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by morristokenji

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 20世紀アメリカの象徴だったGMの破産は、単に世界大不況の犠牲にとどまらず、重化学工業の歴史的発展の終焉を意味しているのではないか?すでにIT革命など、主要先進国を中心に、ポスト工業化に向けた歩みが強まっていたが、09年9・15リーマンショックにより、ついにクルマ社会の発展にも大き転換が訪れたと言えるだろう。「百年に一度の世界金融危機」は、単にリーマンショックによる金融恐慌の勃発に留まらない。GMの百年の歴史に幕が下りた点にあったのだ。
 もちろんGMそのものは、国有化されることにより、今後再生の可能性は大きい。しかし、今や国有化によって、新たな産業的発展が約束され、期待できる時代ではない。一時的な救済措置に過ぎないし、いかにリストラされるかが問われている。さらに米国だけではなく、他の主要先進国にとっても、クルマ離れが進み、国内のクルマ市場は縮小に転じている。新興国市場に活路を見出すと共に、化石燃料依存のクルマ社会からの脱却こそ、大きな課題なのだ。
 このような産業構造上の転換と同時に、産業組織としても、クルマ社会の限界が露呈された点が重要だろう。すでに述べたとおり、サブプライムローン問題は、直接には低所得者向けの住宅ローンの証券化だった。しかし、もともと耐久消費財に伴う消費者信用は、クルマのローン販売と住宅ローンの拡大とが結びつき、両者を切り離す事はできない。ローンで車を買い、そのクルマを入れる車庫・駐車場を確保しつつ住宅を建てる。クルマ利用との関係で、郊外に持ち家1戸建ての住宅団地開発など、都市構造のドーナッツ化も進む。消費者信用の拡大とクルマ社会の都市構造の発展、そしてアメリカ型のライフスタイルが形成されたのだ。
 しかし、環境問題、資源問題、さらにアメリカ型ライフスタイルそのものも、すでに先進国では限界を迎えている。ポスト工業化の知識社会への構造転換が進み始めている。上記のとうり先進国の国内市場では、いずれも車の販売が頭打ちから減少に転じているのであり、だからこそGMなどビッグ3の地位も低下して、日本のトヨタが世界のトップの地位を奪うことになったのだ。そのトヨタもまた、日本の国内市場の拡大ではない。中国など新興国市場への拡大による、市場制覇だった。こうした先進国のクルマ社会の行き詰まりなどがまた、すでに述べた80年代から顕著になったグローバルな過剰資金の累積、そしてその投機的利用による慢性的バブルと結びついた点が重要だろう。
 すでに述べたが、グローバルな過剰資金は、基軸通貨ドルと結びつき、アメリカへの投資や消費のための資金流入となった。投資は軍需などを含むものだし、消費もまた消費者信用によるローン漬けの過剰消費体質を助長する形となった。こうしたアメリカによる過剰資金の吸収によって、新興国や日本からの対米輸出が拡大、結果的にグローバルな世界市場の循環と発展を支えたのだ。しかし、このようなグローバルな資金循環や市場拡大が、極めて不安定な基礎に成り立つものであった師、とてもグローバル資本主義と呼べるような新たな発展ではなかった。
 とくに90年代、ポスト冷戦を向かえて、ネオコンなど米一極支配による覇権主義の台頭が、構造破綻への道を準備したのだ。当初、クリントン政権の下では、副大統領ゴアが主導した「情報ハイウェー」など、IT革命によるニューエコノミーの発展が、ポスト工業化を見据えた知識社会への構造転換を志向していた。インターネットなど、言わばポスト冷戦の「平和の配当」ともいえる新産業の創出、流通部門を中心とした著しい生産性向上、一方でグローバルなネットワークと同時に、イントラネットやSNSなどの新たなコミュニティの創出手段など、いずれも構造転換の好例だろう。
 しかし、アメリカを先導としたIT革命も、構造的な慢性的過剰資金の累積、グローバルな規模でのIT技術の投機的利用など、2000-01年にかけて、ITバブルの崩壊を招いた。この崩壊と重なるように、01年上記ネオコンが主導したブッシュ政権が誕生、米一極支配の覇権国家への転換とともに、イラク戦争への泥沼に進んだ。覇権主義の対外路線と同時に、ブッシュ政権は対内政策として、低所得者を組織的に統合するためのサブプライムローンの証券化、そして「オーナーシップ・ソサェティ=所有者社会」によるアメリカンドリームの実現を夢想したのだた。この時点で消費者ローンによる米・金融資本の産業組織は、構造的な慢性的過剰資金の投機のバブルにより急膨張、悪夢と化して破裂した。9・15リーマンショックの金融恐慌に他ならない。
 要するに高度工業化による産業構造は、ポスト工業化への転換を迫られると共に、産業組織の面でも、消費者信用による組織統合を特徴とした、米・金融資本の組織化の限界を露呈したといえる。さらにGM 破産においては、「労使の共倒れ」とも言える行き詰まりによって、遂に倒産を招くに到った点が重要だろう。その点では、労使関係もまた破綻したのであり、フォードシステムなど、労使協調により生産性の向上を図り、資本蓄積を制御するレギュラシオン理論の根底もまた、ここで大きく崩れ去った。
 具体的には、リーマンショックの金融危機が実体経済に影響する中で、米ビッグ3の中でもGMの再建が焦点となった。GMこそ米クルマ社会の象徴的存在であり、その経営再建の成否が注目されたのであり、特に労働組合との交渉が最後まで難航した。 GMがモデルとなって普及した企業年金、退職者向け医療給付などは、全米自動車労組(UAW)の強い交渉力によって実現された。高賃金の上に、手厚い企業年金や社会保険料によって、企業内の高福祉が保障され、人件費は日本のトヨタなどの2倍に達していたとも伝えられた。
 一方における株主など大口債券者の利益確保、他方における高賃金を支えた労組の強い交渉力、これら利害関係者の交渉が難航の末、ついにGMは経営破綻に追い込まれたのだ。危機を迎えて激化する階級闘争の末、労働者の「プロレタリア独裁」型の勝利ではなかった。経営が資本の利益のために大規模なリストラを断行して、自主再建の道を開くことも出来なかった。破産法11条の申請により、米政府が6割の株式を取得して再建を目指す、形式的な国有化に過ぎない。まさに、「労使共倒れ」の経営再建であり、大幅な規模縮小による再建計画となった。1908年創立のGMは、ここに歴史の幕を閉じたことになる。
 「労使共倒れ」のGM破産は、巨大労組のヘゲモニーが失われたことにより、19世紀工業化社会の発展と共に確立した近代社会のエスタブリッシュメントとしての労働組合、その存在意義が否定されたことでもある。そうだとすれば、労働組合主義の時代もまた、その終わりを告げたとも言えるのではないか?ソ連崩壊により、プロレタリア独裁の国家主義が破綻したとすれば、今回のGM破産はまた、労働組合主義に基づく参加介入型の民主主義の路線の終わりを意味しているのではないか?
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by morristokenji | 2009-07-29 15:26
 すでにリーマンショックの直後から懸念されていたが、金融恐慌は実体経済に連動し、深刻な世界不況の到来となった。株価の暴落、金利の急上昇、金融の機能麻痺など、こうした金融崩落のショックは、実体経済に大きな影響を与えない筈はない。とくにリーマンショックで、金融機関が現実に倒産し、金融の機能が凍結状態に陥れば、金融に留まらず市場取引もマヒ状態に陥る。一般的には、この局面で商品の投売り、価格の暴落から、実体面でも機能麻痺が起こる。
 ただ、こうした恐慌による金融の梗塞マヒ状態は、そう長期に続くものではない。今回のショックも、国際的な各国の協調により、機能回復のため救急措置が講じられた。まず、日欧主要5中央銀行が、自国市場にドル供給を開始し、米では金融救済法案を準備した。ただ、米大統領選とも重なり、救済法案が米下院で一旦否決されたが可決、米欧6中銀が協調利下げに踏み切り、先行の日本と共に超低金利体制が構築された。さらに11・15には、G20の金融サミットが史上始めて開催、国際協調体制も成立した。このように08年の年内で、金融面ではグローバルなレベルで、一応の応急的措置が講じられた。さらに、オバマ政権の発足の下で、09年の2月以降は、金融政策の実施と共に、総額約7870億ドルの米景気対策法が成立した。この時点で、金融面から財政面に政策の重点が移行したのであるが、景気の循環局面では、明らかに恐慌に続く不況への局面の転換だった。
 「百年に一度の金融危機」と騒がれたが、19世紀の周期的恐慌以来、恐慌の局面は元来そう長期なものではない。せいぜい数ヵ月で不況の局面に転換をみたのであり、今回も08年の年内で転換した、と判断していいだろう。また、恐慌の局面が、そう何度も短期間に繰り返すわけではない。むしろ、今回のような激発性の金融恐慌であれば、国際協調など、短期に処理されることにもなる。ましてや恐慌が革命に直結し、体制の崩壊を迎えるなどの期待は、初期マルクス・エンゲルスの「恐慌=革命テーゼ」のドグマに過ぎない。マルクスは、そのドグマを自己超克するために、1860年代以降、周期的恐慌の現実から純粋資本主義を抽象し、『資本論』を書いたのだ。マルクス恐慌論の形成に他ならない。
 とすれば、恐慌に続く不況が、どの様に進行し、どの様に底入れを迎えるか?論点は、そこに絞られてくる。そして、不況局面の進行と共に、金融恐慌として発現した実体経済の矛盾が、どのように解決されるか、そこに焦点が絞られるのだ。
 すでに述べたとうり、1980年代以降、先進国を中心に巨額の過剰資金が累積し、金融ビッグバンと共にグローバルなレベルでの投機的バブルが繰り返されてきた。世界市場に登場するマネーが、日々1京円(1万兆円=100兆ドル)に膨れ上がり、さらに50兆ドルが、ウォール街など金融市場の過剰資金として運用されているとも言われる。正確な数字はわからないにせよ、21世紀を迎え、中国など新興国の資金過剰も加わり、投機的ファンドマネーは膨張を続けてきたのだ。
 こうした慢性的な資金過剰が、投機の慢性化とバブルを生み、今回の金融危機をもたらしたといえる。そして、この慢性的な資金過剰の基礎には、すでに述べたようなポスト工業化に基づく製造業を中心とした投資の限界、それに伴う資本過剰が存在しているのだ。工業化による高成長は、すでに低成長経済を長期化し、それが低投資と共に資本過剰を慢性化してきた。その意味では、慢性的資金過剰は、資本の慢性的過剰の結果ともいえるのだ。こうした資本過剰が、金融危機によって実体経済に如何なる影響を及ぼしているのか?具体的には、高度工業化を代表し、米金融資本の歴史的象徴である自動車産業、ビッグ3の破綻の到来だった。
 日経紙の連載「大収縮」でも、不況局面に向けての転換では、当然のことながらビッグ3、とくにGWの動向をを取り上げた。すでに4・12の紙面では、「住宅に続き自動車の販売が落ち込んだ」として、米住宅着工件数と北米新車販売台数が、05年以降連動して低下したグラフを載せている。さらにリーマンショックが「CP発行困難」「ローン急減」を通して、「トヨタショック・GM危機」に連結していた関係も図示している。高度工業化の耐久消費財産業の自動車、そして住宅が、まさしく連動しながら破綻を迎えたことになる。見出しは、「”産業の王”自動車沈む」である。 
 リーマンショックによる金融破綻は、このように実体経済としては、金融資本を支えてきた重化学工業の限界を暴露することになった。重化学工業化による高成長が低成長へ、高度工業化の耐久消費財産業への高投資が低投資へ、ここで歴史的転換が訪れていた。こうした基幹産業の低成長=低投資こそ、マルクス恐慌論のいう「資本の絶対的過剰生産」を準備したのであり、新たな追加投資が「ゼロないしマイナスの利潤しか上げられない」状況に向かっていた。
 こうした過剰投資が、グローバルに膨れ上がっていた過剰資金と結びつく、それが消費者信用であり、サブプライムローンだった。詐欺まがいの金融工学の利用により、過剰消費体質の米・消費者心理が刺激され、アメリカン・ドリームは巧妙にかき立てられた。すでに述べたとおり、住宅不動産投資のリスクは金融商品により分散、ゼロになるとのデリバティブ神話の拡大だった。クルマの金融も、住宅金融と同類であり、同根である。金融危機は住宅もクルマも巻き込みながら、巨額なファンドマネーによってグローバルに拡大したのだった。
 07年の時点で、すでにサブプライムローンの破綻が表面化したが、クルマのローンもまた、同じような破綻に向かっていた。自動車の販売は落ち込み始め、GMも世界のトップの座をトヨタに奪われ、すでに米・ビッグ3の地位は大きく動揺していた。9・15リーマンショックの金融危機が、実体経済の面に波及する時、すでに経営危機に瀕していたビッグ3、そしてGMの息の根を止めたのだ。20世紀、クルマの世紀、そしてアメリカの世紀の象徴GMは、ついに09年6・1米連邦破産法11条の申請を余儀なくされ、100年の歴史に幕を閉じた。「国有化」による再出発となった。
 サブプライムローンの破綻、そしてリーマンショック、この「百年に一度の世界金融危機」の流れの中で、まさに「百年に一度」と呼ぶに値するのは、GMの破産ではなかろうか。20世紀のパックスアメリカーナを象徴し、アメリカン・ドリームを象徴し、アメリカ型ライフスタイルの象徴こそ、GMの車社会だった。その破産は、歴史の大きな転換を意味しているのではないか。国有化の再生も、もはや新しいアメリカの世紀の再生の可能性は皆無だろう。高度工業化社会の時代の終わりを告げるものとして、GMの破産を歴史に刻み込む必要があると思う。
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by morristokenji | 2009-07-24 14:32
 08年9・15リーマンショックの前提には、サブプライムローンを中心とした金融商品の不良債権化があった。01-05年にかけての住宅ローン・バブルが破綻、07年に入り8月以降には問題が表面化していた。金融商品の不良債権化によって、国際的な金融破綻が生ずる危機について、すでに警告されていたし、対応策も打たれていた。にもかかわらず1年以上が経過して、大方の意表を付く形で、9・15のリーマンショックが発生した。このようなショックが起こったことで、金融恐慌が発生したのだ。
 リーマンショック前後の事情について、それを振り返る形で、日経新聞が09年4月5日以降、毎日曜に「大収縮」のタイトルで連載を続けている。この連載を追いながら、ここで今回の金融危機を検討するが、9・15ショックについて言えば、当日には日米欧の通貨当局によるリーマン救済のための電話会議が、あらかじめセットされていた。ところが日欧の救済準備をよそに、ポールソン米財務長官が、リーマン破産を決断してしまった。この決断が引き金になり、危機ドミノが始まった、と整理されている。
 恐慌の直接的な契機は、昔から思いもよらぬ偶然に近い出来事が多い。報道の誤りとか、間違った発言とかで、恐慌が起こっている。事実、今回もリーマン救済に乗り出すための準備が国際的に進んでいたのに、破産に追い込まれた。救済の手が打てなかったわけではない。半年前3月のベアー・スターンズ救済には乗り出したし、翌日の保険大手AIG の救済にも積極的だった。それなのに、なぜリーマンだけは見放され、それが金融パニックの引き金となったのか?そこが「絶えざる不均衡の均衡」法則、市場の無政府性だし、偶然を伴った必然性だろう。日経紙も、ポールソン長官の決断をめぐって、当時の関係者の動きを取り上げている。
 結局は、「救おうと思えば、救えた」にもかかわらず、ショックの謎は「政府、市場、リーマンそれぞれの誤算が重なった構図」と纏めている。恐慌の発生は、そうした構図になるのだろうが、その点ではリーマン救済の手を打たなかった政策ミスがあった、ともいえると思う。しかし、リーマン救済で、破綻の先送りが出来たとしても、多かれ少なかれ、かつ遅かれ早かれ、破綻は訪れたのだ。過剰資金が堆積し、繰り返し投機的バブルが発生し、すでに住宅ローン債権を組み込んだ金融商品サブプライムローンが不良債権化していた。その矛盾は、バブル崩壊の形で、遠からず、そして大なり小なり、表面化せざるを得なかったのだ。
 事実、過剰資金の累積が始まった80年代以降、とくに87年のブラックマンデー(株価大暴落)、さらに90年代には各国の政治危機とも連動し、次々に通貨危機が発生した。バブル経済の破綻も、日本経済に「失われた15年」の深い傷跡を残した。米国も、IT革命による「ニュー・エコノミー」の成長を遂げた後、ITそのものの
バブル崩壊にイラク戦争の失敗が重なった。このように90年代以降のグローバル化した世界経済は、過剰資金の慢性化とバブルの慢性化、そしてバブル崩壊の金融危機の連続だったともいえる。ポスト冷戦の市場経済のグローバル化は、グローバル資本主義の新たな発展段階を意味するものではない。過剰資金の累積に基づいた投機とバブルの慢性化だったのだ。その破綻として、今回のリーマンショックの金融恐慌が、ついに表面化するに到ったと言えるのではないか?
 ここで、金融工学の役割にも触れておこう。確かにバブルに基づく投機を、増幅拡大した限りで、パニックの重要な要因にはなった。その点での罪は重い。自然科学の工学的利用を、社会科学の経済現象に応用し、確率論を悪用、サブプライム・ローンのリスクが、あたかもゼロになるかのような金融商品の開発と販売は、一種の詐欺行為だろう。そして、こうした詐欺行為は、チューリップ恐慌の時もそうだし、South-sea Bubbleの時など、いずれも投機的金融商品として開発、混乱を助長拡大してきたのだ。その意味で、今回の金融工学と金融商品を放置した、関係機関の政策的責任は問われるべきだろう。
 しかし、市場経済に基づく金融取引として、過剰な資金の投機的利用は不可避であり、その点で先物取引に固有のリバレッジや金融派生商品を全面的に排除する事はできない。それは市場経済の否定に繋がるし、市場経済を前提する限り、金融工学は無論のこと、人類の英知が金融危機を回避する事はできない。その意味で、金融恐慌=パニックの必然性は、市場経済である限り存在し続ける。9・15リーマンショックの経験は、われわれに大きな教訓を残したと言えるだろう。
 このようにマルクス恐慌論によって解明されてきた恐慌の可能性、必然性は、市場経済が支配する資本主義経済には貫徹しつづけている。しかし、恐慌が金融恐慌である以上、その発現の形態はまた、金融のシステムや政策手段の適否によって変化する。その変化もまた、恐慌論によって解明されるのであり、人類の知恵や金融工学により解決できるものではない。さらに金融面から、実体経済の関連について検討したい。
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by morristokenji | 2009-07-20 22:35
 9・15リーマン・ショックが、サブプライム・ローンなど、投機的な金融商品の不良債権化による破綻にあったことは、すでに明らかになっている。しかし、なぜサブプライム・ローンのような金融商品が開発され、それが投機的に運用され、不良債権化したのか、そのメカニズムについて、立ち入った検討が必要だろう。
 サブプライム・ローンは、低所得者向けの住宅金融であり、一種の消費者金融である。消費者金融は、20世紀の重化学工業化、とくに自動車・電気機械など、いわゆる耐久消費財の普及に伴い、金融の対象が拡大したものだ。アメリカを中心に、消費者金融の利用が拡大、それにより大量生産・大量販売・大量消費のメカニズムが確立した。その点では、消費者信用がアメリカ型金融資本の大衆支配と資本蓄積・集積の有力な武器になったと言えるだろう。
 確かに、消費者金融は金融資本にとって、重要な蓄積の手段として役立ったが、しかし企業金融と比較した場合、本質的な弱点が内包されている。つまり、企業金融においては、資金の貸付と返済が資本の循環・回転の運動に内部的に組み込まれ、資本の収益である利潤の一部から利子が支払われる。ここでは、企業利潤からの利子支払いが根拠を与えられているのである。金融の基本は、企業金融なのだ。
 ところが消費者金融には、そうした根拠が保証されていない。もともと消費活動は、賃金などの収入を一方的に支出する行為に過ぎない。企業の投資活動のように、利潤を伴って回収し、循環・回転するような活動ではないからだ。投資は循環回転し利潤を生むが、消費は一方的な支出なのだ。企業金融には利子支払いの根拠があるが、その点では消費者金融には利子支払いの根拠が無いのだ。
 だから、食料品など日常生活用品の非耐久消財では、掛売りなどはあったが、消費者金融は利用されなかった。現金取引が中心であり、金融の介在する余地は無かったのだ。20世紀、アメリカ資本主義が化石燃料により電気エネルギーを中心に工業化を進め、自動車・電気機械など、耐久消費財産業を基幹産業として発展した。消費者信用は、この耐久消費財の購入に利用され、金融資本の蓄積に大きな役割を果たす事になったのだ。
 では、なぜ耐久消費財の普及とともに、消費者信用の拡大を見たのか?消費支出の点では、非耐久財も耐久財も同じである。投資のように、利潤を伴う循環・回転の形式では無く、一方的な消費支出にすぎない。ただ、耐久消費財は、購入時の支払いと消費の時期とがズレていて、何年も長期的に、暫時的に消費されるし、中古品として転売も可能である。非耐久的日用品では、購入とほぼ同時に、消費が行われてしまう。中古品としての転売、あるいはリースなどは不可能なのだ。
 このような耐久消費財の特性により、購入時に一括払いせずに、消費財の消費に合わせた分割払いを可能にするし、そこに信用の余地が生じうる。さらに、完全雇用など、雇用の安定と収入の確実性が保証されれば、返済の分割も十分可能になる。その点で、レギュラシオン理論の背景になったアメリカ型労使関係も、消費者金融に一役買うことになった。こうして、軽工業の時代の非耐久財の消費とは違う、重化学工業の耐久財消費には、消費者信用が拡大普及し、一般化することになった。
 また、アメリカ金融資本は、この消費者信用を資本蓄積の梃子として、20世紀パックス・アメリカーナを実現したのだ。重化学工業の中心も、石炭・鉄鋼など生産財の基礎資源型から、耐久消費財の自動車・電気機械などに転換したのだ。さらに、耐久消費財生産の拡大により、ヨーロッパや日本にも消費者信用が拡大した。その意味では、金融資本の蓄積様式の一環として、消費者信用が重要な地位を占めてきたといえる。
 さらにサブプライム・ローンの住宅金融だが、個人住宅は言うまでもなく広義の耐久消費財であり、実物資産である。個人住宅は、もともと世襲的に相続したり、借家も多かった。ところが、所得の向上に伴う「持ち家」住宅は、消費者金融の普及拡大と結びつきながら、耐久消費財の普及と密接に関連して拡大した。ローンで「3種の神器」を買い揃え、ローンで車を買い、さらにローンで家を建てる生活様式である。その点では、耐久消費財の普及が、ローン漬けの生活の普遍化をもたらしたと言えよう。 
 いずれにせよ、個人の住宅金融の拡大と耐久消費財の普及拡大が、言わば相互拡大の相乗効果を発揮して高度工業化を推進してきたのだ。しかし、住宅金融の拡大については、土地自然の制約が待ち伏せている。資本主義経済の前提には、言うまでもなく労働力と土地の商品化が不可欠である。土地から労働力が引き離されて賃労働が制度的にも形成される。同時に土地自然の売買取引が可能になり、土地自然の個人所有=私有財産化が歴史的に成立した。A・スミスのいう「本源的蓄積」の過程であり、このような歴史的前提の下で、はじめて土地自然の取引も住宅金融も成立したのだ。
 21世紀を迎えた今日、耐久消費財の普及拡大が、自然環境の破壊をもたらしている事は指摘するまでもない。化石燃料の大量使用による大気汚染や地球温暖化が、今日すでに人類の生存の危機を招いている。産業廃棄物の処理も、自然破壊の大きな原因となっている。これらが消費者金融の利用による、耐久消費財の普及拡大の結果である事は否定できないだろう。さらに住宅金融については、特殊な事情が纏わり付いてくる。土地自然の有限性、希少性に他ならない。
 土地自然は、人間の能力である労働力と並んで、工業製品のような生産物ではない。モノではなく、自然からの贈りものであり、量的には有限であり、質の面では希少性を免れない。そこに土地買占め・地上げなど、投機的な取引が入り込む可能性が高い。土地自然、不動産や鉱物資源、農産物などが、歴史的に投機的取引の対象となってきた理由がある。今回のサブプライム・ローン問題の前提にも、こうした高度工業化社会の金融資本の信用取引に本質的な矛盾があることを見逃してはならない。
 むろんサブプライム・ローンには、いくつかの固有の問題があった。①ブッシュ政権が、「持ち家」についてリスキーな低所得者にまで、住宅金融を拡大しようとした政策ミス、②土地住宅の値上がりに限界のある点についての配慮の欠落、③金融工学を過信した金融商品化の拡大、などである。こうした固有の問題点が、金融破綻に伴う混乱を拡大し、金融恐慌と呼ばざるを得ないグローバルなパニック現象を引き起こしたのだ。
 しかし、結果的に金融恐慌として現象するか否かに関係なく、一方においてグローバルなレベルで拡大していた過剰資金、他方では耐久消費財の普及に結びついた消費者金融、この両者の投機的結び付きが原因だったのではないか。その点では、クルマ社会に象徴される高度工業化の歴史的限界が、金融パニックとして表面化した、と言えると思う。
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by morristokenji | 2009-07-16 15:30
 9・15リーマン・ショックによる金融市場の崩落は、低所得者向けの住宅ローン、サブプライムローンの不良債権化、そのデリバティブにによる金融商品化による、といわれている。崩落原因の総てではないにせよ、その大きな原因として、サブプライムローンなど、金融商品の破綻があったことは否定できない。しかし、サブプライムローなど、投機的な金融の異常な膨張には、異常な過剰資金の増大があることを、まず挙げなければならないと思う。
 この過剰な資金は、日本を含む欧米先進諸国、さらに中国など貯蓄率の高い新興国において累積され、それが国際金融市場を席倦し、グローバルに運用されてきた。しかも、この累積されている過剰資金は、量的に額が巨額な規模に達しているだけではない。資金の性格とその運用において、極めて投機的に運用されるという、質的な特徴を持っている。要するに、質量ともに異常な過剰資金が累積され、グローバルなレベルで投機的に運用されていたのだ。
 個別の企業や家計にとって、過剰な遊休資金は絶えず生ずる。その資金が金融機関に預金として集中し、貸し付けられ投資される。金融業務は、こうした一時的な遊休資金の社会的融通により成り立つのであり、景気の循環も金融の機能によって媒介されるのだ。その意味では、景気の変動もまた、社会的な資金の循環によるものであり、単なる生産や消費の実体経済の変化だけではない。貨幣・金融の現象であり、だからすでに述べた通り、恐慌もすぐれて貨幣・金融的現象なのだ。
 このような資金循環が、円滑に機能していれば、一時的にはともかく、長期かつ大量に資金が過剰化する筈はない。ところが70年代から徐々に、80年代からは恒常的ともいえる形で、国際的な資金の過剰化が表面化することになった。金融の国際化、そして金融ビッグバンのような金融改革も、過剰な資金の累積が前提になっているのだ。なぜ、この時点で国際的な資金過剰が表面化たのか。
 1)日本を含む先進資本主義国については、ポスト工業化と呼ばれる、産業構造の転換が重要であろう。19世紀に始まる先進国の工業化は、20世紀を迎え、重化学工業化による高度工業化社会として発展した。イギリスが主導するパックス・ブリタニカから、自動車など耐久消費財を中心とするパックス・アメリカーナへの発展だった。この高度工業化は、第一次大戦から第二次大戦、さらに東西冷戦時代へと、軍需産業と結びつきながら工業化時代の世界的拡大となった。
 こうした軍需産業と結びついた工業化社会の発展が、19世紀末から20世紀に向けて、世界的規模で国家主義の台頭をもたらした。ロシア革命のソ連の国家社会主義の成立、対抗する資本主義の側の国家資本主義化、いわゆる「国家独占資本主義」の発展に他ならない。こうした産業構造の高度化が、産業面でも生活面でも、大きな構造的変化をもたらした。産業面では、産業国家の下での金融資本の発展、生活面では「クルマ社会」など、生活の高度化「消費革命」である。これらの点については、ここでは立ち入らない。
 このような国家主義と結びついた産業の高度化は、様々な技術革新をもたらし、金融資本の集積や生活の利便性を著しく向上させた。例えば、長期化した冷戦体制の下で、原子力産業やIT革命、大量消費や情報化など、技術革新によって産業は活性化し、生活もまた高度化した。しかし、こうした高度工業化の発展も、産業的には地球温暖化など環境破壊の深刻化、また生活面でも少子高齢化など、国家主義に基づく体制的組織統合の限界が表面化してきた。
 とくに第3次産業革命と呼ばれたIT革命による情報化の進展は、先進諸国を中心に「知識社会」とよばれるポスト工業化への産業構造の転換をもたらしている。この産業構造の転換は、①第2次産業中心の拡大発展から、第3次産業中心の発展へ転換。さらに、②第3次産業の内部では、医療福祉、教育、文化、スポーツなど、知的サービス分野のウェートが上昇する構造的変化が著しい。
 さらに③、このような構造転換は、高度工業化の発展に見られたような、ハードな設備投資の拡大ではなく、ソフトな人材確保のための投資に転換を迫る事になった。公的レベルでも、民間でも、従来型の設備投資のウェートは減少せざるをえなくなった。
 例えば、戦後日本の景気拡大を代表するイザナギ景気下では、経済成長率(名目)年率18.4%、個人消費9.6%、設備投資24.9%、輸出18.3%の大幅な伸びだった。それに対し、最近の02年2月からの景気拡大では、成長率0.8%、個人消費1.5%、設備投資4.4%、輸出11.4%である。著しい伸び率の低下なのだ。
 つまり、工業化社会の高成長・高設備投資から、ポスト工業化は低成長・低投資への劇的な転換を見せている。こうした構造転換からみれば、輸出による外需主導型から、個人消費や設備投資に基づく内需主導型への転換などを期待しても、初めから無理な話であろう。この構造転換を無視して、内需拡大を無理に図ろうとして財政を拡大しても、バラマキの財政赤字を増大させるだけなのだ。
 要するに、歴史的にみて工業化の近代社会は、高成長・高投資の時代であり、貯蓄=投資の資金循環もそれなりに円滑に機能していた。しかし、ポスト工業化が進み、高成長・高投資から、低成長・低投資へ転換すれば、その限りでは企業や家計の貯蓄は、多かれ少なかれ資金として過剰化する。ポスト工業化による資金の過剰化であり、こうした構造的変化が、金融システムの転換を迫る事になった。とくに国際金融のレベルでシステム・チェンジが進み、金融ビッグバンの金融の自由化となった。
 2)中国を初めとする新興国の事情について触れると、第2次世界大戦の終了まで、アジア・アフリカなど、多くの新興国は、欧米先進諸国の植民地だった。とくに国家主義の下、金融資本の帝国主義的発展は、植民地支配を梃子として発展した。そのため植民地は、もっぱら原料資源の供給を担わされ、金融資本による収奪に苦しんできた。
 第2次大戦後、中国など植民地から解放されたが、米国中心の新植民地支配も続き、70年代のベトナム解放など、ようやく植民地主義が終わりを迎えた。アジアのNICsにはじまり、ASEAN諸国、さらに中国、そして最近のBRICsなど、新興国・地域の工業化が著しい。
 この工業化も、先進資本主義国と同様、高成長・高投資のパターンでの発展を進めている。この高成長・高投資は、中国の発展にも見られるとうり、改革開放路線に基づき、外資の積極的導入・投資を利用して行われている。その限りでは、先進諸国のポスト工業化に基づく、慢性的な過剰資金の導入による投資であり、先進資本主義国と新興国・地域との資金循環が形成されている。それが新興国の開発と成長の支えになっているのだ。
 先進国の過剰資金と新興国・地域の資金循環は、国際金融の重要な流れになっているが、例えば対中・対印の株式投資などに見られるように、必ずしも安定的ではない。基盤整備など、原始的蓄積の段階での先行型投資の面が強い。こうした不安定要素が、先進国の過剰資金に影響するし、投資も投機化するリスクを秘めている。国際金融の不安定性となっている。
 さらに重要な点だが、とくに中国など、アジアの新興国・地域の場合、かっての日本や韓国がそうであったが、アジアの地域特有な高貯蓄体質を持っている。一方で、急速な工業化に向けての投資のための資金需要と同時に、高貯蓄体質に基づいた資金形成も強まっているのだ。こうした資金形成が、工業化の進展と共に、益々国際的な資金の過剰化を促進する事になる。
 いずれにせよポスト工業化による先進国の過剰資金の累積、それに新興国・地域での高貯蓄体質からの資金過剰が加わり、国際的に資金過剰が堆積しているし、過剰資金の慢性化が進んでいるのだ。しかも、この過剰な資金は、グローバルなレベルで堆積して巨額に膨れ上がり、かつ不安定な形で投機化せざるをえなくなっていたといえる。
 そして、この不安定で投機的な資金の累積が、いわゆるファンド・マネーとなって、投機的に運用されることになる。運用先としては、米のサブプライム・ローンなど、新たに開発された金融商品、デエリバティヴに向けられる事になった。次にサブプライム・ローンを中心に、投機的な資金運用のメカニズムを検討しよう。
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by morristokenji | 2009-07-09 15:13