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by morristokenji

続々、岐路に立つ3・11震災復興

 *難航する高台への移転
 未曾有ともいえる甚大な被害をもたらした大震災に際会して、ただ防災対策を強化するだけでは対応できないことを、思い知らされた。原発の安全神話が一瞬にして崩壊、自然災害に対する科学技術の限界、そして近代技術文明の無力さを、思い知ったからだ。その結果、政策的に選択されたのが、「防災」に代わるカテゴリー「減殺」であり、自然災害に立ち向かうのではなく、災害の危険から脱がれるために「逃げる」、つまり「逃災」の新しい哲学である。防災から逃災へのペレストロイカ=新思考、それが減災の「新概念」だろう。
 防災から減災=逃災への転換によって、津波に対して防波堤の高さを嵩上げしたり、多重堤を建設したりする安全対策より、高台への移転が重視されることになった。ただ、高台へ移転といっても、移転可能なものと、不可能なものがある。そもそも高台へ移転が、冷却のために不可能な代物が原発立地であり、防災による安全対策しか、他に手の打ちようが無いのは皮肉な話だ。地震列島に開発された原発は、第2、第3の福島原発事故の危険を抱え込まされたまま、廃炉まで立ち往生を続ける他なくなっている。
 原発は別にして、先ずは高台への移転が「減殺」カテゴリーの具体化なのだが、瓦礫の処理の停滞と並んで、高台移転への住民の合意形成は進んでいない。復興計画の作成は、地方自治の建前から、末端の基礎自治体に任されている。しかし、市町村自治体は、権限と責任を背負い込んだまま、計画の策定が大幅に遅れた。住民参加の計画策定に徹すれば徹するほど、住民の合意形成との矛盾が深刻になり、計画は纏まらない。計画が纏まったとしても、移転の意思決定をめぐり、住民同士の対立、行政への不信が深まり、移転計画の多くが宙に浮いたままになっている。震災後、1年を経過したのに、集団移転が纏まったのはゼロであり、実行の可能性の無い計画だけが宙に浮いているのである。
 高台への集団移転の賛否だけを問えば、アンケートへの回答の多くが賛成だろう。しかし、現実に移転に伴う土地問題、新しい住居の建築、就職や生活の具体的な検討となれば、移転は余りにも困難なのだ。すでに震災バブルで移転すべき高台の土地は値上がりし、しかも自分の土地ではなく、定期借地権しか与えられない。被災した自分の土地はと言えば、津波に洗われ、塩害に蝕まれ、地盤も大きく沈下した土地は、大幅な地価下落に見舞われている。自治体に買い上げて貰うにしても、震災以前の地価を大幅に下回わらざるを得ない。しかも、土地が確保されても、建築費については、すでに建築資材の値上がり、職人の労務費の上昇など、住宅建設が一層の困難に直面せざるをえないのだ。
 そうした難問を集団的に解決することは不可能なのだ。それ以上に難しいのは、新たな就職活動である。上述のとおり、一向に進まない瓦礫の処理の仕事なら沢山ある。しかし、そんな仕事を集団移転した自宅から通勤する就労が、いつまで続けられるのか?就職先としては最低であり、だからこそ瓦礫処理については、人手不足が深刻化しているのだ。もともと被災地の多くは、三陸沿岸の農山漁村であり、家業経営として働き、同居家族で生活を維持してきた。それが集団移転により、職住が分離して、通勤農業や通勤漁業は家業経営の破壊だし、農山漁村の否定でしかない。
 宮城県が典型だが、減災による集団移転の方針は、単なる高台への移転ではない。高台への集団移転ではないのだ。高台への移転は、高台への移住であり、職住分離の移転である。言い換えれば、職住一体型の農山漁村の家業型の経営、協同組合型の集団経営を全面的に否定する。そして、津波に浚われた農地や漁港を一旦更地にして、そこを震災特区に指定し、それを利用して大企業を大量誘致して、大規模経営に近代化する。つまり、津波による大震災を利用しての巨大「囲い込み運動=エンクロージャー・ムーブメント」である。前近代的家業経営、協同組合的集団経営の一掃により、経営規模の拡大による生産性の向上を目指しての近代化路線なのだ。この路線に、米・金融筋のバックアップによるTPPの日本経済の囲い込み政策が結びついているのだが、それには立ち入らない。
 16世紀からイギリスで成功した農地の牧場化による「囲い込み運動」は、「羊が人間を食った」といわれ、農業の大規模資本主義経営に成功した。21世紀の3・11大震災は「津波が人間を浚い」、農業や漁業の規模拡大による近代化に成功すだろうか?上記の通り、高台への集団移転は殆ど実現しない、職住分離のための「就活」どころか、瓦礫の処理も進まない。被災地区の経済特区は準備されても、果たして企業誘致は実現するのか?これまた大きな問題を抱え込んでいるのだ。
 沿岸被災地の集団移転が進まないのを横目に、宮城・福島では70年代から開発され、売れずに不良債権と化していた内陸部の工業団地、住宅団地に新たなニーズが急上昇している。被災した企業の沿岸部からの移転や復旧・復興工事のための新たな企業進出、さらに新興住宅団地の造成に他ならない。これら内陸部の団地も免税などの優遇を受けながらの団地造成なのだ。この風景を見る限り、被災地の復興どころか、被災地の完全な切捨て、21世紀の「囲い込み運動」は、新たな産業や地域再生の夢や期待とは程遠い、近代化の幻想に終わるほか無いのではなかろうか?
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by morristokenji | 2012-03-15 12:50