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by morristokenji

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 (1)モリスの熟読した『資本論』
 19Cヴィクトリア期の工芸デザイナーW・モリスが読んだマルクスの『資本論』が残っている。その紹介がリンダ・ベリー編・多田稔監修『ウイリアム・モリス』に、写真と一緒に載っているので紹介しよう。モリスが所有し、熟読した『資本論』である。
 「M・J・ロワによる原著からの仏語訳、1872-75年、パリのモーリス・ラシャトル社刊、緑色の革張りで製本、金箔はトマス・コブデン=サンダーソンによる(1884年10月9日完成)29.0X21.6cm」
 少し解説しておく。仏語訳、ロア版は、もともと分冊で出版されたもので、72-75の3年間に、順次刊行された。当時は、購入者が適当な分冊の量を纏めて製本したのであり、モリスも分冊で購入の上、最初は自分で製本したのであろう。その後84年になって、サンダーソンがもう一度製本し直すことになった。その事情は、次の通りである。
 「モリスが注釈をつけたカール・マルクスの『資本論』の仏訳書は、彼の秘蔵の1冊でもあった。彼は恐らく1883年初頭、すなわち「民主連盟」(「社会民主連盟」に改称)に加わった直後に、この本を買い求めたと思われる。コーメル・プライスは彼の未公開の日記に、1883年4月13日付で、バーン・ジョーンズ家を訪ねた時に、そこにいたモリスが<読み始めたカール・マルクス>にとり憑かれたかのようであったと記している。モリスはこの書物を常に持ち歩き、何度も読み直したので、彼の芸術仲間で社会主義者でもあった、トマス・コブデン・サンダーソンが1884年に再製本している。この本を受け取るにあたり、コブデン・サンダーソンは<モリスが絶えず研究のためにこの書物をひもといているので、ところどころ擦り減って抜けそうになっている>と書き記している。コブデン・サンダーソンはこの本を緑色の皮張りで、金箔文字を施し再製本した。本の裏側には<ウィリアム・モリスと仲間たち1884年>と銘が入れられている。
 コブデン・サンダーソンによる、この第二の製本は、1884年10月9日に仕上がった。かれはこれをド・かヴァリー製本所に転送し、メイドン・レインの彼の工房で仕上げた。コブデン・サンダーソンは後に、ケルムスコット・プレスの向かい側、アッパー・マル15番地にダヴズ製本所を創設した。本のなかには、このプロジェクトについて長々と説明した、1897年2月24日付のコブデン・サンダーソンの献辞がある。
 1898年12月8日のモリスの競売の折に、F・G・ベイン氏が本書を購入し、コブデン・サンダーソン夫人に献呈した。その後は、エステル・ドーニー・コレクションが所蔵していた。」
 長い説明だが、モリスは『資本論』をたんに眼を通し通読したのではなく、「常に持ち歩き、何度も読み直していた」様子が分かる。あまり熟読したので「擦り減って抜けそうになる」まで読んでいたために、サンダーソンが再製本した事情が十分理解出るだろう。このような形で、モリスは『資本論』そのものから、マルクス主義に入ることになった。しかも彼の読んだ『資本論』は、マルクスの手で修正が施された点では、仏語版が最終の版であったことも、大きな意味があったと言えよう。
 そこでマルクスとモリスの関係だが、①2人の関係は長いものではなく、仮にモリスが『資本論』を読んだ時点が1883年だとすれば、マルクスの最晩年、死を迎えた年である。したがって、直接の接触は無かったと思われる。あくまでも『資本論』を通してのモリスからの一方的な関係だった。しかし、簡単にそう言い切れない事情もあった。マルクスの三女エりノア・マルクスは俳優を志していて、モリスと共に芸術運動、さらに上記「民主連盟」など、社会主義の運動にも参加していた。同志的関係であり、だからモリスはマルクスの死に当たり、ハイゲートの墓地の葬儀にも参加していたのである。また、モリスは自らをマルクス主義者、マルクスから学んだ科学的社会主義者と呼んでいた。
 さらに②、『資本論』との関係では、モリスは経済学が専門でなかったこともあり、エリノア・マルクスとともに同志的活動をしていたE・B・バックスの協力を得ていた。バックスはドイツ語が堪能で、ドイツでヘーゲル哲学を学び、マルクスやエンゲルスから経済学を直接学んでいた。モリスはバックスの協力を得ながら、一緒に『資本論』を読み、解説し、検討もしていたのである。モリスの日記に、こう書いている。
 「クロイドンのバックスと共に、マルクスの記事を最初に書いたが、私たちというよりはむしろ彼が、マルクスの記事を書いたのであり、私は最も初歩の経済学者にさえなれないと思う。しかし、私にマルクスを叩き込むこの好機に恵まれて嬉しい」と。モリスらしい謙虚な態度で、自分とバックスとの関係を述べている。
 さらに、「バックスはエンゲルスの仲間たちとそうとう親しくしていた。彼は彼らとの交わりでエンゲルスが編集していた未刊のマルクスの著述の多くの内容を印刷物で理解していた。バックス自身葉、そのような鋭い理解を、彼個人の著作には驚くほど少なくしか役立てていない。彼はどちらにも行き、交わったが、本質的には思想の受動的媒介者であったようで、モリスの思想の方も、エンゲルスに伝えた。」(P・トムスン『ウイリアム・モリスの全仕事』)
 バックスは、モリスにとりマルクスの哲学や経済学の理論面での教師であり、エンゲルス達との都の理論面での媒介者でもあった。しかし、強調すべきなのは、このように「原理上の友であったバックスを通じて、マルクス主義の鋭い理解を間接的にどうかするモリスの能力である。」かつまた「モリス自身が思想を把握し、それを自分の考えの中に適切に位置づける抜群の能力持っていた」ことであろう。バックスという教師がいたし、媒介者がいたとしても、あくまでもモリス自身が自ら学んだ『資本論』であり、マルクス主義だったのだ。
 そこで、もう一点③、モリスとエンゲルスとの関係である。この両者の間にバックスという媒介者がいたのだが、エンゲルスは『反デューリング論』を書き、さらに83年には『空想から科学へ』を刊行していた。レーニンの解説「カール・マルクス」などとともに、マルクス・レーニン主義の公式的テーゼを提起していたのであり、モリスが自称していたマルクス主義との関係は、かなり複雑、かつ微妙な関係だったと推測される。例えば、こんな説明もある。
 「エンゲルス派、社会民主連盟が、いわゆる”シルクハットの社会主義者”ハインドマンに率いられているという理由で、支持をかなり留保した。もちろんエンゲルスは、ハインドマンがマルクス主義の多くを取り入れていること、また、後に分裂することになる社会主義連盟の中の無政府主義一派に対しては、エンゲルス同様警戒心を抱いていたことは知っていた。モリスの社会主義は独自の要素を含めて、マルクスの社会主義の多くの点で一致し、よく似た思考方法と感性を示すものだったが、モリスの指導者としての性格がエンゲルスの心をとらえなかった。」(A・ブリッグス『カール・マルクス、イン ロンドン』)
ここでは「指導者としての性格」としているが、すでに『空想から科学へ』を書き、いわゆる「空想的社会主義」を批判していたエンゲルスとしては、社会主義の理解そのものについて、モリスの考え方を受け入れられなかったのだ。エンゲルスは、あからさまにモリスを批判することはなかったし、感情的にはモリスに親近感を持っていたように見える。しかし、それでもエンゲルスは、モリスを「根深くもセンチメンタルな社会主義者」と呼んで敬遠していたし、さらに「科学的社会主義者でなくユートピア社会主義者」と批判していたのだった。2人の間には、科学的社会主義としてのマルクスの理論と実践の関係について、根本的な対立点があったのである。

(2)モリスによる『資本論』の解読
 モリスにより熟読された『資本論』だったが、さらに彼は『資本論』の解説と紹介も試み、自らの社会主義の主張の理論付けをはかった。その場合も、社会主義の運動の同志だったバックスの協力を得てのことであり、「社会民主連盟」が分裂して1885年に結成された「社会主義同盟」の機関紙『コモンウィール』に連載された。タイトルは”Sociarism from the Root Up"(社会主義・その根源から)、翌86年5月15日から88年5月19日まで、長期にわたって連載された。そのうちの第15-21章を、わざわざモリスは、仏訳『資本論』第1巻の概説と紹介に当てたのであり、そこで独自の「科学的社会主義」を主張しようとしたのであった。
 さらに1893年には、連載された論文を一書にまとめ、補筆のうえタイトルも連載時の"from the Root Up"から,"Its Growth and Outcome"(その成長と成果)に変更した。しかも、論文の連載の時点では、各章ともモリスとバックスの両名の署名になっていたが、完全に共著の形で公刊されたのである。その意味では、まさにモリス・バックスの社会主義論だったのであり、同じマルクス『資本論』をRootにしながら、エンゲルスーレーニンによって教条化されたマルクス・レーニン主義の流れと、モリス・バックスの「ユートピア社会主義」の流れとに、ここで大きく分岐することになった点を、ここで予め指摘しておこう。
 そこで、連載論文を中心に、93年の共著をも参照しつつ、モリスの『資本論』の理解を紹介しよう。ただ、元々「社会主義同盟」の実践運動のための論稿だし、経済学の理論的著作ではない。『資本論』研究の細部からの検討は省略し、主要な論点の整理だけに止めたい。
 また、タイトル「その根源から」のとおり、論稿の内容も、社会主義思想の発生に遡っての検討である。その際、市場経済と共同体経済の対抗関係を重視し、市場経済に媒介された個人主義、利己主義、商業主義、共同体経済に基礎付けられた社会主義、利他主義、共生思想の展開を跡づけているように見える。そうした点の検討も、ここでは省略する。
 モリスは、第15章で「科学的社会主義―K・マルクス」を取り上げる。彼は冒頭「完全な社会主義の理論、いわゆる<科学的社会主義>と呼ばれるが、その完全な発展に到るものに関して取り上げる。この理論の偉大で典型的な人物、資本家的生産システムの最大の批判の著者、それは故カール・マルクス博士である」と、最大級の賛辞を送っている。こうした賛辞を捧げることにより、モリスもバックスも、社会主義としてはマルクス主義を自任し、社会民主同盟などの運動面でもマルクス派の旗幟を鮮明にしていたのだ。にもかかわらずエンゲルスからは「科学的社会主義」として扱われず、いわゆる「空想的社会主義」として敬遠され続けたのはなぜか?『資本論』の読み方に、その原因があるのだろうか?マルクス主義の分岐点を解明しょう。
 モリスは、先ずマルクスの生い立ちから独、仏での活動、1847年のエンゲルスとの出会い、49年のロンドンへの亡命の経緯をごく簡単に紹介する。ロンドンでの活動は、「国際労働者協会」の組織化、及び『資本論』の執筆だったこと、そしてマルクスの『経済学批判』が偉大な著作『資本論』への基礎となった」点で評価し、差し当たり『批判』を使いながら、『資本論』の商品と貨幣の説明に入っている。だから『批判』の扱いは、『資本論』の冒頭の商品・貨幣論に吸収した形で取り扱われたに過ぎない。その点で、『批判』の冒頭に置かれた有名な「序言」はカットされ、「経済学批判体系」プラン、また経済学の方法の基礎になった、そして初期マルクス・エンゲルスの歴史観だった「唯物史観」には、一切触れず仕舞いで『資本論』の商品・貨幣論を説明しているのだ。
 周知のとおり、エンゲルス『空想から科学へ』にせよ、レーニンの解説「カール・マルクス」にしても、いわゆる「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」が、科学的社会主義の枠組みになっている。だから、「唯物史観は剰余価値論によって社会主義は科学となった」のであり、唯物史観の枠組みの内部で科学的社会主義は定義されてきた。例えば『空想から科学へ』では、先ず仏の社会主義思想を中心に、空想的社会主義としてサン・シモン、フーリエ、オーウェンの3人をあげる。「この3人に共通な点は、彼らがいずれも当時歴史的に生み出されていたプロレタリアートの利益の代表者としてではなく、啓蒙主義者と同様に‐‐‐ただちに全人類を解放しようとした。」階級対立の視点からの批判であり、「社会主義を科学たらしめるには、それのよって立つ現実基盤が先ず形成されるべきだ」として、プロレタリア解放の視点が強調される。
 ついで独のヘーゲル弁証法の意義が強調される。「この体系により、自然と歴史と精神の全世界が一個の過程として説明され、それは不断の運動、変化、変形および発展の中にあるものとして説明された。」しかし、彼の弁証法は「絶対精神」の自己運動であり、観念論だった。この観念弁証法を、唯物論的に転倒する。唯物弁証法であり、「その歴史的適用によって、今や観念論は、その最後の隠れ家たる歴史観から解放され唯物史観がここに生まれた。唯物史観により、社会主義の思想が階級闘争に基礎付けられ、「従来の歴史は、原始時代を除けば、階級闘争の歴史であった。」
 さらに唯物史観は、イギリス古典派経済学の批判的継承により、価値論・剰余価値論で基礎付けられる。「唯物史観と剰余価値による資本主義的生産の暴露とは、じつにわれわれがマルクスに負うところのものであり、社会主義はこれにより一つの科学になった。」レーニンのマルクス主義の解説も、エンゲルスのそれとほぼ同じだし、この科学的社会主義の定義から、マルクスレーニン主義はドグマ化されたのだ。
 ところがモリスは、『批判』を取り上げながら、その「序言」にあり科学的社会主義の枠組みになっていた唯物史観には一顧だにしない。もつぱら『資本論』の内容に吸収した形で、商品・貨幣の説明に入っているのだ。したがって方法的には、『資本論』がそうであるように、純粋資本主義の生産方法を抽象し、その経済的運動法則として、価値論・剰余価値論を展開するのである。すでにエンゲルスの『空想から科学へ』では、唯物史観の枠組みにおいて、オーエンなど空想的社会主義が批判されていた以上、モリス達の立場からすれば、唯物史観を敬遠する方法を選んだとも言えよう。
 そこで、モリスによる『資本論』解説の内容紹介だが、紙数の関係もあるので、ここではタイトルを挙げておこう。「商品と貨幣」「貨幣の機能と資本」「貨幣の資本への転化」「剰余価値の生産」「可変資本と不変資本」「近代産業の歴史的地位」、そして「結論、資本の蓄積過程」である。詳しい紹介や検討は別の機会に譲らざるを得ないが、価値形態論の移行などには立ち入ることなく、貨幣形態に引き絞った説明、資本に引き付けた貨幣の機能の説明、また「貨幣の資本への転化」でも独自の史実を踏まえた理論化など、興味ある展開が含まれている。さらに、資本の階級支配に関しては、機械制大工業による資本家的生産の組織化論が展開される。
 その上でモリスは、『コモンウィール』1887年8月6日付の第21章を、『資本論』解説の「結論」としている。しかし、内容的には『資本論』第1巻第7編「資本の蓄積過程」であり、第1巻の最後という意味で「結論」としたのであろう。モリスは先ず、前章の機械制大工業による資本家的生産方法での剰余価値生産を補足し、技術革新など生産力の上昇により、資本の労働支配が強化される点を具体的に説明する。続いてモリスは、『資本論』の仏語版を利用しているからであろう、第5分冊「大工業に関する諸問題と社会の変化」、第6分冊「賃金」、第7分冊「資本蓄積の重要問題」を取り上げるとして、単純再生産から剰余価値の資本への転化である拡大再生産、そして「商品の生産の資本家的領有を特徴付ける所有法則の転化を述べている。---この部分には、長くて各種の点からの資本家的蓄積の一般法則に関する長い詳細な章が含まれる」として、「資本の蓄積過程」の重要性を強調している。
 ところで『資本論』第1巻の最後には、いわゆる「本源的蓄積」が叙述されている。しかも、モリスが利用した仏語版では、独語版と異なり「第8編本源的蓄積」として、独立の編別が与えられることになった。それに関連すると思うが、独語版第2編「貨幣の資本への転化」についても、仏語版では「資本の一般形式」など節の章への格上げが図られた。要するに、理論的に純化された形での展開が強まり、歴史的過程との分離が編別構成上でも配慮されることになったといえよう。『批判』での歴史と論理の統一の唯物史観から、『資本論』の純粋資本主義の抽象への方法論的脱皮に関連して、マルクスの理論的苦闘が続いているのだろう。
 そこでモリスは、「本源的蓄積の秘密」の初めにある、有名な一節「本源的蓄積が経済学で演ずる役割は、原罪が神学で演ずる役割と、ほぼ同じようなものだ」を引用する。さらに「要するに暴力が大きな役割を演じている。穏やかな経済学では、はじめから牧歌調がみなぎっていた。はじめから正義と<労働>が唯一の致富手段だった。---実際の本源的方法は、他のありとあらゆるものではあっても、どうしても牧歌的だけではなかった。」A・スミスが描いた単純商品生産者の社会ではなかったのだ。
 モリスは、さらにマルクスに従い、本源的蓄積の具体例として、英の「土地囲い込み運動」などを挙げ、こう述べる。「マルクスは、そこで近代的な資本家的農業の誕生を描写し、都市産業での農業革命の反動や産業資本のための国内市場の創出に触れる。その矛盾を生み出した資本家的蓄積の歴史的傾向についての章に続き、将来的社会への関説として、ここで以下の文章を引用しておく必要があろう」と述べ、例の「領有法則の否定の否定」、所有法則の歴史的転変の箇所を引用する。
 そこで所有法則の転変だが、『資本論』とくに仏語版では、純粋資本主義の論理と資本主義の歴史的発展の過程の区別が進んでいるものの、なお「本源的蓄積」を含む歴史的発展過程の説明では、マルクスがなお唯物史観のドグマに拘りを持ち続けていたのであろう。ここでモリスの唯物史観への批判的見地が、以下のように提起される。
 改めて紹介するまでもないが、エンゲルス『空想から科学へ』の唯物史観に基づく所有法則の転換の図式では、、次のようになっている。
 すなわち、①単純商品生産者を事実上想定して、私的・個人的労働に基づく私的・個人的所有、②資本家的生産様式では、生産の社会的性格に基づいて、私的・個人的所有の矛盾が設定され、この基本的矛盾が「否定に否定」によって、③生産の社会的性格に基づく所有の社会的性格=公的・社会的所有への転変により解決を見る。この所有法則の転変こそ、レーニンによっても引き継がれ、唯物史観の公式としてドグマ化されたのだ。
 ただ『資本論』では、定式の内容のニュアンスが微妙に違っている。マルクスに迷いがあったのかも知れぬが、①については、所有者の「自己の労働に基礎を置いた個人的所有」とも、また「各個人の自己労働に基づく分散的な所有」とも、表現している。モリスが、この点に重要な批判的指摘を注記しているが、②の資本家的生産様式に基づく「資本家的個人的所有」は、社会的生産に基づく私的・個人的所有と説明されるが、「否定の否定」である③のマルクスの説明には、不明瞭な点が持ち込まれることになる。
 すなわち、まず一方で「私的所有を再現するのではないが、資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくり出す。すなわち、協業を基礎とし、土地の共有と労働そのものによって生産される生産手段の共有とを基礎とした個人的所有」とし、その上で他方では公的所有である「社会的所有」とも述べているのだ。要するに、生産手段の共有を基礎とした個人的所有なのか、それとも社会的所有なのか、あまりはっきりしない。こうした不分明な点から、私的所有ではなく「個体的所有」であり、独特な「市民社会」的社会主義も主張された。
 要するにマルクスのここでの説明は、土地や生産手段の共同体的所有を前提とする、個人の労働による所有なのか、それとも私的・個人所有を否定された公的・社会的所有なのか、はっきりしない叙述なのだ。資本家的生産様式を否定した、共同体的生産様式のもとでの個人の労働と所有、それと国家権力を労働者が奪取して、国有ないし公有のもとでの労働配分なのか、ここでは明確な区別が無いまま論じられているのではないか。その点では、マルクスの「否定の否定」としての所有法則の転変には、内容が混濁し曖昧なのだ。この曖昧さは、①の前資本家的生産様式の設定の仕方に問題があるのではないか、モリスは以下のように注記して突くのだった。
 すなわち、モリスは上記「各個人の自己労働に基づく分散的な私有」(共著『Socialism』では、「所有者の労働に基礎を置いた個人的な私的所有」)の箇所に、にわざわざ注記する。「重要なことだが、ここで使われているように、このフレーズを誤解すべきではない。<中世>の労働は、物理的には個人的だが、精神的には完全にアソシエーションの原理によって支配されている。われわれが見たとおり、その時代の親方は、ギルドの代表に過ぎなかったのだ。」ごく短い注だが、きわめて重大な意味が含蓄されている。
第1に、全体的に注が余り多くないが、内容の補足にとどまらず、内容の理解に関わる注は殆どない。ここの注は例外的であり、しかも『資本論』の資本蓄積論に関わり、歴史的傾向の「否定に否定」の内容理解にも関わる点で、重視せざるをえない注記である。
 第2に、表現は慎重で、『資本論』を直接批判してはいない。「誤解」を恐れての注意書きだが、その内容は上記①に関わるものと言える。つまり、単純な商品生産者を事実上想定し、その自分の労働による商品生産物の自己所有としての私的・個人的所有という唯物史観のエンゲルス流の公式を、真っ向から否定しているのだ。物理的には個人的労働でも、その労働は共同体の内部で、ギルド組織のもとで、「精神的には完全にアソシエーションの原理」に基づく点を強調する。つまり①は、村落的・ギルド的な組織の労働であり、生産物もその所有であって、そうした共同体の組織が前提になり、市場の取引も共同体と共同体の間に成立するに過ぎないのだ。
 第③に、モリスが①に付した注は、③の「否定の否定」の内容とも関係しているのであろう。マルクスも③に関して、上記のように共同体的な労働、生産手段の共有を前提にして、共同体の復権を事実上想定していた。生産の社会化に基づく「社会的所有」は、国家社会主義型の公有・国有ではなく、文字通り社会的な共同体的な所有を考えていたのだろう。このような③における共同体の復権との関連で、モリスは①の生産と所有についても、共同体のギルド組織を明確にして置きたかったのではないか。
 以上モリスは、資本蓄積の歴史的傾向の「否定の否定」について、唯物史観の公式における単純商品生産を出発点とした所有法則の転変を、注記の形だが事実上否定したのである。そして、村落共同体やギルド組織に基づいた歴史的転変を提起しようとしたのだあり、それを『資本論』の純粋資本主義の経済的運動法則で根拠づける形で、マルクスから「科学的社会主義」の見地を継承したと言えよう。労働力の商品化の賃労働に基づく機械制大工業の組織によっての大量生産・大量消費のシステム転換を、モリスはコミュニティの復権に求めたのである。
 なお、共著『Socialism』では、マルクスの死後『資本論』第2巻が出版され、さらにエンゲルスの手で第3巻の刊行も準備されている旨、特に注記されている。
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by morristokenji | 2009-08-30 13:44
 オバマ米大統領の選挙スローガン「変革」には、初めての黒人大統領として、先ず第一に、人種や性、資産の差別・格差からの解放があった。さらに第二に、ネオコンによる米・一極覇権型の世界戦略からの転換があった。世界秩序は多極協調型に転換しつつある。さらに、最も重要な「変革」内容だと思うが、第三に核軍備の廃絶を射程に入れた、つまり核エネルギーではなく、ソフトな自然エネルギーを基礎とする、産業構造の転換としての「グリーン・ニューディール」が提起された。IT革命によるポスト工業化を踏まえ、「グリーンカラー」による労働の質の転換にまで踏み込み、そして産業構造の転換に基づく生産と生活の質を変えようという「変革」である。この第三の変革として、グリーン・ニューディールが、ポスト工業化に基づくポスト資本主義への変革を提起したのではないか。米・民主党リベラル派の改革戦略である。少し立ち入って検討しよう。
 1)産業構造の基礎には、どのようなエネルギーを利用するかが、重要な意味を持つている。18-19世紀初頭の第1次産業革命では、それまでの水力中心の自然エネルギーから、蒸気機関への転換があった。蒸気機関の利用により英・綿工業の生産力が飛躍的に発展、資本主義経済が確立すると共に、世界市場を制覇した。大量生産・大量販売・大量消費のシステムが形成されたのだ。
 さらに、第2次産業革命とも言われる重化学工業による高度工業化も、エネルギー革命が前提になっていた。電気エネルギーであり、内容的には化石燃料の利用だった。航空機の開発が、3次元空間へ工業化社会の発展を拡大した。とくに電力事業が、その開発によるネットワークの拡大利用と結びついて、国家主義のエネルギー的基礎を提供したとも言える。ソ連型国家社会主義は、プロレタリア独裁と共に、社会主義は「全国の電化」によるソビエトの支配体制だった。さらにまたアメリカを始め、電力事業による重化学工業化が産軍複合体制を支えた。
 第2次世界大戦の中で、核エネルギーの開発が進み、核兵器の使用に突き進んだ。広島、長崎の原爆投下だ。核エネルギーの軍事的利用の核兵器に対して、核エネルギーの平和利用として、原子力発電が進められてきた。すでに原子力発電は、化石燃料と並んでエネルギー資源の不可欠な部分を構成している。とくに最近の資源エネルギー危機の高まり中で、原子力発電の利用への期待が高まっている。核エネルギーを核とした産業構造を選択するのか、それとも自然エネルギーへの回帰により、環境保全の産業構造に転換するか?オバマの戦略は、ここで自然エネルギー選択の道を進もうとしているのだ。
 2)単に自然エネルギーの選択を説くだけなら、産業構造の転換には繋がらない。グリーン・ニューディールの狙いは、クリーンな自然エネルギーへの投資により、地球温暖化など環境保全と共に、経済の再生・雇用の創出をはかることにある。そして、経済社会の質を転換して、すでに紹介したとおり低炭素経済(Low Carbon Economy)による、低炭素社会の実現にある。明らかに、経済社会の質的転換・変革であり、だからこそ雇用の創出も、単に雇用拡大を主張しているのではない。
 雇用の質的転換としては、すでに紹介したとおり製造業、建設業関連の職種が列挙されているが、そこにはホワイトカラーの技術者というよりも、むしろ技能者(Crafts man)の職種が多く含まれている。だからこそ、雇用創出にあたり、わざわざ「グリーンジョブ」Greenjobとしていたのだ。このような労働力の質的転換が、工業化社会の労働力の商品化に基づく賃労働と、どのように違うのか、単に創出される雇用の量(250万人など)だけでなく、労働力商品化の止揚との関連が問われなければなるまい。
 いずれにせよ雇用の質的転換が進むとすれば、グリーンジョブで就労する労働力が再生産される、その消費の生活の質も問われなければならない。投機に弄ばれたローン漬けのアメリカンドリームが崩壊した今日、改めて生活の質的転換が必要だし、また生活の質の変革を通して、環境にやさしい低炭素社会も実現できるはずなのだ。グリーン・ニューディールは、生活の質的転換を提起しているのだ。
 3)グリーン・ニューディールの政策提起としては、もっぱら雇用の創出と必要な投資の量的拡大(例えば10年間1500億ドルなど)が強調されている。具体的には、道路やダムなど従来型の公共投資ではなく、先進的なバイオ燃料を利用した公共交通・輸送システム、太陽光や風力発電など再生可能エネルギーの拡大など、公共投資関連が挙げらえている。
 しかし、その場合においも、例えば再生可能エネルギーのための装置や材料を、国内もしくは州内で調達可能な点が強調されている。また、金融機関のより小さなユニットへの分割やグリーンバンキング化など、地域に根ざした再生産と循環の視点が配慮されている。こうした視点からすれば、グローバルな市場拡大の中で投機をくり返す巨大企業に対して、むしろ地域に密着したNPO,コミュニティ・ビジネス、社会的企業などが、低炭素経済社会の中心的な経済主体として想定されているのではないか。
 要するにグリーン・ニューディールの提起した低炭素経済社会は、自然エネルギーへの回帰からみても、工業化社会の大量生産・大量販売・大量消費の経済システムからの転換を目指している。その意味で、工業化社会の近代資本主義社会を超える政策の視点が、事実上提起されたのではないか?また、このような歴史的な社会変革を自覚しているからこそ、オバマは大統領就任演説で、あえて「新たな責任の時代」を世界に訴えたのではないか、彼の訴えを重く受け止めたい。
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by morristokenji | 2009-08-05 22:04
 景気循環の局面転換では、不況の局面こそ実体経済への痛みが拡がり、バブル体質の改善が進む。不況期を通し、リストラ合理化によって新たな発展が準備され、いわゆる「底入れ」を経て、再び景気は回復上昇する。好況期の到来である。「百年に一度の世界金融危機」が到来、世界大不況と喧伝されたにもかかわらず、まだ1年を経過しないまま、すでに景気の底入れが話題になっている。あらためて「百年に一度の世界金融危機」を問い直さざるをえないのだ。このままの回復では、オバマの訴えは、単なる「環境ビジネス」探しに終わり、「環境バブル」の再現を招き兼ねないだろう。その意味でも、不況からの脱却の過程が重要だし、いかに構造転換に結びつくかが、いま問われねばならない。
 すでに述べたとおり、金融パニックとしての金融恐慌は、金融システムを麻痺させ、一時的には市場の崩壊を招く。リーマンショックも、世界金融危機であり、金融パニックだった。しかし、それが資本主義社会の体制崩壊に繋がるようなものではなかった。初期マルクス・エンゲルスの「恐慌・革命テーゼ」は、唯物史観によるイデオロギー的期待に過ぎない。今度も新旧左翼の中に、唯物史観のイデオロギー的期待が復活した。そして、今回もまた、革命へのイデオロギー期待が裏切られた。資本主義を甘く見たら、それこそ資本主義から馬鹿にされるだけだ。周期的恐慌が繰り返された事から見ても、恐慌は資本主義の崩壊に結びつくものではない。逆に、恐慌を通してバブルの体質を整理し、不況期の合理化により、新たな成長と発展のバイタリティーを蓄積する。
 では、「百年に一度の世界金融危機」を体験した後、今どのような回復が可能なのか?可能性を探ってみよう。
 ①9・15リーマンショックのあと、G20など国際協調の下、金融危機の乗り切りには成功し、主要な株式市場、為替市場は、ショック以前の状況に戻った。むしろ、危機の体験を通して、国際協力が強まり、ヘッジファンドなど、投機的資金への規制も強化されたといえる。しかし、危機の渦中で強調されていたIMFなど国際金融機関の改革、さらに国際通貨制度や為替システムの変革など、多くの課題を残したまま、貨幣金融面での回復が進み、そのため改革への機運が後退したとも言える。改革より回復が優先したのだ。
 このような状況が進み、かつ実態面でも生産や出荷、さらに雇用や消費面での回復が始まるとすれば、新興国の工業化によるデカップリングにも支えられながら、旧情に復してしまう可能性は強い。いわゆる資本主義に特有な自己回復力であろうが、そうなれば先進国のサイドでは、今回の危機を通して消費の自己抑制がすすみ、一層の過剰貯蓄が進むことになろう。また、新興国の高貯蓄体質も強まり、グローバルな過剰資金の累積が再現されることになる。とくに、アメリカの過剰消費が金融危機で後退すれば、過剰資金は一層の過剰化を余儀なくされるだろう。
 こうしたグローバルな資金の過剰こそ、リーマンショックの金融危機の前提だった点を想起すれば、この過剰な資金が国際的な投機に再利用される可能性は強い。もちろん、ヘッジファンド・マネーの規制など、投機への規制が強化されているし、金融工学による詐欺的金融商品の開発などは、部分的に抑制されると思う。しかし、すでに1990年代以降、80年代の「金融ビッグバン」を前提にして、慢性的な過剰資金の累積が、いわば慢性的な投機行為を続発させてきたことを忘れてはならない。9・15リーマンショックは、そうした慢性的投機の一時的な集約として、「百年に一度の世界金融危機」の勃発を招いたのだ。
 その意味で、マルクス恐慌論の「恐慌の可能性」も、その「必然性」も、決して解消されたり、止揚されてはいないのだ。9・15ショックのような激発性、広域性は持たないかも知れないが、慢性的投機によるバブルの崩壊が繰り返されると見た方がいい。米大統領のオバマの「グリーン・ニューディール」もまた、たんなる環境ビジネス探しに終わり、グリーン・バブルになって泡と消え去る可能性を否定できない。資本主義は自滅するものではない。死滅するのは人類かも知れないのだ。
 ② 今回のリーマンショックは、ある意味でポスト冷戦による世界市場のグローバル化と結びついていた。その点では、市場経済の拡大によるものであり、とくに新保守主義、新自由主義と呼ばれる政策の破綻とも言える。とくに、米・共和党ブッシュ政権のネオコンのイデオロギーによる世界戦略の破綻を重視すべきだろう。そうだとすれば、その世界戦略の標的としてきた、東西世界の国家主義的政策への保守的回帰の可能性が生ずることになる。
 事実、金融危機への対応策として採用された、ゼロ金利型の金融政策、さらに大量な国債発行を前提とした不況対策としての財政支出、またGMについても形式的には国有化による救済だし、ヨーロッパではアイルランドなどの銀行の国有化など、まさに国家主義の再現、国家資本主義への回帰現象ともいえると思う。ポスト・リーマンショックは、再び冷戦期への逆行を迎え、ソ連型社会主義の復活、同時に西欧型福祉国家への逆転になるのか?
 80年代、小さい政府、規制緩和、民間活力などを柱とした政策体系が、英サッチャーなどにより新保守主義として世界の新しい潮流となった。米・共和党のレーガン政権、日本では中曽根政権の行革路線、その上で90年代バブル崩壊の後、小泉・竹中の「構造改革」として推進された。いずれも市場原理を政策的に利用しつつ、福祉国家など国家主義の体制維持のシステムを崩壊させたのだ。そして、市場の競争原理を復活させ、資本主義の活力回復を図ろうとしたに過ぎない。
 とくにブッシュ政権のネオコンの世界戦略にいたっては、すでに紹介したとおり米・一極を頂点とした覇権主義の世界戦略であり、市場原理主義はそのイデオロギーにすぎない。従って新保守主義、新自由主義と言っても、資本主義の新たな発展段階を画するようなものではない。ポスト冷戦で市場経済がグローバルに拡大し、国家主義的体制を崩壊させるのに、市場原理が利用されているだけなのだ。そして、国家主義的体制の破綻の結果として、慢性的資金過剰による投機の慢性化が、ついにリーマンショックの世界金融危機を招いた、とみるべきではないか?
 確かにリーマンショックの結果、すでに崩壊した国家主義体制、とくに福祉国家主義への回帰志向が一時的には高まるかもしれない。しかし、福祉国家による完全雇用こそ、資本主義の労働市場を前提する限り、70年代のスタグフレーションを顧みるまでもなく、福祉国家そのものを破綻に追い込んだのではないか。ソ連型国家社会主義もまた自壊したのだ。国家主義への回帰は、いずれにしても時代錯誤と言う他ないだろう。
 さらに、現実的にみても、日本を頂点として、いまや先進各国とも膨大な財政赤字を抱えている。また、過去の国家主義時代の財政危機とその脱却への反省がある以上、財政面からの制約は大きいだろう。また、GMの国有化にしても、今日の国有化の動きは、積極的な意味を持たない。一時的に国有化してリストラするだけであり、むしろ安楽死による処理なのだ。
 では、第三の道はあるのか?節を改めて考察しよう。
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by morristokenji | 2009-08-03 15:58
 08年11月の米・大統領選は、事前の接戦の予想を覆し、民主党オバマの大勝利となった。歴史上初の黒人大統領、47歳のオバマの勝利宣言は、歴史に残る名演説であり、世界の注目を集めた。「百年に一度の世界金融危機」による閉塞感を募らせていただけに、「Change! Yes ,we can」の変革の訴えが、多くの人々の胸を打った。期待だけが救いだったのだ。
 選挙戦のキーワードだった変革、今、何が変わり、さらに何を変えねばならないのか?オバマの大統領当選自身が、黒人大統領の誕生そのものが、有権者の投票動向からも明らかなように、白人・男性・有産者中心の権力構造を、人種・性・資産の格差を超えた、真のUnited State「連邦国家」への変革をもたらした。さらにオバマが訴えた変革は、ワシントンやアメリカだけのものではなかった。Change the World であり、「世界の変革」でもあった。
 すでに述べたとおり米ブッシュ父子の共和党政権は、ネオコンのイデオロギー支配の下に、米を頂点とした覇権型一極支配の世界戦略を推進した。90年代初頭、ソ連崩壊で東西2つの世界は、グローバルな一つの世界に変わった。西側の盟主・米の一人勝ちの「ポスト冷戦」だった。ベルリンの壁が破れ、西から東への市場経済の拡大により、米を頂点と「グローバル資本主義」、さらに市場原理主義の幻想も生まれたのだ。アメリカモデルの価値観が押し付けられ、無謀なイラク戦争の泥沼に進み、経済的にはグローバルな金融バブルの拡大となった。
 しかし、米・共和党の保守グループ・ネオコンの世界戦略は、完全な破綻を迎えていたのだ。経済的には、アメリカ発の9・15金融危機の勃発を招き、政治的にも金融危機に後押しされるような形で、民主党オバマの大統領選での圧勝となったのだ。ネオコンのアメリカが敗北、今ようやく新たな真の「ポスト冷戦」を迎える。ここにまた、オバマが核実験禁止業約など、「核なき世界」戦略を推進する歴史的意義を確認したい。
 このように米大統領選のオバマ圧勝は、ネオコン主導の世界戦略の破綻に、ダメを押したのだ。だから「変革」の訴えは、ネオコンの単独主義の外交からの転換、各国との水平型の対話・協調路線への変革なのだ。東西の壁を破り、さらに南北の境界線も破り、米一人勝ちのポスト冷戦から、アジアなど新興国も対等の交流の権利を保障する路線ではないか。ここにまた、非核戦略と共に、朝鮮半島の平和と安定に向けて、北東アジアを含む真のポスト冷戦へのオバマ戦略への期待もあるのではなかろうか?
 このように見れば、歴史の転換による新たなポスト冷戦への世界編成は、アメリカの変革と共に始まる「オバマ・ディール」の世界戦略と共にスタートしたと言える。すでに大統領選で提起されていたオバマ「グリーン・ニューディール」は、言うまでもなく1929年世界大恐慌の後、当時の米・大統領ルーズベルトの「ニューディール」のひそみに倣って、オバマ陣営が準備した産業構造の転換のための戦略に他ならない。今なぜ「変革」の内容が「グリーン・ニューディール」なのか?まず、その背景を探ってみたい。
 すでに指摘したが、先進各国がポスト工業化を迎え、米・民主党クリントン政権は、ゴア副大統領の「情報ハイウエー」など、IT革命を構造政策に据えた。当時のITブームは、米経済を活性化させ、冷戦下の構造的財政赤字を黒字に変えるのに成功した。しかし、すでに紹介したが2000-01年、ITバブルが崩壊し、共和党・ブッシュ政権の下では、IT化はもっぱら金融面において、金融バブルに利用された。金融工学とも結びつき、金融商品にも利用された。その中で、サブプライムローンの開発が、今回のリーマンショックの引き金となった事は、すでに指摘した。
 ただ、大統領選で共和党のブッシュに敗れたゴアは、ベストセラー『不都合な真実』を書き、ノーベル平和賞にも輝いた。それに連動しつつ、クリントン政権を担ったメンバーは、民主党再建のためにリベラル派シンクタンク「アメリカ進歩センター」を立ち上げた。草の根の運動を展開、今回の大統領選でのオバマ勝利の原動力になった。このシンクタンクが準備した内容が、オバマ「グリーン・ニューディール」の骨格をなしている。とくに08年9月、リーマンショックと平行するように、共同チームが「グリーン経済回復―良い仕事を創造し低炭素経済(Low Carbon Economy)を開始するプログラム」を準備した。内容的には、IT革命+LCEの新産業革命にほかならない。
 提言内容も、①高度工業化の化石燃料から、クリーンな自然エネルギーへの転換による建設業・製造業の再生、②交通を初め公共事業のエネルギー転換による構造改革、③エネルギー転換に基づいた地球温暖化など、環境対策、④新しい雇用創出として、ホワイトカラーとブルーカラーの区別を超えたグリーン・ジョブの創出による新しい技能者(クラフトマン)の拡大―などである。
 例えば、「増やす職種」として、電気工、大工、建築監督、機関士、板金工、溶接工など。明らかに技術者中心のホワイトカラーよりも、むしろ熟練重視のブルーカラーの仕事の質的転換が目指されている。新たなクラフツマンであり、「グリーンカラー」とも呼ばれるが、そのための職業訓練、職業教育を目指すマンパワー政策なのだ。ホワイトカラー=技術者とブルーカラー=技能者を越えた、その統一としての「グリーンカラー」を中心とする雇用構造の転換にほかならない。
 「百年に一度の世界金融危機」も、すでにパニックの局面から、不況局面に転換している。景気の循環としては、不況の局面こそ金融面から実体経済に「痛み」が浸透する。企業は雇用の調整を迫られ、雇用の悪化、消費の停滞は、不可避である。雇用もバブルで膨らみすぎていた以上、バブルが弾ければ過剰雇用の整理が必然である。ローン漬けの過剰消費の見直しも当然なのだ。雇用も、消費も、整理・見直しが迫られるのが不況の局面である。
 とくに日本経済は、戦前から不況期の過剰人口のプールが農村だった。好況期に農村から吸引された労働力が、不況と共に農村に帰り調整される。農村は、景気循環の労働力の調節弁だった。しかし、高度成長の工業化は、農業を切り捨て、農村を崩壊させ、プールは崩壊した。プールを失った労働力は、都市に滞留するほかなくなった。
 急増してきた非正社員労働力、とくに「派遣型労働力」は、正社員に対して景気変動の調節弁として制度化されたものだ。この調節弁なしに、資本主義の経済は機能しないし、景気も循環しない。「百年に一度の金融危機」は、大型不況の中で派遣労働力の調整に局面転換した。帰るべき農村を失い、都市に滞留する派遣労働力は、東京都内の日比谷公園にテントを張り、「派遣村」とした。恐慌による、新たな「日比谷の村おこし」だろうか?
 派手に株価など暴落する恐慌の局面より、経済政策として重要なのは不況対策である。とくに今回、日本経済はバブル期の超低金利による円キャリー・トレードの反動として、後ろ向きの異常な円高が生じ、円高不況が深刻化した。為替市場への介入など、円高対策を採らず放置した政策ミスも重なり、不況が深刻化した。それだけに、為替政策を含めた構造的な雇用政策が重要なのだ。その点でも、オバマ大統領が世界に発信している「グリーン・ニューディール」の訴えを、どう受け止めるか?単なる「環境ビジネス」にしたら、ITバブルに続く「環境バブル」に終わる。
 上記のとうり、「グリーン・ニューディール」の内容は、単なるバラマキの不況対策ではない。また、ニュービジネス探しの環境対策でもない。風力・水力・太陽光発電やバイオ燃料野か初も含まれているが、工業化社会の資本主義経済の基礎であるエネルギーの根本的転換であり、それを前提とした産業革命だろう。そこでは、仕事や労働の質、暮らしの質を含めた問題提起なのだ。産業革命は、社会の変革にも繋がるものだ。
 こうした歴史的な社会変革を自覚しているからこそ、黒人大統領オバマは就任演説で、あえて「新たな責任の時代」を世界の人々に訴えたのではないか?彼の訴えは重いと思う。
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by morristokenji | 2009-08-01 19:10