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by morristokenji

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貨幣の資本への転化

 モリスは『資本論』を引用し、「商品の流通が資本の出発点である」ことを確認し、次のように述べる。「この流通の出現は貨幣であり、それは資本が現れる最初の形態である。歴史的にも、貨幣は土地に対抗するように現れてきた。商人は地主に対立したのであり、ひところ多くの人々に訴えられたアンチテーゼは、<領主のいない土地は無い>が<貨幣は主人を持たない>と言う2つの例えに示されている。事実、中世の所有の基礎、それは封建的身分制として知られているが、それと対比されて近代の搾取者の立場を示す商業の基礎に他ならない。」
 資本を流通形態として再確認し、商品流通の市場経済に対して、共同体経済を基礎とする土地の領有に基づく封建的身分制を対置している。土地の領有と貨幣の流通の対立に他ならない。この貨幣の流通としての商業機能を基礎に、如何に資本主義の制度が誕生するのか?貨幣の資本への転化の課題に他ならない。
 貨幣を出発点とする流通形態としての資本の商業機能も、それが資本である以上、個別的には価値増殖が可能である。市場経済は「絶えざる不均衡の均衡化」の経済であり、不断の価格差を内包する格差社会だ。だから時間的、かつ空間的価格差を利用し、安く買い高く売る商業的機能の価値増殖が十分可能なのだ。それを前提にした金融的機能も発展し、古代・中世的世界の市場経済では、流通形態としての資本の前近代的発展があった。
 こうした市場経済の発展こそ、中世の土地の領有制に基づく共同体経済を破壊したのだ。しかし、この前近代的な資本の商業的・金融的機能の発展は、社会的な限界がある。マルクスもそうだし、モリスも同じだが、この社会的限界の理論的詰めが不十分だが、個別的な資本の価値増殖の限界について、モリスは以下のように述べる。
 「単なる交換からは増殖するはずは無い。なぜなら、資本家階級全体が、資本家全体よりも良くなることによって収支を償う事は、それは出来ないからだ。資本家的過程における貨幣の増加は、労働者あるいは生産者階級から生み出されるほか無いのだ。
 この資本を形成する<運用法>が、今や説明されねばならない。資本の生産には、労働者階級が必要である。そして、労働者階級の存在は、資本の目的に合致した特殊な条件であり、それは市場における資本化の自由な競争に従属させられているのだ。」つまり、労働力の商品化であり、資本家は「ビジネスはビジネス」の言葉どうり、「自由な労働力商品」の所有者との市場取引に入るのだ。
 労働力商品の取引も、自由な市場の取引である。「そこでは資本家の競争が激しければ高い価格で、それで無ければ低い価格でと言うように、変動する価格で売ることが妨げられない。それは労働力以外の他の商品が売らざるをえないのと同じように、労働力も<自由な労働力>なのである。」ここでモリスは、賃金の市場変動の現実を冷静に描いている。
 このような資本家と労働者の市場取引、いわゆる労使関係も、決して自然的な関係ではない。「歴史的に形成された産物であり「多くの経済的な革命から発展し、社会的生産の先行的形態を乗り越えて成功したのだ。」特に商業時代が十分に発展し、資本が「生産のすべての所有者であり、かつ組織者である」ためには、「機械の付属物」であり、その体制に従順な労働者階級を支配下に収めなければならなかったのだ。
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by morristokenji | 2008-09-26 17:11