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by morristokenji

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 1) 日本経済のバブルが崩壊し、長期の慢性的デフレ、東日本大震災からアベノミクスの異次元金融緩和が続く中で、とくに建設関連の人材育成・確保(とくに建築躯体3職種:とび・土工、鉄筋、型枠)が緊急な課題となって浮上してきた。少子高齢化などが背景にあるとされ、すでに高齢者雇用、建設「なでしこ」の女性活用、さらにベトナムなど外国人研修生の大幅利用など、人材確保の政策が全面展開となっている。
 こうして人材不足は、生コンなど、建設資材の不足とともに、2011年東日本大震災の復旧・復興需要の急増、2020年東京五輪の施設建設などの需要拡大によるものであり、一方では需要の急増に対する期待の高まりとともに、同時に他方では、震災復興の終息やポスト五輪の需要急減、それに伴うバブル崩壊への不安が重なり、建設業界には複雑な動揺も広がっている。
 今日の建設人材の不足の遠因となったのは、1980年代末の日本経済の高度成長の終焉に当たり、プラザ合意による大幅な円高・ドル安、ならびに内需拡大のためのバブルとその崩壊による長期不況だった。90年代初めのこの時期、内需拡大のための財政面からの公共事業の急拡大が、建設需要による建設雇用の急激な拡大をもたらした。もともと建設業は、高度成長期の産業基盤整備、つづく住宅需要など生活基盤のインフラ整備など、中央・地方の公共投資に伴う官公需依存型であり、とくに東北など地方建設業は、地域の民需が弱いだけに公共事業への依存が大きかった。
 こうした高度成長経済からの転換の中で、建設業の雇用構造も、大きくて変化せざるをえなかった。簡単に振り返ってみよう。もともと占領下に始まる日本経済の「産業民主化」は、労働三法(労働基準法、労働災害補償保険法、職業安定法)など、労働条件の改善を図ろうとするものだった。とくに建設業は、戦前からの前近代的な労働・雇用制度の象徴とみなされ、建設作業員などの「直用化」(直接雇用化)も図られた。しかし、建設産業の産業特性からも、下請け制度の温存を余儀なくされ、業界団体の強い要請なども加わり、1952年(昭27)には職安法の規則も「労務下請」を復活せざるを得なかった。
 しかし、高度成長が始まり、建設投資による雇用拡大の中で、とくに公共事業の受注については、中央大手ゼネコンを中心に、直用化による雇用の拡大も進んだ。その点では建設業の近代化であり、職業安定法を中心に雇用の近代化が図られた。にもかかわらず、建設業に特有な下請け制度は温存されたし、むしろ下請けの重層化・多様化として拡大・強化されたとも言える。①雇用と請負との複雑な共存関係、②賃金は「手間賃」「請取り」と呼ばれる成果報酬、さらに③不規則・不安定な労働時間などの日銭稼ぎの労働、など非近代的な雇用と労働関係が構造的に定着してしまったのだ。 
 こうした建設業の体質が維持・温存されたまま、バブル経済とその崩壊を迎えた。バブル崩壊による長期不況への転換は、単にバブルで水脹れした建設業の雇用拡大にブレーキが掛かり、人手不足を過剰に転換しただけではなかった。建設産業の近代化のスローガンで進められていた、雇用面での近代化もさまざまな点で、挫折や転換を余儀なくされることになる。とくに高度成長の中で、近代化の一環としてすすめられてきた建設技術者や建設技能者(職人)の直用=直接雇用による拡大が止まり、むしろ逆に技能者を中心に直用から下請け企業の非正規雇用に移されたり,さらに「一人親方」として独立させるなどの対策が強行されたのである。建設業の近代化路線は、こうしてバブル崩壊と長期慢性不況とともに破綻し、重層多角型下請けと職人・技能者の不安定雇用や「一人親方」への移行をもたらすことになった。まさに近代化の挫折に他ならない。
 我々はいま、建設業の近代化路線の挫折の現実に立って、はじめに挙げた建設関連の人材育成・確保の緊急課題を検討しなければならない。すでに建設業の就業者数は、阪神・淡路大震災の1995年(平7)の6,631千人をピークに急速に減少し、2010年(平10)には、4,475千人へと30%以上の減少となった。また下請け比率も、60%から70%にまで上昇した。2000年(平12)以降は、財政悪化を理由に大幅な公共事業の削減が進み、長期デフレによる民間投資の縮小とともに、建設投資はピーク時のほぼ半減まで落ち込み、賃金水準の大幅な低下と大量の離職者を生んでいる。
 とりわけ若年層の職人・技能者が大量に転職を余儀なくされるとともに、建設労働者の高齢化や生産効率の低下に拍車をかけた。例えば20~24歳層の入職者が激減し、また在職率が1995年の6.4%から2010年2.4%に低下している。まさに構造的危機であり、若年層の不足は技能者から技術者にも及び、被災地では技術系土木書の人材不足も深刻化した。たんに賃金・手間賃や休日確保などの労働条件の改善のレベルを超え、労働力の世代間再生産そのものを根本から検討せざるを得なくなったといえる。
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by morristokenji | 2015-06-30 13:45
 1)世界資本主義と一国資本主義、純粋資本主義の抽象
 まず、世界資本主義と純粋資本主義の対立だが、世界資本主義と対立するのは一国資本主義(今回は「国民資本主義」になったが)とされてきた。市場も、世界資本主義は世界市場であり、それに対し一国資本主義は国民経済、国内市場である。しかし、世界資本主義に対し、純粋資本主義を一国資本主義とするのは、かなり意図的な誤解というか、むしろ議論のすり替えであり、そもそも宇野理論の純粋資本主義は、一国資本主義では決してない。
 宇野理論の純粋資本主義は、近代社会の資本主義の歴史的発展から理論的に抽象された資本主義であり、そこでの市場は世界市場でも、国内市場でもない。理論上の抽象的な市場である。そこにまた市場、市場原理の形態的特性もあり、方法的に理論的な抽象を認めるか否かが、ここでは対立点になるだろう。
 世界資本主義論は、歴史的な現実を写実的に「模写」するだけで、抽象することを認めないのではないか?『資本論』の自然科学的な実験室の抽象を否定するのは当然として、宇野理論の抽象に特有な「方法の模写」論を認めようとしないのではないか?確かに「方法の模写」論には、イギリスをモデルに先進資本主義の純粋化傾向を、時間的・空間的に拡大延長し、純粋資本主義像を想定する方法的主張が一部にあった。それを観念的方法として退け、世界資本主義論は抽象を否定して、単純な模写論に回帰させているだけなのか?これでは実証史学と、どこがどう違うのか?混沌とした世界市場の現実的表象を、いたずらに追いかけ廻り、走り廻るだけではないのか?
 宇野理論の純粋資本主義の抽象は、宇野『原論』や『恐慌論』に見られるとおり、政策なき政策といえる「自由放任政策」の下で、先進資本主義の世界市場が、約10年を周期とした世界恐慌を含む景気循環という自立的成長の歴史的現実に基づいた抽象だ。この自律的成長こそ、純粋資本主義の歴史的・現実的抽象であり、抽象の「方法の模写」に他ならないのではないか?宇野理論は、周期的恐慌を初期マルクス・エンゲルスの唯物史観による恐慌=革命テーゼのドグマから解き放ち、周期的恐慌を含む景気循環の法則性を、純粋資本主義の抽象による経済学原理として、資本主義経済の理論的認識として概念化したと思う。
 たしかに世界資本主義論も、混沌とした世界市場の現実を、単純に模写するだけではない。世界市場の歴史的発展を、一方で純粋資本主義を一国資本主義の観念的抽象として批判、排除しながら、他方では「内面化」と称して原理論を構築している。この内面化による原理論の内容が、結果的には純粋資本主義の抽象による宇野・原理論の内容と変らないものであり、「内面化」は他でもない純粋資本主義の抽象の容認に過ぎない点は、すでに桜井論文が見事に検証した。
 こうした批判に対して、岩田氏は今回、「内面化という言い方は、言葉がきつかったので、価格関係に還元する」と弁明されている。確かに市場経済では、すべてが価格関係に還元されて運動する。しかし、土地自然もそうだが、労働力商品は労働賃金の変動で明らかだが、労働力商品の特殊性から、資本主義的な人口法則として、周期的恐慌の景気循環を基礎づけているのだ。その労働力商品の特殊性は、単に商品市場の「価格関係に還元される」とはいえない。労働力の代替財はないし、世代間を通して再生産されなければならず、近頃のロボットや少子化で大騒ぎせざるを得ないのだ。A・スミスなどは、労働力ならぬ「労働の商品化」による生産過程の流通過程化、それによる商品経済および資本主義社会の絶対視に陥った。それを乗り越えて『資本論』、さらに宇野理論によって労働力商品化の特殊性が理論化されたのである。
 『資本論』の純粋資本主義の抽象、それをさらに純化した宇野理論の三段階論は、言うまでもなく純粋資本主義の原理論を基礎にしている。だから純粋資本主義の抽象を否定すれば、世界資本主義論は無論のことだが、宇野理論とは言えないだろう。そして、純粋資本主義の宇野・原理論によって、理論と歴史(さらに理論と実践、科学とイデオロギーなど)の弁証法的統一のドグマも否定された。純粋資本主義の抽象を否認する世界資本主義論は、そのことにより理論と歴史の再統一のドグマを主張しようとしているのではないか?世界資本主義の外的発展の「内面化」は、何のことはない「内面化」の表現で唯物史観と同様な「歴史の論理化」をはかろうとしていたと思う。
 理論と歴史の統一のドグマは、初期マルクス・エンゲルスの唯物史観に基づいていた。唯物史観は、「導きの糸」であり、単なるイデオロギー的仮説に過ぎない。理論研究の深化、歴史検証を通じて、作業仮説は法則性を与えられ、さらに歴史的検証を経ることになる。マルクスの経済学研究も、1859年の『経済学批判』までは、その序文などで自認しているように、唯物史観の仮設に理論が還元・埋没される方法がとられていた。しかし、『批判』から『資本論』の間に『剰余価値学説史』が書かれ、経済学批判体系プランも変更され、『資本論』は純粋資本主義の法則解明として、唯物史観の仮設が論証され、さらに実証されることになった。まさに方法的「大転換」だった。この大転換の上に、宇野理論の三段階論が生まれたことを銘記しなければならない。br>

 2) 「貨幣の資本への転化」と「資本の商品化」
 『経済学批判綱要』(略称グルンドリッセ)は、『資本論』草稿ではない。上記の『批判』から『資本論』への方法的「大転換」を踏まえれば、『経済学批判綱要』を『資本論』草稿として出版宣伝するのは、マルクスの方法的「大転換」の意義を無視にするだけではない。純粋資本主義の経済法則を解明した『資本論』の意義を曖昧にし、それを唯物史観のイデオロギー的作業仮設に還元し、さらにマルクス・レーニン主義のドグマに『資本論』を引き戻すことにもなりかねない。戦後、グルンドリッセが初めて公刊され、一時的ながらグルンドリッセのブームが起こり、宇野ゼミでもテキストとして採用された。
 しかし、『批判』から『資本論』への「経済学体系プラン」の変更、その方法的「大転換」の理論史的意義からすれば、まさに逆コースだったし、だからブームも間もなく消え去った。ただ『批判』が商品論と貨幣論だけに限られていたのに比べて、グルンドリッセの内容範囲は、プランの「資本一般」、さらに土地所有や賃労働から抽象された「資本」にも及んでいる。その点で、理論形成史の文献的価値は大きいと思う。しかし、理論的には土地所有(地代論)、賃労働(資本蓄積論)を捨象したまま、「資本一般」「資本」を説こうとする方法では、労働力商品の特殊性を十分理解できず、資本主義のダイナミックな運動は解明できなかった。だからこそ、方法的「大転換」もまた不可避だったのだ。
 ここでグルンドリッセに立ち入ることはできないが、マルクスはこの時点では「貨幣」、そして「貨幣の資本への転化」で歴史的な世界市場を念頭に、貨幣から資本の流通形式を導き出すのに苦心していた。(例えばW-G-W-G-Wの形式など)歴史的・論理的展開の試みと言えるし、こうしたグルンドリッセの歴史的・論理的な展開が、世界市場の発展の内面化と言う世界資本主義論に通底した方法的見地ではないか?その点で、グルンドリッセのテキストをめぐっての宇野・岩田論争が巻き起こり、純粋資本主義vs世界資本主義の理論的対立となったと思う。その際、宇野の側は、すでに戦前からの研究を踏まえ、戦後『経済原論』、『経済政策論』の出版によって、三段階論の方法は確立をみていた。したがって、グルンドリッセに対しては、純粋資本主義の『資本論』が形成される途上の単なる過渡的な「星雲状態」と捉えていた。岩田の世界資本主義論が、グルンドリッセに乗りながら、世界市場の歴史的・論理的な移行論を主張したのに対し、あくまでも純粋資本主義の「貨幣」の機能論、そして「貨幣の資本への転化」の論理に徹しようと対応したのが宇野の立場だったことを思い出す。
 岩田は、蓄蔵貨幣を前提にして、とくに貨幣の支払手段の機能については、信用を持ち込んでいる。単なる貨幣の機能ではなく、ここで貸付・利子の関係を想定することになってしまう。だからまた、世界市場における貨幣から、前期的な商人資本・金貸資本への移行論も説かれることになる。まさに、世界資本主義の歴史的移行のロジックに他ならない。一方宇野は、純粋資本主義の立場から、貨幣論は支払い手段いついても、商品の授受から独立した貨幣の支払い機能を解くだけにとどめている。さらにまた、世界資本主義論の歴史的移行のロジックからすれば、前期的な商人・金貸資本から産業資本、金融資本への移行が問題になる。従って、岩田が支払い手段の貨幣に信用、金融の機能を想定することは、さらに①前期的な商人・金貸し資本、②近代的な産業資本、③商業信用から銀行信用、そして利子論を踏まえた資本の商品化=株式資本による金融資本への歴史的移行を念頭においてのことだろう。
 たしかに岩田の言うとおり、商業信用の場合、「商品の売り手が買い手に貸し付けるという、売り手の信用」になる。手形が流通して再生産の拡大をみるし、手形の決済手段として支払い手段の貨幣が機能する。しかし、こうした信用取引の前提には、資本の流通過程を通しての遊休資金の形成があり、その資金形成に基づいて銀行信用も形成され拡大する。こうした信用取引の拡大、そして資本の再生産過程の拡大によって、資本蓄積に基づく経済成長も実現する。
 ただ、信用取引の拡大は、投機的取引を助長してバブル経済の基礎になる。しかし、資本過剰による利潤率の低下、利子率の上昇による貨幣・金融恐慌によってストップがかかる。この金融恐慌を梃子として、次の資本蓄積・成長が準備される。言うまでもなく宇野『恐慌論』の大筋だが、要するに商業信用から再生産過程での資金形成による銀行信用の拡大、その投機的拡大が重要であり、そうした再生産過程の資金形成を無視した投機的バブルが慢性化すれば、実体経済の成長戦略には一向に結びつかない点で、今日のアベノミックスの異次元緩和のバブル拡大をもたらすだけに終わる。
 さらに岩田は、世界資本主義の歴史的移行を念頭に、宇野の利子論による原理の完結の方法を批判し、株式資本による「資本の商品化」としての擬制資本を強調している。株式資本による金融資本の歴史的発展を展開しようとしているし、それが世界市場のグローバル化を背景に、実体経済から遊離して金融機能が異次元緩和などでバブル化する現状とも結びつくのだろう。しかし、宇野は利子論で原理を完結させ、株式資本による金融資本の発展は、段階論の課題とした。それは株式資本が具体化する株式会社では、純粋資本主義の内部においては、単なる利子の取得だけで満足する「金利生活者」「資産保有者」を想定できないからであり、したがって株式会社は金融資本の蓄積様式に特有な産業組織として論ずることにならざるをえないのだ。
 要するに 純粋資本主義の原理論を否定した世界資本主義論は、ここで『批判』のグルンドリッセの世界市場の「流通浸透視角」からの歴史と論理の再統一を図ることになるだけなのだ。というよりも、歴史と論理の統一のドグマへの回帰のために、宇野の原理論と段階論,さらに現状分析の三段階を否定したのであり、したがってまた段階論のロジックは存在しないことになってしまう。たんなる世界市場の「内面化」のロジックと歴史的変化の「外面化」に過ぎず、宇野の段階論に特有な経済政策の前提になる資本主義の産業構造の段階的変化、資本蓄積の産業組織的転換、さらに「労使関係」の歴史的展開などは、視野に納まらなくなるのではないか?次に段階論の検討に移ろう。
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by morristokenji | 2015-06-23 20:47
 辛亥革命に始まった「中国革命」は、何度も大きな転換を経て今日を迎えています。孫文の「三民主義」に始まり、中国共産党の毛沢東路線、そして中ソ論争、文化大革命とその破綻、改革開放路線への転換、さらに社会主義市場経済、最近はまた「高速成長から中高速成長へ」中国経済の「新常態」(ニュ―・ノーマル)への転換という、新たな段階を迎えたようです。
このたび訪中して、中共・対外連絡部のスタッフが最近発刊した『20世紀国外社会主義理論、思潮及流派』というB5版480ページの大著をもらい、その報告を聞く機会がありました。新たな路線を「特色ある社会主義」と呼び、ここで「新常態」に対処しつつ世界戦略を打ち出したように思います。
 すでに日本でも報道されているとおり、日本を追い越して世界第2位のGDP大国の地位を確保した中国の経済発展ですが、年率10%を越す「高速成長」の段階から、最近は7%強の「中高速成長」に減速しています。これを中国の不動産などバブルが崩壊し、中国経済の破綻を強調する論調があります。そうかと思うと、中国の高速成長を期待しながら、それが実現しないために世界経済、とりわけ日本経済のデフレ持続の責任転嫁を主張する向きもあるようです。そうした反中イデオロギーに対して、中国側はニュー・ノーマル=新常態として冷静に対応しようとしている。21世紀を迎え、とくにアメリカ発リーマンショックの世界金融恐慌への緊急対策から、「新常態」に大きく政策転換をはかる政策意図が感じられます。同時に、アジア・インフラ投資銀行AIIBを含めた、新たな社会主義の世界戦略を中国の「特色ある社会主義」として打ち出してきたのではないか。その背景を探ってみましょう。
 
 まず、経済の「新常態」ですが、2014年12月党中央・国務院の共催の「中央経済工作会議」が開催、そこで詳細な説明が行われました。(以下、財務省財務総合研究所「資料」を参照)
 
(1)経済の9つの趨勢的変化として、
  ①消費:模倣型・横並び式から個性化・多様化への転換
  ②投資:伝統的産業から、インフラの相互接続、新技術・新製品・新業態・ニュービジネスモデルの台頭
  ③輸出・国際収支:低コストの比較優位からハイレベルの導入、海外進出など、新たな比較優位の創出
  ④生産能力・産業構造:新興産業、サービス業、小型零細化・インテリジェント化・専業化の進行
  ⑤生産要素:低コスト労働力から、人的資本の向上・技術進歩の優位性へ
  ⑥市場競争:量産化の価格競争から、質的・製品差別化の競争、市場の統一化・資源配分の効率化へ
  ⑦資源・環境的制約:環境の受容能力の限界、グリーン再生可能・低炭素化の循環型発展
  ⑧経済リスク:各種リスクの顕在化、体制メカニズムの健全化
  ⑨資源配分マクロ・コントロール:市場メカニズムの活用とともに、総需給調整の科学的対応
 
(2)4つの転換として
  ①経済発展:高速成長から、中高速成長へ
  ②発展方式:粗放型成長から、質・効率タイプの集約型成長へ
  ③経済構造:量産・規模拡大から、ストック調整・フロー最適化へ
  ④発展動力:伝統的スポットから、新たな成長スポットへ

 その上で、経済の「新常態」に対して「新常態を認識し、新常態に適応し、新常態をリードすることことは、現在及び今後一時期のわが国の経済発展の大きな客観的ロジックである」とまとめています。

 さらに今年2015年3月の全人代において、李克強首相が政府活動報告を行いましたが、その主要な論点を摘記しておきましょう。

 (1)経済・社会の困難・試練の提起
 2014度の回顧として、経済調整の短期、長期の政策コントロールや改革の成果と並んで、7点の困難・試練が提起された。
 ①投資の伸びが力を欠き、新たな消費のホットスポットが多くなく、国際市場は大きな好転が無く、安定成長の難度が増大し、一部の分野でリスクの隠れた弊害が存在する。
 ②工業製品価格が引き続き下落し、生産要素のコストが上昇、中小零細企業の資金調達難と調達コスト上昇が際立ち、企業経営の困難が増大している。
 ③経済発展方式が比較的粗放であり、イノベーション能力が不足し、生産能力の過剰問題が際立ち、農業の基礎が脆弱である。
 ④医療・療養・住宅・交通・教育・所得分配・食品安全・社会治安など、大衆は少なからず不満を抱えている。
 ⑤地方により環境汚染が深刻であり、重大な安全事故がしばしば発生している。
 ⑥政府の活動に不足が存在し、政策措置によっては完全実施が行われていない。
 ⑦少数の政府機関の公務員は職権を乱用、一部の腐敗問題は目に余り、官職や指導的地位にありながら、やるべきことをやらない者がいる。

 以上、経済成長の減速化を率直に認め、その問題点を摘出しています。とくに官僚の腐敗・汚職に大胆なメスを入れた点が注目されます。その上で2015年の総体的施策として
 
①経済の「新常態」の認識:「わが国の経済発展は新常態に入っており、難関を越える重要な段階にある。体制メカニズムの弊害と構造的矛盾は<行く手を阻む虎>となっており、改革を深化し、経済構造を調整しなければ、平穏で健全な発展を実現できない」として、「改革による科学的発展を推進し、経済発展方式の転換を加速して、質・効率の高い持続可能な発展を実現しなければならない」
 ②情勢認識:まず国際経済については、「深い調整の中にあり、回復の動力に不足し、地域政治の影響も加わり、不確定要因の増大、そのため成長推進・雇用拡大・構造調整が国際社会のコンセンサスになっている。一方、中国の国内経済でも、「わが国経済の下振れ圧力はなお増大しており、発展における深層レベルの矛盾が際立ち、直面する今年は、昨年より矛盾の大きい可能性がある」としながら、「わが国の発展はなお大きく発展できる重要なチャンスの時期でもあり、巨大な潜在力・強靭性と回復の可能性がある。新しいタイプの工業化・情報化・都市化・農業の現代化が引き続き推進され、発展の基礎は日増しに充実、改革のボーナス効果が発揮され、マクロ・コントロールの豊かな経験が累積された」として、発展の主導権の把握の重要性を訴えている。
 ③全体的要請:ここで「4つの全面的深化」という戦略指示が提起された点が注目される。
「4つの全面的深化」とは、すでに近習平主席の新戦略とも言える「中国の特色ある社会主義」として位置づけられるもので、もともと原案には無かった柱であるとも言われ、1)「小康社会」の全面的実現、2)改革の全面的深化、3)法による治国の全面推進、4)党を全面的に厳しく治める「治党」の4点に他ならない。とくに「治党」が提起された点が、戦略的重要性を提起したものとして注目しなければならないだろう。
 ④マクロ経済目標:すでに挙げたGDP 成長率目標7%前後をはじめ、消費者物価上昇率3%前後、都市新規雇用増100万人以上、都市登録失業率4.5%以内、輸出入6%前後の上昇が見込まれている。

 さらに報告は「4、マクロ経済政策の基本的考え方」として、「積極的財政政策と穏健な金融政策」の実施を上げ、財政政策には「「力を加え、効率を高める」、金融政策は「緩和と引き締めを適度にしなければならない」と述べている。ついで「安定成長と構造調整のバランスの維持」に触れた上で、(3)経済社会の発展の新たな動力を育成・創生する」として、労働力に対し「伝統的エンジンを改造し、新しいエンジンを作り上げねばならない」として、一方で公共財・公共サービスによる教育・衛生などへの政府投入、民間・社会参加、供給効率の向上、他方では「大衆による起業・万人によるイノベーションの推進」を強調し、労働力の主体的参加による雇用の拡大、所得向上「社会の縦方向への流動と公平・正義の促進にも資する」点が指摘された。

 次に「5、改革を着実により深化させる」として、党3中全会決定の改革内容の深化として、(1)行政の簡素化・権限の開放 (2)投融資体制改革 (3)価格改革 (4)財政改革 (5)税制改革 (6)金融改革 ここでは人民元について、レートの弾力性強化、資本項目の兌換化、国際使用の拡大、個人投資家の国外投資テストの展開などが指摘されている。 (7)国有資本改革 (8)農業改革 (9)戸籍制度改革 (10)その他、である。ここでは、農業改革や戸籍制度改革にも関連して、次の「農業の現代化」、シルクロード経済ベルトを含む「都市化」が注目される。

 構造改革としては、報告では「6、経済の安定成長と構造の最適化の協調の推進」において、積極的に取り上げているので紹介しよう。「経済の合理的期間での運営を全力で維持するのみならず、経済の転換・グレードアップを積極的に推進し、長期に成長を安定させる」重要な政策提起が行われた。
 (1)消費成長スポットの育成加速:公費接待などを抑制し、大衆の消費、とくに養老・家事・健康・情報・観光レジャー・グリーン・住宅・教育文化・スポーツなど消費のサービス化、さらに家庭の情報化による、物流・宅配などの促進。
 (2)公共財の有効投資の促進:重点的建設は①都市生活基盤の整備、②中西部の交通体系プロジェクト③農業プロジェクト、④情報・電力・自然エネルギー関連施設、⑤伝統産業・技術開発プロジェクト、⑥省エネ・環境保全・生態系維持プロジェクト、とくに地域格差の縮小が始まった中西部地域に傾斜配分する。また、「社会的(民間)資本をさらに多くの分野に引き入れ投資する。」
 (3)農業の現代化推進:食糧の安全と主要農産物の供給保障、そのため耕地の警戒ライン(1億2千万ha以上)を固守し、大規模経営、家庭脳牧場、農民合作者、産業化リーディング企業など新たなタイプの経営主体・専業農民の育成、多様な適正規模の経営を推進。
 (4)都市化:「3つの一億人問題」、すなわち①約1億人の農業からの移転人口を都市戸籍に転換、②約1億人が居住する都市バラック地区「都市の中の村」の改造、③約1億人の中西部の農民を近場の都市で就業させる、を重点とする。各種の都市計画を整備し、「農民に近場での都市化」に便宜を図る。
 「シルクロード経済ベルト・21世紀海のシルクロード」建設と地域の開発・開放を結びつけ、ユーラシア・ランドブリッジ(江蘇省連雲港~ロッテルダム大鉄道)、内陸部・沿海部の通関拠点の強化する。
 北京・天津・河北地方の協同発展では、交通の一体化、生態環境の保全、産業の高度化・移転でのブレークスルーを図る。
 長江経済ベルト建設では、長江の機能を強化し、産業を東部から西部へ段階的に移転する。中西部の重点開発区、汎珠江デルタなどの地域協力の深化。
 さらに全人代では、東北部の石炭エネルギーへの資源依存型発展の問題が提起され、「資源枯渇型都市の転換・グレードアップの加速」が追加された。
 (5)産業構造のミドル・ハイエンド化
 「中国製造業10カ年計画」の実施により、イノベーション、知識集約化、グリーン発展を堅持し、製造大国を「製造強国」に転換する。また、「サービス産業の改革開放の深化」により、生活関連サービスの発展と流通革新を図る。

 「その他」では、ハイレベルの対外開放として、上記「シルクロード経済ベルト構想」の推進のほか、上海・広東・天津・福建の自由貿易試験区の建設、中日韓FTA、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の建設が述べられた。
 さらに大学新卒者の雇用、都市従業員年金の推進、CO2排出量などの引き下げ、厳格な行政監察、会計検査、さらに全人代の修正として「シーパワーの強化」が盛り込まれた。
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by morristokenji | 2015-06-04 12:04