森のミュージアムの最新情報<研究ノート>を分離


by morristokenji

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        第21章  社会主義の勝利

 我々自身、過去の生活を一つの方法で描き続けるのは可能である。つまり、我々の想像が、我々がそれについて持っているような正確な情報を内包する、その描写を示すからである。しかし、これが生き生きした輪郭描写であり、情報が正確かもしれないが、それは実際に起っている描写ではない。我々の経験している現在から成り立つだろうし、我々の経験からの引き出される想像が心に描く過去、簡単に言えば過去の我々の描写なのだ。これがもし過去のケースなら、それについて我々は正確な史料を持っている。しかし、将来について言うなら、我々は何も持っていないし、歴史的な進歩からの単なる抽象以外には、また我々がその力を適切に評価しなかった要素に抵触するかも知れぬ論理的結論しか持ち合わせない。また、これらは来たるべき時代に進む十分な生活のスケルトンだが、その抽象である。
 それゆえ、我々は疑いもなく近代文明の「社会主義」への移行であるが、でも我々は将来の生活がどんな形になるか、正確には予言できない。トマス・モアやL・ベーコンが言うように、商業時代の初めの生活より良くなるのか、それは今日の資本主義の時代の発展からは予見できないのだ。
 我々は将来の生活を積極的に実感できないにも拘らず、現実の社会の原則が普遍的に受け入れられ、日常生活上の実践として適用されるだろう。でも、我々すべてが見ることの出来る問題の否定的側面、そして我々の大部分が空白を埋めるため努力せざるを得ないものは、「社会主義」の単なる闘い期間の必然的結果によってなされる。現在の社会は進むだろうし、その付属物や安定装置も付いていくことを、我々は確実に知っている。新しい社会の基礎が何であるか、少なからず知っている。だが、新しい社会が、自由や共同を基礎に、如何に構築されるか、それは思索以上の問題ではない。
 それゆえ、将来の生活のこの概略を与えるについても、我々は教条化しないし、多分起こりうるであろうことについての我々の見解を述べるだけであり、それは当然のことながら、我々の個人的な意図や希望により着色されものである。それゆえ我々は、我が読者に、ここで事実の報告をしたり、事態が起こるであろう正確な形態を細かく予言する意図を持っているとは想像しないで欲しいのだ。けれども主要な点で、ここに書くことは「社会主義者」の多数により受け入れられるものである。
 新しい社会の政治的側面については、文明は直接的強制で「人々の統治」をしてきた。「社会主義」は、1次的には「物事の管理」を行うだろう。そして、第2次的、間接的に人間の習慣や行為に関わるべきだろう。それゆえ「市民法」は、個人的財産に基礎を置いた制度であり、存在しなくなる。刑法は影が薄くなるけれど、それが存在する間、人々の保護だけに関係する。それゆえ、個人の自由に干渉することを提起する「社会主義」に反対して、時々起こる大騒ぎに対しても何もないのだが、事実上は、どんな社会にでも起こる個人の自然的、かつ不可避的な規制だけに限られるだろう。 物事の管理は、機械を用いて進められるのであり、機械に関しては、それを我が読者がこのような状況として想定するよう求めたい。
 前の章で示唆したが、移行期においては、連邦原理が自信をもって主張される。そして、これが最終的には完全な自動システムに発展するだろうと信じている。
 上に指摘したが、この原理は二重の方法で作用するだろう。1つは、地方的であり、地理的・知性的な地位、民族や言語により決定されるものである。第2には、産業的にであり、人々の職業により決定される。地勢的には、我々は郡区を最低の単位と想定するが、職業的には、交易もしくは工芸ギルドの流れである程度組織される職業である。多くの場合、ギルドの地方支部は、郡区の範囲内にあるだろう。
 他方、最高の単位は、社会化された世界の議会である。そしてそれらの間には、統治の利便さから配列された地方の連邦があるだろう。大きな連邦組織の権力は、どんな形にせよ、広義において、生産の統治の機能を持つだろう。例えば、人々の願望に関しての総ての情報の集合や分配と、地方や産業の補助機関に細部を全部残して、供給の可能性を見なければならないだろう。しかし、それはまた、社会の認識された原理を保持する必然的義務であろう。つまり、社会主義の秩序に有害または破壊的な方法や行動への反動的な、どんな国、どんな場所、どんな職業に対しても、つまり労働の搾取のどんな形態にも、もし可能なら復讐の刑法の制定に依ってでも、防衛されねばならない。この大きな「連邦」のより小さい単位では、意見の直接の表現は、行政に十分届くだろうけれども、より高い集団の作業を進めるには、代議員より他に方法が見つからないのだ。このことは、我々が統治の時代と呼ぶ地平を超えて、社会が発展するのをまだ予見できないことを意味している。
 共同体社会の生活と呼ばれる表現の宗教的、また倫理的な基礎について、今や扱うことになった。もっとも、他の観点では、宗教は生活の表現であるが、二つは調和的な全体を形成している。
 宗教と云う言葉は、最も心の底にあるものだが、自然を超えた信仰に結びついている。そして結果的に、言葉の使い方が、この要素の欠けているところでは、正当化されずに攻撃されてきた。しかし、我々が続いて示すように、この要素は本質よりもアクセサリーなのだ。
 最初に、宗教はその目的からして、親族社会の維持や栄光を持ってきた。氏族、部族、あるいは民族のどれもが、初期の局面では、祖先崇拝がリーダー像を形成した様にである。そうしたところでは。宗教が懇意地我々が迷信と呼ぶ物と結びつくことも不可避だった。なぜなら、人間と動物の生活、あるいは無生物の他の形の存在との間に区別を設けることが出来ず、総て同じように意識や知識があると考えられてきた。
 結果的に、人間による事物の支配から、事物による人間のそれへの物質文明の発展に伴い、社会は2つの階級、持てる支配階級ともたざる支配される階級に社会が分裂した。そして前者、支配階級に観察や熟慮のための余暇を提供する生活状態の上昇が起った。この熟慮から、自然の休息から意識としての人間の区別が起った。ここからまた、事物の二元的概念が発展した。一方は人間であり、仲間、知人であり、他方は自然であり、神秘、相対的な未知である。自然はそれ自身、今は無意識の物と看做されるが、見ることの出来る対象物と、その背後にあって働きかける想定上の動機や「先見性」との間の大きな区別に成長した。それは性格上は人間に似ているが、知識や力では人間を超えるし、そして自然対象としては、もはや居住しないが、それら無しには、それらを動かしたりコントロールしたり出来ないと認識された。
 二元的概念の、もう一つのセットは、これと共に生じた。第一に、個人と社会の間の区別である。第二は、個人の内部の肉体と精神の区別だ。宗教は今や明確に超自然的になり、知的階級に関する限り、言葉の真の意味で最終的に迷信(生き残り)となり、それは次第に古い慣習や信仰を失ったため
だ。この局面では、矛盾が信仰だけでなく、倫理的概念にも及んでいる。祭事や慣習は、初期の考え方に基づくものだが、それが意味を失い、多くの場合、その時代の進歩的な考えに反発されている。ここから奥義解釈や「ミステリー」のシステムが生まれる。これらのミステリーは、昔の原始的で粗野な儀式の実施を内蔵した崇拝であるが、この隠された意味を一部特権的な人々には発覚できるように扱われ、庶民大衆には理解で出来なかった。つまり、人々は古代の野蛮で時には粗野な儀式(そこでは、彼らには信じられないように見える出来事の直接の説明のごとき信仰)は、例えば単純な太陽神話は魂や神の寓話、また彼らの現在や将来の生活との相対的出来事などに還元されるだろうが、寓話の形式で神秘主義的な含意を包み込んだ。一つ重要なことは、個人の魂のために、将来の生活の考えが関連してきたことである。それは、殆ど崩壊してしまった生活の持続の古い存在に共通する物はなく、一つの積極的な教義に基づくものではなく、それが存在しないことを認めることが不可能なことによるものである。例えば、食料、馬、腕などが、道の国への旅の準備として、死者と共に葬られるような、原始民族の埋葬の儀式に見られる考え方に他ならない。それらの考え方は、また教義とそれを含む儀式は、数や体の上で、歴史の流れが拡がっているのであり、それらは遂に普遍的で倫理的な宗教、つまり(種族や自然の宗教に対立して)仏教やキリスト教が歴史的な事例となるが、そこでは原始的な儀式や、その意味が相互にその宗教の新しい倫理に融合し、そして多かれ少なかれ象徴的にこの倫理を表現するようになったが、そこまで伸張したのであった。ここで述べたことのイラストが、贖罪のキリスト教のドグマに於ける犠牲の古い意味の融合に見出されるだろう。
 我々が見たとおり、文明の登場と共に、種族社会が階級に分かれ、それは財産の共有に対しての個人的所有の発達によるものだった。こうして人々の社会に対しての古い関係が崩れ、その中にあった古い倫理観の大部分と共に失われた。種族社会では、彼がその一部である個人の限られた社会的責任は強く感じられ、彼には種族の外の義務は理解しなかった。今起ってきた道徳の新しい概念は、それが真実なのだが、人間として総ての人間への義務であり、彼の帰属している共同体(コミュニティ)への関係はないが、しかし彼らは曖昧であり、逃避的だし、意識的な束縛は殆ど受けないのだ。なぜなら、道徳が改革を見る中心点は、道徳の源泉となり、直接は個人の意識に現れる、精神的な神だからである。これら2つのもの、つまり種族の倫理は、コミュニティに限定されるものの責任を持ち、ユニバーサルで内省的な倫理、あるいは人間性が持つ神性への責任は、単に自分を実現する手段に過ぎず、それゆえ人間の人間への義務は、二次的な重要性しか持たない。このような二つの倫理の軸に分かれる。しかし、文明化の初期からの傾向は、このようなものだったが、歴史的にはその実現に向けて、多くの世紀が必要だった。その最後の発展が、キリスト教に到達しただけである。そして今や、競争的な経済の下で、the devil-take-the-hindmost「早い者勝ち」の教養と近代社会の実践に到達しているのだ。
 道徳意識の将来の形態は、ある意味で古い社会の倫理へのより高度なレベルでの復帰であろうと、我々は安んじて予言できる。狭い意味での親族社会への視野の限定、それは古代社会の解体の一つの要素だったが、それは消え去るだろう。そして、社会的な利益と共に、個人の識別は完全になり、二人の間のどんな離婚も、平均的な人間に思いもよらないものになろう。
 我々が以上、宗教と道徳について、相互に区別して語ってきたことについて、注意すべきだろう。しかし「社会主義」の宗教は、普通の倫理がより高度な雰囲気に入り込んだに過ぎず、そして仲間への意識的な責任と少し違う程度のものであろう。「社会主義的倫理」は、我々の日々の生活習慣の指針であろう。社会主義的宗教とは、普通の仕方では誰も命ずることが出来ない、民族の未来を代表する行動に我々を駆り立てる意識のより高度な形態なのだ。
 「社会主義的」秩序の下での生活の詳細については、第一には経済的な、第二には倫理的な、大きな変革により影響される、結婚や家族に関して最初に語るのが良い。現在の結婚制度は、男性に対しての女性の経済的隷属という一般的前提に基づいている。そして、結果的に彼女が法的に強くなる条件を作ってやる必要性である。この基礎は、社会経済的な自由の出現と共に消え去るだろうし、生計に関し双方の間で契約を結ぶ必要はないだろう。一方、子供への財産は存在しなくなるし、世に出てくるどんな子供も十分な市民権を持って生まれてくるだろう。そして、親がどんなことをしようと、その利益をすべて享受するだろう。このような家族の新しい発展が起ると、それを基礎にして、形式的で名目的だが、環境には関わりなく前もって決まっていない生涯にわたる仕事の準備ではないが、相互の好みや愛情の上に、双方の間の意思で決まる共同associationが生まれてくる。この変革に於ける道徳や情操に対し、どれだけ大きな利益があるかは、容易に見ることが出来よう。この国では、少なくとも現在では、明らかに効力がない契約が無視される前に、法的あるいは擬似道徳的な侮辱が犯されねばならない。事実、大陸では現在でも、結婚は相互の承諾で解消できる。しかし、そうなろうとする時、双方が従属的になって、彼あるいは彼女の自由は妨げられる。恐らく、この変革は、単なる形式的で機械的には、為されないだろうと述べておく必要がある。なぜなら、女性による男性への、あるいは男性による女性への抑圧(両者は継続的に今日我々の自称道徳制度の保護の下で起っているが)への険悪が「新しい社会」の倫理の基本的な成果になるであろう、からである。我々は、ここで近代の結婚制度の偽善の例として、我々の上流社会での貴賎相婚が全然咎められないことを注意しておこう。
 我々が注意を喚起しなければならない次の論点は、コミュニズムの下での人間の職業である。資本主義や賃金制度で支配されている現在の状態では、総て労働の不快が前提となり、一つの目標から他への短縮の経済的強制だけが動機となっている。今や、労働に対しての刺激の根源が、必要なことは本当なのだ。しかし、知覚の世界を通じて、エネルギーの成功的試練では、それが喜びと結びつくのである。事実、成長の規模で上昇するように、喜びの比率は、絶えず人為的な、また特権的な強制の前提がないことが必要条件だが、強制の増加による苦痛と比べての後者、労働に依存している。例えば、自然的状態では、馬は走ることに喜びがあり、犬は狩に、一方野蛮な人間生活の初期の状態では
、しかるべき儀式や武器の装飾のような物が、食料の確保の過程でさえも喜びや尊厳の意味を特徴づける。我々が、漠然たる原始の時代から初期の野蛮な時代に抜け出て、我々は労働に於ける喜びのある程度の表現が、新鮮な衝動を感受すること、また必要に溢れた職業にどこでも現れることを発見する。最終的に一定の芸術が誕生するには、こうした必要な労働の楽しみへの転換からであった。
 未開時代が初期の文明か迎えると共に、労働のこの慰安が他もそうだが、二重性に分裂した。そして芸術も、一方で付属物やアクセサリーになり、他方では独立し初期の段階となった。我々は、ここで新語として作られた自由を手にし、最初に「形容的」、第二に「実質的」芸術、「形容的」な芸術によって、無意識のうちに多かれ少なかれ恒常的に家屋から衣服のピンまで、日常の着物の生産と慰安とが混ざり合い発展した。また、「実質的」芸術により、それは職人の作品であり、その存在理由も芸術作品だったが、それらは一定の意味やある種の物語りを伝えるものだった。
 未開から飛躍して非常に活性化したギリシャ文明では、実質的な芸術が非常な速さで進歩し、多かれ少なかれ形容的芸術を損なうまでになった。ローマのdepotismが、古代社会を生気のないものに引きずり込むのに従い、実質的芸術の優勢も生活を失ったアカデミズムに衰退し、それが古典古代の崩壊まで続いた。未開への新しい接近の下で、芸術は古典古代の生活の維持を図ったし、再興もしたが、完全に変化し、実質的芸術は姿を消し、形容的芸術の新鮮な発展に代置され、非常に豊かで多作になり、過去の形容的芸術の影を隠したし、実質的芸術の衰弱で生じた空白を埋めたのであった。完成し、我々の必要に弾力的な彫刻がこの時期に誕生した。皇帝ジュスチニアン(西暦520年)の名前で記録される全盛期だ。この偉大な形容的芸術が、中世初期に完成の域に達し、その頂点は13世紀の中期にやって来た。しかし、その発展もまた、新たな実質的芸術の誕生と漸進的成長により特徴付けられた。中世の彫刻が没落し始めると、より強調されはしないが、少なくとも中世が崩壊のふちに立つまで、たぶんに混合的であり、より完全に実質的になっていった。遂に、ルネッサンスの熱狂と改革によって特徴付けられる社会的大変革が到来した。そして、その時代の興奮が通り過ぎると共に、形容的芸術も殆ど過ぎ去り、知的な構図や手の器用さ以外の目的についての実質的な無意識さを、それは長く単なる無用な物として死滅していたのだが、我々は発見するのだ。
 この終局は、必要な職業の元気付けの限りだが、実質的芸術が栄枯盛衰を伴いながら、上層階級の楽しみになる一方、商業主義が労働者のための総ての芸術を殺してしまった。必然的に、その高度な評価能力やそれに付随する形式を生み出す機会を奪ってしまったからだ。事実、大衆芸術や大衆的宗教は、新しい社会体制には適合しなかったし、それにより払拭されてしまった。
 殆ど総ての近代の経済学者は(彼らは歴史を研究するのは少ないし、芸術は決して研究しない)目の前に何が進行するか、から判断するだけで、労働は一般に嫌なものと前提するし、ここから必然的に怠け者の多数には、絶えず強制が機能せざるを得ないと前提された。それは、ユートピア社会主義者、特にフーリエの名声に対して言われたのだが、こうした環境の下では、民族の発展の希望が、いかに徒労であるかを本能的に受け入れていたのだ。
 我々が見たとおり、近代では労働者の離婚が、彼の労働に於ける喜びから起っているが、それは素朴な労働かもしれないけれども、どんな種類の労働も喜び無しには行われない、と断言するからだ。この場合、他のように「新社会」は、より高次元ではあるが、古い方法に逆戻りするだろうと信じている。非常に僅かな例外はあるが、総ての労働が一定の条件の下で喜べるように為される、と断言しているのは正しかったのだ。これらの条件は、簡単には、生活絵の心配がないこと。仕事のストレスに比例しての労働の短縮。もし仕事が単調なら職業の多様化。例えば、機械の使用のためなら、基本的に抑圧的な労働での使用を、手によって為すようにする。誰にでも職業の選択を、彼の能力や特性に相応しいようにする。そして最後に、労働者に喜ばれるような装飾や手段の導入による労働の慰安である。この種の職業にように、今は仮定であるが、(理由はないが)最高の芸術で一日総て手仕事でやる、
 我々は、機械が現在と殆ど逆の方向で使われるだろう、と言うべきだ。今は支払われないため、最も荒っぽい、不愉快な仕事に使われ難くなっているが、社会主義共同体では、その使用が、殆ど完全にそうした仕事に押し付けられるだろう。なぜなら、平等の社会では、市民が単調な仕事から免除されて、すべて支払われると考えられるからである。そのほか、近代産業主義の「傾向」は、機械による手仕事の完全な消滅であるが、しかし長期的には、これはそれ自身の矛盾に陥ろう。機械は完成されてしまえば、人間は他のものに関心を寄せるようになるだろう。そこで、我々は機械の恐るべき専制から自由になり始めるのであり、それが完成された大商業時代の結果からも自由になる。これらの結果が、資本主義から社会主義時代にオーバーラップしているかに見えることを十分認める。
 最初我々は、形容的芸術を取り上げた。なぜなら、その実践が文明の「社会主義」への移行の基礎となる経済学の変革に直接影響するからである。今、我々は実質的芸術を見よう。建築をはじめ、二つのカテゴリーの間は連携しているし、包摂しあっているし、完成されたとき、総ての芸術が眼にアッピールしてくる。
 建築、それはなかんずく共同アソシエーションの芸術であり、我々は必然的に、そこでは小さい建物が大きいものに吸収される傾向になるだろうが、共同の社会の芸術に違いないと信じている。それは、総ての芸術が、真に装飾により労働の慰めにまで視野を大きく広げることが銘記されるべきだ。
彫刻は、過去の時代のように、殆ど完全に美しい建物の一部と考えられ、功利主義的な建物も偉大な芸術作品にしてしまう美の最高の表現なのだ。
 絵画もまた、特に公的な建物の装飾に最も利用されるだろう。慢性化した戦争が無くなり、社会の環境は、公共的、共同的、個人的に、この芸術に大きな影響を与えずにはおかない。少なくとも、その主題に対してはそうだが、恐らくその独立した重要性は減少するだろう。それに由来する芸術、版画のごときは、広く拡大するし、個人的な収容力により、人々にたくさん利用されるのは疑いないだろう。
 文学については、いわゆる小説は、平和で幸福な社会が暫く始まりかけた時、題材の不足で恐らく死滅するだろう。様々な衣装の中で近代小説の糧は、不平等な社会の異常さや無益から、多くはもたらされる。その不平等は、当然たくさんの頁で主人公達を嫌がらせる必要な紛争を産むありきたりな偽の義務意識によって書かれた物なのだ。けれども文学は決して死ぬ必要はないだろう。なぜなら、我々はホメロスの時代以来本質的に少しも変わっていない詩の偉大な芸術の発展を限定したり予測したり出来ないからだ。
 我々はまた、(一般的な考えではないが)純芸術としての文学と、無数の有用な本、それは他の職業のための付随物、むしろ道具であるが、たくさん枝分かれの中の自然科学である。科学はまた、商業が注目している功利的なくびきからは自由であろうし、さらにもう一度それ自身のために育成され、たんに利潤獲得の産業主義としてではなく、現在は夢想されていない仕方での発展が期待されている。
 もう一度、芸術自身の問題に戻ろう。古代音楽については、アリストテレスやボエティウスにも拘らず、少しも知られていない。近代音楽は、中世の最後に対位法Counterpointの誕生で始まる。その大きな発展は18-9世紀であり、他の総ての芸術が最も堕落したのと同時であった。古典音楽(技術的にそう呼ばれるが)は、今世紀の中ごろ頂点に達したようである。しかし、ドラマ的な音楽に於ける大きな革命は、世紀の後半ワグナーによって影響されたが、今後の発展を予測できないが、現在その領域を占めている。けれども、我々に非常に確かな一つは、社会的状況が全く変化したもとでも、音楽も他の芸術に劣らず、新たな独自のスタイルで発展するだろうことだ。そして我々が信じているのは、音楽や建築は、共に広い意味で、最大多数の人々の最も熱心な関心を形成するだろう。この点で、我々は音楽こそ創造的な面では、絵画よりも少なからずより個人的であるにもかかわらず、実践性の面では、共同に大きく依存すると見ている。
 演劇について一言だが、一面では音楽と、他の面では文学と、関連している。それは、実践面では全面的に共同芸術であり、一方では一定の時と場所では、その創造性が必然的に内在的な実践の可能性に従属せざるをえない。他の点では、その制作は他の芸術と同じぐらいの量の訓練が必要であり、それゆえに共同的に機能する今日応対社会でのみより容易に喜ばれうるものなのだ。
 服装の問題だが、小さなことかもしれないが、生活の喜びには深く関係する。将来、慣習の支配が打破されるだろう。理性と喜びの完成が支配するだろう。悪い衣装は、チューダー時代の前には殆ど例はないが、絶えず身体を温めるだけでなく、漫画化する。一方良い衣装は、隠すと同時に体を示す、と云うことが銘記されるべきだ。総て悪い時代(現在のように)には、性の間の衣服の極端な違いがある過ちも注意されよう。未来社会は、建築を革命するだろうが、建築のような装飾の必要がないから、衣服については間違わないだろう、ということを余り希望しないが良い。
 新しい秩序の下での生活の他の側面に戻ろう。我々は、いま工場や停車場が恥としている汚物や埃を決して許容はしないだろう。事態が進むにつれ、この外面的な惨めさが放置されているのは、汚物を最小限に減らすためにさえ、全然支払われていないからである。しかし、前にも述べたとおり、共同体社会では、生活の喜びに資するものは何でも、それが可能ならば支払われるだろう。それゆえ、不注意な産業主義により国全体が堕落するのは許されない。汚物や埃が最小限に減少したとして、我々は少しの残留物しか残らないと考えるが、関連する僅かな残留物の負担はどの位だろうか?
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by morristokenji | 2010-11-18 17:26
               第20章 闘う社会主義
 
 我々は、いよいよ社会の発展に、何が起っているかの説明を終えるところまで来た。そして、もっとも起るべき文明の社会主義への不可避的移行について、我々の見解を述べなけらばならない。現在何が進み、ここに到達しようとしているか、変革を望み、そのために働く者は、どんな戦術をとるべきか?
 我々は、これらの事態を、わが英国の住民自身の観点から考えることを迫られている。そうすることで、近代文明全体の社会的移行の原因を、彼が促進すると言う確かな希望を持ってであるが、これらを通して、英国の社会主義者は直接に行動しなければならないからだ。
 すでに示唆されたように、科学的社会主義が一定程度、この国に拡大してから、事態は大きく変化してきた。
 10年前、我々が書いていた時から、英国の労働者階級は社会主義を全然知らなかったし、また大陸の運動に直接影響された少数の者を別にすれば、表面上も慣習上も、彼らは敵対的だった。その頃、現在もそうかも知れぬが、中産階級の人々だけでなく、彼の聴衆の中の労働者に対しても、社会主義者の講演者は、抵抗に遭わねばならなかった。また、彼が提示する考えは受け入れて貰えなかったし、彼らがなじみの過激主義に逃避するのがせいぜいだった。
 端的に言って、我々世代の労働者は、進歩的な政治家の場合でも、自分が他の人と同じような自由な市民とみているし、プロレタリアとしての地位を意識していないし、彼の親方のために彼の労働で利潤をもたらしていることも気づいていない。彼の意識(また労働者としての)は、良い賃金と雇用の安定、つまりは劣位の安定した地位で大きなトラブルなしに生活出来れば十分なのだ。個人としての繁栄の意識も、親方になって、リックサックの中に、司令官の勲章を月並みに持ち歩くフランス兵のように、昔の仲間から利潤を引き出すことだった。これが今や変化し、労働者階級の大部分が経済的な奴隷の地位を感じ始めている。もはや「社会主義」への敵意の中ではない、それを理解する限りで社会主義者へ傾向を支持する政治に本心から興味を持つに至っている。そこで今や社会主義の講演者は、その詳細に関連するまで、彼の見解に反対を引き出すのが困難とみている。
 他方、労働者階級はその状況に意識し始めているが、政治的活動には緩慢である。しかし、これは労働者には、無論過渡的であり、彼らが直接に産業的闘争に夢中になっていることからも容易に分かる。この側面でまた、進歩が明らかなのである。労働者と工場主との古くからの闘争も、必然的に続いている。しかし、その性格を変えている。少なくとも、相互に必要と認められる契約のために両者の間の論争があるし、雇う者と雇われる者の間の基本的に対立する利害の本能的なもの、革命でさえ、もあるだろう。労働者は、製造業のコントロールにある程度参加する権利を持つと確信し始めている。親方の側も、彼らのために新しい精神を受け入れ、それを本来的とする組織に対して攻撃を始めた。
 一つの出来事が起った。広く労働者階級に本能的に強くアッピールし、彼らを社会・政治的に団結させたもの、すなわち8時間労働制である。それは、どう言われようと、この意味で法令は効果的てあったし、労働者が自分のことを管理し、資本家の力を圧縮させる希望を、あるていど示す要求に他ならなかった。
 さらに、総ての文明ではないにせよ、少なくともヨーロッパの労働者との連帯だけは維持できるという要望である。それにより現実の、直接に共通する利益の促進のため、大陸の兄弟と友好的に交流することが、英国のプロレタリアにも一層の利益になる。
 無産プロレタリアの間の雇用のための競争では、賃金や資本の組織に必要な付属物であるが、労働市場では時間のために拒否された労働者の浮浪群がいる。この失業群は、機械や工場制度が完成に向かうとともに、不断に増大する傾向があり、この現象の完成がインフレとデフレの循環であり、それがまた機械制大工業と、その育成による世界市場の必然的結果なのだ。どんな最新のデフレでも、関連の失業が、一層ひどく、厳しくなっているし、またこの周期的恐慌は、長い間否定されてきたが、今や一般的に受け入れられている。デフレの期間、最初は短く急激であり、長期の繁栄期から区分されるが、相対的にそう急激でなければ、それは長期に長引いてしまう。結果的に、人口の多くの分野への雇用不足は、慢性化してしまう。8時間労働制を進める人達は、この政策が失業者群を大量に吸収するように考えている。しかし、その直接の効果は、そうなるように感じるが、でも労働市場が変動の後、安定していれば、悪魔は少しも減るわけではない筈だ。雇用の慢性的不足は、より直接的方法で処理せざるを得ないし、いわゆる「契約の自由」とそれ以上のものに明確に取り組むだろう。
 今世紀に入って、労働者階級の状態は、大きく改善されたと言われてきた。熟練工芸家の「抽象的」意味では、その通りである。けれども、改善が労働の周辺にまで及んだわけではない。熟練労働者でも、「国の富の巨額な増加」と比べるなら、それは悪化しているし、良い状況ではない。このことは、彼らの政治的な力が成長し、彼らの生産する富のそれまでの分配率を高める要求があることが確実になる事実と結びついている。そして、明らかに彼らのみ獲得する改善は、資本家階級の負担になるだろう。それゆえ、一部の労働者の関係での改善は、決して現在の社会構造の安定を意味しないのだ。なぜなら、中産階級の繁栄は、労働者に対する満足の基準ではある。でも他方では、福祉のようなものを手に入れる障害は、人為的で経済的なもので、本質的ではないし、産業的かつ政治的な方向での団結した実践活動の方法でなされうることが、彼らにもますます明らかになっている。
 一方、中産階級は数の上で大きく増加したし、階級として非常に裕福になったけれども、それ自身繁栄できない周辺層を抱え込み、それが政策を超えて増大した。最大の理由は、教育の普及とその結果としての市場価値の喪失である。こうした知的プロレタリア階級は、そう呼ばれてきたように、近代社会の最も分裂的な要素の一つである。それは大幅に賃金所得者に同調しているし、新しい考えに追いつこうとしている。一方、そのメンバーの大部分の地位は、平均的な熟練労働者のそれより悪化している。ともかくドイツでは、中産階級の貧困で、かつ教育を受けた部分のこの要素が、ここ(英国)より以上に重要でさえある、と言わねばならない。
 このようにプロレタリア生産者の大部隊が、中産階級それ自体と重要な連合を組み、それが全然生産もしないで、彼らから利潤を上げる単なる企業家に対し、より劣悪な地位にいるのだ。しかし、このより裕福な階級も、上記の落ちぶれた貧困の状態だし、その知識や教育も集団的には僅かだし、全体としては支配を維持している階級のそれより劣等なのだ。それに加えて、上述の通り、今や顕著な政治的権力を手に入れ、それが彼らの共通の大義となった、不熟練労働者と大幅に共有されたのである。
 それゆえ労働者は、階級として自分自身を改善する必要に目が向いているが、彼らの親方の権力と結果的な富を制限することが、すなわち現在の所有階級から自分たちに有利な方に規制を強めることが、長期的には支配階級に与えている特権のすべてを階級から剥奪するだろうということ、それにより政治的に彼らの言い分を前進させるだろう、という意識が高まっているのは確かなようである。
 我々には、労働者階級が自己責任を負い始める地平に立ち、革命への前進がなされるように見える。もう一度、ここで想起されなければならないが、この道を前進する大衆が、それが何処へ行こうとしているかをはっきり自覚し、新しい社会の誕生が、一般的な平等に基礎を置くのではなく、むしろ高かれ低かれ不安定な生活水準や、彼らの上層部から社会的報酬の多くのものに基く点、端的には「社会主義者」のそれではなく、「社会主義に向かって伸びてゆく天性」によって行動する点を見抜くことである。ここでは運動の共通の場、観念的でない側面が注意されなければならない。近代の歴史を通して、総ての民主的動乱には食い違いがあったし、しばしば思想家による理論活動と実際の大衆、もしくは労働者階級の闘争の間の反感があった。後者の意図は、直接的な利益で、理念にはなんら関心が無い。前者は総てが理念であって、最初から直感的に把握するが、彼らは行動できないことに反発して、それに接近する必要性を発見する。例えばトマス・モアは、彼の時代に最初台頭しつつあった特権的な商業主義の悪魔から自由な社会を創造したが、イングランドに於ける反逆者に同調は無かったし、ドイツでも農民戦争に対し同じった。フランスのユートピア主義者も人民の革命的行動を非難した。ロバート・オーエンは、最も人道的な人間だが、チャーチズムに対し、彼の共同体計画には邪魔だとして軽視した。
 革命的理念の発展は、我々に時代においては、騒ぎ立てる左翼の「足跡」以外には、何も無いことでわかる。労働者はリーダーとして、理論家を受け入れようとはしない。一方、理論家も十分に、かつ率直に、新しい社会の理想が求める、どんな政治経済的方法であろうと、本性的な労働者階級の運動を通して生活の向上に向かうものだと言うことは理解している。直接的獲得のための理論家と煽動家の間の目標の実践的統一の時代は1847年に刊行された「共産党宣言」に戻るべきだ。
 簡単に言えば、一方では新しい社会の理念は、労働者階級の大衆の目に絶えず確保されることが基本である。それは、人々の要求の持続性が破棄されないように、あるいは彼らが方向を間違わないようにするためである。そうすれば、理論家も不断に「社会主義」に向く方向で、すべての行動に関われるし、彼らの健康的で真理に満ちた理論が、『理想郷」の不毛な岸辺に漂着することのないようにできる。
 今日、一般的に労働者階級により制定され、また「社会主義者」により採択された限りでの規制への要求は、表現上は未完成であり、仮定すれば資本家的体制の悪魔が、ほとんど手つかずのまま我々に残されている。例えば、8時間制が行われても、上に指摘した通り、失業者の一時的な吸収をもたらすだけで、それ自身では雇用者の恒常的な上昇にはつながらない。不熟練労働者の状態を、人間的レベルに近いものにするためには、我々の意見のように、何よりもまず最低賃金が制定されねばならない。そして、これはまた、もし生活の全必需品の最高限制の実施により制限されねば幻想におわってしまうだろう。だから他方、新たな規制により強まった高賃金にある程度比例して、価格が上昇してしまうのだ。しかし、そのようなどんな政策も、生産や交易のすべての手段、土地、鉱山、工場など、また国の信用機構が、コミュニティによって掌握される序曲を除いて、恒常的価値があるとは認められ無い筈である。当然のことだが、我々は土曜の夜には資本家的だった共産制国家の月曜日の朝には陽が昇るような破局によって、これが行われるとは期待していない。
 この移行を遂行するために、様々な計画が提示されている。これらは経験によりテストされねばならない。ここでは、行政の分権化のための自治体や交易組織により動いていること、国の産業の規制の習得といった、その要点だけ言えば十分だろう。今でも、パリやロンドンで、自治体組織の補足や国の立法府機能を廃止するまでの傾向があるように見えるのは、時代の励ましである。現政府による郡や教会区の形成(地方の有権者を喜ばす意図は明らかだが)を準備する法案は、まだ力が小さいけれども、にもかかわらず重要なステップである。もし、それに民主的な機関が提供されれば、今後、社会主義の目的に利用できる。
 ここで、現在の社会主義者の間で、近代官僚国家に関した方法として、2つの見解があることを述べておこう。と言っても、相互に究極的な対立ではないし、事態の見方の観点の違いの結果に過ぎない。若干の国家政治組織に対しては、攻撃するのが非常に困難であり、移行の期間では、ともに社会の機関として維持する目標として明らかに役立つし、新しい社会も古い官僚国家の政治的傘下でそれ自身発展するし、新しい社会組織の実現に先行してそれらの崩壊を求めるより、革命家によりある程度利用されるべきだ、と言うものである。
 他方は、上に述べた我々の主張と一致するもので、現在も国家体制をより基本的要素としても成功するように取扱うことは出来ないし、一つは連邦ないし国際的に、他方は地方的に、二つの原則からの継続的活動により餓死できるし、させるべきだ。それは、政治的国家の外堀を埋め、地方的かつ産業組織の連邦に取って替わらせるまで、現在の中央政府の権力から地方の自治体に徐々に代議員を増加させるべきだ、と言うことである。我々は、これら後者が、変革の詳細に関して、より大きな領域をもつ事実の点から、基本的と考える。実際、彼らの作業の多くは、古い政治的国家が弱まり崩壊に瀕し、良く言っても、痕跡器官になりつつある時代に進むだろう。例えば、産業の共同主義化へのステップは、最少・最大法からもたらされるが、規制は(県や郡など)地方自治体の手で必然的に行われなければならない。誰の目にも明らかになりつつあるが、何も殆ど知らないところで生活の詳細を取り扱う中央立法は有害なのだ。こうしたケースの例が多数に上ってきているが、これが中央は何もしなくて良いし、それへの関心は地方に移行させるところへ来ているのだ。今でも、少なくとも鉱山、石工、木綿工員や地方の他の産業、フランスやドイツなどの同じ産業でも、実践的な満場一致の予感がする。これは、殆ど疑いなく、我々が次の章で扱う「産業連邦」の始まりである。
 しかし、中央国家は地方行政の地方組織や地方で独立の産業組織により押し退けられているが、現在機能している第3の役割、つまり国際問題の規制が残されている。そして近代では、平和と戦争の問題が、資本主義的危機と一緒に行使されるが、それゆえにこの役割も、資本主義の没落と共に政治的国家を破綻させるだろう。そのために残されている物は、何も無いだろう。それは、死に逝くのみであろう。実際、我々は産業的問題に対する理解が進む方向にあるが、国家的嫉妬を壊すことにより、中央政府の機能の破壊的部分を終結させることは確実なのだ。ここから、政治的国家が没落の最後の段階に転落する前でも、過去において特に基本的だと思われた、企業のそれを奪取する中央調停機関をみる希望が持てるかも知れない。
 これは既にはるかに進んでいて、社会主義の綱領の主要項目として、重要な提案が進行中である。すなわち、直接紛争の判決で戦争を回避する目的のために調停の国際委員会を作る提案である。これは容易に、国際的な「政府」に発展するかもしれない。この戦争のための調停の代替は、それ自身「社会主義」をもたらすものではな意が、しかし明らかな周知の残虐を回避することにより、我々を圧迫している隠れた経済的専制を救済するだろうし、そうして「社会主義」を前進させるだろう。
 我々の心は、唯一つ「社会主義」体制の始まりに進むために、大衆の意見や意欲が次第に動くのに合わせることなのだ。武装革命、あるいは市民戦争は闘争には「起こりがち」かも知れないし、ある形態、もしくはおそらく他もそうだが、革命の最終局面ではそうだろう。しかし、どんな場合も人々の感情の前もっての変革に取って代わりえないし、どんな場合でもそれに先行するより、付いて行くに違いない。
 最初の「社会革命」の現実の勝利は、一日で完全な共産主義の体制が樹立しないし、それは滑稽なことだろう。その「特定の意識的な目標」が、あらゆる可能な方法で、そうした体制に人間生活を準備し、促進する革命的な行政、換言すれば行政のあらゆる法案が「社会主義」への観点で目標設定されるような、そいう政府の樹立であることが明らかである。
 それゆえ我々は、我々の目前の闘争が、そこでは生産手段が共有化され、近代の資本主義社会と比較して相対的に同等な実現で終わるような社会の実現と見ることができる。これ以外にないが、これこそ言葉の本当の意味で、「社会主義」の始まりだろうし、そこに止まることはできない。そうではなく、直接的な一層の発展でなければならない。我々は、それから直接に推論しうると想定できる一つである。これは、次の結論の章の主題である。
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by morristokenji | 2010-11-11 17:24