『資本論』の多くの研究に譲り、ここでは問題の焦点になる「貨幣の資本への転化」について、とくに『資本論』の純粋資本主義の抽象による論理によって解明することにしましょう。 

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by morristokenji | 2017-08-13 15:43
②価値形態論と交換過程論
 マルクスは、価値形態論を説明した後、「商品の物神的性格とその秘密」の中で、こんな注記をしています。「古典派経済学に、商品の、とくに商品価値の分析から、まさに価値を交換価値たらしめる形態を見つけ出すことが達成されなかったということは、この学派の根本的欠陥の一つである。A・スミスやリカードのような、この学派の最良の代表者においてさえ、価値形態は、何か全くどうでもいいものとして、あるいは商品自身の性質に縁遠いものとして取り扱われている。その理由は、価値の大きさの分析が、その注意を吸いつくしているということにあるだけではない。それはもっと深いところにある。労働生産物の価値形態は、ブルジョア的生産様式の最も抽象的な、だがまたもっとも一般的な形態であって、その生産様式は、これによって社会的生産の特別なる種として特徴づけられ、したがって同時に歴史的に特徴づけられているのである。したがって、もし人あって、これを社会的生産の永久的な自然形態と見誤るならば、必然的に価値形態の、したがってまた商品形態の、さらに発展して、貨幣形態、資本形態等の特殊性をも看過する。」
 少し長い引用ですが、スミスが本源的購買貨幣とした労働で、自然から労働生産物を購買して、生産過程を流通過程とした素朴な流通主義の誤り、それが価値形態、貨幣形態、さらに資本形態、そして労働力の商品化をも看過した根本的誤謬と見ている。とすれば、マルクスの方も、商品形態をたんなる労働生産物に還元しないで、労働力や土地・自然を含む商品形態、そして形態規定から価値形態を展開しなければならなかったのではないか?その点が不明確なために、マルクスの価値形態論もまた、理論的に多くの不十分な点を残しています。とくに労働生産物が商品交換で等置されれば、等量の労働により等価交換が行われる。そのため価値形態論で提起される相対的価値形態と等価形態の役割の違い、つまり相対的価値形態の商品の側の「一方的価値表現」といった形態的特徴が不明確になってしまう。古典派経済学と同様、商品交換は商品のたんなる相互交換であり、したがってまた貨幣も、商品交換の便宜的媒介物に過ぎなくなってしまうのです。
 
 マルクスは一方で「蒸留法」で労働価値説を論証し、古典派経済学の価値実体を継承しますが、同時に商品価値を価値関係として、価値形態を明らかにしました。すでに価値形態として貨幣形態を導き、貨幣の必然性を論証しています。にもかかわらず第2章として「交換過程」を説明し、第1章を補足するのです。そのため第1章と第2章の関係、第2章で何を補足しようとしているのか?色々議論が出ることになる。その論争には立ち入りませんが、マルクスが第2章「交換過程」を論じた理由をここでは探って見ることにしましょう。
 「商品は、自分自身で市場に行くことができず、また自分自身で交換されることもできない。」とマルクスは述べ、まず「商品所有者」を登場させます。しかし、価値形態を論ずるときも、商品所有者はいたはずであり、商品所有者の商品関係、価値関係、それが価値形態だったはずです。それなのに、ここで交換過程を論ずる段になって、わざわざ商品所有者を登場させるのは、商品所有者の法的関係、「私有財産所有者」としての認知が必要としているのでしょう。その認知の上で、交換に当たり「商品はそれが使用価値として実現される前に、価値として実現されねばならない」、と同時に「他方において、商品は、それが価値として実現される前に、使用価値であることを立証しなければならない」と述べ、古典派経済学と同様に商品交換の矛盾を提起します。

 しかし、この交換の矛盾は、すでに価値形態論で明らかにされている筈です。しかしマルクスは、ここでさらに「直接的な生産物交換」=物々交換を持ち出し、その拡大の中で「交換の絶えざる反復は、それを一つの規則的な社会的過程とする。」その中で一般的等価となる「第三の商品」が便宜的媒介物として登場し、貨幣商品となる。こうした商品経済の歴史的説明に関連してですが、「商品交換は、共同体の終わるところに、すなわち、共同体が他の共同体または他の共同体の成員と接触する点に始まる」とか、「金と銀はほんらい貨幣ではないが、貨幣はほんらい金と銀である」といった興味深い示唆に富んだ名言も出てきます。
 このように物々交換から商品の交換過程の歴史的な拡大と発展を通して、マルクスは貨幣商品の歴史的形成を説明し、価値形態論の論理を歴史により裏付けようとしているのでしょう。しかし、この歴史的・論理的説明も、出発点が「商品所有者」であり、商品所有の歴史的根拠を求めることになってしまう。労働価値説が前提になっている以上、貨幣物神の説明も次のようになります。「土地の内奥から取り出されてきたままの金と銀とは、同時にすべての人間労働の直接的な化身である。このようにして貨幣の魔術が生まれる。人間がその社会的生産過程で、たんに原子的な行動を採っているにすぎぬということ、したがって、彼らの規制と彼らの意識した個人的行為とから独立した彼ら自身の生産諸関係の物財的な姿は、まず、彼らの労働生産物が一般的に商品形態をとるということの中に現れる。したがって、貨幣物神の謎は、商品物神の目に見えるようになった、幻惑的な謎に過ぎない。」

 ここでは、貨幣商品もまた金や銀の労働生産物に還元され、貨幣物神も「労働生産物が一般的に商品形態をとるということの中に現れる」として、価値形態論を通して解明された「貨幣物神」は、たんなる「商品物神」論に解消されてしまうのでう。古典派経済学は、スミスのように生産過程を流通過程化して、労働を「本源的購買貨幣」として流通主義に陥った。マルクスは、価値形態論を展開し、上記のように貨幣形態、資本形態、そして労働力の商品化を説明したはずです。しかし、マルクスの第2章「交換過程」論は、価値形態の論理を商品所有者による商品所有の根拠を問いながら、交換過程と貨幣の歴史的発生に踏み込んでいる。価値形態論の論理と歴史の統一を図ろうとしたのでしょうが、それは古典派の流通主義への逆転だったように思います。
 さらに言えば、マルクスがここで商品所有者による商品所有の根拠を問いながら、商品を労働生産物に還元している。ここでの商品所有者は、労働生産物の所有である以上、商品所有者は「単純商品生産者」であり、単純商品生産社会の「交換過程」です。しかし、周知のように歴史的に単純商品生産社会は存在しなかったし、その交換過程も存在しなかった。スミスは「初期未開の社会」から出発し、事実上、単純商品生産社会で労働価値説を展開した。マルクスもここで労働価値説を継承し、単純商品生産社会で「自己の労働にもとづく個人的所有」の「所有法則の転変」を論ずることになりますが、そうした「単純商品生産史観」については、後述します。

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by morristokenji | 2017-08-11 13:57
 冒頭「商品論」について
『資本論』第1巻第1章の冒頭「商品」については、その2要因である使用価値と価値の中、とくに価値について、労働価値説の論証が問題になってきました。マルクスは近代社会の資本主義経済の富について、それは「巨大なる商品集積」として現れ、その富の細胞ともいうべき「成素形態」を商品としたのです。
 
 商品の使用価値は、「他人のための使用価値」ですが、その属性により人間の欲望を満たす、いわゆる商品の用途に過ぎない。用途として役だっかどうかを確かめれば足りるのです。
 しかし価値の方は、「交換価値」として現れますが、その交換力は使用価値のように確かめられない。価値は、商品の物それ自身、つまり物的対象ではないからです。
 
 経済学を体系化した「古典派経済学」のA・スミスは、商品はその所有者が自然から労働によって買ってきたと考え、労働を「本源的購買貨幣」とした。ここから価値を労働によって規定する「労働価値説」が主張されることになったのです。
 しかし、このスミスの説明は明らかに間違っている。所有者が労働によって自然から買うのではなく、生産するのです。スミスは生産を、流通にしてしまっている、素朴な流通主義の主張に過ぎない。モノの生産と流通とは明確に区別しなければならない。
 
 さらに素朴な流通主義からすれば、本源的購買貨幣の労働で生産=購入する商品は、すべて労働生産物になる。スミスの『国富論』の富は、労働生産物としての富であり、労働生産物ではない土地・自然や人間の労働力は商品として扱われない。土地・自然や労働力を対象から除外してしまう商品論であり、価値論です。ここから素朴な労働価値説が主張されたのです。

 マルクスの『資本論』(1867年)は、その副題が「経済学批判」であり、スミスなど古典派経済学批判として書かれました。約7年前の1859年に書いた『経済学批判』では、まだ曖昧だった「価値形態」とともに、労働力の商品化も明確になり、価値と生産価格の違いも理論的に明確になった。とくに労働力の商品化により、生産と流通との差異が明確にされ、スミスなどの素朴な流通主義を克服して、資本の価値増殖を剰余価値の生産として理論化したのです。

 ところが、マルクスは純粋資本主義を抽象して『資本論』を書き、資本主義経済の富である商品集積について、「ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態である」と述べています。ここで彼は、商品経済的な富を古典派経済学と同じ「労働生産物」としてしまっている。このように商品を労働生産物に還元したうえで、いわゆる「蒸留法」で労働価値説を展開するのです。「いま、商品体の使用価値を無視するとすれば、それになお残る属性は、労働生産物ということのみである。」しかも使用価値を捨象する以上、「その中に現されている労働の有用な性質も消失する」から、「それは同じ人間労働、抽象的人間労働に通約される」それが「社会的実体の結晶としての価値」であるとして、労働価値説が定式化されるのです。
 
 しかし、この「蒸留法」と呼ばれるマルクスの論法は、明らかに形式論理としても、たんなるトートロギ―に過ぎない。古典派と同様に、あらかじめ労働生産物だけを取り出しておいて、共通なものは労働だというのは明らかに同義反復にすぎず、論証にはなっていない、というマルクス批判を呼び起こしたのです。労働生産物に限定し、労働価値説が主張されれば、労働生産物ではない労働力や土地・自然は、商品論の対象には含まれないことになる。

 労働力や土地・自然は、たんなる労働生産物ではないが、言うまでもなく富の根源であり「成素形態」です。土地・自然も労働力も、労働生産物とともに商品として、日々大量に取引されている。労働力は労働市場で取引され、土地・自然は「不動産市場」で頻繁に取引されるのが資本主義経済です。とくに労働力商品は、無産労働者にとっては、自分で使うことができない100%「他人のための使用価値」です。資本主義経済の商品経済的富は、労働生産物だけでなく、富の根底をなす労働力や土地・自然を含み、したがって労働価値説を超えた、新たな商品価値論が必要だった。そこにまた『資本論』の古典派経済学批判の意義もあったのです。
 
 マルクスの商品論、その価値論は、単ある労働生産物だけではない。労働力や土地・自然、そしてエネルギーまでも商品として取引される、そして生産をめぐる人間関係=生産関係が形成される、その関係概念として価値関係が提起されているのです。マルクスは、一方で労働生産物としながら、同時に他方では交換価値をたんなる交換比率としてではなく、関係概念として価値形態としたのです。マルクスの価値形態論こそ、労働生産物を包み込みながら、労働生産物ではない労働力や土地・自然をめぐる価値関係を明らかにしているのです。

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by morristokenji | 2017-08-03 19:36
 冒頭「商品論」について
『資本論』第1巻第1章の冒頭「商品」については、その2要因である使用価値と価値について、とくに価値について労働価値説の論証が問題になってきました。マルクスは近代社会の異本主義経済の富について、その細胞ともいうべき「原基形態」を商品としました。商品経済的富の分析から出発しました。

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by morristokenji | 2017-08-03 19:35
 冒頭「商品論」について
『資本論』第1巻第1章の冒頭「商品」については、その2要因である使用価値と価値について、とくに価値について労働価値説の論証が問題になってきました。マルクスは近代社会の異本主義経済の富について、その細胞ともいうべき「原基形態」を商品としました。商品経済的富の分析から出発しました。

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by morristokenji | 2017-08-03 19:35
 米トランプ政権の誕生は、敗戦直後の日本を思い出させるような価値観の混乱を引き起こしているようです。神国日本の勝利を信じていた国民大衆は、敵国のアメリカから占領政策として押し付けられた「自由と民主主義」の理念と価値観を受け入れられないどころか、先ず民主主義が理解できない。小中学校の教師が、我々生徒に向かって「先生も民主主義が解らないから、皆で一緒に学びましょう」昨日までの軍国主義者の苦衷を、弱々しく訴えていたのを思い出します。教室から生まれる「手作り民主主義」の誕生でした。
 この「自由と民主主義」の価値観により、戦後日本は国民的統合が維持され、また外交など対外関係も進められてきた。また、「自由と民主主義」を党名に掲げた自民党の政権支配も続いてきた。そうした価値観に真っ向から対立するようなトランプ大統領が出現し、暴言・放言が連発される。大統領就任と同時に、いち早く自由貿易を象徴するTPPからの離脱、さらにその前提となるNAFTAの見直しを始める。そればかりか、合衆国として「民族のルツボ」の移民国家であるにもかかわらず、イスラム圏7カ国からの入国制限を強行し、内外の亀裂が拡大して民主主義の危機を招いています。
 トランプ革命は、「自由と民主主義」を踏みにじり、アメリカや世界をどこにに持って行こうとしているのか?戦後70年、いま日本人の多くは、再び敗戦時に似た価値観の喪失と将来への不安に陥っているのです。トランプ革命の行方を考えてみたいと思います。
 
 敗戦で先勝国アメリカから降ってきたような「自由と民主主義」も、今日まで多くの紆余曲折を経てきました。当初は、占領軍による敗戦国の統治のための「自由と民主主義」だった。占領政策の名のもとに、教科書から神国日本の説明や戦闘機の日の丸の写真に墨を塗って、それらを消去する作業から開始されました。占領軍の権力的な強制であり命令だった。また、戦後の民主化政策として農地改革、財閥解体とともに容認された労働組合のストライキ権も、マッカーサーの命令で1947年2月1日のゼネストは圧殺されてしまいました。占領軍の政策のための「自由と民主主義」に過ぎないことを、我々は身をもって学んだのです。
 この占領政策が終わらない中に、1950年6月25日、朝鮮動乱が勃発した。同じ戦勝国であり連合国として占領に責任を持っていた米ソが対立し、共産党政権が誕生したばかりの中国も参戦した。東西冷戦時代の開幕です。占領下の「自由と民主主義」は、アメリカを中心とする西側陣営を組織的に統合するイデオロギーに代わったのです。東の世界は、戦勝国そして連合軍を構成していたソ連を中心に、プロレタリア独裁による中央集権的な指令型計画経済の組織体制でした。東西二つの世界が、ベルリンの壁を挟んで真っ向から対立し、異なる価値観によりそれぞれ組織的に統合され、軍事的にも睨み合う。この冷戦状態が1991年のソ連崩壊まで、約半世紀の長期にわたり持続した、まさに異常な時代だったのです。

 この異常な時代の幕開けの時点で、冷戦体制の構築を加速させるためのサンフランシスコ講和条約が、日米安保条約とともに締結されました。1951年9月8日、朝鮮戦争がまだ停戦をみない時点での講和であり、占領状態の異常な終結だった。当時、単独講和か全面講和か、日本では国論を二分する激しい対立が起こり、大学はゼネストで単独講和に反対しました。単独講和論、それは連合国による占領を終わらせ、早期に米国を中心に西側陣営の構築を図る、そのためには東のソ連、中国に対する最前線基地の防塁として日本列島を利用し、日米安保条約の締結を急ぐための講和条約だった。それに反対する全面講和論は、朝鮮戦争は無論のこと、冷戦構造にも反対して、中ソとも講和条約を結び、領土問題や賠償問題も全面解決して、第2次大戦の戦後処理の完全解決を図る主張でした。
 世論の動向もあって、全面講和論は敗れ、単独講和と日米安保条約が成立、日本はアメリカを頂点とした西側陣営の「自由と民主主義」の陣営に組み込まれました。しかし、同時に単独講和だったために、中国は会議に招待もされず、ソ連は講和条約に反対し、朝鮮半島は戦闘状態、そのため単独講和は「片面講和」だった。そのためにソ連の北方領土をはじめとする竹島、尖閣、沖縄などの領土問題を、今日まで未解決なまま残すことになってしまった。その点で領土問題は、サンフランシスコ条約と日米安保条約の後遺症であり、負の遺産として今後も残り続けることになります。

 東西冷戦体制の中で、日本は「自由と民主主義」の価値観で西側陣営の一員になりますが、この「自由と民主主義」も、あくまで冷戦体制のもとでの価値観に過ぎない点が重要です。そこで冷戦体制ですが、世界大戦の戦争状態、つまり「熱戦」ではない。しかし、東西の両陣営が軍備を拡張し、不断の軍拡競争を展開する体制です。そもそも冷戦が、アジアでは朝鮮戦争の勃発で始まり、その中でサンフランシスコの単独・片面講和条約が結ばれて出発した。だから冷戦の下で朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争など、世界大戦のような全面戦争は回避されたものの、局地戦争、部分戦争が世界各地で次々に勃発したのです。だから「自由と民主主義」もまた、単なる市場の自由な競争だけでなく、局地戦争、部分戦争とセットだし、抱き合わせだった。
 したがってまた、冷戦体制は安保体制の構築と維持が不可欠だったし、冷戦体制下で米・ソの核開発競争が展開されました。第2次大戦の終結が、広島・長崎での原爆投下によるものであった以上、戦後の冷戦体制の下での安全保障もまた、核の抑止力によらざるを得ない。東西冷戦は、米ソの核の傘のもとに、二つの陣営が組み込まれて対立する構造だったわけです。実際、冷戦は米ソによる核開発、核拡大の競争であり、両陣営の対立だった。もちろん原子力開発は、第二次大戦中の軍事利用、米の「マンハッタン計画」として進められ、1945年7月に原爆実験が成功した。それを利用して8月に広島、次いで長崎に原爆が投下され、日本の無条件降伏により第二次大戦は終結した。しかし、核開発は終わらないのです。

 戦後の冷戦体制は、戦時下の軍事主導による核開発によって構築されたといってもいい。アメリカは、原子力開発の歴史をスタートさせた国であり、冷戦下の核開発競争をリードしてきました。上記の原爆製造に成功の後、軍事利用の目的で核燃料製造のための巨大施設が建設され、さらに巨大科学の研究開発システム、さらにまた多数の民間企業の参加・協力体制も構築されたのです。文字通りの「産軍複合体制」です。しかも、ヨーロッパではベルリンの壁、北東アジアでは朝鮮戦争による38度線で東西二つの世界に分断された。ソ連もまた、間もなく第1回の原爆実験に成功し、米ソ、東西の核開発競争が始まります。米トルーマン大統領の水爆実験(1952‐3年)が行われ、米ソの核軍事力の拡大競争はエスカレートし、53年にソ連の水爆実験も成功しました。この時点で、米ソ双方で約4万発の核爆弾を蓄え、飽和状態に達した、とも言われています。
 1953年、アメリカ大統領アイゼンハワーが、国連で有名な「Atoms for Peace」原子力平和利用を提案しました。すると翌54年には、ソ連がモスクワ郊外の原子力発電所で5MWの発電を行うなど、熱戦のための原子爆弾の製造から、冷戦のための平和利用で原子力発電が開始されます。しかし、米ソの核開発競争は、産軍複合体制の下で平和利用の名のもとに、原爆から原発の開発競争に拡大を見ることになったのです。その点で、冷戦体制の下で、熱戦の原爆と平和利用の原発は、まさに表裏一体であり、核軍拡と結びついて原発の開発競争が始まった事実を忘れてはならないでしょう。とくにソ連は、ちょうど100年前のロシア革命以来、いわゆる「国家社会主義」の集権型計画経済として、国家独占型の電力事業により社会主義を建設し、工業化を推進してきた。
 
 すでに指摘しましたが、レーニンは1920年12月、第8回全ロシア・ソヴィエト大会の報告で「国内の敵は、小経営のうちに保存されており、これを覆すためには一つの手段がある――それは、農業をも含めて国の経済を、新しい土台に移すことである。そのような土台とは、ただ電力だけである。<共産主義とは、ソヴィエト権力プラス全国の電化である。>」と演説しました。プロレタリア独裁の下で国家独占により電力の全国的ネットワークで工業化を図る、これがレーニンの「国家社会主義」のテーゼです。とすれば、冷戦体制の下で熱戦の原爆開発とセット抱き合わせで、中央集権型指令経済として原発を推進することは、まさにソ連型社会主義の建設であり、発展だった。米ソの核開発競争は、原発の拡大発展により、ますます加速され、増幅されてエスカレートすることになったのです。
 冷戦下の核開発競争は、原子力の平和利用の原発開発の段階を迎え、ソ連型である「黒鉛減速沸騰冷却型」原子炉の開発に進む。その原子炉こそ、1986年4月レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故を引き起こし、91年にはソ連そのものが崩壊、冷戦体制は終結を迎えました。ソ連崩壊に対して、アメリカの原子力産業はどうだったのか?原子力平和利用が提起され、原子力法の改正など濃縮ウラン燃料が民間企業に貸与される方式で、動力炉の開発が進められました。その結果、アメリカでは巨大電機メーカーの手に、発電炉の開発技術が蓄積されます。しかし、1960年代には、中東の低廉な石油の利用による石油火力発電が台頭し、原発は実用化の準備段階だった。それが70年代、2度に及ぶ石油ショックにより、原子力発電ブームがやってきます。アメリカの原子力産業の圧倒的優位の下に、原子力産業が世界的に拡散しました。日本でも、東京電力による福島第一、第二原子力発電所の建設が進み、東北の「原発銀座」と呼ばれたのです。

 こうしたアメリカの巨大原子力産業の拡大発展は、上記のソ連の原発開発に刺激され、核拡大競争として推進されます。ソ連のレーニン主義、プロレタリア独裁に対抗するためにも、西側陣営は「自由と民主主義」の価値観でコントロールして組織化を図る。ソ連の核軍拡と安全性への脅威に対して、一方では核拡散の防止に努め、他方では原発の安全神話のキャンペーンの総動員体制が構築されたのです。その意味では、「自由と民主主義」の理念は、あくまでも冷戦体制の下で、ソ連の核の脅威に対抗するための価値観だったと言えるでしょう。そして、ソ連が上記の通り、チェリノブイリ原子力発電所の爆発事故により、体制の根底にあった「全国の電化」の理念が喪失し、その結果として体制の崩壊を迎えたとすれば、西側の『自由と民主主義」も対抗する根拠を失うことになってくる。
 しかし、ソ連崩壊による冷戦体制の終焉の前に、アメリカの原子力産業国家の内部から亀裂が表面化しました。言うまでもなく1979年のスリー・マイル島の原子力発電所の第2号炉の事故です。すでにこの時点で、安全設計や設備の不備、また運転員の誤操作などの問題が大きく提起されていました。実際、スリー・マイル島の事故の後、アメリカ国内では新たな原子力発電所の建設がストップした。そうしたアメリカ国内の矛盾の上に、86年のソ連のチェルノブイリの事故が発生し、とくに事故による放射能の汚染が西方のヨーロッパ各地に拡散したことは、原子力発電計画に大きな打撃を与えました。にもかかわらず日本を含めアジア諸国では、いぜんとして原発導入に積極的な国が多い点が指摘されてきました。それに終止符を打つような巨大津波を伴う2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の発生だったのです。

 

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by morristokenji | 2017-02-02 18:30
 「同一労働・同一賃金」のガイドラインが、政策なき運動として進められるについては、すでに説明の通り、安倍一強内閣が「一億総活躍社会」を目指し、国民運動として「働き方改革」を推進する政策的意図が強いと思います。国家権力が前面に躍り出て、国民総動員で「成長戦略」を実現しょう、そのためには少子高齢化で限界が来ている就業労働力を何としてでも確保したい。そのための国民運動こそが、まさに「働き方改革」のスローガンではないか?「何のため」、「誰のため」に働くのか、それを政権主導で、国家権力が進める国民運動です。

 いうまでもなく資本家的経営においては、労働市場において労働力が商品として企業に売られ、賃労働として労働者は雇用されます。労働力の商品化が前提される、いわゆる資本・賃労働の階級関係です。ここでは、資本家的経営に雇用される限り、労働力は資本に売られ、資本が労働力を使用する以上、労働力は資本のために働くのです。「何のため」に働く?それは資本のために働く。そして、資本家的経営の企業である以上、経営の目的は企業の利潤追求であり、株式会社であれば株主の配当=利殖のために働くことにならざるを得ません。労働力の企業への貢献についても、要するに企業の利潤追求への貢献以外の何物でもないのです。
 こうした企業の労使関係は、両者の契約関係である以上、資本を代表する経営者と労働者の間の関係です。経営者の組織と労働組合との団体交渉で決められる場合も、労使の契約関係であることに変わりはない。また、契約関係で働く以上、労働者は企業の職場で、経営者の管理の下で働くことになる。そして、労働者が生産した物もサービスも、労働者のモノではない。すべて資本家的企業のモノになる。労働者は、自分で作ったクルマも、企業から購買する以外にない、それが資本家的経営の現実です。その点で、労働基準法など、長時間労働や最低賃金が決められていても、それは大枠のことであり、基本は労使の自由な契約に任されているのです。その限りにおいては、国家権力である政府が、「働き方改革」と称して、労使の契約関係に介入するのは、労使関係に対する重大な干渉になるでしょう。

 さらに労使の契約関係では、労働条件である賃金、労働時間などが交渉で決められる。これは、あくまでも労働市場の労働力の売買のレベルの話であり、売り方の労働者はできるだけ高く、買い方の資本の側は安く買い叩こうとします。買い物をする時の、売り手と買い手の立場と同じで、市場原理です。労働組合が交渉に関与する場合も同じで、資本を代表する経営者組織と、労働者を代表する労働組合の市場取引です。労働組合は組織の力で交渉力を強め、より有利に労働力の取引を行うだけです。労働組合の力が無くなって、最近のように「官製春闘」と呼ばれる、政府の力を借りる賃金交渉では、当然のことながら政府からデフレ脱却のための消費拡大の代償を求められることにもなるのでしょう。
 戦後日本経済の高度成長時代、賃金交渉は総評を中心に、春闘方式で行われてきました。名前だけは官製春闘として残っていますが、賃上げ交渉を①時期的には春季に、②全国横並びに統一的に、③ベースアップとして基本給の一律アップを目指し、賃上げの相場形成をリードしました。年中行事の春闘は、全国規模の一斉ストライキを構え、大きな社会問題として国際的にも話題を集めました。SOHYOと言う和製英語が国際的に通用した時代だったのです。また、日本経済の高度成長とともに、国際的な日本の低賃金が大幅に改善され、特に年齢別賃金格差が改善されて、いわゆる「一億総中流」時代が到来したのです。

 しかし、80年代の終わり、労働戦線の統一が実現し、連合が結成されて総評が解散したあと、春闘方式による賃金上昇は急速に減速しました。春闘の終焉とも言えますが、それはなぜか?総評の応援団として協力した経験からすれば、そもそも春闘は高度成長に便乗したものでした。日本経済の高度成長は、別の機会に説明しましたが、輸出依存・民間投資主導型でした。その民間投資主導の成長に、企業内組合は容易に便乗しやすい。賃上げも成長実現と同時に実現され、しかもインフレ物価上昇とも結びついた。基本給の一律アップの要求に、消費者物価の年率上昇率が加算され、全国統一の
春闘相場の形成とゼネストに結びついたのです。文字通り、春闘方式は「高度成長+インフレ便乗型」賃上げ方式だった。
 しかし、こうした春闘方式を中心とした労働組合の運動は、高度成長それ自身より内部矛盾が拡大し、組織の劣化が浸透しました。すでに前回(上)説明しましたが、企業別組合を含む日本型経営の3点セットのうち、年功序列型賃金を支えていた、若年労働力の不足と賃金上昇が急速に進んだ。とくに地方の農村部の若年労働力の雇用拡大と年齢別賃金格差が縮小する。それと同時に、年功給が維持できなくなり、それこそ「同一労働・同一賃金」の職務給が導入されるとともに、年功給に支えられていた終身雇用制も次第に制度疲労が進むことになぅたからです。そうなれば、もともと3点セットで維持され、春闘方式とともに、日本経済の高度成長を主導してきた企業別組合も組織的な危機を迎えることになる。上記の総評解散、労線統一、そして連合の誕生は、こうした企業別組合の内部事情から必然だったように思われます。

 このように春闘方式が、「高度成長+インフレ便乗型」なるがゆえに、日本経済の長期デフレとともに終焉を迎えた。それとともに、労線統一によって誕生した連合も、「派遣型」労働力など非正規雇用の増大とともに、組織率の大幅な低下に苦悩しているだけではない。「官製春闘」に縋りつきながら、今や「同一労働・同一賃金」を梃子に「働き方改革実現」の総動員体制に組み込まれようとしている。安倍一強政権のもと、「一億総活躍社会」構築にむけて体制翼賛団体として、連合も「国家」のために働き「安保法制」の実現に参加することになりかねない。そうした政治的意図を持ちながら、「働き方改革実現」が提起されたのではないか?この間の民主党、民進党と連合の関係にも、そうした危惧を感じます。
 ただ、初めに提起したように、そもそも安部一強政権が「一億総活躍社会」や「働き方改革実現」を提起するに至ったのは、「高度成長戦略」の実現のためのアベノミクスが破綻し、もはや財政や金融のマネタリー戦略を超えて潜在成長力そのものの「岩盤」に斧を振う、そのための働き方改革です。資本過剰による長期慢性型デフレが解決できず、国家権力が正面から少子高齢化の労働力不足を解決せざるをえない。そのために「保育所」をつくり、女性の建設労働力「建設小町」を動員し、難民労働力に「田植え」をさせる、その地ならしに向けての「働き方改革」ではないか?そこまで労働力商品化の矛盾に追い詰められ日本資本主義の終わりの姿が曝け出されたなら、日本経済を救う代替戦略を提起しなければならないでしょう。

 とくに「働き方改革実現」として問題が提起されたなら、労働力商品化の賃労働については、アダム・スミスの昔から「労働は、toil & torouble(骨折りと苦労)」であり、マイナスの効用だった。しかし、それは労働力が商品として売買されるからであり、もともと人間労働は「社会的動物」としての行為であって、協業や社会的分業で相互に協力し合い、助け合って働き続けてきた。協同組合の祖であるロバート・オーエンなどは、「協同労働」を本来の労働としている。イギリス産業革命が進む中でオーエンの思想は、J・ラスキンやW・モリスに継承され、とくにモリスは「芸術は労働における喜びの表現である」と主張し、それを我が宮沢賢治は『農民芸術概論綱要』で「芸術をもて、あの灰色の労働を燃せ」と強く訴えたのです。「共同社会」主義comunitarianismの思想に他なりません。
 一方、すでに高度成長の終焉した日本資本主義は、今なお「蓄積せよ蓄積せよ」の成長神話で暴走し、大量生産―大量販売―大量消費の使い捨ての仕組みの中で、「過労自死」に追い込まれ、ブラック企業の統治能力が問われ続ける「賃労働」である。しかし、この「賃労働」による「過労社会」の「働き方改革」は、「協同労働」として「実現」する道が提起できないのか?すでに資本の過剰が長期化し、アベノミクスも破綻している。資本過剰の「過労社会」は、「過労自死」の悲劇を生むだけではない。少子高齢化の名のもとに、労働力の再生産が維持できなくなっている。「保育所落ちた、日本死ね」は、労働力の再生産の機能不全の証明であり、それは資本・賃労働の社会の存続不能を意味しているのではないか。すでにビジネスモデルは、広く「社会的企業」の名で各種の協同組合、ベンチャーキャピタル、NPO、「一人親方」など、営利的個人・株式企業の行き詰まりとは対照的に増加している。こうした新たなビジネスモデルの労働組織として、既得権だけを保守する企業別組合に代わる労働組合の再生が期待されるのではなかろうか?
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by morristokenji | 2016-12-28 13:00