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by morristokenji

(8)固定資本の回転と技術革新

 資本の流通過程は、資本の一般的形式G-W-G'に基づき循環し、回転します。そこでも、生産と消費を繋ぐに当たり、労働力商品の特殊性が、経済原則の面から、可変資本の回転に制約を課しました。それだけではない。さらに、不変資本の投資の中にも、原材料のように一回の生産過程で全部的に価値移転して製品化するもの、それを流動資本とします。それに反し、機械設備への投資などは、部分的に価値移転するだけで、回収が長期化するので固定資本です。A・スミス以来、流動資本と固定資本の区別が行われてきました。『資本論』でも、その資本分類を継承していますが、マルクスは流通過程と生産過程の区別を厳密にして、その上で生産資本ついて、まず固定資本は、機械などに投資された資本で、部分的にしか価値移転されず、投資の回収が長期化します。他方、全部的に価値移転が行われ、一挙に全部的に回収できる流動資本は、固定資本より投資効率が良いのは当然です。その点、固定資本により回転期間の面で大きな制約を受ける。
 資本の直接的生産過程では、すでに説明したとおり雇用した労働力の使用価値である労働を強化する絶対的剰余価値生産、しかし労働強化には制約があった。1日は24時間だし、労働力は人間の能力であって、家畜同然の奴隷ではない。使い捨てではなく、労働力の再生産を保障して、その意味で人権を認めなければならない。それに対して、労働者が資本から必要労働を、その生活手段として買い戻すに当たり、その消費財の生産性を向上し、その価値を切り下げれば、間接的ながら必要労働による労働力の価値切り下げになる。労働強化による直接的な剰余価値生産が絶対的剰余価値生産、それに対し生産性の向上による間接的な剰余価値生産を、相対的剰余価値生産と呼びました。資本にとっては、絶対的剰余価値生産に色々制約があるため、むしろ相対的剰余価値生産がより重要であり、生産性向上が不可欠になります。
 
 『資本論』において、純粋資本主義として抽象されるのは、これもまた労働力の商品化に対応しますが、生産力水準としては機械制大工業です。協業や分業の拡大とともに、機械制大工業の工場制度が、生産過程の「組織者」になり、資本主義的生産が確立した。労働者は、工場制度の組織の中に組み込まれ、チャップリンの喜劇「モダンタイムス」のようになり、労働の生産性も機械の生産性となって、生産性向上が推進される。資本は、不断に生産性向上を求めますが、しかし固定資本の存在は、不断の生産性向上を許さない。なぜなら、固定資本に投資された資本は、流動資本と異なり、一挙に全部的に価値移転できずに、部分的に価値移転して、少しづつ償却されるからです。償却された部分は、部分的に貨幣化されますが、それも償却資金として積み立てて置かねばならない。償却の期間が来た時に、初めて新たな機械とともに技術革新と生産性向上が実現するのです。
 その点で、すでに述べましたが、政府が上から「生産性革命」を叫び、「人づくり革命」を目指しても、固定資本の償却を無視して、機械の更新はできない。機械制大工業は、巨大化する固定設備により相対的剰余価値生産を進める以上、固定資本の償却が進み、その更新に合致させて技術革新を行わざるを得ない。不断の技術革新や不断の生産性向上は無理な話です。それに技術革新は、企業自身よりも、外部の研究機関などの研究開発で進むケースも多い。したがって、企業の固定資本の更新時に上手く技術革新が合致するとは限らない。その点でも生産性革命が不断に進み、相対的剰余価値生産が不断に推進されるわけではない。資本の流通過程も、固定資本の回転の面で、機械設備の償却という「経済原則」からの強い制約を免れないのです。最近では「生産性向上」が実体経済面の固定資本投資を避けて、どうしても流通や金融面の情報化など、ソフト化に集中する傾向が生まれるのでしょう。

 こうした固定資本の償却そのものについては、『資本論』で特に説明がありませんが、非資本主義的な「社会的生産」ソーシャルエコノミーの例を挙げ、「社会的生産の基礎上では、比較的長期間にわたり、その期間中は有用効果としての生産物を供給することなしに労働力と生産手段を引き上げるこれらの作業が、一年中連続的にか、また数回にわたり、労働力と生産手段を引き上げるだけでなく、生活手段と生産手段を供給もする諸生産部門を害することなしに遂行できる基準が決定されねばならない。」と述べ、こうした経済原則が貨幣資本との関連で「貨幣資本は社会的生産においては無くなる。社会が労働力と生産手段とを種々の事業部門に分配する。生産者はたとえば指定券を受け取って、それと引き換えに、社会的消費用備蓄の中から、彼らの労働時間に相応する量を引き出すことになってもよい。この指定券は貨幣ではないし、流通しない。」(2巻、423頁)
 ここでは貨幣資本と貨幣について興味深い問題提起がありますが、それはともかく資本主義経済を超えた「社会的生産」ソーシャルエコノミーでも、固定設備の更新のために「指定券」を準備し、それに相当する更新のための新たな固定設備に一定の労働や生活手段、生産手段を充当して準備しなければならない点を指摘している。上述の労働力商品の特殊性に基づく可変資本の回転とともに、固定資本の特殊性に伴う回転と経済原則の緊張関係がここでも重要です。こうした重要性を無視して「生産性革命」や「人づくり革命」を政府が強調しても、資本主義の法則性や「社会的生産」の原則を無視した強権主義のファッショ的支配に行き着くだけだろうと思います。

 「論点」固定資本の償却・更新と技術革新
 旧ソ連の「社会的生産」の下で、固定設備の償却や更新、さらに関連した施設の整備などが看過され、結果的にチェルノブイリ原発事故などを招いたことが、ソ連崩壊の大きな原因にも繋がったように思われます。 ソ連をはじめ旧東欧諸国では、固定設備の償却・更新が無視され、老朽設備を使い続け、環境汚染などが深刻になっていた。しかし、社会主義の下で「環境汚染などありえない」といった神話が支配していた。「レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所」事故を引き起こした生産力主義の神話でしょう。レーニンの「共産主義は労兵ソヴィェトと全国の電化である」といった教条が、ソ連自己崩壊の原因と見るわけです。
 しかしマルクス『資本論』では、上述の通り特に第2巻「資本の流通過程」では、前項の「可変資本の回転」でもそうですが、資本主義経済を超えた「社会的生産」の下でも、固定資本の償却や更新の特殊性について、いろいろ示唆に富んだ指摘があった。「経済原則」と「経済法則」の緊張関係に触れ、マルクスが「社会的生産」についても、特別に配慮していたことが分かります。にもかかわらず旧ソ連や東欧など、固定資本の償却を無視した工場公害による環境破壊が、眼を覆うばかりの惨状を呈していた。またチェルノブイリの原発事故を引き起こし、自壊に近い形でソ連型社会主義体制が崩壊したのはなぜか?ここで考えてみる必要があるでしょう。
 まず考えられる点は、確かに『資本論』第2巻では、資本の循環・回転を論じ、固定資本について、その償却や更新の特殊性を詳細に論じていました。ポスト資本主義の「社会的生産」の下での特別の配慮も指摘していました。しかし、それは第2巻の話で、マルクスはそれを原稿のままエンゲルスに預けて、第1巻の刊行を急いだ。すでにみたように、第2巻の「補足」が必要であることを示唆しながら、しかしマルクスは第1巻の第7篇では資本蓄積・再生産過程を論じたのです。とくに固定資本の循環・回転による資本蓄積・再生産過程の制約については、第2巻の「補足」が不可欠だったが、それが欠落したまま第1巻は執筆され刊行されたのです。そのために固定資本の回転の特殊性を無視し、不断の「生産性向上」や生産力主義のドグマによって、資本蓄積に伴う「貧困の蓄積」だけが誇大に主張され、悪名高い「窮乏化革命論」のイデオロギーが前面に出てしまったのです。
 そこで次に第1巻第7篇の資本蓄積・再生産過程論を先取りしますが、そこでは資本の有機的構成を提起し①構成不変の蓄積と②構成高度化の蓄積の2つの様式を挙げ、①と②の循環的交代の資本蓄積を論じて、後述しますが景気循環の必然性にも触れていた。周期的恐慌の必然性もまた、そこから提起されるのですが、マルクスの説明は必ずしも明確ではない。その最大の理由は、他でもない固定資本の循環・回転が欠落しているため、①の蓄積・再生産の必然性が十分説かれずに、②の構成高度化の蓄積が不断に進み、相対的過剰人口も不断に増加させる。つまり、固定資本の償却や更新についての制約が無視され、欠落したまま技術革新や設備更新がすすめられる。ここで不断の相対的過剰人口が累積されて失業が増大すれば、資本蓄積は「貧困の蓄積」であり、窮乏化の進行と革命です。
 もう一つ、『資本論』第1巻7篇は、資本蓄積・再生産過程を論じながら、全体的に「所有法則」を基礎に、初期マルクス・エンゲルス以来の「所有法則の転変」で「最後の鐘」を鳴らそうとした。その結果が上記「窮乏化革命論」のイデオロギー的主張でしょうが、こうしたイデオロギー的主張が、『資本論』第2巻による理論的「補足」、とくに固定資本の循環・回転に伴う経済原則と経済法則の緊張に伴う歯止めを無視してしまう。第1巻の刊行を急いだマルクスの心情は分かりますが、純粋資本主義の抽象による『資本論』の科学の意義を十分踏まえておく必要があるでしょう。そのため「経済原則」と「経済法則」の関連、とくに固定資本の回転と技術革新についても、ここで指摘して置くべき重要な論点だと思います。
 

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by morristokenji | 2017-12-31 16:09