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by morristokenji

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 社会主義のシリーズを始めるにあたり、過去の歴史を簡単に見ておくことによって、現在の我々の生活により直接的な利害関係のある事柄を導入する必要があると考える。
 我々の論敵は、時に我々が不満に思っているし、我々の意思で変革しようとしている現在の体制が、長い発展によって構築されたものであることを示し、我々の変革の意思を衰えさせようとする。我々のすべきことは、来るべき変革を認識し、それを妨害するものを明らかにし、そして変革を受け入れ、具体的に組織する準備に入ることだ。逆に我々の敵は、意識的に進歩は今日すでに到達点に達している、と主張しようとしている。彼らは、一時的なものを永久なものであるかのようにしようとしているし、それゆえ彼らにとり、歴史が教訓にはならない。一方我々にとっては、歴史が無視できぬような励ましと共に注意を与えてくれる。将来の産業主義への希望は、過去への戦いを含んでいるし、実際現在の体制を構築してきた以上、我々がそう思うと思わないとに関わらず、変革へ向かわざるをえなくするのだ。
 近代市民国家は、原始的社会から市民社会への転換として、個人と社会の利害関係の矛盾によって発展した。単なる野蛮な生活状態では、個人の直接的な必要を充たす以上のものは、認識されなかった。共同への完全な要求が人間の発展する力と共に初期の共産主義へと進み、衣と食の日常的な必要を充足する以上なことをするようになり始めた。この時点で、土地が生活に必要なもの以上のものを生産するよう、自然を助けることを発見した。丘や森は、木の実や幹が育ち、野生動物が生息する以上のものにより、牧場や耕地が作られた。
 しかし、人間の富がさらに成長し、その成長と共に、また変化が起こる。土地は個人の財産ではなく、その意味で共有だったが、しかし外来者には共有でなかった。初期社会が形成され、個人の単なる集合ではなく、初期社会は狭く、閉鎖的だった。「社会」の単位は種族(ローマの)Gensだあり、彼らの中では平和な血縁関係であるが、他のグループには敵対的であった。種族の中では、富はあらゆる人々が共有関係だったが、その外では富は戦争の戦利品だった。
 戦争の状態では、人々の間に指導力を助長させる。成功戦士がが種族の他のメンバーへの支配力を持つ。生産力の発展が、各人の必需品を上回るほどの富を供給すると、これら戦士のリーダーは、他のメンバーより多くのものをもつようになり、そこから初期の富の共産制は、個人的所有に転換を始めた。今や部族が、種族にとってかわった。これは、より大きく、より人為的グループだったが、そこでも血縁が伝統的に前提されていた。けれども、そこでは上記の通り、共産制が崩壊を見たが、決して単なる個人所有であったわけではない。個人には所有権が認められなかった。部族制のもとでは、奴隷が増加し、階級社会が始まった。
 部族は、その中でより大きく、より人為的な体制に融解していった。それは、多くの部族の集合であり、古代のゴシック、チューター風の名前、まだTheobaldのような名前が残っているが、民族Peopleだある。これが未開の状態の最後の発展だった。また、Tribeの間で獲得されていた富の状態には大きな変化が無かったが、封建制の単なる萌芽Germsよりは少しは多くなっていた。
 最後に、古代の未開状態は、古代都市に変化した。その名の通り、都市の生活の形成だった。これらの都市とともに、古い信仰の規則的な崇拝への組織化を伴って、政治生活が始まった。未開の宗教は、部族の祖先への崇拝であり、それは物神化と一体になり、最初の普遍的な宗教となった。そこでは、宇宙が人々により恐れられ、宥める生きてアニメ化された存在として受け入れられる心の状態として記述された。これが都市の愛国心と呼ばれるようなものに変化していき、都市の総ての宗教に積み上げられ、その後の時代にはギリシャ、ローマの実際の宗教となった。そして、ヘブライを含む人類の先進的な民族総てのものとなって行った。これらの都市では、奴隷が急速に拡大し、それは総ての産業主義を覆うほどになり、自由な市民の主要な仕事は、戦争を通じての都市の拡大となった。なぜなら、都市は部族の間がそうであったように、相互に敵対的だったからだ。
 事態の一層の変化の流れは、東方における都市同盟の形成であり、それは次第に官僚制や絶対君主制の下に置かれ、そうしたものが今日では中国に存続している。ギリシャやラテンの都市は、人間の知性の進歩に基づいてはいたが、変化や崩壊をまぬがれなかった。
 ギリシャの内部でも、支配のための個人的闘争が、都市の愛国心を崩したし、単なる軍事的・政治的な陰謀や混乱に向かうことになり、それが遂にはギリシャの独立が完全にローマの力に踏みにじられことになったし、いまや完全に分裂した。ローマにおけるこの時代、平民の階層の闘争、言い換えると都市を構成していた下層の部族と保守的な寡頭制、それに指導的な部族との、すなわち3つの古くからの闘争が、どれによりもたらされる利益に基づく中間層の生活を発展させ、それが古い都市の共和制を崩壊させた。そして、商業上や徴税上の帝政をもたらしたのだ。この帝政こそ、奴隷制に基礎を置き、その課題はあらゆる政治的権利をを欠落させることにあったが、そこでは個人主義の支配が完全になった。実際、この同じような戦いが、ギリシャの都市で様々な形で起こった。こうして、あらゆる公共心が消滅することになる。商業主義の自然的な欲求が、帝国の富を食い尽くしたのだ。奴隷労働すら非営利的になった。地主は没落した。税は支払われず、ローマの戦士は、一旦は宗教的に都市に献身したが、買収され、雇われ、最後はどこの部族も戦う市民を買収するカネが十分でなくなり、ローマの地方が未開人に乗っ取られ、その親戚が外から帝国を攻撃すことになった。
 こうして未開人の手に落ちた古代文明は、部族共産制から変わり、もう一度、個人と共同の利益の矛盾により、未開人とローマ人の2つの流れに例証され、その統合により次の大きな時代である中世の社会が形成された。
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by morristokenji | 2011-03-03 13:58