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by morristokenji

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 予想通り、いや予想を超えた波乱と激動の新年を迎えています。昨年12月16日の米FRBの金利引き上げ(0.25~0.50%への引き上げ)は、「薄氷を踏む思いの世界金融の正常化」への期待でした。しかし、日本では円安・ドル高どころか円高・ドル安、そして株価上昇どころか、証券取引所が連日の株価暴落に見舞われました。もはや米ドル中心の世界金融の正常化は期待できない現実を曝け出したようです。
 株価暴落の原因は、中国経済の成長率低下、上海など株式市場の下落もありました。しかし、中国経済が高度成長から、ニューノーマル経済に減速することは、すでに経済戦略として提起されていたし、株価の下落も中国では限られた個人投資家の動揺でしょう。大きな原因は、原油価格の大幅な下落であり、戦後アメリカの「ドルとオイル支配」の終焉を意味していると思います。1960年代のエネルギー革命の時点では、1バーレル当たり1~2㌦だったことを考えると、原油価格の下落はまだまだ続くでしょう。

 政治的には、1月6日の北朝鮮の水爆実験があります。まさに寝耳に水のニュースで、本当に水爆の実験かどうか疑問もあるようです。早速、韓・米の軍事行動による制裁の動きもあり、一歩誤れば第三次世界大戦の引き金を引きかねない危機です。各国による北朝鮮への制裁強化では一致してはいますが、平和的解決となれば、中国が議長国の6カ国協議の再開が避けられない。ここでも米・中の話し合いが重要で、国連安保理の制裁決議が期待されています。ますます世界の動向が、米・中2大国の調整の努力に掛かっていることが、明らかになってきました。
 さらに続いて、TPP交渉でタフなネゴシエーターと評判の高かった甘利経済再生相のスキャンダルが急浮上、すでに辞任に追い込まれました。今回も「建設汚職」ですが、安倍政権のもとで「アベノミックス」の司令塔であり、TPPの立役者の辞任は、日銀のマイナス金利で破綻寸前まで追い詰められた局面だけに、TPPの国会での承認や関連法案の審議にも決定的な影響が予想されます。ここで、激動の波浪に船出のTPPを検討しましょう。すでに本欄では、第1回「TPPの危険な罠」で検討しましたが、その後の経過を踏まえて検討です。

 まずTPPの基本的性格ですが、単なる環太平洋地域の自由貿易圏ではありません。「ヒト、モノ、情報サービス、カネの移動の全面的自由化」であり、投資や労働環境、医療福祉など包括的な連携協定です。とくに注目しなければならないのは、05年のシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4ヶ国の小規模な協定から、2010年にアメリカが乗り出し、オーストラリアなどと共に、協定の拡大協議に参加しました。さらに、12年にはカナダ、メキシコも参加して、性格が大きく変化したのです。というのは、アメリカ、カナダ、メキシコの3ヶ国は、すでに北米自由貿易協定(NAFTA)を形成していましたから、この時点でTPPの性格は、アメリカと基軸通貨米ドルによる拡大NAFTAに変身を遂げたのです。同時にまた、中国に追い抜かれたもののGDP世界第3位の日本の参加も強く要請されることになった。米・加・日の3強による米ドル通貨ブロック圏の形成です。
 TPPについて、それを米ドル通貨ブロック圏と見る視点は、あまり強調されません。しかし、冷戦時代、西側の陣営の基軸通貨は米ドルだった。ポスト冷戦で、EUの地域統合が進み、米ドルのブロックに対抗する形で1999年、共通通貨ユーロが誕生し、EUはユーロのブロック圏です。ただ歴史的経緯で、英ポンドはまだ自立していますが、それは例外的です。
 そして、通貨ブロックから見れば、この間の中国は、明らかに独自の通貨ブロックに走り始めている。昨年来、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)を主導、すでに参加国57ヶ国でスタートしている。これは「22世紀のシルクロード」ともよばれる「一帯一路」構想とセットになり、アジアとヨーロッパを結ぶ雄大なユーラシア圏構想ともいえます。この構想には、英、独、仏、伊、オーストラリア、イスラエル、韓国などが、ロシアと共に、こぞって参加した。「冷戦下の親米国家群は、アメリカより中国について行くのか!」といった大きな衝撃が走ったし、そのことがTPP大筋合意を促進したのです。これから中国は、元を中心に英ポンドやユーロと連携し、AIIB共通通貨を考えているし、だから国際通貨基金(IMF)に働きかけ、すでに中国・元の特別引き出し権(SDR)への参加を手に入れています。だとすればTPPに中国の参加を期待するのは無理だし、流れは大きく米ドル通貨ブロックのTPPと、元やユーロ、英ポンドなどのAIIB共通通貨ブロックの二つに分かれて対立する。そんな世界経済の対立の構図が浮かび上がりそうです。

 そこでTPPですが、「ヒト、モノ、サービス、カネ」の中、肝心要の基軸通貨ドル、それと円などの為替の関係がどう変化するのか?その点の大筋合意の中身はどうなのか?金融の変化がどうなるのか?交渉が密室で行われてきただけに、交渉の中身が解らない?密室に仕舞い込まれたままで、出てくる情報は輸出入、モノの動きだけです。わずかに昨年10月6日、大筋合意の直後のロイター通信が、「TPP参加国は為替政策の原則について協議することでも合意。米国の製造業者の間で日本が自国の自動車産業などに有利になるように円安に誘導しているとの懸念が出ていることを一部反映したものと見られる」と伝えただけです。他に見落としがあるかも知れませんが、新聞などには具体的な報道はありません。80年代プラザ合意で円安が円高へ、超円高が「異次元緩和」で逆転、円安の進む為替相場の変化が解らなければ、輸出入モノの動きや、さらにヒト、サービスの流れも、その影響もわからない、議論の仕様もありません。
 TPPが米・ドル通貨ブロックであり、「ヒト、モノ、サービス、カネの移動の完全自由化」であれば、その限りで日本もまた、カナダ、メキシコ、ニュージーランドなどと共に、いわば「TPPアメリカ連邦大国」に属する一つの「連邦」になる。そうなれば現在のアメリカの貿易赤字は、日本の黒字と相殺され、アメリカの対日債務も日本の対米債権と相殺される。「ジャパメリカ」「アメリッポン」が現実のものになります。とくにアメリカは、AIIB
共通通貨ブロックの連合軍と通貨戦争になった際、日本の対外債権(約250兆円の対外純資産)によって、巨大な米の対外債務(これまた約250兆円に上る)で相殺してもらい戦うのではないか?日本の対外純資産は、日本の高貯蓄、とくに投資と貯蓄のバランスから言えば、日本の東北地方の高貯蓄に支えられている面も少なくない。とすれば、その安易な利用は困ります。東北の地方の金融筋、信用金庫や信用組合を含めて、重大な関心を払うべきでしょう。
 さらに民間投資の少ない東北など地方では、中央・地方の公共投資への依存が大きい。その点ではTPPで、公共投資がどのような影響を受けるのか?言うまでもなく公共投資は、国や地方の個別の事情が関係します。例えば、海外建設投資が、安価な外国人建設労働力を引き連れて日本の地方の公共事業に参入する。その時、それをチェックできるのか否か、チェックしてもISDS(投資家と国・地方との紛争解決)条項により外国企業が国・地方を提訴するリスクが増加する懸念が大きいのです。医療福祉、労働環境や自然環境をめぐっては、ISDS条項による紛争の可能性が大きいだけに、大筋合意の中身が完全に開示され、充分な議論が不可欠でしょう。上記、ロイター通信も「今回の合意には、労働者の権利や環境保護をめぐる最低基準も盛り込まれている」と伝えていますが、その具体的内容は伝えられてこないのです。甘利辞任や不十分な国会審議により、曖昧なまま署名、承認が行われることは許されません。

 そこで問題の輸出入、モノに関してですが、とくに農産物の輸入については、大筋合意の内容が公表されています。主要な論点だけ取り上げますが、輸出入については、農畜水産物と工業品に大別され、それぞれ輸出、輸入について、個別商品に関して関税率の軽減が論じられたようです。とくに農畜水産品については、輸入関税には税率低減に歯止めをかけ、「守り」から輸出の拡大に利用して、「攻め」の農業へ脱皮を図るチャンスにしたいようです。しかし、そんなにうまい話かあるのか?大いに疑問です。
 
 先ず、農産物関連の輸入ですが、伝えられているようにコメなど農産5項目については、国会決議が完全に守られなかった事実は否定できないでしょう。コメは1キロ341円の高率関税が当面維持されるものの、現在も無税で年間77万トンのコメが「ミニマムアクセス」として輸入されているのに上乗せされ、36万トンの特別枠で米やオーストラリアから輸入されることになった。したがって、量的には輸入が増大し、一層の在庫増で米価にマイナスの影響が出るだろう。又、当面関税は撤廃されないが、「漸進的に撤廃されることで、例外はない」との話も出てきて合意内容が食い違っているようです。さらに詳細な点は別にしては、農林水産物の輸入については、2、328品目中1,885品目、つまり約81%が関税撤廃されることになった。ところが農水省の計算では、わずかに2100億円の生産額のマイナスに過ぎません。2013年当時には、関税全面撤廃による生産額のマイナスが3兆円と計算され、その上で農産5項目の国会決議がなされたはずですが、今回はマイナスが2100億円に縮小したのは何とも不思議な計算ではないか?
 このように「守り」は堅く、さらに輸出の「攻め」が強まる。そして、農業「新輸出大国」の夢は、現状6,100億円の農林水産物と食品の輸出額を、倍増に近い1兆円に拡大する政策大綱です。すでにTPP参加各国は、全体で98.5%に達する関税率撤廃に合意している。このチャンスを利用して、輸出強化を図る政策です。しかし、一部の特殊な農産品が短期的には輸出が進んでも、輸出大国が実現するとは思えません。政策内容も、「経営安定化」とか、「農地バンク」、高収益作物の導入、「畜産クラスター事業」などが羅列されているだけで、輸出大国の夢の実現には程遠いものでしょう。そもそも日本農業の切捨てと崩壊は、日本経済の高度成長や急激な円高による農林水産物の輸入増加などによるもので、輸出関税率が高いわけではなかったからです。言葉だけ「守り」から「攻め」の農業と叫んでも、空念仏に終わるだけではないか?
 むしろ輸出入としては、TPPにより輸入される肉やワインなどの価格が安くなり、家計に恩恵が出るかどうかです。例えば、牛肉は38.5%の関税が16年目に9%、ワインの関税も段階的に下がりゼロになる。「守り」は堅くなるどころか、むしろ武装解除で丸裸になる。しかも、原産地表示や食品添加物のルールが異なる農水産物が大量輸入され、食の安全が侵され、消費生活が犠牲になる心配があります。さらに心配なのは、輸入関税が下がり、海外からの輸入農産物が増加するなら、日本の企業は安い労働力を求めて海外生産に出て行く。そして海外で生産して、日本に逆輸入して大量販売する。「新輸出大国」どころの話ではない、農水産物の「輸入大国」の増強で日本農業は壊滅するし、地域経済は完全な空洞化です。逆に、アベノミクスの異次元緩和もあり、1ドル70円台まで進んでいた円高が、この間に円安に逆転して1ドル120円の円安=ドル高です。このまま円安が進めば、TPPで20%や30%の関税引き下げが実現しても、円安で輸入価格が上昇し、TPP効果は帳消しになります。消費者も、目先のTPP効果の宣伝に幻惑されて、地域を台無しにしてしまう愚かさには注意が必要です。

 工業製品については、すでに輸出入の比率が低下を続け、現地生産の流れが強まっています。関税の問題より、すでに取り上げた「投資」の問題であり、ISDS条項のリスクが大きいでしょう。ただ日米間では、自動車とその部品の輸出入に関連して交渉が難航したようです。結果的には、部品は品目数で87.4%、輸出額で81.3%の米国向け関税が即時撤廃、完成車は15年目から関税が下がり、20年目に半減、25年目にゼロになる。またオーストラリア、カナダ、ベトナムへの完成車の輸出も、即時ないし5~10年で関税は無くなります。工業製品に関しては、すでに輸出入の貿易のウエイトが下がり、海外立地の動きが盛んである以上、むしろTPPは日本企業の海外進出のために、国内の農業など地域産業の整理、淘汰を図るものとも言えます。
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by morristokenji | 2016-01-31 16:03