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by morristokenji

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 資本の流通過程は、資本の一般的形式G-W-G'に基づき循環し、回転します。そこでも、生産と消費を繋ぐに当たり、労働力商品の特殊性が、経済原則の面から、可変資本の回転に制約を課しました。さらに、不変資本の投資の中にも、原材料のように一回の生産過程で全部的に価値移転して製品化するもの、それを流動資本とします。A・スミス以来、流動資本と固定資本の区別が行われてきました。『資本論』でも、その資本分類を継承していますが、流通過程と生産過程の区別を厳密にして、その上で生産資本ついて、まず固定資本は、機械などに投資された資本で、部分的にしか価値移転されず、投資の回収が長期化します。他方、全部的に価値移転が行われ、一挙に全部的に回収できる流動資本は、固定資本より投資効率が良いのは当然です。その点、固定資本は回転期間の面で制約を受ける。
 資本の生産過程では、雇用した労働力の使用価値である労働を強化する絶対的剰余価値生産、しかし労働強化には制約があった。1日は24時間だし、労働力は人間の能力であって、家畜同然の奴隷ではない。使い捨てではなく、労働力の再生産を保障して、人権を認めなければならない。それに対して、労働者が資本から必要労働を、その生活手段として買い戻すに当たり、その消費財の生産性を向上し、その価値を切り下げれば、間接的ながら必要労働による労働力の価値切り下げになる。労働強化による直接的な剰余価値生産が絶対的剰余価値生産、それに対し生産性の向上による間接的な剰余価値生産を、相対的剰余価値生産と呼んでいます。資本にとっては、絶対的剰余価値生産に色々制約があるため、むしろ相対的剰余価値生産がより重要であり、生産性向上が不可欠になります。
 
 『資本論』において、純粋資本主義として抽象されるのは、これもまた労働力の商品化に対応しますが、生産力水準としては機械制大工業です。協業や分業とともに、機械制大工業の工場制度が、生産過程の組織者になり、資本主義的生産が確立した。労働者は、工場制度の組織の中に組み込まれ、チャップリンの喜劇「モダンタイムス」のようになり、労働の生産性より機械の生産性となって、生産性向上が推進される。資本は、不断に生産性向上を求めますが、しかし固定資本の存在は、不断の生産性向上を許さない。なぜなら、固定資本に投資された資本は、流動資本と異なり、一挙に全部的に価値移転できずに、部分的に価値移転して、少しづつ償却されるからです。償却された部分は、部分的に貨幣化されますが、償却資金として積み立てて置かねばならない。償却の期間が来た時に、初めて新たな機械とともに技術革新と生産性向上が実現する。
 その点で、政府が「生産性革命」を叫び、「人づくり革命」を目指しても、固定資本の償却を無視して、機械の更新はできない。機械制大工業は、巨大化する固定設備により相対的剰余価値生産を進める以上、固定資本の償却が進み、その更新に会わせて技術革新を行わざるを得ない。不断の技術革新や不断の生産性向上は無理な話です。それに技術革新は、企業自身よりも、外部の研究機関などの研究開発で進むケースが多い。したがって、企業の固定資本の更新時に上手く技術革新が合致するとは限らない。その点でも生産性革命が不断に進み、相対的剰余価値生産が不断に推進されるわけではない。資本の流通過程も、固定資本の回転の面で、機械設備による経済原則からの制約を免れないのです。

 こうした固定資本の償却については、『資本論』で特に説明がありませんが、非資本主義的な「社会的生産の基礎上では、比較的長期間にわたり、その期間中
は有用効果としての生産物を供給することなしに労働力と生産手段を引き上げるこれらの作業が、一年中連続的にか、また数回にわたり、労働力と生産手段を引き上げるだけでなく、生活手段と生産手段を供給もする諸生産部門を害することなしに遂行できる基準が決定されねばならない。」と述べ、こうした経済原則が貨幣資本との関連で「貨幣資本は社会的生産においてはなくなる。社会が労働力と生産手段とを種々の事業部門に分配する。生産者はたとえば指定券を受け取って、それと引き換えに、社会的消費用備蓄の中から、彼らの労働時間に相応する量を引き出すことになってもよい。この指定券は貨幣ではないし、流通しない。」(2巻、423頁)
 ここでは貨幣資本と貨幣について興味深い問題提起がありますが、それはともかく「社会的生産」でも、固定設備の更新のために「指定券」を準備し、それに相当する更新のための新たな固定設備に一定の労働や生活手段、生産手段を充当して準備しなければならない点を指摘している。上述の労働力商品の特殊性に基づく可変資本の回転とともに、固定資本の特殊性に伴う回転と経済原則の緊張関係がここでは重要である。こうした重要性を無視して「生産性革命」や「人づくり革命」を政府が強調しても、資本主義や「社会的生産」を無視して強権主義に行き着くだけだろうと思います。

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by morristokenji | 2017-12-31 16:09