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by morristokenji

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 宇野弘蔵の戦後の『資本論』研究は、純粋資本主義の抽象にもとづく原理論の精緻化と共に、原理論・段階論・現状分析の三段階論の方法にもとづく社会主義の基礎付けだったと思います。もともと宇野の『資本論』研究そのものが、社会主義思想の理論的基礎を『資本論』が提供している点の解明に置かれていました。座談会「『資本論』五十年」の中でも、岡山の中学時代から社会主義思想に興味をもち、すでに紹介した堺利彦の「社会主義の鳥瞰図」など、マルクス主義の位置づけから『資本論』入門に進んだ思い出を詳しく語っています。そうした若き日の『資本論』入門の初心に戻り、三段階論の方法の完成と共に、『資本論』と社会主義を論ずることになった、そう思います。
 1958年(昭33)出版の「『資本論』と社会主義」は、『思想』や『経済評論』などの雑誌に掲載された論文集ですが、宇野理論に対する批判への反批判を「Q君への手紙」の形式で書かれています。宇野の論文や著書に対しては、難解かつ「含蓄経済学」と呼ばれますが、その中では珍しく手紙の形式で、比較的に読みやすい論稿ではないかと思います。全体では十篇の論稿ですが、そのうち第七章「経済法則と社会主義―スターリンの所説に対する疑問―」および第八章「帝国主義論の方法について」の二つを中心に、ここでは取り上げたいと思います。いずれもソ連型社会主義に関連した論稿だと思うからです。

 先ず、「経済法則と社会主義」ですが。副題の「スターリンの所説に対する疑問」で明らかな通り、いわゆるスターリン論文、「ソ同盟における社会主義の経済的諸問題」に対する批判論文です。これもスターリン批判によりながら、宇野批判に対する反批判の面を持っています。同時に、ソ連型社会主義に対する独自の評価も含んでいますので、その点を中心に検討しましょう。スターリン論文そのものは、発表の時点では大きな国際的影響を持ちましたが、その後のスターリン批判と共に影が薄くなりました。ただ、この宇野論文だけは、日本でいち早くスターリン論文を正面から批判した画期的な論稿だった点は強調しておきたいと思います。事実その後、宇野は「スターリン事件からハンガリー問題」が生じ「歴史的過程というものは、そう簡単に必然論で押し切れるものではありません。ことに社会主義体制が確立していない間は、逆転の危険もあるものと思わなければならないでしょう。---ハンガリー問題にしても、スターリン批判にしても、事柄が事柄だけに、それに関する論説は、大部分政治問題として論議せられてきたようですが、もっと多数の論説で一々読んではいないのですが、僕としてはもっと根本的な問題として考えられてよいのではないかと、思わずにはいられませんでした。僕は、前にも書いたように、スターリン論文自身に、根本的な点で同感できなかったので、とくにその感じが強いのです。」(第九章『資本論』と社会主義)と述懐しています。
 問題のスターリン論文は、1951年11月の時点で、当時のソ連で「経済学教科書」を策定するために、、教科書草案をめぐる討論が行われた。それに対する、スターリンの意見を述べたものです。そのため経済学をめぐる議論が中心ですが、最初にスターリンは、エンゲルスの『反デューリング論』によりながら、「社会主義のもとでの経済的諸法則の性格の問題」を取り上げます。そして、いわゆる「唯物弁証法」、さらに史的唯物論である「唯物史観」の公式によりながら、社会主義のもとでの経済法則の客観性を論じています。まず「マルクス主義は、科学の諸法則をば―それが自然科学の法則であろうと、あるいはまた経済学の法則のことであろうと、いずれにせよ同じことだが―人間の意志に依存することなく起こっている客観的な過程の反映として理解している」として、経済学を含む社会科f学、歴史科学と自然科学の同一性を強調します。いずれも客観的法則なるがゆえに、法則を変更したり廃止できないばかりか、「科学の新しい法則を形成したり、創造したりすることはできない」と述べて、さらに法則の技術的利用についても強調しています。
 すでに宇野は、第六章の「社会主義社会における自由」においても、エンゲルスがヘーゲルを持ち出し、「自由と必然」について「必然は、理解されない限りおいてのみ盲目的である」、しかし法則を科学的に解明すれば、それを自由に利用できる、と主張していたのに対し、こう批判しました。自然現象については、自然科学の法則の「技術的」利用なら、それが言えるにしても、社会科学とくに資本主義経済の経済法則については、法則を自然科学のように「技術的」に利用できない。「自由と必然」についての自然科学と社会科学、とくに経済学との違いです。ただ、自然科学の場合でも、法則は実験室で繰り返し証明されなければならないし、その法則の技術的利用についても、とくに原子力の利用については、放射能の問題が生じる。あるいは、遺伝子の組み換えや、さらにiPS細胞やSTAP細胞のような難しい問題も生じる。そう簡単に法則の技術的利用が、人間にとって自由になるわけではない点も注意すべきです。近代科学技術主義への信仰が、今日厳しく問われなければならないと思います。
 いうまでもなく初期マルクス、そしてエンゲルスは、ヘーゲル左派の立場から出発しました。ヘーゲルの弁証法を、唯物論的に転倒する、いわゆる「弁証法的唯物論」です。その歴史的発展への適用が「唯物史観」に他なりません。すでに説明したとおり、唯物史観は、近代社会の資本主義経済を歴史的にとらえる点では有効なイデオロギーでしたが、しかしそれは法則を解明したり、歴史的現実を実証するための単なる「イデオロギー的仮説」に過ぎなかった。その点では、マルクス主義の弁証法的唯物論それ自身も、それだけでは哲学的なイデオロギー的仮説に過ぎないでしょう。『資本論』の近代資本主義の経済的運動法則の解明と同様に、自然科学の法則についてもまた、実験室で実験が繰り返され法則性の解明が行われなければならない。その上で、その法則が実用的に工学なり、農学なり、医学などの分野で、応用される。その際、原子力発電の「安全神話」のイデオロギーは、許されないでしょう。同様に弁証法的唯物論のイデオロギーの支配も許されない筈で、旧ソ連が健在だった時代に、「ソ連の原爆は良い原爆」として許容されたり、「ソ連には公害がない」とイデオロギー的に弁護されたのも、重大な誤りだった。
 宇野によるスターリン批判は、エンゲルスの自然弁証法への批判とともに、むしろ弁証法的唯物論の社会科学、歴史科学への適用、つまり唯物史観に関連します。スターリンの上述の科学的法則とその実用的利用について、宇野は「勿論、スターリンも経済法則が<自然科学の法則>と全く同じであるというのではありません。これに続けてその点を述べているのですが、それがまた僕の理解と非常に異なっているのです。<経済学の特質の一つは、その法則が、自然科学の法則とはちがって、永続的なものではないいう点に、つまりその法則が、少なくともその大部分は、一定の歴史的時代のあいだだけ作用し、その後で新しい法則に席をゆずるという点にある。だがこれらの法則は廃棄されるのではなくて、新しい経済的条件のために効力を失い、新しい法則に席をゆずるために退場するのでのであって、この新しい法則も、人々の意思によってつくりだされれるものではなくて、新しい経済的条件にもとづいてうまれるものなのである>というのです。」「この場合、経済法則とはスターリンのいわゆる経済発展の法則としての<生産諸関係は生産諸力の性格に照応しなければならない>というようなものが異なった法則としてあらわれるとでもいうことを指すのか、それとも一定の時代に特有な、例えば資本家的商品経済の法則を指すか」として、疑問を述べて批判します。
 ここでのスターリンの主張は、エンゲルスにもとづき、唯物史観を教条的に述べているだけで、生産力の発展により生産関係が変化し、法則が歴史的に変化発展することを主張していると思います。つまり、所有法則の転変に関わる「否定の否定」、念のため要約すれば、私的・個人的生産に照応する私的所有の生産関係の商品生産の法則、それが生産力の発展により社会的生産に対する生産手段の私的所有の矛盾による資本家生産様式の法則に転変する、それも低次の平均利潤の法則から、生産力の高度化で高次の「最大限利潤の法則」、それがさらに生産力の社会的生産に適応する社会的所有の法則に転化する、しかし旧ソ連のコルホーズの存在に照応して、社会主義的な商品生産の価値法則の支配が残る、といった法則性の理解です。そして、それぞれの歴史的発展段階に照応して、法則を科学的に認識し理解して、それを自然科学の技術的利用と同じように利用可能としているのでしょう。こうしたエンゲルスからスターリンへの唯物史観の教条的主張に対して、宇野が批判するのは当然です。
 宇野は、スターリンの価値法則の理解を中心に批判しますが、その批判をここで繰り返すのは省略します。エンゲルス―スターリンの社会主義の理論的根拠付けは、上記のようにイデオロギー的仮説に過ぎない唯物史観に基づき、生産力が社会的に発展し、重化学工業など社会化する。それに照応して、生産関係も所有論的アプローチから、私的所有を公的所有に転換する。それもまた、プロレタリア独裁による権力奪取を前提として国有・国営化により、極度に集権化された計画経済によって、上からの強権的な国家社会主義とならざるを得ない。ただ、農業の特殊性から、ソ連ではコルホーズが残り、その限りでは商品経済の価値法則の支配が残るし、その法則的利用が不可避である。こうしたソ連型国家社会主義も、第2次大戦後の冷戦体制の下で、米ソ両大国の「核拡大競争」を進めることはできたけれども、そうした異常な生産力の発展が、ついに1986年チェルノブイリ原発事故を招きながら、体制の病根を曝け出して呆気なく崩壊した。こうしたソ連型国家社会主義への歴史的裁断について、むろんエンゲルスもスターリンも、なんら知る由もありません。宇野もまた、ソ連崩壊の歴史的転換を見ないまま、1977年に他界しました。その点で、宇野によるスターリン批判は、ソ連崩壊の現実を迎える前の批判だった点を、ここで確認すると同時に、宇野による批判の意義を、ソ連崩壊の現実から位置付けるべきでしょう。
 宇野は、自らの三段階論の方法により、社会主義の主張を位置づけようとしますが、その根本に置かれているのは、すでに述べましたがマルクスの『資本論』の純粋資本主義の抽象です。つまり、一方で周期的恐慌を含む資本主義的商品経済の自律的「経済法則」の解明、同時に他方で法則性の根拠を社会的再生産過程の「経済原則」、つまり社会存続の一般的原則の解明にあった。したがって、社会主義の根拠付けは、いわば二重であり、一方で「盲目的な自然法則」ともいえる資本主義的商品経済の廃棄です。エンゲルスやスターリンのように「新しい経済法則」を認識して、それを技術的に利用するプラグマティズムではない。同時に、他方では「経済原則」を主体的・意識的に実現して、法則的支配からの「真の自由」を獲得する。そこに社会主義の根拠を求めていると思います。こうした社会主義の根拠付けは、唯物史観の枠組みに還元された『経済学批判』体系の限界を解脱して、『資本論』の純粋資本主義の抽象による資本主義経済の法則解明にもとづくものだった。
 宇野は、エンゲルスと共にスターリン論文に対し、「経済法則」と「経済原則」の混同を繰り返し批判し、両者の区別を迫ります。しかし、もともとイデオロギー的仮説に過ぎない弁証法的唯物論、とりわけ唯物史観の枠組みを前提したエンゲルス、そしてスターリンには、両者の区別は存在しないのです。その点で、宇野のスターリン批判は、いわばすれ違いに終わっているし、宇野が両者の区別を細かく迫れば迫るほど、批判の内容を判り難くするだけのように思われます。唯物史観のドグマに陥ったスターリン論文の誤りは、単なる政治的な「スターリン批判」を超えて、その後のソ連型国家社会主義の破綻と崩壊により、すでに歴史的に証明されたといえるでしょう。宇野にスターリン論文批判の歴史的評価を、改めて問い質したいところですが、実に残念ながらそれは出来ません。
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by morristokenji | 2014-03-23 19:37