森のミュージアムの最新情報<研究ノート>を分離


by morristokenji
 もう一度、読み直しのための『資本論』セミナーを始めたので、そこでの話題を探す意味で、ここで『資本論』によるアベノミクス批判を試みたい。とは言え、『資本論』をただ利用するのではなく、『資本論』研究を踏まえてのアベノミクス批判であり、アベノミクス批判を通して、マルクス・レーニン主義のドグマについても、自己批判的な再検討をこころみたいと思う。
 先ずアベノミクスの前提には、歴代の自民党、というより旧社会党や最近の民主党などを含めて、日本の政治全体に共通する「成長戦略」神話が存在する。経済成長を手放しで肯定する成長神話であり、高度成長により社会的格差などの問題解決を図る発想である。こうした発想は、近代化論の生産力主義に共通するものだし、さらに言えばマルクス主義の唯物史観の公式でもあったと思う。すなわち、生産力の発展に対し、その桎梏になるのは「生産関係」であり、所有関係である。生産力の発展には手放しの肯定、変革は生産力の発展を許容できなくなる生産関係の変革だった。私的所有から公的・社会的所有への変革、そして国有・国営化によるプロレタリア独裁のドグマである。ここには生産力主義のドグマが染みついている。

 アベノミクスであるが、それは三本の矢からなる、と言われている。第一の矢が財政であり、第二の矢が金融であり、第一と第二の矢が結びつきながら、日銀の異次元緩和の超低金利政策となり、最近ではマイナス金利の異常な事態に追い込まれている。そして第三の矢が「成長戦略」であるが、第一、第二の矢が肝心の第三の成長戦略に結びつかないため、「第三の矢は、行方不明に」と指摘され、さらに海外からは「果たして第三の矢の成長戦略は存在するのか?」と冷たい批判も現れている。もともと第三の矢の成長戦略のための第一、第二の矢であり、成長戦略の手段としての財政・金融のマネタリーな政策だった。いまや目標の成長戦略が行方不明だとすれば、第一の矢の財政は、消費税増税の先送りもあり、破綻に追い込まれる危険がある。また第二の矢も、財政破綻に結びついて金融危機を招き、日本経済の破局を迎えかねないのだ。
 そもそもアベノミクスが提起され、失われた10年、そして20年の長期慢性デフレからの脱却のための政策として三本の矢の成長戦略が登場した。その時点で、慎重な検討が必要だったはずだが、そうした検討がないまま、自民一強の安倍政治の強引な政治手法が、今日の政策破綻を招いたとも言えるが、しかし成長戦略そのものは、日本経済の高度成長から生まれた「成長神話」でもあったのだ。成長神話に基づいて自民党の歴代政権は、形を変え表現を変えながら、成長戦略を追い求めてきた。対立する野党サイドも、成長の矛盾や弊害を厳しく批判しながらも、成長そのものは正面から否定しなかった。例えば、所得格差の是正にしても、それは成長による分配の適正化で解決しようとしてきた。成長を前提にした所得再分配の政策であり、社会民主主義の路線だった。その点では、「成長戦略」の根本的再検討の行われる政治的基盤が十分に成熟していなかったのであろう。

 確かに戦後日本の高度成長は、先進国経済のトップを行くものであり、日本経済の「奇跡」とも評価されてきた。21世紀にはアメリカを追い越して、「日本の世紀」到来とも言われてきた。ここから「成長神話」が生まれ、成長戦略を追い求める政治風土が醸成されたのだ。しかし、当時から高度成長に対しては、明治以来の日本経済の「後進性」、それに加えて第二次大戦による敗戦に伴う戦後復興などの「戦後性」という、日本資本主義の特殊性に過ぎないという分析もあった。「後進性」や「戦後性」からすれば、高度成長は間もなく終わりを告げ、停滞・低成長の時代が到来することも提起されていた。しかし、高度成長が持続し、さらに成長率がダウンして、いわば中間的な成長に調整されても、再び成長力が回復し、高度成長が再開することへの期待が寄せられたのである。成長神話が生まれ、成長戦略が追い求められる背景に他ならない。
 さらに日本経済の高度成長について言えば、上記の「戦後性」とも関連するが、戦後世界の東西冷戦体制が長期に持続したことも指摘すべきだろう。戦後半世紀近くも、米ソを頂点とする超大国が「熱戦」のための原爆実験を繰り返しただけではない。平和利用の名のもとに、原子力発電の開発を巡っての核開発競争も展開された。もつとも、戦後の早い時期には、米の中東支配の元に、世界の巨大石油資本メジャーの原油開発が進み、安価なアラブの石油利用が、日本経済の成長要因として大きく作用した。しかしオイルショックが繰り返され、代替する原発の利用が進み、冷戦構造による軍需に結びついた成長要因が新たに生み出された。こうした冷戦体制に特有な成長要因こそ、朝鮮戦争やベトナム戦争の戦争特需の発生とともに、日本経済の異常とも言える高度成長の持続要因として作用した点も忘れてはならない。

 こうした冷戦体制のもとでの日本経済の高度成長は、成長神話を産み落としたものの、成長要因は消失した。1980年代末のバブル経済が崩壊し、90年代のポスト冷戦と共に、日本経済は「失われた10年」、そして20年の長期慢性型デフレに苦悩することになった。しかし「成長神話」の呪縛だけは、依然として日本政治を捉え続けている。「成長戦略」の政治スローガンだけが生き残り、アベノミクスの第三の矢となった。しかし、第一と第二の矢は放たれたものの、第三の矢は行方も知らぬまま虚空を舞い続けているのであろうか?すでに戦後体制は終焉のときを迎え、ポスト冷戦の現実は「成長神話」からの脱却を強く迫っていると思う。成長神話からの脱却のために、『資本論』は如何に読まれたらいいのか?21世紀の『資本論』の新しい読み方を探ってみたい。

 19世紀60~70年代に書かれた『資本論』は、近代社会の資本主義の「経済的運動法則」を解明した古典的大作である。その経済的運動法則とは、当時のイギリスを中心とする資本主義経済の発展を、市場原理が純粋に作用し、かつ全面的に支配する「純粋資本主義」として抽象した経済成長の法則である。周期的恐慌を通して景気循環による純粋資本主義の成長と発展が法則的に解明されているのだ。その点で、先行して50年代末に書かれた『経済学批判』が、初期マルクス・エンゲルスの「唯物史観」のドグマの中で、生産力の発展と生産関係=所有関係の矛盾を「所有法則の転変」として説く方法は放棄された。47年強行と48年革命からの「恐慌・革命テーゼ」のドグマも放棄され、むしろ逆に当時の資本主義の発展から、周期的恐慌をバネにした資本蓄積と経済成長が解明されたのだ。
 もちろん『資本論』の中に、所有法則の転変から資本主義の崩壊を説く唯物史観のドグマも残ってはいる。マルクスも人間だから、過去の考えを簡単には清算できなかったのだろう。しかし『資本論』の経済的運動法則は、純粋資本主義の資本蓄積と経済成長の法則だったのだ。そして、資本主義の経済成長の中に資本蓄積の行き詰まりを産む矛盾があり、その解決が出来なければ経済成長が進まない。市場原理の歴史的限界が解明されている。特に資本主義経済は、単に生産財や消費財の労働生産物が商品形態をとるだけではない。資本主義経済の富の原基形態、細胞に当たる商品形態は、労働生産物は無論のこと、その支えになる人間の労働力や労働の対象となる土地・自然もまた商品化され、資産になる。労働力と土地の商品化に資本主義経済の「基本矛盾」を見たのが、『資本論』の純粋資本主義の法則性の解明だったのだ。

 労働力と土地自然、この両者により生産財や消費財が生産され、再生産される。この人間と自然の営みこそ、人間と自然の物質代謝であり、「経済循環」としての「経済原則」である。資本主義経済の市場原理が、この経済原則を実現できなくなれば、そこに資本主義の歴史的限界が見られるのではないか。その限界を認識できぬまま、ひたすら市場原理による永遠の資本蓄積と経済成長を信じて疑わない、それが「成長神話」であり、「成長戦略」の政治スローガンに他ならないだろう。すでに日本経済の高度成長は、バブル崩壊に続く戦後冷戦体制が崩壊、ソ連型国家社会主義の崩壊に続き、アメリカの一国覇権主義の世界支配も終わった。そうした中で、バブル崩壊後の日本経済の「失われた10年、20年」長期慢性型デフレが続き、アベノミクスの第三の矢は行方知れずだ。
 日本経済と共に、先進国経済の長期停滞の背景に指摘されているのが、周知の石炭・石油など化石燃料の大量消費による温室効果ガスの大量排出と地球温暖化問題に他ならない。97年の「気候変動枠組条約COP3」での京都議定書をはじめ、CO2削減のためのCOPでの国際的取り決めも進められ、低炭素化社会の構築に向けての米オバマ大統領のグリーンニューディールも提起されてきた。石炭・石油の化石燃料の大量消費による重化学工業の大量生産システム、つまり資本主義経済の大量生産-大量宣伝-大量販売-大量消費・浪費の経済循環こそ、資本主義経済の高度成長を推進すると共に、成長神話を産み出したのではないか?第二次大戦の熱戦に続く戦後冷戦構造の核開発競争による原爆・原発の大量生産を含めて、地球温暖化と共に人間と自然の物質代謝による「経済循環」としての「経済原則」の機能不全による地球と人間の危機ではないのか。だからこそ自然環境問題が、まさに人類社会のSustainability=「種の保存」として論じられていると思う。(続)
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# by morristokenji | 2016-06-20 20:25
 立憲主義という、従来からは聞きなれない、また見慣れない言葉が、最近ひんぱんに使われるようになっている。憲法学や法律学では、常識的な用語のようだが、専門外の人間には耳慣れない用語だと思う。憲法を守る護憲とは違うようで、立憲主義は護憲主義ではない。改憲を党是とする自民党支配が長いので、それに対立する護憲主義は、これまで革新のシンボルでもあった。そこにまた戦後日本の政治状況の「捩れ」があったのだろう。改憲VS護憲の対立のうえに、さらに立憲主義が重なってきたのが、最近の状況変化のようである。反立憲主義VS立憲主義の時代である。

 敗戦国の日本で、教科書の軍国主義に自ら墨を塗り、「新しい憲法のはなし」を教科書として勉強した我々の世代にとって、日本国憲法は国づくりの規範を超えて、血であり肉のように人格形成の糧になってしまった。護憲人間であり、護憲主義がDNAとなり身についてしまっている。だから自民の改憲主義には、人格否定のような嫌悪感を本能的に抱いてしまう。それほどまでに敗戦のショックと軍国主義からの価値観の転換が大きかったことを率直に述べておこう。しかも、戦後70年以上も護憲主義が生き続け、それが日本の政治を一方で支え続けてきている。改憲を党是とする自民党支配の一強政治も、護憲主義の現実を変えることはできなかったし、そこにまた今日、新たに反立憲主義の政治手法による改憲の試みが登場しているように思う。

 戦後70年を超えて護憲主義が続き、改憲政党の一強の手でも改憲が実現できなかったが、その背景には戦後体制の歴史的事情が大きかったと思う。戦後、短期間で冷戦が始まり、東西二つの世界の対立の戦後体制が始まったからだ。そうした国際環境の中で、日本は米国主導の西側自由主義陣営に入る。護憲主義の憲法体制も西側の一員に組み込まれ、地勢上も東西対立の最前線に立たされた。そして、同じ西側陣営の一員として、米国を頂点とする日米安保体制に組み込まれたのである。その点で、憲法体制と安保体制は、多くの矛盾と対立を孕みながら、しかし現実には両者が共存して、戦後体制を支え続けてきたのだ。
 戦後体制は、東西冷戦構造として、歴史的にも特異な体制だった。一方で、旧ソ連を頂点として東欧を中心に「国家社会主義」の体制が構築された。マルクス・レーニン主義の一党独裁による中央集権的な統制経済だった。そのためにベルリンの壁も築かれた。こうした国家社会主義に対抗する西側陣営も、自由と民主主義の価値観を共有し、市場原理による組織的統合を進めながら、アメリカを頂点とする体制の構築が必要だった。アメリカが「世界の警察官」として、東の国家社会主義に対抗し、原子力を中心とする核開発、核軍拡競争を展開した。東西冷戦構造に他ならない。

 こうした東西冷戦の戦後体制の中で、戦後日本の体制も、一方では米軍中心の占領体制を引き継ぎ、ポツダム宣言を受諾した敗戦国として、自由と民主主義の価値観とともに、戦争放棄の平和憲法により独立し、国際世界に復帰する以外になかった。それで国連にも参加できたのだ。同時にまた、朝鮮戦争の勃発もあり、上記の「世界の警察官」アメリカを頂点とした日米安保体制により、西側陣営に参加せざるを得なかった。理論的に、理屈上は憲法体制と安保体制は矛盾し、対立する。政治的にも保革の対立点だったが、冷戦構造としての戦後体制としては、現実的な必然の道だったと思う。しかも、冷戦構造が半世紀近くも持続し、改憲政党がこの間、「立憲主義」により戦後体制を持続させてきたのである。
 立憲主義の説明では、国民が憲法により人権や平和を守る護憲主義とは異なる。支配権力の側が、憲法により掣肘を加えられ、権力の乱用を防止する法理だ。だとすれば、改憲政党が一強支配の政権党として、改憲ができぬまま、平和憲法の支持を続けてきた、それこそ戦後日本の立憲主義による憲法体制だったのではないか。そして、西側陣営として安保体制を運営し、高度成長の戦後体制を持続してきたとみるべきだろう。それがまたアメリカを頂点とした西側陣営の冷戦体制の統治だったのだ。この体制統治が続く限り、護憲と改憲の対立は表面化しても、立憲主義は機能しながら争点にはならなかったのだろう。
 
 問題は、戦後体制の崩壊である。91年ソ連が崩壊し、東の国家社会主義の体制も、一挙に崩れ去った。その時点で、戦後体制の冷戦構造が根本的に再検討されても良かったのだろう。非自民の村山政権も成立した。しかし、再検討の機会は見送られ、ポスト冷戦体制の改革は不十分なまま、西側アメリカの一方的勝利となった。アメリカ一極主義のネオコンの登場であり、一国支配のグローバリズムの台頭となった。しかし、世界市場がグローバル化し、金融資本のグローバルな展開が進んでも、もともと国民国家として発展してきた近代国家が、「世界国家」に止揚されるわけではない。グローバル資本主義の世界国家の夢は、ネオコンのイデオロギーに過ぎなかったのだ。事実、アメリカはイラク戦争に失敗し、リーマン・ショックの世界金融危機など、アメリカ一極主義の敗北は濃厚となった。オバマのリバランス政策やTPP によって歯止めもかけられぬまま、来る11月の米大統領選挙の結果いかんでは、一挙にモンロー主義に回帰する可能性も高まってきた。
 こうして大幅に先送りされていたポスト冷戦による戦後体制の再編成が、アメリカの世界支配の急速な後退とともに、ようやく日程に上ってきたといえる。同時にまた、日本の戦後体制の再検討の時期も到来したのであり、一方では沖縄基地問題による日米安保体制、他方では護憲主義と改憲主義の対立を中心とする憲法体制、この二つが焦点にならざるを得ない。そして、上記の通り冷戦構造の下では、必ずしも表面化してこなかった立憲主義をめぐっても、議論されざるを得なくなったのではないか?とくに安部政権による、いわゆる戦争法制のファッショ的ともいえる強行にとどまらず、アベノミクスの事実上の破綻による「一億総活躍社会」の国家総動員体制の提起など、立憲主義への明からさま挑戦が目立ってきている。
 
 立憲主義は、言うまでもなく集団的自衛権の行使を許す安全保障関連法(安保法)に対して、憲法学者や司法関係者の反対論として主張された。この論点は、戦争法制への反対運動の盛り上がりとともに、各方面で広く論議されたことだし、また憲法学者でもないので、ここでは立ち入って取り上げない。自衛隊をはじめ、その海外派兵など、従来からも解釈改憲、なし崩し改憲として、憲法の空洞化が論議されてきた。しかし今回の安保法は、集団的自衛権行使として、解釈改憲のレベルを超えているのであり、そこから立憲主義が提起されているのであろう。さらに言えば、安倍政権の政治手法そのものが、護憲・改憲のレベルを超えて、権力主義的な色彩を強めているからである。
 その点で言えば、すでに政策的には破綻した旧アベノミクスに代えて提起された「1億総活躍プラン」もまた、戦前日本が戦時体制に踏み込んだ国家総動員計画の現代版ではないか?「新三本の矢」①GDP600兆円の「強い経済」、②産めよ増やせよ出生率1.8の「子育て支援」、③介護離職ゼロの「安心の社会保障」、そして「同一労働・同一賃金」が総活躍プランに盛り込まれた。財政・金融の政策レベルを超えた総動員・総活躍プランの実現には、それこそ権力的な国家主義の体制が不可欠だろう。この度のG7(主要7ヵ国首脳会議)でも、国際的協調の下での「財政拡大」での賛同は得られず、日本は事実上孤立したのだ。
 
国家主義に裏付けられた強権的な賃金・雇用政策には、まさに「国家社会主義」として19世紀以来論争されてきた教訓が残されている。(ウィリアム・モリス『ユートピアだより』は、ベラミー『顧みれば』の国家社会主義への批判として書かれた。拙著『ウィリアム・モリスのマルクス主義』平凡社新書を参照のこと)その教訓を想起しつつ、立憲主義の台頭とともに、1億総活躍プランの意図を十分に検討して批判すべきだろう。戦前日本が、長期不況の脱却を目指して国家総動員計画と国際的孤立の末に、敗戦への道を歩んだことの繰り返しだけは御免蒙りたい。
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# by morristokenji | 2016-06-07 19:53

消費税は廃止すべきだ!

 東日本大震災から5年、またもや九州の熊本・大分の大地震、地震列島・日本の惨状をまざまざと見せ付けた。犠牲者、被災者には、心よりお見舞い申しあげたい。
 震災で混乱の中、日本の政治もまた、混迷と激動を続けているが、どこへ行こうとしているのか?
 
 まず、アベノミクスの成長戦略の柱と声高に宣伝されてきたTPPだが、司令塔だった甘利前大臣のスキャンダルもあったが、今国会での承認案と関連法案の成立は断念された。漂流するTPPと甘利疑獄は今後どうなるのか?
 さらに5月末に開催予定のG7伊勢志摩サミット、その前後に懸案の消費税の税率アップも先延ばしにするらしい。消費税の8%から10%への税率アップ先延ばしは、2度目になる。そもそも社会福祉の財源に充てるべき消費税である。税率アップの先延ばしは、取りも直さず社会福祉の先延ばしであり、福祉の足踏みと後退が続くことを意味することにならないか?
 
 1989年の3%導入時から、消費税は政治的な騒動の種だった。今度もまた、安倍首相は2014年11月、消費税10%への増税を、2015年10月から2017年4月に延期したのを、さらに再延期する。政治的責任もあるだろうが、こんなに混乱や延期を繰り返す消費税は、この際思い切って廃止にしたらどうか?不安定な消費税を財源とした福祉社会は、不安定な福祉社会に他ならない。福祉社会の安定のためには、安定した財源による福祉社会の再構築が不可欠だからである。

 実は、導入の時から、消費税には大反対だった。当時のNHKのテレビ討論にも参加して反対論を主張した経験もある。反対の理由は、贅沢品を中心に課税していた当時の物品税と違って、消費税はサービスにも課税され、広く貧乏人の消費に課税される逆進性が強い。大衆課税の弊害が大きい。それだけではなく、3%から出発するが、麻薬と同じで、次から次に税率をアップし、止められなくなり、放漫財政で破綻する危険性を感じたからである。3%が5%、5%が8%、そして10%へと税率を引き上げることになり、「福祉国家主義」を助長しかねないと思ったからだ。

 心配したとおり、税率アップを繰り返し、アップと延期の悪循環に陥っている。しかも、消費税は福祉の財源といいながら、1%分を地方財源に廻したり、一方で税率アップをしながら、他方で法人税を減税するなど、福祉の充実に使われているとも言えない。むしろ福祉の充実を口実にして、実際は放漫財政によるバラマキが助長されているのだ。消費税は、いまや世界最悪とも言われる日本の借金財政の促進剤の役割を演じている。こんな消費税を抱え込んでいる限り、福祉国家は借金財政の頚木から逃れられないまま、国民は債務奴隷に身を沈めることになるだろう。

 1980年代後半、日本でも消費税を導入しようとの機運が生まれ、大型間接税などの議論があった。そうした中で、ヨーロッパで導入されていた付加価値税がモデルとされたのだ。例えば、社会民主主義による福祉国家の実現も目指され、イギリス労働党政権の「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家の理想像に他ならない。大きい福祉国家のためには、大きな安定的財源が必要であり、そのためには大型間接税の付加価値税が適している、そんな理屈だった。消費税は、当時政権党だった自民党だけでなく、野党の一部にも導入賛成の機運が高まっていた。社会民主主義の大きな福祉国家主義である。

 こうした消費税導入の高まりの背景には、70年代の2度に及ぶ石油ショック、それによる狂乱型インフレと経済成長の行き詰まりがあった。戦後、日本も同じだったが、アラブの安価な石油に依存した西側諸国の高度成長は行き詰まり、同時に石油値上がりの狂乱インフレとなった。当時は、狂乱インフレと停滞・低成長の共存、つまり停滞stagnationと物価高inflationを組み合わせた造語Stagflationが流行語となっていた。成長が停滞し所得が伸びなければ、所得税は上がらない。インフレ物価高で金融資産など資産価値が下がり、資産課税も進まない。Stagflationは、西側ヨーロッパ諸国の経済、特に財政に大きな打撃を与えたのだ。それに対抗するのが付加価値税VAT=value added taxだった。
 
 なぜ、付加価値税がStagflationへの財政対応として有効だったのか?それは簡単なことで、モノであれサービスであれ、広く課税できるし、インフレ物価上昇に対しても、一定の税率を決めておけば、インフレに従って自動的に税収が増加するからである。高成長に依存する所得税の行き詰まりを打開するには、もってこいの税だったわけである。最初の導入は1954年フランスだったが、これは例外で70年代を迎え71年ベルギー、73年イギリスと次々にEU諸国を中心に導入されたのである。しかし、逆進性もあり、アメリカでは州税としては同種の税があったものの、連邦税には採用されなかった。アジア諸国もまた、付加価値税型の消費税の導入は遅れ、日本でも80年代、その後半になって導入の機運がようやく高まった。

 このような経緯をみれば、付加価値税型の消費税導入は、70年代のStagflationへの税制の対応、とりわけ西欧社会民主主義の福祉国家主義の「大きな政府」に代表される対応と言えるだろう。とすれば、80年代を経過し、石油ショックの狂乱型インフレが収束し、とくにバブルが崩壊して本格的なstagnationへの転換局面での税制とは言えない。日本経済は、そうした経済環境の中で、文字通り「出遅れの消費税導入」を選択したことになる。3%という低い税率では、それまでの物品税と比べて大差ない税収でスタートしたのも、まさに時代遅れの消費税だったからではないか?この不幸な消費税の選択が、今日まで政治的混乱の種となっているのだ。

 むろん70年代に付加価値税を導入してStagflationに対応した西欧諸国も、その後も税率を上げながら、財政運営を続けてきた。しかし、それが財政運営にとって適正だった、とは到底言い切れない。いったん導入したら、麻薬のように途中で止められない税制である。福祉国家主義の「大きな政府」の膨張を助長し続け、ギリシャなどに象徴されている財政破綻による西欧諸国のソブリン危機を招く元凶だったことを直視すべきではなかろうか。福祉国家主義の「大きな政府」の財政運営こそ、ソ連型国家社会主義とは別の意味で、西欧社会民主主義の破綻を招いてしまったのである。そのことはまた、日本経済にとって消費税が果たしてきた役割にも相通ずる点があるのではないか?

 89年、3%の低率でようやく導入に漕ぎ着けた消費税だが、日本経済はバブルが崩壊し、90年代には本格的なデフレ経済の時代を迎えていた。「失われた10年」、そして20年を経過しているが、慢性的な長期不況が続いている。70年代の上記Stagflationと対比すれば、石油ショックのような狂乱型インフレではない。その点では、むしろ典型的なリセッション景気後退であり、それが長期化し慢性化している。すでに日本経済は、定常状態Stationary-stateを迎えているといっていい。ポスト工業化が進み、潜在成長率もゼロに近いし、資本の絶対的過剰生産が続いているのだ。アベノミクスの成長戦略の矢は、空を切るだけで効果は生まれない。

 事実上、日銀の引き受けとなってしまっている赤字国債による財政からのばら撒きも効果はない。また、ゼロ金利による金融の異次元緩和も、遂にマイナス金利という異常事態にまで突き進んだ。にもかかわらず、日銀がデフレ脱却の目標とする消費者物価の年率2%アップも、2017年前半から2017年度中へ4度目の先送りである。デフレ脱却どころか株価は暴落、為替も円高に逆戻り、日銀も完全にお手上げの状態でアベノミクスも遂に命運が尽きたといえそうだ。総理が「リーマンショック級の金融危機が来ない限り実現する」と豪語した10%への消費税の引き上げも不可能になってきた。下手をすれば、日本経済の消費税引き上げが切っ掛けで、それこそリーマンショック級の「アベノショック」によって世界経済を混乱させかねないだろう。

 このように消費者物価の上昇目標の先送りと、消費税の実施の先送りの連動現象は、上記のように消費税が狂乱型インフレに対応したのに反し、慢性化したデフレには対応できないからだ。物価上昇が実現できず、デフレで物価が下落すれば、税収の確保のためには、消費税の税率をアップしなければならない。長期のデフレが続く中で、税率を3%から5%、5%を8%、8%を10%に引き上げざるを得ないのは、そもそも日本経済が慢性化したデフレ経済を続けざるを得ない時代を迎えているからである。こうした時代の転換を無視して、出来もしないインフレ物価の上昇目標を掲げ、すでに現実的根拠を喪失してしまった消費税の税率アップを期待する時代錯誤から、早急に覚醒しなければならない。政治的責任は、消費税の税率アップの是非ではなく、消費税そのものを否定して、早急に安定した福祉社会を再構築することにある。

 長期デフレの中で、急速に拡大している経済的格差は、ピケティなども主張するように、所得格差ではなく資産格差である。超低金利の異次元緩和により、いまや資産格差は拡大する一方だ。資産課税を中心とする税制改革と共に、国内の産業空洞化を他所に、対外直接投資による収益の上昇が著しい。それへの課税強化だけではない。パナマ文書により暴露されたタックスヘイブン・租税回避地を利用しての事実上の脱税を看過してはならない。先進国サミットの国際的課題もまた、タックスヘイブンに対する強力な国際協力だろう。

 
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# by morristokenji | 2016-04-25 12:45
 日銀が決めたマイナス金利政策は、副作用の心配どころか、円安にも株高にも大した効果がない。金融政策の限界を露呈して、再び財政政策に重点を移さざるをえないようです。しかし、そもそも日銀の異次元緩和は、年間80兆円もの国債の買い入れを伴っていたし、それがまた日銀の市中銀行からの当座預金の「ブタ積み」だった。これ以上、赤字公債の発行ができない。そうなれば財政面からは積極政策も出せない。予定されている消費増税を断念して、消費需要の落ち込みだけは防ぎたい。しかし、そうなると「税と社会福祉の一体改革」はどうなるのか?財政再建をどうするのか?頼みの日銀からは、副総裁の談話で、企業のイノベーションによる生産性の向上、また少子化対策による労働力の量的確保など、潜在成長力の向上・改善による自然利子率の回復を期待する「ボール」が投げ返されてくる。いよいよアベノミクスの政策的破綻が曝け出される末期的局面を迎えたようです。すでに日本資本主義は、戦争によって行き詰まりを打開する他ない、といった無責任な声も出ているようです。
 戦後の日本経済は、まず1950年の朝鮮動乱の戦争特需により救われ、その後の高度成長へのステップが確保されました。また、東京オリンピックのバブルの後は、1960年代後半ベトナム戦争の拡大による戦争特需によって、輸出依存・民間設備投資主導型の高度経済成長を進めることができた。戦後の冷戦体制と共に、こうした度重なる戦争特需の恩恵を抜きにして、戦後の日本経済の発展も成長も無かった。それだけに、アベノミクスの政策的破綻も、戦争特需により一挙に打開したい、そんな無責任な願望が生まれるし、それを期待する。ただ、自ら戦争の挑発者にはなりたくない。しかし、核実験やミサイル発射で緊張が高まり、一指触発ともいえる朝鮮半島で、再び戦乱が起こる朝鮮動乱ブームの再発を、密かに期待する向きもないわけではない。リーマンショックの再発とともに、それ以上に戦争の危険が高まっていると思います。

 さて、金融資本による過剰資本の処理は、すでに説明しましたが、一方ではインフラ投資や巨大プラントの設備投資など、イノベイションの継続が難しく、既存の設備が温存され、それが「資本の過剰」の処理を長期化する。しかし他方、株式資本を利用した集中による集積も可能であり、社会的に大衆の資金を集め、インフラ投資をはじめ大規模なイノベイションを含む設備の拡大を図ることができる。2つの面を持ちながら、とくに国内の「資本の過剰」については、植民地支配など対外的な直接投資で、過剰を処理する発展が図られます。最近の日本経済の場合、長期デフレが続き「資本の過剰」が構造化した中で、国内では潜在成長力の低下に見られるように、内部的処理がますます困難になった。また、金融政策が異次元緩和されても、過剰な資金の「ブタ積み」が続くだけですが、こうした中で国際収支の構造が大きく転換した点に注目する必要があります。
 日本経済は、上述の通りベトナム特需もあり輸出依存・民間設備投資主導の成長を続けてきました。多少の浮き沈みがあったにせよ、貿易収支構造は一貫して輸出の増加が続き、黒字基調を維持してきた。1990年代からの長期デフレを迎えても、貿易黒字の基調は変わらなかった。ただ、貿易収支の黒字から、しだいに対外投資を増加させ、その対外投資の増加が輸出増と共に、経済成長を牽引してきたのです。しかし東日本大震災の2011年を界に、それまでの円高が頭打ちとなり円安に逆転すると共に、貿易収支が赤字に変わる。同時に、対外直接投資による投資収益の黒字が、所得収支の面から経常収支の黒字を支える構造に転換したのです。国際収支の構造面で輸出主導型の成長パターンが、対外直接投資主導型に転換した。その後、円高が円安に変化しても、貿易収支の赤字の構造は変わらず、さらに国際的な原油安による輸入の減少にもかかわらず、なお貿易収支の赤字が続いている。

 このような国際収支表の変化は、明らかに日本経済の構造的変化を表現しています。日本の高度成長は、輸出に大幅に依存してきましたが、それは国内の輸出産業を基礎に、化石燃料の原油の輸入に依存しながら、大量生産による大量輸出を続けてきた。輸出産業中心の金融資本の投資拡大であり、雇用の拡大であり、そして国内消費の増大だった。潜在成長力を基礎に、金融資本の投資拡大、それに従属する雇用と消費の拡大こそが、経済成長を長期に主導してきたのです。しかし、国際収支表の変化は、すでに投資が国内中心ではない。海外直接投資の増大であり、国内の雇用や消費は、完全雇用による賃金上昇圧力を回避するためもあり、非正規雇用、そしてブラック企業の低賃金では消費の拡大には繋がりにくい。
 日銀の異次元緩和が実体経済の投資や消費に繋がらず、トリックルダウンが弱く需要が拡大しないのは、海外直接投資に依存する金融資本の構造転換が進んでいるからです。さらにポスト冷戦による経済のグローバル化は、こうした日本の金融資本の構造転換を強く推進することにならざるをえない。国内投資をできる限り抑制し、海外直接投資の拡大のために史上最高の利潤も国内には投資しない。内部留保して、対外進出のために待機の態勢を固めているのでしょう。単に少子高齢化や企業のイノベーションの衰弱ではない、海外直接投資が主導する金融資本の構造変化が、国内経済の投資や消費の空洞化を進めているからです。また、政治や外交の方向にも様々な影響をもたらすのです。

(1)トップセールスの安倍親善外交
 安倍一強政権の誕生で、首脳外交が目立つてきたように思います。とくに総理の外国訪問ですが、首脳会談やサミットなどの出席はともかく、歴代総理の中ではずば抜けて多く、2015年末で39か国、延べ訪問国・地域が86に及んでいます。それも中東諸国・地域、ロシアやウクライナなど東欧の地域など、あまり訪問しなかったところ、「世界の検察官」のアメリカが手を引こうとしている地域などが含まれる。2015年1月の中東訪問では、イスラム過激派組織ISとの対立で、日本人人質に被害が及ぶなどの問題も発生しました。
 特に、こうした外国訪問の際、何度か財界の関係者が多数同伴した事実が気になります。そして、ODAとセットでインフラ整備やプラント輸出の商談が行われ、総理のトップセールスが重ねられたようです。ゼネコン関係者の参加もあり、海外直接投資が主導する金融資本の新たな動きが目立ちます。こうした総理のトップセールスの中で、原発の輸出や武器輸出などの動きもあったと推測されますが、さらに中東や東欧の地域では、アメリカが世界の警察官の地位から撤退する。さらにオバマ大統領のいわゆるアジア太平洋への「リバランス政策」による地域の空白を、日本が埋める財界の政治的意図も感じられます。

(2)TPPの隠された意図
 TPPについては、もっぱらアジア太平洋地域の関税撤廃で貿易の自由化の拡大、日本農業へのマイナスの影響だけが問題にされてきました。しかし、すでに本欄「第40回 TPPと東北の立場―米ドル・ブロックからの自立―」で説明しましたが、当初のシンガポールやニュージーランドなど4か国の小さな地域協定から、途中でアメリカが参加し「拡大NAFTA」に変わりました。アメリカと米ドル基軸通貨を頂点として「ヒト・モノ・カネ・情報の移動の全面自由化」であり、投資や労働環境、医療福祉など包括的な連携協定です。ジャパメリカ、アメリッポンの登場です。しかし、いまなぜTPPなのか?
 TPPには、米ドル通貨ブロックとして「為替操作防止条項」、国境なき投資競争を推進する「ISDS」条項、国が外資の侵入を規制できなくなる「Ratchet」条項もあり、輸出入だけでなく激しい域内競争が予想されます。農業や中小企業は犠牲になりますが、すでに対外投資主導の日本の金融資本としては、「資本の過剰」を処理するためにも、ジャパメリカのTPPの舞台で輸出大国、投資大国として打って出る。そのために甘利「タフネゴシエイター」の腕力が必要だった。日本の金融資本が主導のTPPのように感じます。
 
(3)戦争法制から憲法改正へ
 安倍政権により政府の強権的姿勢が強まり、とくに日本の専守防衛から「集団的自衛権」容認への転換が進められています。戦争法制の強行ですが、続けて憲法の改正、とくに9条の改正が目標になるでしょう。ただ、集団的自衛権の議論では、もっぱら日米安保体制を前提にして、米軍に対する日本の自衛隊の戦闘協力が議論されました。たしかに、日米関係が中心になるでしょうが、日本の金融資本の対外直接投資の拡大からすれば、アメリカの「リバランス」政策との関連で、「世界に検察官」アメリカの防衛力の肩代わりを担う。その意味で、日本の対外投資に対する資本の防衛になるでしょう。さらにTPPとの関連では、アジア太平洋地域での日本資本の対外投資の拡大を防衛する日米「集団的自衛権」の行使です。
 改憲との関係で、とくに「集団的自衛権」については、戦争法制への反対で世論が大きく盛り上がりました。名文改憲を避け、なし崩しの解釈改憲で押し通したものの、国民の総意を組織的に統合せざるをえない。近代国民国家の法治主義、立憲主義は、民主主義による統合が不可欠です。戦前の植民地主義は英国の香港返還で過去のもの、また侵略主義もナチスと共に日本の軍国主義の敗戦で、すでに否定されている。金融資本の直接海外投資の増大に伴う、いわゆるカントリーリスクを防止する防衛力強化をどのように進めるか?民主政治が岐路に立っています。
 
 それだけではない。民主政治の危機は、そもそも日本の金融資本の「資本の過剰」が、もはや資本自身では自律的に解決できず、過剰が慢性化し構造化したから生まれている。財政や金融の異次元緩和も限界であり、潜在成長力の「岩盤」に斧を振るうところまで来た。「一億国民総活躍」の総動員体制のもと、女性や高齢者の雇用拡大、さらに「産めよ増やせよ国のため」とばかりの産児拡大、外国人労働力の利用も権力的に推進する。消費拡大のために、官製春闘を利用した賃上げや「同一労働・同一賃金」の権力的な労働法制にまで手を延ばそうとしています。こうした権力的な組織統合の推進と共に、同時に金融資本の直接海外投資のリスク回避のための「集団的自衛権」の強化であることを見逃してはなりません。

 すでに日本資本主義も、末期的症状を呈しています。アベノミクスの破綻も、民主政治の危機も、まさに末期的症候群でしょう。しかし、権力側は立憲主義を否定してまで総動員体制を強行し、危機を乗り切ろうとしている。その結果が、無残な敗戦であった体験を忘れるわけにはいかない。それだけに対抗勢力の組織化により、危機を乗り切るビジョンとシナリオが準備されなければならない。というよりも、危機乗り切りのビジョンとシナリオにより、代替戦略を準備しながら、新たな体制の組織化を進めなければならないでしょう。宇野『恐慌論』の現状分析が、「恐慌の必然性」や「戦争の必然性」を超えた次元で、対抗勢力の組織と運動を通して体制変革の「革命の必然性」を位置づけていたからでしょう。
 宇野『恐慌論』は、「恐慌の必然性」を革命に結び付ける「恐慌・革命テーゼ」の初期マルクス・エンゲルスのドグマを超克した。さらに段階論の「戦争の必然性」を「革命の必然性」に直結した「帝国主義戦争を内乱』革命へ、「銃口からの革命」といったマルクス・レーニン主義のドグマから脱却したのが三段階論の方法の意義でしょう。「革命の必然性」を原理論や段階論ではなく、あえて現状分析の課題としたのも、体制変革のための組織と運動の主体的実践の意義を重視したからでしょう。それだけにまた、危機を乗り切るための代替戦略のビジョンとシナリオの重要性が大きいと思います。
 

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# by morristokenji | 2016-03-06 19:10
 2008年のリーマンショックは、本格的な世界金融恐慌でした。1929年の世界恐慌を最後に、現代の資本主義は世界恐慌の矛盾を完全に克服した、という脱恐慌神話の時代が続きました。にもかかわらずリーマンショックが、世界恐慌の悪夢を甦らせたのです。アメリカを始め、世界各国が恐慌の再発を恐れ、事前に防止する意図を持って,金融の「異次元緩和」を続けざるをえないのも、リーマンショックの再発を恐れるからです。異次元緩和によって、いまやヨーロッパも日本も各国が協調し、通貨のばら撒き、「ブタ積み」が広がっている。しかし、いくら金融や財政のマネタリーな面から巨額な資金を注ぎ込んで「異次元緩和」を続けても、実物面の実体経済での「資本の過剰」が解決しなければ、投資も消費も動かない。また、アベノミクスが総動員体制で「一億総活躍時代」を叫んでも、それだけでは空しく響くだけでしょう。問題は、すでに硬直化し、慢性化してしまった「資本の過剰」の解決にある、単なる金融恐慌の回避ではないのです。

 宇野『恐慌論』では、特有な経済学方法論の三段階論において、①原理論(『恐慌論』が含まれる)では「恐慌の必然性」が、②資本主義の世界史的発展段階の段階論では「戦争の必然性」が、その上で③資本主義の終わりは各国の主体的・組織的な体制変革の運動で「革命の必然性」が、それぞれ説かれることになっています。はなはだ含蓄に富み、かつ意味深長な方法論ですが、「原理論」の恐慌論で恐慌の必然性が明らかになっても、革命の必然性は説けない。初期マルクス・エンゲルスの「恐慌・革命テーゼ」は、とっくに破産していた。問題のポイントは、現代の資本主義にとって、貨幣・金融恐慌を通して「資本の過剰」が解決され、再び成長力を自己回復できなくなった点にある。デフレ不況が慢性化し、金融の「異次元緩和」で実体経済を大きく上回る巨額の資金が放出され、「ブタ積み」になって資産の格差が拡大している点にあるのです。

 19世紀のマルクス『資本論』にたいし、21世紀の『資本論』として、T.ピケティの『資本』論が世界のベストセラーとなり話題を集めています。ピケティは、資本主義の富の格差拡大を実証的に分析し、10%ほどの富豪層への富の集中と90%ほどの貧困大衆との格差を明らかにしました。こうした格差拡大は、現代的貧困の問題としては、極めて重要だと思います。ただ、同じ『資本』論でも、マルクスの資本概念は、すでに説明のとおり商品や貨幣、生産要素など、姿態変換を繰り返す価値増殖の運動体だった。そこから「資本の過剰」や「人口過剰」「資金の過剰」も説かれていた。ところがピケティの資本は、価値増殖の運動体ではないのです。同じ「資本」でも似て非なるもので、ピケティのそれは「資産」であり、不動産などの実物資産や金融資産であって、今や慢性化した「資本の過剰」が、金融の「異次元緩和」などによって巨大な「資産」として一部富裕層に偏在し、超低金利、ゼロ金利で資産価値がますます上昇して、格差の拡大をもたらしている。ですから、現代の格差拡大は、マルクス『資本論』、宇野『恐慌論』の「資本の過剰」の結果であり、慢性的過剰の結果としての資産格差が解明されなければならないでしょう。

 そのピケティですが、彼は20世紀の30年代頃から、戦後の冷戦体制が続いた90年代の初頭まで、資産格差が縮小し、所得の平等化が実現した時代としています。戦争と革命の世紀が、資本主義の歴史の中で格差縮小と中産階級化の進んだ時期であり、ポスト冷戦と共に格差は再拡大、再び資産の不均等発展が始まった、と分析しています。彼の問題提起は極めて重要だし、無視できない現実です。日本でもそうでしたが、資本主義が確立するまで、いわゆる本源的蓄積が進められ時代、国家の租税収入の中心は地租だった。土地・不動産中心の資産家がブルジョワ(有産者)であり、プロレタリア(無産者)との階級対立が進んだ。その格差は大きかったし、税収が所得税に転換したのも、資本主義が確立した後であり、租税収入を見ればピケティの言うとおり、格差は資産格差として拡大していたのです。では、なぜ20世紀に資産格差が縮小したのか?
 資本主義の世界史的発展は、第二次産業革命の重化学工業化を経て、20世紀の帝国主義の時代を迎えます。宇野『恐慌論』は、段階論として原理論の「資本の過剰」の歴史的変質を解明しています。重化学工業への産業構造の転換は、言うまでもなく化石燃料の大量消費を基礎として、インフラ投資など巨大装置の整備を基礎に、大型の固定設備が投資されます。産業組織としても、金融資本による市場独占が進みますが、こうした金融資本の組織化は、「資本の過剰」に対しても次の2つの方向で対処するでしょう。一つは、新たな
合理化投資による労働生産性の向上を抑制する。できるだけ現存する設備を温存し、その更新を遅らせる視、そのために組織的独占を利用する。この点では、「資本の過剰」もまた温存され、そうした傾向が強化され今日の慢性的「資本の過剰」を招いたといえます。
 しかし、そうした「資本の過剰」の慢性化による停滞・低成長の方向だけでなく、もう一つの方向も可能です。金融資本の組織化は、技術革新による合理化と生産性の向上を進める面を強化できるからです。すなわち、金融資本の蓄積は、株式資本の投資により、自己資本だけでなく、他人の外部資本を増資により集中して投資できる。集中による資本の集積であり、それにより不断に技術革新による生産性の向上と相対的過剰人口の創出を図り、資本蓄積を進めることができます。その限りでは。「資本の過剰」を金融資本の組織力で解決し、自ら成長力をパワーアップすることができる。つまり、金融資本は慢性的な「資本の過剰」で停滞・低成長に陥る面と、技術革新と生産性向上を利用し「資本の過剰」を自己解決して成長力を確保できる面を持っているのです。二つの側面が、どのように具体的に現れるか、それは歴史的、具体的な条件により異なってくるのです。

 20世紀の帝国主義について言えば、第二次産業革命で金融資本の発展が進み、先進各国の国際的対立が激化しました。とくに後進ドイツ金融資本の攻撃的発展が強まり、先進の英仏との対立、それが植民地の再分割をめぐる対立激化となった。もともと資本は、商品も貨幣も同様ですが、市場は国境を無視しグローバルに発展拡大する。とくに金融異本の発展は、上記のように株式資本による集中・集積が可能であり、国内的な技術革新の制約や労働力の不足などがあれば、対外投資に進みます。対外投資は、カントリーリスクを回避する点では、植民地的支配と共に進むのでしょうが、そもそも植民地的支配も多様ですし、地域統合のような枠組みでも対外投資は進むはずです。とくに国内の「資本の過剰」が長期化し、慢性化すれば、過剰な資本の捌け口、投資先として海外が求められることになる。こうした金融資本の発展が、対外的な緊張、対立から、戦争を誘発することにならざるをえないでしょう。
 ただ、ここまでの説明では、戦争の可能性ではあっても、その必然性の説明にはならない。戦争になるかならないか?それは政治過程で決まるし、国家の機能でしょう。宇野・三段階論では、原理論では恐慌論を中心に、近代社会の経済的運動法則が自立的に展開されるものとして、いわゆる純粋資本主義が抽象されます。したがって、法則自体としては、国家の政治的関与を一切抜きにして、経済過程が自律的に運動するものとされました。自然と人間の物質代謝が市場経済により自律的に運動する、そこに資本主義経済の運動法則の歴史的意義を『資本論』と共に発見したのです。その点で、資本主義社会の近代国民国家を、「階級支配の道具」とする唯物史観のドグマからも自由になった。近代国民国家は、いわゆる法治国家であり、経済法則に単なる枠組みを提供するだけなのです。
 しかし、資本主義の世界史的発展は、初期のいわゆる本源的蓄積の段階では、国家権力を「助産婦」として、土地自然と共に労働力を商品として創出した。また、土地からの租税収入が、国家の財政的基礎を形成し、資本主義経済が権力的に誕生しました。そうした近代国民国家も、資本主義経済の確立と共に、経済的自由主義の時代を迎え、国家権力は「夜警国家」の小さな政府として機能することになった。そして、こうした歴史的発展が、資本主義経済の自律的運動法則の歴史的・現実的な抽象を可能にし、純粋な資本主義の抽象による原理論、そして「恐慌の必然性」を解明可能にしたのです。しかし、資本主義の世界史的発展は、20世紀を迎えて、第2次産業革命による重化学工業化、そして植民地主義による帝国主義の時代を迎えたのです。経済的自由主義の「夜警国家」は、植民地支配のための「官僚国家」、そして大きな政府に転換することになり、そこから戦争の「必然性」が生まれます。

 20世紀、帝国主義の時代は、すでに述べたように金融資本の発展により進みますが、金融資本は一方で内部に「資本の過剰」を抱え込みながら、他方では株式資本による「集中にもとづく集積」を利用して、外延的な拡大発展を進めます。外延的拡大は、対外的に植民地支配を必然化しますが、内部的に抱え込んだ「資本の過剰」の処理のためにも、対外的な植民地主義が積極的に利用されます。植民地の土地と共に原材料資源エネルギー、安価な労働力などの利用は、「資本の過剰」処理に極めて有効だし、さらに国内の「人口の過剰」を対外的な移民政策としても利用できる。株式資本による「資金の過剰」の処理、それに「資本の過剰」、「人口の過剰」の処理が、全般的に金融資本による植民地主義を必然化するのです。こうした植民地主義への発展は、対外的緊張や国際対立を不可避としますが、それだけに国内的には国民全体の組織的統合が不可欠です。植民地支配のために国民の総動員体制が構築され、雇用の拡大による完全雇用の実現が政策目標にならざるをえない。「完全雇用」による社会的福祉の実現、20世紀の社会福祉は19世紀の社会福祉の拡充から「福祉国家主義」として、植民地主義などの国家主義とセットで登場したことを見逃すべきではないでしょう。
 このように帝国主義の国家は、単に植民地支配にとどまらず、そのためにも完全雇用を目標とする福祉国家主義による国民全体の組織化を計らなければならない。選挙権の拡大など大衆民主主義もまた、国民の組織的統合の政治的手段だった。さらに、財政制度についても、上述の初期の地租を中心とした資産課税から、法人や個人の所得税中心に転換します。租税民主主義の拡大であり、そうした中で所得税については、ピケティも強調していますが、強度な累進制が導入されます。福祉国家主義は、こうした租税民主主義の拡大とともに、資産格差を解消することにより「中産階級化」をもたらすことになります。ピケティの強調する20世紀30年代からの格差是正と縮小の時代は、こうした福祉国家主義による所得の再分配の結果だったのです。それにより国民の組織的統合を進め、世界戦争へ突入したといえます。
 もちろん二度の世界大戦は、言うまでもなく国民の組織的統合による「総力戦」であり、大きな犠牲を伴うことになった。とくに敗戦国の犠牲は大きいし、戦勝国でも少なからぬ犠牲が生じました。そうした犠牲は、金融資本の「資本の過剰」を国家が総力戦により解決しようとしたからですが、こうした戦争による「資本の過剰」の解決は、総力戦という「聖戦」の美名のもとに、兵士と共に国民をモノにして「物動計画」により権力的に完全統制するファシズム経済により遂行されました。労働力商品化の矛盾は、こうして軍事統制経済のもとで、人間を完全にモノにして解決せざるを得ない。金融資本は、自らの「資本の過剰」を戦争により解決せざるをえない、それを期待している点に宇野・段階論の「戦争の必然性」を見ることができるのではないか?

 なお、第2次大戦後の「戦後体制」ですが、日本の敗戦で終戦を迎え、その後、約半世紀の長期にわたり東西冷戦の時代が続きました。この間も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争など、部分的局地戦争が続けられた。東は「プロレタリア独裁」のイデオロギーのもとにソ連型社会主義として組織化され、統合された。西はアメリカを頂点にして、「自由と民主主義」の価値観で組織的に統合されました。そして、この異常とも言える冷戦構造のもとで、米ソの核開発競争が進められた。一方は「熱戦」のための原爆、他方では「平和利用」の名のもとでの原発の利用です。こうした冷戦型の経済体制のもとで、いわばなし崩しの形で金融資本の「資本の過剰」が処理されてきたのではないか。そうした処理が続いた限り、ピケティの強調していた資産格差の縮小傾向が続いたといえるでしょう。しかし、1986年レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故は、マルクス・レーニン主義のドグマと共に、91年ソ連型社会主義を一挙に崩壊に導いた。それはまた戦後体制の冷戦時代の終焉でした。ポスト冷戦の21世紀を迎え、資産格差の再拡大が進み、金融資本は「資本の過剰」を抱え込みながら、その処理に戦争を期待せざるをえない、最後に宇野『恐慌論』の現状分析に触れておきましょう。
 
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# by morristokenji | 2016-02-27 20:19