森のミュージアムの最新情報<研究ノート>を分離


by morristokenji

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 久しぶりに訪中することにしました。東北大学の史料館にできた常設の「魯迅記念室」が、昨年10月「魯迅仙台留学110周年記念」行事を行い、そのさい魯迅が生まれた紹興の記念館から代表の副館長が来仙しました。北京、上海などにも「魯迅記念館」がありますが、東北大の呼びかけに応じてくれたのは、紹興市の記念館だけでした。その返礼と今後の交流の話し合いを兼ねての訪中です。
 紹興を訪問する前に、折角なので北京にも立ち寄り、旧知のメンバーと日中関係を中心に情報交流、意見交換をすることにしています。その準備もあり、1980年の訪中以来、追い続けてきた中国の「改革開放」路線の現段階、とくに最近のAIIBについても議論したいと思っています。交流の結果の報告については、帰国後の本欄で予定させて頂きます。

 まずAIIBについては、とくに日本では、習近平政権の新たな世界戦略としてクローズアップされています。しかし、これをテーマに選ぶ段階で感じたことですが、中国側は「あまり大きな問題ではない」として、日本やアメリカ、ヨーロッパの反響が大きく、かつ強いのに、いささか戸惑いを感じているようです。こうした点にも、日中の落差があるのではないかと思います。日本としては、AIIBを誇大に取り上げ、中国脅威論による価値観外交を強め、中国包囲論で米中の分断を図ろうとしているのでしょう。しかし、現実には中国側も戸惑うほどにAIIBの影響力が大きくなり、その対応を急いで考えているように感じられます。
 
 そこでAIIB構想ですが、1年半前に習近平主席がインドネシアで初めて提唱したもので、新しい構想です。この構想に、陸路と海路でヨーロッパまでつなぐ新シルクロード(一帯一路)構想が結びつき、新たな世界戦略として浮上している。しかし、「シルクロード」という名前を冠した開発構想と言えば、改革開放路線が当初の深釧など南シナ海や東シナ海の沿岸部の臨海地区の開発特区から、東北部や内陸部に北上し拡大してくる中で、周辺国のインフラ整備に中国製品を活用する単純な経済政策に過ぎなかった。それが習政権のもとで、西方重視の地政学が加味され、さらにインフラ投資との関連からAIIBと結びついた。さらに重要な点ですが、この構想の展開に、行き詰まりを見せていたEUの側が着目し、ヨーロッパとアジアとの結合による一体化、つまりユーラシア大陸構想として拡大させ、もともとユーラシア大陸の支配を目指してきたロシアの「東方戦略」とも結びつくことになったように見えます。
 こうした流れが大きくなり、いまや中・ロ・EUによる拡大共同体へ発展してきている。その結果が、当初の予想をはるかに超える57ヶ国が雪崩を打ったように創設時のメンバー参加を表明し、すでにIMF(国際通貨基金)やADB(アジア開発銀行)に匹敵する投資機関に膨れ上がりつつある。したがって、たんに中国の国内から見ていた沿海部・臨海地区から内陸部への開発構想の拡大、さらに周辺隣接国とのインフラ整備構想からすれば、予想をはるかに超えた世界戦略に変身した、と驚くのも当然でしょう。そして、結果的には日米が不参加で、新たに中国脅威論による対立がエスカレートすることにもなりかねない、そんな状況かも知れません。世界経済の構造変化、とくに新たな国際金融秩序の形成の歩みが、習政権の誕生と共に、AIIBの世界戦略を産み落としたといえそうです。

 1990年代、旧ソ連の崩壊により東西二つの世界による冷戦構造が終結し、米一極によるドル支配のグローバル化が形成されるかに見えました。とくに米・共和党ブッシュ政権のもと、「ネオコン」グループによるグローバル体制の構築に他なりません。しかし、ブッシュによるイラク戦争での惨めな失敗をはじめとして、最近ではウクライナにおける内戦状態でも、アメリカの世界戦略は次々に破綻を露呈してきた。さらに2008年のニューヨーク発のリーマンショックは、本格的な世界金融恐慌を引き起こし、米を頂点とした垂直的な世界統合システムは完全な破綻をきたしました。アメリカは、中東のアラブ世界から、またEU世界の東方拡大からも、今や支配の手を引かざるを得なくなった、アメリカの世界戦略の全面後退であり、アジア太平洋に支配網を縮小しセットバックせざるを得ない。これがアメリカ、とくにオバマ民主党政権が主導する「リバランス政策」だろうと思います。こうしたアメリカの世界戦略の再編との関連からも、中国のAIIB構想が新たな世界戦略の構築として位置づけられることにならざるを得ません。
 しかも、この間の改革開放の急成長により、中国は世界トップの米に次ぐ世界第2位のGDP大国の地位についた。逆に日本は、長期デフレの低成長で中国に抜かれた。ここでも結果的に、米・中の両大国が「新たな大国関係」として世界経済秩序を形成することになった。つまり、米・中関係が、戦後の米・ソの東西対立の冷戦体制に変わる新秩序を形成することになる。しかし重要なことは、ここで新たな米・中関係が、米・ソの冷戦構造とは、まったく異質な関係であることに注意が必要です。列挙してみましょう。
 ①ベルリンの壁のように物理的に隔絶されて対立する関係ではなく、すでに「中ソ対立」など、中国はもともとソ連型国家社会主義に対立した独自路線をとり、とくに1980年代からは、「社会主義市場経済」の改革開放戦略で急速に成長してきた。
 ②米中両国は、ともに第2次大戦の戦勝国であり、対日占領国であって、冷戦下でもアメリカは日本の頭越しの「米中和解」を実現してきた。日中関係は、こうした米中関係に追随してきたに過ぎない。
 ③中国は、日本とともに最大の米国債の保有国、さらにドル外貨の保有国でもあり、米中の金融関係の結びつきが強く、さらに最近では両国の貿易、投融資は最大の依存関係となっている。日米同盟よりも上位の米中依存関係である現実を忘れてはならない。

 それに対して日本経済ですが、80年代までの高度成長から、バブル崩壊の後、90年代から長期慢性デフレに苦悩してきた。この慢性不況は、『経済白書』などで、「3つの過剰」として指摘されましたが、マルクス経済学でいえば、『資本論』のいわゆる「資本の絶対的過剰生産」であり、利潤率低下を軸に「資本の過剰」、「労働の過剰」、「資金の過剰」の「3つの過剰」に他ならないのです。ここでは立ち入りませんが、高度成長で
投資が拡大し資本蓄積が進んできたが、労働力商品の特殊性から過剰雇用に陥る。過剰投資で利潤率が低下し、投資リスクが高まり、期待利潤率に展望が開けない。金融を緩和し、超低金利で資金を供給しても、投資も消費も動き出さない。資本の慢性的な過多(プレトラ)であり、こうした資本蓄積の行き詰まりを古典派経済学以来、「資本の定常状態stationary state」として論争してきたもので、『資本論』では「資本の絶対的過剰生産」として解明していたのです。日本資本主義も、「失われた10年、20年」として「資本の定常状態」の歴史的限界状況を迎えているし、先進国に共通の行き詰まりといえます。
 こうした資本主義経済の歴史的行き詰まりは、アベノミクスにみられる成長戦略では効果が出ない。19世紀の周期的恐慌の時代は、48年恐慌がヨーロッパ大陸で革命情勢に結びついたものの、その後は周期的恐慌は経済成長のバネになって発展した。金融恐慌が絶対的過剰に陥っていた資本価値を破壊し、新たな成長と景気拡大につながった。さらに20世紀、先進国の金融資本的な成長は、帝国主義的な植民地支配や戦争により資本価値を物理的に破壊、第2次大戦後は局地戦争を繰り返す冷戦体制が、資本過剰の一時的、局部的解決につながっていたといえます。戦後日本では、朝鮮戦争やベトナム戦争による「特需」が好例でしょう。
しかし、ポスト冷戦により、そうした資本過剰の解決が期待できないまま、長期の慢性的デフレに苦悩を続けてきている。とくに日本経済は、2011年の3・15東日本大震災の複合災害が重なり、新たな段階を迎えています。この構造転換とオバマの「リバランス政策」との関連が重要です。

 1950年代後半から始まる日本の高度成長は、日米安保体制の枠組みで輸出依存・民間設備投資主導型の成長でした。とくに米の開発したアラブの原油など安価な化石燃料を輸入、1$=360円の超円安の固定為替相場での対米輸出、さらにベトナム特需などによる輸出の拡大でした。この成長パターンを支えたのが、3大都市圏をつなぐ太平洋ベルトの臨海型拠点開発方式であり、この開発モデルこそ中国の沿海部の「経済特区」モデルに利用されたことは、当時大きな話題になりました。この輸入基礎資源・素材型重化学工業から、70年代は中東など資源ナショナリズムによるオイルショックが起こり、電気・電子、自動車など内陸型の高度加工・組み立て型の産業構造に転換した点も、上述の中国の改革開放の発展モデルに影響したといえます。ただ、中国・内陸部の奥深いシルクロードは日本列島には見当たらない。臨海部のコンビナートに結びついた内陸工業団地の開発モデルに止まらざるをえない。そこが、リリパット日本列島の開発の地理的限界です。さらにオイルショックを回避するためもあり、エネルギー政策を原子力に転換しました。3大都市圏を避けた遠隔・臨海部の原発立地であり、東北電力ではない東京電力が、福島県浜通りの臨海地区に福島第一、第二の「原発銀座」を開発した。しかし、日本列島は「地震列島」、東北の三陸沿岸は津波の常襲地帯です。3・11東日本大震災は「原発神話」を瞬時のうちに崩壊しました。
 「原発神話」の崩壊だけではない。東日本大震災は、長期慢性デフレにより行き詰まりを見せていた日本経済の輸出主導型成長パターンにも止めを刺し、国際収支構造の大きな転換を迫りました。すでに黒字幅が縮小していた貿易収支が赤字に塗り替えられる、経常収支はサービス収支と所得収支の黒字、とくに対外直接投資による収益に依存する転換です。日本経済は、すでに国内の臨海型コンビナートや日本型経営に支えられた内陸工業団地の国内生産から、長期慢性デフレで累増を重ねている資本過剰を海外投資に振り向ける発展パターンに変換したのです。安倍総理が、官邸の金庫を空にしてしまうのではないかと心配なほど、海外にでかけトップセールスを繰り広げる。夫婦同伴だけでなく、トップセールスには総合商社や大手スーパーゼネコンなど、プラント輸出やインフラ投資の対外投資に向けた企業首脳が多数随行する。アフリカ、中近東、中南米、東欧からウクライナなど、アジア太平洋どころかグローバルなレベルにまで拡大している。紛争多発地帯を物ともしないモーレツ社員ぶりのセールスです。
 こうした総理のトップセールスは、単なる投資拡大ための売り込みだけではない。もともとプラントやインフラの輸出は、対外経済援助と抱き合わせの輸出でした。対外援助や人材育成、文化事業などが投資とセットになって拡大してきた。それに紛争多発地帯が含まれている以上、すでに中東4カ国訪問に関連し、「イスラム国」と戦火を交えた有志国連合への20億ドルの支援によって、「戦闘状態」に入り日本人の複数の人質に犠牲者が出ている。すでに日本列島がテロ攻撃を受けても仕方がない「戦時モード」であり、そのための泥縄式の集団的自衛権や安保法制の議論を始める日本民主主義のお粗末振りです。すでに既成事実の現実は、オバマの「リバランス政策」のレベルや範囲を超えて、グローバルにアメリカの世界戦略の肩代わりを目指す、そこに安倍総理の「積極的平和主義」の世界戦略の狙いがあるのではないか?こうした安倍戦略と米中
による新しい大国関係の世界秩序の再構築、そしてAIIBにもとづく新シルクロードの構想が、今後どのような展開を見せることになるか?世界史はまた、新しい岐路に立っているように思います。
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by morristokenji | 2015-05-14 11:50