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by morristokenji
 前号では、宇野『恐慌論』の「資本過剰」論、とくに「資本の絶対的過剰生産」の見地から、アベノミクスの成長戦略について、その破綻の経緯を整理してみました。90年代のバブル経済崩壊以後、資本過剰による「失われた10年、20年」の長期デフレ・停滞が続き、日銀のマイナス金利による「異次元緩和」も、すでに政策的限界を露呈してきた。戦時経済なみの借金財政を抱え込みながら、さらに「ヘリコプターマネー」を散布する「一億総活躍プラン」の総動員体制に突き進む以外になくなっている。同時に、集団的安保への「安保法制」の強行採決の背後には、不気味な「戦争への足音」も聞こえてくる。

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# by morristokenji | 2016-09-07 18:29
 アベノミクスの第一の矢、第二の矢が「成長戦略」の第三の矢に繋がらない。第三の矢は行方が知れず、もともと無かった?そんな批判もあります。金融や財政のマネタリーな面が、投資や消費の有効需要に結びつかない、そして実体経済の成長に結びつかず、デフレ脱却の道を足踏みし続けている。挙句の果てに、ついに「一億総活躍プラン」なる国家総動員体制に向けて「ヘリコプター・マネー」をばら撒く、金融の異次元緩和から「ばら撒き財政」へ舵を切っているようです。背後の舞台裏からは、集団的自衛権の「安保法制」による戦争への足音も聞こえてきます。

 『資本論』の貨幣の章では、生産と消費を繋ぐ流通、そこでの貨幣の機能を説明しました。資本主義経済は、商品と貨幣のモノとモノの価値関係が、価値形態を通して貨幣の機能、そして商品流通が生産と消費の「経済循環」を媒介する。言い換えると、商品・貨幣が「資本」に形態転化して、生産と消費による人間と自然の物質代謝を媒介するのです。この生産と消費の繋ぎ目である「資本」を説くために、マルクスは敢えて『資本』論のタイトルで『経済学批判』ではなく、別個に『資本論』を書いたのです。『資本論』の誕生に他なりません。
 しかし、マルクスが新たに『資本論』を出版したのを見て、マルクスの母親は「『資本論』など書いていないで、資本で儲けることでも考えたらいいのに」と、嫁であるマルクス夫人に手紙を書き、息子の貧乏生活を詫びたそうです。母親からの痛烈な皮肉ですが、この商品、貨幣から「資本」への転化こそ、『資本論』の真髄とも言える解明です。資本よって、その再生産によって、生産と消費の経済循環による社会的物質代謝が行われ、経済の原則が充たされ資本主義経済が近代社会として成立する。その経済的運動法則にはどんな矛盾が潜んでいるのか?アベノミクスのアキレス腱を探りましょう。

 『資本論」では、貨幣の章を『世界貨幣」で締めくくったからでしょうが、「貨幣の資本への転化」の説明に当たって、マルクスはまず、歴史的に16世紀に遡り、世界商業と世界市場による「資本の近代的生活史」を提示します。そして、そこでの貨幣財産を「資本の最初の現象形態」として、前期的な「商人資本と高利資本」を持ち出し、商品流通のW-G-Wに対し、G-W-Gの形式を対置し、「資本の一般的形式」としています。そして、G-W-Gの形式では、W-G-Wと違って、GのG'への価値増殖の運動体G-W-G'でなければならず、循環的運動を繰り返す「無限の価値増殖」を求める。資本の致富衝動に他なりません。ここから資本は「蓄積せよ!蓄積せよ!」の成長神話も生まれます。
 しかし、このように歴史的な商人資本や前期的な金貸高利資本を持ち出すと、『資本論』において、マルクスが折角、近代社会の経済的運動法則として「純粋な資本主義」を抽象した方法を否定することにならないか?そして、いわゆる「世界資本主義論」の方法、つまり世界市場の歴史的な拡大・発展への経済的運動法則の解消になってしまい、『経済学批判』以前の唯物史観の「歴史と論理の統一」のドグマに回帰することにならないか?その結果として、「資本の一般的形式」から産業資本を論理的に説明できなくなる。ここでは、前期的商人資本や金貸し本を持ち出すことなく、純粋資本主義から抽象された商品と貨幣、そして「貨幣としての貨幣」の機能から、論理的に「資本の一般的形式」を展開してみたいと思います。

 『資本論』では、冒頭の商品論から労働生産物を富として、等労働量交換を等価交換として、労働価値説を論証していました。そして、社会的労働を「内在的価値尺度」として、商品の価値が尺度され、貨幣の価値尺度も等価交換の実現だった。しかし、価値形態論を前提にして、価値の価格としての表現は一方的表現だし、、価格は価値を質的にも、量的にも、乖離せざるを得ない。貨幣の価値尺度は、貨幣の購買による「外在的尺度」でしかないし、それゆえに商品は、貨幣により繰り返し購買されるなかで、価格の基準も形成されるし、いわゆる一物一価の法則として実現されるのです。さらに、貨幣による商品の購買機能は、流通手段の機能、貨幣としての貨幣の機能、さらに資本の運動として、より具体化するのです。
 ところが労働価値説が前提され、そして等労働交換の「内在的価値尺度」の貨幣の機能が前提されてしまえば、価格の価値からの乖離は必然化しなくなる。等価交換のドグマは、G-W-G'の成立を否定排除し、G-W-Gの形式しか導くことが出来ない。そこで「世界貨幣」まで展開してきた『資本論』では、上記のように16世紀の世界市場まで歴史的に遡り、地中海やヨーロッパの地域市場、中東やアジアなどの複数の地域市場を持ち出して、そこで市場圏ごとに価格基準など価格体系が異なるのを前提する。そして、市場圏が拡大する過程で、G-W-G'が成立するとしたのです。地中海市場のカルタゴでWを安く買って、ヨーロッパ市場のロンドンで高く売る。それでGをG'にして、価値の増殖を図る「資本の一般形式」としたのです。このG-W-G'と等労働交換としての等価交換とは矛盾する。その矛盾を説く形で「貨幣から資本への転化」をマルクスは説明しました。
 
 『資本論』では、「資本の一般形式」の矛盾として、等労働交換と「一般形式」の矛盾を説明しています。しかし、それは内的な矛盾でも何でもない。等価交換を前提し、例えばWを80円で買い、それを100円で売れば、20円儲かる。しかし80円で売った方は20円の損、「一方の剰余価値として現れるものは、他方では不足価値」にすぎず、これでは等価交換と不等価交換の両者の違いを説明しているだけではないか?ところが、価値形態を前提に、価格の実現としての貨幣の価値尺度機能は、価格の価値からの量的乖離を必然としていた。つまり、Wの価格差が前提されている。その価格差を利用する形で、Wの安い場所と時期に購買G-Wし、高い場所と時期に販売W-G'すれば、「資本の一般形式」は成立する。『資本論』では、前期的な金貸し資本の役割は、ほとんど説明が出てきませんが、「貨幣としての貨幣」の支払い手段の機能は、債権・債務の貸付・返済の関係から、「資本の資本」としての資本の金融的機能が、G-W-G'の商業的機能を積極的に媒介します。
 しかも、金融的機能に媒介され、商業的な商品の購買が積極的に繰り返され、価格差の解消に拍車がかかる。したがって、「一物一価」として価格の基準が形成されるのは、貨幣の諸機能とともに、それと結びついた商業や金融の資本の価格差利用に含まれた貨幣機能によるのです。さらに、ここで資本がWを安く購買し、それを高く販売する行為は、安く需要し、高く供給する行為に他ならない。一方で、安い商品Wへの需要は活発化し、価格を高める。同時に、高い価格でのWの供給は、供給の増加・拡大とともに価格を低下させる。結果的に、価格差の解消であり、それこそ「資本の一般形式」の内的矛盾の展開に他ならないでしょう。資本の価値増殖は、「流通部面で行われなければならないし、流通部面で行われてはならない。」そこでマルクスは「ここがロドスだ、飛んでみろ!」として、「労働力の売買」に進むのです。

 労働力は、人間と自然の物質代謝にとって、基本的な生産要素です。生産の主体であり、生産対象の土地自然とともに、近代社会の資本主義経済では、労働力と土地が商品の形態をとり、すべての富が商品として、形態規定を与えられているのです。単なる労働の生産物ではない労働力が、土地・自然とともに商品となり、価値形態を与えられ労働市場や不動産市場に登場している。それが『資本論』の対象となっている近代社会の資本主義経済です。土地と労働力が商品となり、資本による富の生産と消費が全面化し、自律的に運動する純粋資本主義の世界、それが『資本論』の世界です。マルクスは、労働力の商品化について、労働者が①身分的な自由、②土地を含む生産手段から切り離された自由、「二重の自由」が与えられる歴史的条件を挙げています。この条件は、労働力が商品化されるために必要な「助産婦」としての国家の役割、いわゆる「資本の原始的蓄積」が歴史的には必要だった。
 しかし『資本論』は、イデオロギー的仮設に過ぎない唯物史観として、ここで「原蓄国家」の役割を説く方法をとらなかった。マルクスは、『経済学批判』を『資本論』に書き換える中で、プランを変更して「原蓄国家」の助産婦的役割を、資本蓄積論の「付論」として、第一巻の最後の第二四章に置いたのです。ですから「貨幣の資本への転化」の章では、歴史的に「原蓄国家」を持ち出すことなく、資本が労働市場で労働力を商品として購入=雇用して、いかに流通面から生産面への「命がけの飛躍」を説くのです。では、労働市場から労働力を商品として購入した資本は、いかにして生産を支配し、価値増殖を進めるのか?マルクスは、ここで労働力商品の特殊性について述べています。

 労働力商品は、人間の労働能力であり、単なるモノではない。そこに労働力の特殊性があるのですが、しかし例えばポラン二ーのように「擬制的商品」であるとか、「本来商品たるものではない」(宇野『資本論入門』)というのは適切ではないと思う。むしろ、労働力が商品化している点にこそ、資本主義経済の価値関係の根本が指摘できるし、価値形態の根拠もあるのではないか?労働力商品の特殊性は、人間の主体的能力が商品形態のために疎外され、物化して資本に運動の主体が奪われる点にある。しかし、資本は購入した労働力商品を、他の生産要素、例えば原料や機械のように不用なら商品として他に転売できない。奴隷とは異なり、資本は労働力を自ら管理して使うほかない。つまり労働力の使用価値を消費するほかない。消費する点では、価値関係が切断されることになるが、労働者にとっては労働することで、人間労働は必要労働だけでなく、剰余労働も可能であり、資本は剰余労働を剰余価値として、資本の価値増殖に利用するのです。
 『資本論』では、労働力の特殊性を、もっぱら等価交換を前提し、剰余労働の搾取と資本の価値増殖の根拠にしています。労働力の使用価値が、生産過程の労働であり、剰余労働が剰余価値として阿智増殖をもたらす点は重要です。しかし、ここでも等価交換の前提が強調されると、労働力が①人間の主体的な能力である点、②モノや家畜同様に処理される奴隷との差異、③他に転売できず生産過程で労働させる以外にない、こういった労働力商品の特殊性が看過されることになる。その結果、労働力商品の特殊性から生起する資本の再生産過程での矛盾、とくに資本過剰による恐慌の必然性の解明への道が曖昧になる点などを指摘しておきましょう。労働力商品の特殊性の科学的解明こそ、単位剰余労働の搾取だけでなく、人間の物化による疎外論の基礎として、資本主義経済の基本矛盾であることが重要です。
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# by morristokenji | 2016-07-18 12:06
 今年2016年は、岩手・花巻に生まれた宮沢賢治の生誕120年です。その1896年は、明治三陸大津波の年であり、賢治が若くして他界した1933年もまた、昭和三陸大津波の年だった。彼の生と死が、東北の厳しい自然災害の年だったことは、彼の人生と文学に自然への強い睦みあいの念を刻み込んだように思えてなりません。盛岡高等農林、花巻農学校、そして羅須地人協会へと、東北の農村と農業と農民の厳しい自然経済環境のなかで賢治は生きたのです。
 
 さて、ここで高橋秀松の名前を挙げても。殆んどの人が賢治との結びつきを知らないでしょう。賢治研究は盛んに行われてきたし、2011年の東日本大震災もあり、賢治への関心がさらに一層高まった。でも、賢治と秀松の二人の名前は結びつかない。しかし、高橋秀松もまた今年が生誕120年、賢治と秀松は同い年だった。二人は、盛岡高等農林で初めて出会い、同級、同寮、そして同窓の親友だったのです。

 簡単に高橋秀松の経歴を書きましょう。1896年に宮城県名取市に生まれました。生家は「亘理屋」という宿屋でした。仙台に隣接する港町・名取も、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。広瀬川に繋がる名取川の河口、ゆりあげの小学校では、沢山の泥にまみれたランドセルを残したまま、生徒が津浪の犠牲になってしまった。仙台空港も津波にやられ、航空機の残骸が打ち上げられていた。
 1915年、秀松は宮城県立農学校を卒業、岩手県盛岡高等農林学校農学科に入学、ここで宮沢賢治と寄宿舎で同室で過ごした。1918年、盛岡高等農林卒業後、賢治は花巻に帰ったが、秀松は茨城県立農業教育養成所兼農学校教諭となる。さらに、1920年京都帝国大学経済学部選科入学、1923年卒業、その後、安田保善社勤務、1944年名取に帰郷し、名取郡増田町で初代の農業共済組合長(後に農業協同組合に改称)、1956年初代の名取町長、1958年名取市に昇格で初代の名取市長、1959~63年まで2代目の名取市長を務め、1975年に79歳で死去されました。

 賢治と秀松の接点は、1915年から1918年までの盛岡高等農林の3年間、決して長くはありません。しかし、誰でも経験するでしょうが、旧制高校とか大学の時代に、生涯の友となる交友が生まれます。学生生活は、そうした真の友人を得るためのものと言えるかもしれない。しかも、二人は寄宿舎で同じ部屋で起居を共にしたし、賢治は盛岡中学に在学していましたから、名取から出てきた秀松を連れて、毎日のように盛岡市内を案内した。市内にある教会を訪れ、秀松は信仰を深めながら、クリスチャンになったようです。賢治の作品には、宗教の影響が強く流れていますが、特にキリスト教や賛美歌が出てくるのは、秀松との盛岡生活によるものと思われます。
  秀松が賢治について書いたものは、沢山ありません。『宮沢賢治全集』(筑摩書房)の月報9(1956年)に「寄宿舎での賢治」という小品がありますが、「賢治と私は南寮の第一号室で室長は三年生の渡辺五六先輩で室員は各科二名宛で計六名、室長と私の机は向合い賢治の机は私の右斜め、一つの電灯を中心に囲んで配されてあった。寝につくときも位置がきまっていて私と賢治は布団を接していた。親しくなるのは当然であるが、賢治は学生時代は殆んど友達をつくろうとしなかった。」そんな中で、二人の交友は深まっていたのです。キリスト教との関係で、秀松だけには心を開いて打ち解けた賢治からの書簡があります。
 <「これは又愕ろいた牧師の命令で。」
 如何にも君の云ふ通り私の霊はたしかに遥々宮城県の小さな教会までも旅行して行ける位この暗い店さき にふらふらとして居りまする。忘れて居りましたが先日停車場迄何とも有りがたう。
  「優しき兄弟に幸あらむことをアーメン」>
 賢治は天才だと思う。天才に特有なシュールなところが、奇人、変人と見られるし、友人も多くはなかったのだろう。しかし、そんな「賢治とわれとは全く兄弟同様の交友をつづけた。そして賢治はその妹敏子さんが目白の女子大から一週間に必ず一度の消息をよこすと私の前で開き読み合う。ここに三人の兄弟が出来上がった。」と秀松は書いています。そのうえで、「せめて学生時代の資料を纏めようと企て」ていたし、「私にもそれらのことをもう少しハッキリする義務が在ると思うが、まだまだ手が届かないで、今は専ら新らしい農村の建設に意を用いている。」秀松としては、賢治との交友を引き継ぎながら、仙南の農業協同組合運動や名取の町づくりに専念しようとしていたのです。
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# by morristokenji | 2016-07-06 18:27
 アベノミクスの第一と第二の矢が、第三の矢に結びつかない。「国の借金」はすでに 1000兆円を超える世界の借金超大国、異次元の金融緩和で遂にマイナス金利を導入、しかしデフレからの脱却が進まない。第三の矢は行方不明で見当たらない。どう考えてもアベノミクスが成功とはいえないでしょう。それどころか「三本の矢」をそっちのけで、集団的自衛権の安保関連法制を整備し、憲法改正をちらつかせながら、国家総動員体制を思わせるような「一億総活躍プラン」に国民を駆り立てようとしています。そして、こうした強引な安部政権の政治手法こそ、近代立憲主義の否定に繋がる暴挙だと批判されるのでしょう。戦中、戦後を何とか生き抜いてきた我々世代には、再び戦争の足音が聞こえてくるのです。
 第一の矢と第二の矢は、すでに前回も書いたとおり、財政と金融の一体化のもとで、貨幣・金融面からのインフレ期待の刺激策だった。しかし、そうしたマネタリーな側面から政策を続けても、実体経済の投資や消費の拡大には繋がらないし、「成長戦略」の成果は視界に現れて来ない。依然としてゼロ成長に近い長期慢性型不況が続き、超低金利で資産格差を拡大させるだけに終わっている。さらに最近の英国ショック、米大統領選挙なども重なって、世界経済や国際政治の動向は不安で一杯なのです。

 『資本論』の貨幣論では、一般的等価物の貨幣の購買に主導されますが、流通手段の通貨による流通は商品の需要と供給、さらに生産と消費の経済の循環によつて規定されます。日銀券を増し刷りしてバラ撒いても、経済の成長にはつながらない。生産と消費は、資本主義生産においては、労働力の商品化、土地自然の商品化を前提にして、商品と貨幣の価値関係、さらに価値増殖の運動体である資本の生産と再生産に媒介されて進められます。価値形態を前提にして貨幣、貨幣の貯蓄と増殖、そして貨幣の資本への転化が説かれています。
 マルクスは『資本論』を書いた。長寿だったマルクスの母親は、息子の嫁マルクス夫人の苦労に「本など書いていないで資本で金儲けをすればいいのに」と痛烈な皮肉を述べたことで有名です。しかし、マルクスにとっては、唯物史観のドグマから抜け出るためにも、10年ほど前に書いた『経済学批判』の続編ではなく、価値形態論を鮮明にして、価値関係としての商品・貨幣、そして価値増殖の運動体として「資本」を書いた。新たに『資本論』を書いて、価値増殖の運動体として資本を説明したのです。
 資本は価値増殖の運動体として、商品の形態をとる、また貨幣の形態もとる、むろん機械や原材料などの生産財の形態をとる。価値関係の姿態を変える運動体であり、それをストックやフローとか、ましてや機械など生産手段に還元することは出来ないのです。資本を機械など物的資材ではなく、商品や貨幣、生産財などのモノとモノの関係、価値関係として理解したのがマルクス『資本論』の真髄です。だから資本の過剰や不足、つまり投資の過不足についても、単なるリスクの大小などではなく、価値増殖の運動体として、利潤率を指標にして判断されることになります。とくに投資が拡大した景気上昇の行き詰まりにより、資本の利潤率が低下する。マルクスの利潤率低下論です。

 『資本論』第三巻では、資本の絶対的過剰について、以下のように説明します。「労働者人口に比較して資本が増大しすぎて、この人口の提供する絶対的労時間の拡張されず、相対的剰余労働時間も拡張されなくなると(相対的剰余労働時間は、労働に対する需要が強くて賃金が高騰する傾向にある場合には、もともと拡張できないであろうが)、増加した資本は増加以前と同量、またはむしろより少量の剰余価値しか生産しない
ことになるのであって、資本の絶対的過剰生産が生ずるであろう。」やや難解な説明ですが、要するに好景気=高成長が持続し、雇用が拡大して賃金も上昇すれば、資本の剰余価値生産が行き詰る。「利潤率の低下が利潤量の増加を伴わない」ような状況を迎える。純粋資本主義の『資本論』の世界だと、ここで金融の引き締めが起こり利子率が急上昇し、金融パニックが起こる。恐慌の必然性です。マルクスの恐慌論には、こうした「資本過剰論」に対して、投資の不均衡や消費の過少による「商品過剰論」の二つの理論が対立してきましたが立ち入りません。
 ここでは資本過剰論の立場から説明しますが、金融恐慌による混乱を恐れて、金本位制を停止した「管理できない管理通貨制」を利用して、アベノミクス流の異次元緩和でゼロ金利、マイナス金利にすれば、その限りで金融パニックは回避できる。しかし、前提になっている資本過剰、資本の絶対的過剰生産による矛盾は解消しない。そのため長期慢性型のデフレが続き、雇用や賃金の高止まりのため、消費の拡大も進まなくなる。また、ゼロ金利やマイナス金利で土地資産が上昇すれば、人手不足とも相まって資本は日本列島を見捨てて投資が拡大できる海外に出てしまい、国内経済は空洞化します。こうした国内経済の空洞化により、資本の利益が企業の内部留保を高めるし、国内の投資と消費はますます縮小する。アベノミクスの第三の矢が行方不明になり、「成長戦略」が挫折するのは、まさに資本の絶対的過剰生産の結果なのです。
 すでに日本資本主義は、高度成長期以来の輸出主導型の成長パターンから、国際収支表の構造変化からみても、海外直接投資主導型の成長に転換しています。その結果として、国内経済の空洞化が進んでいるのです。海外投資に伴う国際金融都市・東京への一極集中、その反面の地方の人口減少による空洞化、「地方創生」の掛け声が空しく響くだけです。さらにポスト冷戦で、ソ連崩壊についでアメリカの一極支配も終わりを迎えつつある。「ネオコン」のグローバリズムからオバマの「リバランス」、さらにトランプのネオ孤立主義の流れも高まっている。アメリカのグローバル支配の肩代わりとばかり、日本の海外直接投資のトップセールスを買って出たのが安部の外交戦略ではないか?海外投資に武器輸出、原発輸出をセットにして、国際緊張が高まり、ISなどのテロ攻撃の危険地帯へ資本輸出を拡大している。日米安保体制を利用してでも、「集団的自衛権」を発動して、日本企業の海外進出の防衛を図らざるを得ない。安保法制の強行採決も国家総動員法の再現を思わせる「一億総活躍プラン」も、企業防衛のためではないか?
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# by morristokenji | 2016-07-01 20:52
 6月24日、国民投票で英国がEUを脱退しました。事前予想では残留が多数とされていたために、金融筋を中心に激震が走りました。EUでは独に次ぐ経済大国であり、ニューヨークのウォールstに次ぐ、世界の金融中心ロンバートstを抱えている英国の脱退だけに、株式市場など金融市場は大きな打撃を受けるし、すでに久々の株価大暴落となってしまいました。
 ただ、金融筋の混乱も、株価暴落は大きいものの、もともと英国のポンドはユーロに参加していない。また、米リーマンショックのときのように大規模な低所得者向け住宅信用=サブプライムローンの破綻などが結びついていない。その点で、政治的な意味合いの大きい混乱です。金融的混乱よりも、むしろ中東からの大量移民で揺れているEUから脱退がさらに続くのか?より大きい問題は、これまた僅差で否定されたスコットランド独立問題の再燃です。スコットランドは、英国から独立してEUに独自に加入する動きが強まるでしょう。そうなると、資本主義の最先進国のイギリスが、いよいよ近代国民国家の解体を迎え、それが拡大してヨーロッパの地域共同体が新たに再編される。それこそ、近代社会の資本主義経済の時代が終わり、新しい歴史のページが開かれる世界史的転換です。ロンドンで死んだマルクスは、あの世で何んと言っているか?気になります。

 ロンドンに亡命し、大英博物館の図書室で勉強して『資本論』を書いたマルクスですが、冒頭の価値論は特に難解です。ウィリアム・モリスも「
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# by morristokenji | 2016-06-25 20:58