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by morristokenji

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 08年9月15日のリーマン・ブラザーズの倒産による世界金融危機は、1929年世界大恐慌の再来、「100年に一度の危機」として、グローバル市場を震え上がらせた。たしかに①GDP第1位の経済大国・アメリカ発の金融危機であり、②世界同時の金融市場の崩落であり、さらに③金融パニックに特有な貨幣流通、とくにドルの凍結を招いた点など、景気循環のパターンで見れば、明らかに金融恐慌=クラッシュだった。久々に初期マルクス・エンゲルス以来の「恐慌=革命テーゼ」が復活し、資本主義社会の崩壊論が,にわかに登場した。「蟹工船」や「貧乏物語」も復活だった。
 しかし、29年世界大恐慌との類似はその程度であり、むしろ違いの方が目立つ。そして、まだ半年余り経過した段階なのに、早やくも株式市場は上昇に転じ、在庫調整は進み、生産も増加に転じている。日本政府に到っては、議会の解散・総選挙向けの対策だろうが、早々と「景気底入れ宣言」に走る始末である。どうやら「100年に1度」の言葉が、いつの間にか日本では政府与党の護符になった感が強い。「解散している場合ではない」「思い切った景気刺激策を」「補正の大盤振る舞いでばら撒き」、護符をぺたぺた貼った選挙対策だ。
 いずれにせよ「100年に1度の経済危機」を振り返り、その足取りを整理して、中間的にでもマトメが必要だと思う。

(1) リーマン・ショックは恐慌だった
 9・15リーマン・ショックによる金融市場の混乱は、明らかに景気循環の局面としてみれば、恐慌現象と呼ぶことができると思う。日本経済新聞も09年1月5日から2月27日まで39回に亘り、「景気循環と恐慌」と題して「経済教室」のゼミナール欄で連載した。こんな説明から始めている。
 「今回の世界金融危機は百年に一度か、五十年に一度の事態と考えられている。八十年前にも大きな混乱が世界を襲った。一九二九年秋から三三年初めにかけての世界大恐慌である。米国の株価は三年間でピーク時の10・8%に、鉱工業生産もピーク時の46・4%に落ち込んだ。二九年に3・2%だった失業率は三三年に24・9%となり、各国はブロック化に走り、世界貿易も激減した。」
 「百年に一度の経済危機」は、1929年世界大恐慌との類似性と経済指標の落ち込みから、マスコミ好みの流行語になった。確かに危機から3ヶ月の時点では、29年恐慌との類似性の強調も、まだ信憑性があったろう。しかし、6ヶ月経過して景気の底入れが話題になれば、「百年に一度の経済危機」とは一体なんだったのか?むしろ非類似の異質性の方が、目立ってきた。「経済危機論」は、新自由主義の構造改革や「小さい政府」を批判して、財政資金のバラマキの選挙対策のための罠だったのではないか、そんな疑問も湧いてくる。
 ただ、振り返って9・15の金融市場の崩落現象に関しては、単なる市場の混乱とは言えない。まさに恐慌現象であり、日経新聞が単なる「景気循環」ではなく、わざわざ「景気循環と恐慌」と題して、異例とも言える連載の紙面を準備した理由もあったのだろう。そして、「百年に一度」かどうかは別にして、「恐慌」について取り上げ、立ち入った解説や分析、学説の紹介を試みた企画については、大いに評価したい。
 ただ、恐慌をタイトルに掲げながら、初めに29年世界大恐慌と関連して、とくに3つの学説を取り上げた。1)新古典派経済学の「一般均衡論」であり、市場の均衡を重視し、構造不況や大量失業を認めない、それに対し2)ケインズの有効需要論は、不完全雇用均衡を主張し、ニューディール政策を裏付けた。さらに、3)シュンペーターの短期・中期・長期の複合波動の合成説であり、とくに長期波動を強調した。
 しかし、恐慌論の学説紹介として、29年世界大恐慌を予言したとも言はれたヴァルガやツガン・バラノスキーの恐慌史論、その基礎にあったマルクスの恐慌論について、長期連載の中で完全無視の触れず仕舞いに終わったのはなぜか?『資本論』が最近、欧米でも見直されているだけに、いささか公平さに欠ける扱いのように思われるので、ここで紹介しておきたい。

 初期マルクスの唯物史観、とくに1848年恐慌と革命情勢をイデオロギー的に結びつけた「恐慌=革命テーゼ」はともかく、1850年代以降の約10年の周期的恐慌について、マルクスは『資本論』では、近代社会の経済的運動法則として、「絶えざる不均衡の均衡法則」を主張した。新古典派のような「一般均衡論」ではない。市場原理による均衡を重視するが、それは周期的恐慌という「不均衡」を通しての均衡法則であり、不完全雇用を含む均衡法則、これがマルクス『資本論』の法則理解だった。
 だから、『資本論』が目的とした近代社会、つまり資本主義社会の経済法則は、「絶えざる不均衡の均衡法則」として、周期的恐慌の必然性の解明が目指されていた。この法則解明は、『資本論』が未完だったので、完成されたものではない。相矛盾する説明が認められるけれども、『資本論』全体としては、新古典派的な均衡論とケインズ的な不完全雇用が、言わば統合された理論体系だったいえるのではないか。
 『資本論』の近代社会の経済的運動法則が、すぐれて周期的恐慌を含んだ景気循環のそれであり、動態論だったことは、次の叙述でわかる。
 「資本家的社会の矛盾に充ちた運動は、実際的なブルジョアに対して、周期的な景気循環の移り変わりにおいて最も切実に感じられている。近代産業はこの循環を経過するものであって、その頂点が一般的な恐慌なのである」
近代産業である工業化社会の景気循環の全体は、『資本論』全3巻で解明されるし、とくに資本の蓄積過程に基礎を持っている。恐慌の必然性である。しかし、景気循環の恐慌の局面に限定すれば、マルクスもまた貨幣・信用恐慌としているのであり、「恐慌の可能性」としてであるが、貨幣の決済機能である支払手段に関連して、次のように説明している。
 「この機構(信用決済の機構)が比較的一般的に撹乱されると共に、それがどんなところから発生しようと、貨幣は突然かつ媒介なしに、計算貨幣という観念的にのみあった形から、硬貨に転換する。商品の使用価値は、無価値隣、その価値は、それ自身の価値形態の前に消失する。ほんの直前までブルジョアは、好景気に酔いしれて得々として、貨幣などは空虚な幻想だと称えていた。商品こそ貨幣だ。ところが貨幣こそ商品になった!今や世界市場全体に、そう響き渡る。鹿が新鮮な水をしたい鳴くように、世界市場の心は、唯一の富である貨幣を求め叫ぶ。恐慌においては、商品とその価値形態である貨幣との間の対立が、絶対的矛盾にまで高められる。したがって貨幣の現象形態は、どうでもよいものとなる。」
 このマルクスの叙述は、恐慌現象が支払手段の機能から生ずる説明だが、恐慌現象を実に生々しく、かつ的確に叙述している。恐慌は単なる過剰生産ではない。商品過剰は、恐慌による市場崩壊の結果にすぎず、恐慌の局面で必要なのは、債務の支払いのための現金である。それも出来るだけリスクの少ない現金であり、金本位制のもとでは金貨であった。恐慌は、何よりも先ず金融恐慌であり、貨幣恐慌なのだ。
 今回のリーマンショックにより起こった市場の混乱も、単なる商品過剰ではなかった。また、株式の暴落だけでなく、為替取引の混乱であり、多くの為替が暴落し、リスクの少ないドル、続いて円が求められた。特に基軸通貨のドルが支払手段として求められ、そのためドルの支払いが国際的に一時凍結する事態,いわゆる取り付け騒ぎとなった。金本位制が崩壊しているので、基軸通貨のドルが突然に基軸性を発揮して、金に代わる「唯一の富」として求められた、まさにこの点にこそ貨幣・金融恐慌が発生したといえるのである。
 リーマンショックの背景となる金融危機は、サブプライムローンがあり、米の投資銀行を中心とする金融筋からの投機的貸付があって、リーマンブラザーズの破綻を導いた。米の金融筋の破綻による金融危機だったことは間違いない。しかし、9・15の市場の崩壊が、貨幣・金融恐慌として表面化したについては、国際的信用不安が全面化し、基軸通貨ドルが凍結状態に陥り、国際金融が完全に麻痺状態になった点こそ,今回の危機が恐慌として表出したのだ。
 もちろん、基軸通貨のドルの地位は動揺している。ドル危機が繰り返され、金の裏づけが失われ、ユーロなども登場している。これからドルをめぐっての国際的な通貨改革も不可避だ。しかし、影の薄れていた筈のドルが、にわかに基軸性を一時的に発揮したこと、そこに今回の危機が貨幣・金融恐慌であった現実は、『資本論』が提示していたのだ。そして、恐慌の現象形態は、歴史的条件で多様に変化してきている。「資本主義は恐慌を克服した」という弁護論の登場を許すほどの変化も生じた。しかし、資本主義が恐慌を克服できないこと、恐慌の必然性が生きていることを、今回の9・15リーマンショックで確認しておくべきだろう。
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by morristokenji | 2009-06-29 15:27