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by morristokenji

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 『資本論』の信用論についても、その編別がまず問題です。競争論が前提になるのは当然にしても、第4篇の冒頭には、信用論を抜きにして「利子生み資本」が説かれている。資本相互の競争や信用を抜きに、いきなり利子生み資本が説かれているのです。なぜそうなったかは不明ですが、マルクスの原稿を、エンゲルスが適当に配置したのでしょう。しかも、その内容がさらに問題です。「利子生み資本」なる資本が、資本相互の信用を抜きに、なぜ利子生み資本という形式で登場できるのか?さらに疑問なことに、貨幣の物神性を受けているのでしょうが、「資本の物神性」が説かれている。第24章の冒頭ですが、第21章「利子生み資本」を振り返って、「利子生み資本において、その資本関係は、その最も外的な最も物神的な形態に達する」と述べているからです。「商品物神」「貨幣物神」に対応して、「利子生み資本」を「資本物神」として、資本の競争や信用、利子との関係を抜きに、いきなり「資本物神」が説かれているのです。では、この「資本物神」を具現する「利子生み資本」とは何か?
 そこで21章「利子生み資本」内容ですが、マルクスは一方において「貨幣資本家」、他方では「機能資本家」を持ち出し、貨幣資本家は「資本として投じる貨幣を持ちながら、自らは資本として投じない」資本家であり、逆に機能資本家は「貨幣として投じる貨幣を持たない資本家」としています。ここでの貨幣資本家は、単なる貨幣資本の担い手ではない。貨幣の機能として「資本として機能する使用価値」があり、「この可能的資本としての、利潤の生産のための手段としての属性において、貨幣は一つの商品に、ただし一種独特な商品になる。または、同じことだが、資本は資本として商品になる。」それを機能資本家に貸し付けて利子をとり、「利子生み資本」として価値増殖を図るというものです。
 しかし、この「利子生み資本」には多くの疑問が寄せられている。商品、貨幣に続く、たんなる流通形態の資本の形式ならともかく、すでに資本の直接的生産過程や流通過程、さらに再生産過程まで明らかにされている段階で、そもそも「資本として投じ得る貨幣を持ちながら」投資しない資本家がいるのか?貨幣の使用価値に、貨幣の諸機能のほかに「資本として機能する使用価値」などあるのか?機能資本家にしても、利子の根拠が説明されていないのに、利子支払いの根拠があるのか?さらに貸し付けられる資本を返済する根拠があるのか?など、など多くの疑問です。要するに、本来は資本の流通過程を根拠に、資本の競争を媒介する「信用論」を抜きに、貨幣資本家も機能資本家も説明できない筈である。マルクスはここで、資金を融通する貨幣市場(資金市場)と、株式資本などの資本市場とを混同しているのではないか?だからまた、上記のように「資本は資本として商品になる」とも述べたものと思われます。
 このように「利子生み資本」論が、競争を基礎とする信用や利子の運動機構から切り離されて論じられているが、つづく第22章「利潤の分割。利子率。利子率の自然率」では、資本の競争を基礎に資金の貸借をめぐる信用関係、貨幣市場での利子率の変動、さらに平均利潤率と自然利子率との関連が論じられている。とくに利子率と利潤率の関係は、景気循環の進行中に両者の関係が変化するのであり、ここでは当然のことながら資本蓄積論を基礎とした景気循環が対象となってくる。ただ、ここでもマルクスの純粋資本主義の抽象による、資本蓄積過程の自律的運動が明確でないためでしょうが、景気循環の対象設定が不明確であり、「我々の考察圏外に属する循環」などと述べられている。そこで、すでに述べた「資本の絶対的過剰生産」に論点を絞って、信用と利子率の運動を整理することにしましょう。
 資本の蓄積過程を基礎として、資本の過剰蓄積が進む中で、すでに見たように利潤率の低下を利潤量で補う投資競争が激化する。この投資競争の激化は、言うまでもなく資本の流通過程で明らかにされた遊休資本の信用による利用を基礎として進む。信用による遊休化のマイナスをプラスに変えることにより、利子支払いの根拠も与えられる。さらに商業資本の役割は、①遊休化によるマイナスを、商品の買い取りで代位する役割、さらに②商品販売の店舗など「純粋な流通費用」のマイナス=空費を商業資本が専業化してマイナスする、「マイナスのマイナス」で企業利得の根拠も与えられる。こうした商業資本の活動と結びつきながら、資本による信用の利用が拡大し、商業信用から銀行信用の利用も高まることになる。
 こうした銀行信用の利用拡大は、銀行信用を基軸として成立している貨幣市場の利子率の上昇を招く。いわゆる「中位の活況」の下では、中位の利潤率に中位の利子率が対応して、景気の拡大が進んできた点から、ここでは利潤率の低下に利子率の上昇が対応する。この利潤率と利子率の対抗関係には、資本の競争激化に伴い「投機活動」の関与が関連せざるを得ない。とくに商業資本の介在は、G-W-G'の流通形態の特徴からも、より安く「買占め」、より高く「売り惜しむ」投機活動を助長し、それが信用利用と結びつく。つまり、「買占め」のための借り入れ拡大と、「売り惜しみ」による返済の遅延とが進み、投資拡大―競争激化―利潤率低下、それが投機の介在により、利子率の上昇に結びつかざるを得ない。とくに「資本の絶対的過剰生産」のもとでは、追加投資がゼロあるいはマイナスの利潤率まで進む。そうした段階では、利子率の上昇が投機を通して金融恐慌に発展することは必然であり、ここに「恐慌の必然性」が提起されます。マルクスの説明は必ずしも明確ではありませんが、「資本の絶対的過剰生産」との結びつきでは、競争・信用と商業資本の介入によって、恐慌現象は金融・信用恐慌として必然化することになるのです。

 「論点」恐慌の必然性と「投機活動」
 初期マルクス以来の「唯物史観」では、「恐慌・革命テーゼ」と呼ばれるイデオロギー的仮説が、根強く残っていました。いわゆるプランでも、「世界市場と恐慌」により資本主義の崩壊を説こうとしていたように推測されます。しかしマルクスは、理論的には純粋資本主義の抽象、とくに資本蓄積論など景気循環の必然性の解明から、さらに利潤率低下について「資本の絶対的過剰生産」を提起して、恐慌の必然性にアプローチした。また、現実的には47年恐慌のあと、約10年周期の恐慌の到来にもかかわらず、革命情勢は来ない。むしろイギリス資本主義を先頭に、恐慌を梃子にして資本主義の成長・発展が実現した。こうした中で、マルクス自身「恐慌・革命テーゼ」の仮説からの脱却を迫られた。純粋資本主義の抽象による自律的運動法則の解明だし、『資本論』の後期マルクスから、さらに70年代の晩期マルクスに他なりません。
 『資本論』では信用と利子率についても、利潤率と利子率の変動を中心に金融恐慌の解明が進んでいる。ここでも部門間不均衡や過少消費による商品過剰論が併存するものの、とくに低下する利潤率に対する、利子率の急激な上昇については、金融の投機化が重視される。言うまでもなく市場取引では、取引の投機化が必然的だし、特に景気が上昇し過熱化する際は、経済全体が投機化する傾向が強い。ある意味で投機は、市場経済に特有な現象だし、マルクスの強調した「無規律性の盲目的に作用する平均法則」もまた、市場経済の投機化を通して実現すると言っても過言ではない。流通形態としての資本が、上記の通りG-W-G'の形式で登場し、安く購入し、より高く販売する形式そのものが、すでに「投機」の可能性を孕んだ形式です。しかし、広く経済学、マルクス経済学でも、価値法則など法則解明については、「投機」などの攪乱的要因を捨象し、ひたすら平均化した状態で説明されます。一方では資本主義経済を「カジノ資本主義」と呼びながら、同時に他方では「投機」を単なる攪乱要因として捨象するのです。そのため市場経済の無政府的特徴が無視され、市場法則の投機的特殊性が捨象されるきらいが大きかった。とくに金融恐慌の必然性の解明には、「投機」が不可欠だと思います。(「投機」については、拙著『恐慌論の形成』2005年、日本評論社刊の第4、5章で詳論したので参照のこと)
 さらに上記の通り、「資本の絶対的過剰生産」の局面を迎えて、低下する利潤率を利潤量でカバーしようとして、投資競争が激化する。過当競争ですが、企業はこの過当競争に対応するためにも、ますます信用への依存を高める。商業信用から銀行信用へ、銀行は資金需要の増大に対応するために、いわば信用の投機化といえる「信用創造」を拡大する。企業は信用創造を利用するが、より安い利子で借り入れた資金をより高い利子で返済を迫られる。この信用の投機化と結びついて、商業資本など企業がさらに投機的取引に依存せざるを得なくなる。とくに限界利潤率がゼロ、マイナスの「資本の絶対的過剰生産」が進めば、銀行の「金準備」の歯止めがある以上、信用創造で投機化した利子率の上昇が生じ.利潤率と利子率はここで激突、貨幣金融恐慌が必然化する。ここでは商品の投げ売りも起こり、「資本過剰」による「商品過剰」も暴露されます。
 こうした投機の介入による金融恐慌の必然性を、投機を攪乱的要素として捨象する結果でしょう、ここで「世界市場と恐慌」のテーゼがまたまた復活を見ます。銀行の利子率上昇を、貿易収支の悪化など、中央銀行の「金準備」の流出から説明する見解に他なりません。しかし、これは明らかに純粋資本主義の抽象の否定だし、「唯物史観」の恐慌革命テーゼへの逆コースになるだけでしょう。純粋資本主義の放棄による世界資本主義への復帰に他ならない。それだけに商品形態には「投機」が不可欠であり、投機を通して資本主義経済の「無規律性の盲目的に作用する平均法則」が貫かれる法則性の意義を銘記すべきだと思います。

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by morristokenji | 2018-06-10 16:47
 『資本論』は第3巻第3篇で、「利潤率の傾向的低下の法則」を論じています。第1巻第7篇と同様に、資本主義経済の歴史的傾向として、生産力の上昇と共に利潤率が低下し、その結果として資本主義の歴史的限界を説く、生成、発展、消滅の歴史法則です。こうした歴史法則を、純粋資本主義の自律的運動法則の中で説き、窮乏化革命や利潤率低下によって資本主義社会の「最後の鐘を鳴らす」イデオロギーは、初期マルクス・エンゲルス以来の「唯物史観」のイデオロギー的仮設でしょう。しかし、それは理論的論証とともに、歴史的に実証、検証されなければ、単なるドグマに終わるだけです。とくにここ「利潤率の傾向的低下」との関連では、第13章「この法則そのもの」を生産力の発展に伴う資本の有機的構成の高度化から説明した後、歴史的な実証、検証を交えながら法則に対して第14章で「反対に作用する諸要因」を挙げて、マルクス自ら反省的に検討しています。そうしたマルクスの誠実さは大事ですが、しかし法則の自己否定にもつながる。
 さらに、より重要な理論的内容ですが、第15章「この法則の内的矛盾の展開」において「生産拡大と価値増殖との衝突」、さらに「人口の過剰における資本の過剰」を論じています。ここでもマルクスは、「利潤率の傾向的低下の法則」の枠組みの内部ですが、資本蓄積に伴う競争と利潤率の変動、とくに「この法則の内的矛盾の展開」として景気変動を説き、その上で「資本の絶対的過剰生産」の説明があります。第1巻の資本蓄積論として、周期的景気循環の必然性の基礎を解明した上で、資本の競争と利潤率の変動を論じた重要な論点でしょう。そこで、ここでも利潤率の傾向的低下をめぐる歴史的な傾向は別に措いて、第1巻の資本蓄積論との関連で。「この法則の内的矛盾の展開」と「資本の絶対的過剰生産」について、立ち入ることにします。
 マルクスは、生産力の発展が資本の価値増殖と矛盾する点を先ず指摘し、「利潤率は低下するが、利潤量は、充用資本量の増加と共に増加する」点を強調します。「率の低下を量で補う」資本の価値増殖行動ですが、そのうえで「人口の過剰における資本の過剰」を論じます。資本蓄積論と資本の競争論との接点ですが、資本の投資競争により資本蓄積が進みますが、資本は率の低下を、労働強化のためにも、「個別資本の最小限は増大する。」すでに資本蓄積論でも強調されていた通り、資本は「有機的構成不変の蓄積」、たんなる能力拡大型投資で拡大しょうとすれば、賃金の上昇から剰余価値率が低下する。この剰余価値率の低下が、個別資本の利潤率低下をもたらし、この率の低下が量の拡大を刺激して、投資競争の激化をもたらす。その結果として「個々の商品のではなく、資本の過剰生産ーといっても資本の過剰生産は、つねに商品の過剰生産を含むのであるがーは、資本の過剰蓄積以外の何ものをも意味しない。」ここでマルクスは、商品過剰論ではなく、資本過剰論の立場を明確にしつつ、さらに次のような問題提起をします。
 「いかなる場合に、資本の過剰生産は絶対的であろうか?しかも、これやあれやの、または二、三の重要な生産領域にわたるものではなく、その範囲自体において絶対的であるような、したがってすべての生産領域を包含するような、過剰生産は?」資本の絶対的過剰生産は、同時に全般的な過剰生産であり、それゆえに周期的恐慌に結びつくのであろう。マルクスは、自ら定義するように「資本主義的生産の目的への追加資本が、ゼロに等しくなれば、そこには資本の絶対的過剰生産が存在するであろう。しかし、資本主義的生産の目的は、資本の価値増殖でる。ーーーしたがって、労働者人口の供給する絶対的労働時間も延長されず、相対的剰余労働時間も拡張されえないような、労働者人口に対する比率において、資本が増大するや否や(そうでなくとも、相対的剰余労働時間の拡張は、労働に対する需要が強くて、賃金の上昇傾向がある場合には、実行されえないであろう)、したがって、増大した資本が、その増大以前に比して同じであるにすぎないか、またはより少なくさえもある剰余価値量を生産する場合には、そこには資本の絶対的過剰生産が現れるであろう。すなわち、増大した資本C+Δcは、資本CがΔcによるその増大以前に
生産したよりも、多くの利潤を生産せず、または、それよりも少ない少ない利潤をさえ生産するであろう。」
 少し長い引用だが、極めて重要な指摘が見受けられます。第一は、「商品の過剰」と「資本の過剰」の関連だが、ここでマルクスは明確に「資本の過剰」の結果としての「商品の過剰」であり、その逆ではないと言い切っている。したがって、すでに紹介した商品過剰論の立場が明確に否定され、あくまでも「資本の過剰」の立場から「資本の絶対対的過剰生産」が論じられ、さらに実現論的恐慌論の立場も否定され資本過剰論が表明された、とみるべきでしょう。マルクス恐慌論として、極めて重要な指摘です。
 第二は、資本の絶対的過剰の前提に、利潤率の低下があるが、さらにその前提として、賃金の上昇による剰余価値率の低下が指摘されている点です。ただ、マルクスの主張は「括弧付き」だし、必ずしも明確ではない。ただ利潤率の低下を全般的なものとして、絶対的過剰として説明している点では、資本の直接的生産過程の剰余価値生産の限界、そして資本蓄積の過程との関連を問われなければならない。その点で、マルクスが賃金の一般的上昇、さらに労働力の不足にも踏み込んだ点は重要な指摘として重視すべきです。すでにマルクスが資本蓄積論において、「資本構成不変」の蓄積パターンを提起していた以上、ここで資本蓄積の進行に伴う労働力の不足、賃金上昇のメカニズムが重視されるのは当然です。
 さらに第三に、資本の競争論として、特に重要なマルクスの主張ですが、資本の絶対的過剰生産について、ここで「限界原理」を利用している点です。一見して理解されますが、上記のように「増大した資本C+Δc」、つまり限界的投資について、利潤率がゼロ、あるいはマイナスとしている。したがって、ここではマルクスの上述の「平均原理」、そして資本構成が「中位構成」や「平均構成」を持ち出して市場価値を説明していたのとは全然違う。あくまでも既存の投資Cに対し、「追加資本であり」したがってΔcであり、その限界的生産力ではゼロないしマイナスの利潤率となる点から資本の絶対的過剰生産が説明されるのです。こうした説明からすれば、資本の絶対的過剰生産の説明原理にとどまらず、マルクスは資本の競争、市場調節的生産価格の説明原理としても、「平均原理」ではなく「限界原理」を採用する考えだったのではないか?当時まだ「限界革命」が始まった時点にもかかわらず、マルクスは数理的説明としても、限界原理の「資本C+Δc」をここで持ち出すことになり、そうした点から景気循環論、とくに恐慌論の説明に及んだと思われます。そこで、競争論から進んで、信用論による利潤率と利子率の対抗関係を見ることにします。

「利潤率の傾向的低下の法則」
 『資本論』第3巻、第3篇のタイトルとなっている「法則」は、言うまでもなく長期にわたり論争点になってきました。論争は、利潤率低下そのもとしても論じられましたが、上記の通り「傾向的低下の法則」として、資本主義の歴史的な生成、発展、消滅の歴史的法則として、とくに利潤率の低下による資本蓄積の破綻として論じられてきた。「法則そのもの」は、簡単に言えば生産力が上昇する場合、資本主義的な生産に特有な現象として、剰余価値率m/vが一定と仮定して、次のように定式化される。
 p/C=m・n/c+v=m・n/v/c+v/v=m・n/v/(c/v+1)
 この利潤率の定式において、生産力の発展は資本の有機的構成v/cを高める。したがって利潤率p/Cは低下せざるを得ない、というものです。しかし、何よりも先ず生産力が上昇し、相対的剰余価値の生産も進むのに、①m/vを一定とするのは背理だし、②技術的発展は回転度数nを高めるだろうし、③c/vについても、cの価値が低下するという「反対に作用する」要因もあるから、利潤率の低下を抽象的な原理的説明として論証することは困難です。原理的には、純粋資本主義の抽象として、生産力の上昇が、資本蓄積論の展開の中で、資本の過剰をひきおこし「絶対的過剰生産」により、周期的に利潤率の低下を招く論証をすれば足りる。マルクスは、資本蓄積論でもそうでしたが、一方では原理的論証により周期的恐慌の必然性を解明する恐慌論を展開しようとした。しかし、同時に他方では、資本主義の生成、発展、消滅の歴史法則として、利潤率の低下から資本主義の崩壊をイデオロギー的に主張したかったのでしょう。
 特にここでは、資本の競争の激化により、「世界市場と恐慌」という「恐慌・革命テーゼ」のイデオロギー的仮設から抜けられなかった事情があったかも知れません。エンゲルスの編集もあったのでしょうが、初期マルクス・エンゲルスの唯物史観のイデオロギー的仮設の枠組みの中に、原理的な「資本の絶対的過剰生産」の解明が埋没させられる傾向が強かった。しかしマルクスは、ここでも資本蓄積にもとづく資本の競争論として、「限界原理」に基づき「資本の絶対的過剰生産」の必然性の解明に成功したのです。その点で、資本主義の歴史的法則の解明とは別に、競争論として「資本の絶対的過剰生産」の解明の理論的意義を、高く評価する必要があるでしょう。

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by morristokenji | 2018-06-05 19:47

(14)超過利潤と地代

 『資本論』第3巻は、第2巻と比べても、マルクスの原稿が年代的にもバラバラだった事情もあり、エンゲルスの編集による独自性が強いように思われます。とくに地代論は、『経済学批判』の後『剰余価値学説史』のリカード地代論批判を受けて、『資本論』に含められることになった事情もあり、エンゲルスは「競争・信用」の後、第6篇に地代論を置きました。こうした方針には、『批判』時点でのプラン「資本・賃労働・土地所有」のトリアーデにより、「土地所有と地代」を労働力・賃労働と共に、「資本」の外部に置く構想が作用しているかも知れません。しかし、純粋資本主義の自律的運動の内部から利潤の一部が地代として外化される点を考慮すると、「超過利潤と地代」として、資本の超過利潤が地代化する枠組みが適当だと思います。
 そこで超過利潤論ですが、「一物一価の法則」としては、個別資本の競争は、平均利潤と生産価格を基準にして競争を展開します。その際、言うまでもなく企業は、先ず投資部門の内部で超過利潤を目指し、企業間の競争戦を展開する。投資の拡大、技術革新など、いずれもこの競争戦の中で進められ、こうした競争により平均利潤と生産価格も実現します。『資本論』では、資本の直接的生産過程による「再生産表式」も前提されるので、先ず価格基準の平均利潤と生産価格を説明した後、平均利潤を超える超過利潤をめぐる競争として説明しています。第2篇第10章「競争による平均利潤率の均等化。市場価格と市場価値。超過利潤」に他ならない。ここでの競争も、単なる無政府的な無規律な競争ではない。「一物一価の法則」の具現化として、「法則は、もっぱら無法則性の盲目的に作用する平均法則としてのみ貫かれる」、そのメカニズム解明です。そこにまた「市場価格」「市場価値」とする、「市場]メカニズムの意味もあるのです。
 すでに「一物一価の法則」で明らかですが、ここでも貨幣による有効需要の変動に対して、供給条件がどのように対応するか、企業間競争がどのように対応するか?それが問われます。ただ、マルクスは第10章では、突如「一部の生産部門は、そこで充用される資本の中位構成または平均構成を、すなわち完全に、または近似的に、社会的平均資本との構成をもっている」と述べ、さらに続けて「これらの部門にあっては、生産される諸商品の生産価格は、貨幣で表現されたそれらの商品の価値と完全に、または近似的に一致する。他の方法では、数学的限界に達せらられないにしても、この方法では達せられるであろう」、こうした書き出しです。エンゲルスが、マルクスの原稿を探し出して並べたように感じます。さらに生産条件を、わざわざ中位構成、平均構成としているのも、またぞろ労働価値説のドグマとの関連で、数学的処理を考慮したのでしょう。しかし、価値形態を前提に、形態規定として「費用価格と利潤」そして平均利潤と生産価格を説明してきた枠組みでは、中位構成、平均構成、さらに大量構成などの制約条件は、ここでは必要なく説明しなければならない筈です。
 そこで生産条件の差異をめぐる投資競争ですが、ある部門の上位、中位、下位の三条件で説明しましょう。上記ドグマから自由になれば、「一物一価の法則」からいって、有効需要の変動に対応する供給条件、そのための投資競争の選択が問題です。需要は拡大したり不変だったり、また縮小することもあります。いま拡大するとして、それに最も積極的に対応する生産条件が下位ならば、下位の生産条件の投資が市場の変動を調節し、その投資が市場調節的な生産価格となります。マルクスは、労働価値説のドグマから、平均利潤や生産価格を価値・剰余価値に還元しょうとするから、唐突に中位構成、平均構成などを持ち出し、さらに市場価格や市場価値の説明に堕ち込んだのでしょう。しかし、すでに形態規定として平均利潤や生産価格を説明し、「転形問題」も解決した。とすれば、ここでは平均利潤、生産価格を基準とする市場の投資競争です。投資競争は、特定部門の上、中、下の生産条件
の選択でも、それは他の部門との投資の選択と結びついた競争です。したがって市場価値や市場価格ではなく、市場調節的生産価格とすれば足りるでしょう。
 上例では、投資の選択が下位ですから、それにより市場調節的な資産価格が決まれば、当然ながら中位や上位の生産条件には、平均利潤を上回る超過利潤が生じます。この超過利潤を目指して投資競争がが拡大、需要の増加に供給が対応します。需要拡大への対応が、中位や下位の場合もありますが、その時は超過利潤の獲得が少なく、総体的に見ると他部門への投資が拡大し、市場調節的生産価格が変動することになるでしょう。いろいろなケースの生産条件の組み合わせが現実には生じますが、ここでは立ち入りませんが、いずれにせよ部門内部の上、中、下の生産条件の差異、さらに部門間の投資条件の差異、両者の差異がオーバーラップしながら、超過利潤をめぐる市場の投資競争が進行します。そして、この投資競争を通じて、市場調節的な生産価格も変動し、個別資本の競争の基準として、ここでは「一物一価の法則」が平均利潤、生産価格の法則として貫かれるのです。
 上記の通りマルクスは、ここでも生産条件の違いによる資本構成について、「中位構成」とか「平均構成」とか、できるだけ価値と生産価格の数量的乖離の少ない事例を持ち出し、さらにまた市場調節的な生産価格ではなく、「市場価値」そして「市場価格」をタイトルにして、全体的に市場価値論として展開しています。マルクスの原稿が完成稿とも思われませんから、試行錯誤の過程とも推測される内容です。そのため市場価値論では、上記のように資本構成を「中位構成」とか「平均構成」とか、さらには量的に大量な構成として「大量構成」などの主張が、主流を占めてきました。しかし、こうした主張は、古典派労働価値説の継承のドグマへの還元です。しかし、商品、貨幣、そして資本を流通形態として、「費用価格と利潤」から平均利潤と生産価格を説く方法とは矛盾する。だから価値と生産価格の矛盾が、再びマルクス労働価値説批判を招いたことを否定できない。さらに超過利潤としての地代論についても、批判を招来しています。
 ここでは簡単に繰り返しますが、労働力の商品化と共に、土地・自然も、資本の原始的蓄積を通して商品化され、土地所有も近代化した。同時に労働市場も、土地不動産市場も成立した。しかし、それは資本主義の発生の歴史的事情であり、『資本論』の純粋資本主義では、土地も労働力も商品経済的富として、他の商品と共に大量に商品取引される。そこに商品形態、そして価値形態の特徴があり、資本主義経済の法則性の根拠となっている。また、商品取引される土地・不動産は、それを利用する資本により超過利潤が獲得され、土地所有者に地代が支払われます。しかし地代化されるにせよ、土地を利用して形成される超過利潤そのものは、たんに特有な生産条件の差異により形成されます。他の生産条件と同様に、いま土地が優、良、可の三種類だとすれば、上記の例と同様に有効需要の変化に対応するのが、可の条件だとすれば優や良の土地には、土地の優劣に伴う生産条件の差異により超過利潤が形成される。この超過利潤の形成については、何らの特殊性も認められません。地代論を超過利潤論として説く理由も、まさにここにあります。
 ただ、土地の優劣による生産条件の差異は、土地自然によるものであり、資本の競争によって直接変えられない。そこに特殊性がありますが、その差異も肥沃度などは自然条件の固定化が大きいものの、位置の違いなどは流動的です。また肥沃度も、土地改良などもあり、絶対的な差異ではない。ただ、相対的に優、良の条件が限られ、そのため上記の例では下位の可の生産条件の限界的投資により需給の調節が進み、市場調節的な生産価格を形成する。したがつて、優、良の土地の超過利潤が地代化する。ただ、資本家が土地を自己保有すれば、超過利潤は資本に帰属したままだし、土地の借り入れの際だけ地代が具体的に形成される。しかし、土地も労働力と同様商品化され、不動産市場で大量に売買されますから、とくに位置の違いによる超過利潤の固定化も絶対的ではない。土地所有者による土地の独占も、独占地代や絶対地代として過大視するのは疑問です。
 いずれにせよ地代論も、超過利潤論の一種として、土地自然の特殊性が反映される限度内で論じられれば済むでしょう。資本主義の初期の形成期には、本源的蓄積として労働力の商品化と共に土地問題が大きかった。しかし、それは歴史的問題であり、純粋資本主義論としては、地代論は超過利潤論として論ずれば済むはずです。また、地代論では、優、良の土地が制限され、需給の調節がもっぱら可の限界地の限界投資で決まります。しかし、それも土地だけに固有な問題ではない。他の部門の投資でも、上、中の優位条件の利用が制限され、下の劣等条件の投資が市場調節的生産価格のなるケースも多い。その点は、上記のマルクスが労働価値説のドグマに平均利潤や生産価格を還元、平均構成や中位構成で市場価値論を説明しようとしたからではないか?「論点」として、市場価値論の「平均原理」と「限界原理」を取り上げて補足しましょう。

 「論点」 「平均原理」と「限界原理」
 マルクスは、上記の通り『資本論』冒頭の商品論から、古典派労働価値説の残滓ともいえる労働価値説による実体論があり、ここ平均利潤と生産価格でも、「費用価格と利潤」などの形態規定を混濁させている。ここで供給条件である生産条件を、資本の価値構成として「中位構成」「平均構成」として、生産価格を価値に還元するために選別する市場価値論の手法は、その混濁を象徴しているのではないか?そのため市場価値論は、市場における需給の調整の市場メカニズムを無視して、労働価値説に還元されて主張されている。そこから市場価値論の主流も、「中位構成」「平均構成」の資本の供給条件から、機械的に「平均原理」として主張されてきました。しかし、中位の供給条件が、数量的に平均構成になるわけではない。逆に平均構成が中位の条件であるとも限らず、単なる数量的な仮空の条件になることもありうる。こうした「平均原理」の主張に対しては、改めて労働価値説批判が浴びせられました。
 すでに「一物一価の法則」で説明しましたが、有効需要の変化に対応して、市場では供給条件が選択されますが、それは「平均原理」による価値法則の具体化ではない。限界的な投資の拡大による限界的な供給であり、いわゆる「限界生産力説」も主張されてきました。こうした限界原理による供給の拡大ですから、上位の供給条件での対応なら、市場調節的生産価格は低下する。逆に下位の生産条件での対応ならば、地代化する超過利潤の形成にみられるように、生産価格が上昇する調節になる。前例では、優および良の土地利用では超過利潤が形成され地代化する。むろん中位の条件の例もありうるわけですが、いずれにせよ「限界原理」として市場の需給変動が調節をみるのです。太陽光など、自然エネルギーの利用が自由に行われれば、限界原理で「費用ゼロ」も当然ありうるわけです。
 マルクスの時代、まだ数量的処理について、上述の「価値の生産価格への転形問題」で提起された「連立方程式」の利用も十分に普及していなかったし、「限界原理」についても同様だった。その点で商品取引における有効需要に関連して、限界効用の低減についても、数式的処理が進んでいなかった事情があった。ただ、市場価値論をめぐっては、明らかに限界原理の利用を念頭に置いていた節もある。とくに続いて取り上げる「資本の絶対的過剰生産」における利潤率低下については、資本の限界的投資を明らかに想定しています。いずれにせよ、マルクスの時代が数量的処理について、まだ「限界革命」が進み始めてばかりの過渡期だった点を考慮すれば、マルクスが限界原理の利用について、大きな関心を寄せていた点を前向きに評価すべきではないでしょうか。 

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by morristokenji | 2018-05-31 20:01

(13)平均利潤と生産価格

 すでに紹介の通り、マルクスは『資本論』の巻別構成について、第1巻「資本の生産過程」第2巻「資本の流通過程」に対し、第3巻をたんなる両者の統一ではなく、「競争や信用」を含む「全体として見られた資本の運動過程から生ずる、具体的な諸形態を発見し、説明することである」と第3巻の冒頭で述べている。その上でエンゲルスは、マルクスの原稿を整理して、「費用価格と利潤」のタイトルの下で、利潤や利潤率、平均利潤や生産価格を説明している点が、極めて重要な論点です。ここで、資本の直接的生産過程に戻り、剰余価値率の利潤率への転化などではなく、ここでも価値形態論が前提になって、資本を商品、貨幣に続く流通形態としてのG-W-G'としている。だからこそ、G-Wがc+vではなく、わざわざ費用価格kp(産業資本形式ならG=W===Pが費用価格)としているのです。こうした流通形態の見地から、費用価格とW-G'販売価格vpとの関連で、G'の利潤を説明して、利潤率を導く方法を採用している。その上で個別資本の競争による平均利潤、そして平均利潤が実現される生産価格を展開する方法に他なりません。
 ここでは、明らかに費用価格kpと販売価格vpの差額がΔgとしての利潤pです。この利潤が、費用価格を含む投資の全体額Gとの関連でΔg/G利潤率を形成する。個別資本が競争に際しての価値増殖率であり、利益率です。そして個別資本による自由な競争の下では、利潤率が平均化され、平均利潤率及び平均利潤apが形成され、価格基準としては生産価格ppが成立します。このように流通形態としての資本が前提され、さらに資本の流通過程の固定資本の存在が作用して、平均利潤率に基づく生産価格論の展開になります。しかし、ここでも生産価格論の展開は、価値形態による流通形態の見地だけでなく、ここ生産価格論においてもまたぞろ、『資本論』冒頭から前提されてきている労働価値説の等価交換との矛盾に逢着します。価値と生さ価格の矛盾に他なりません。
 マルクスは、「資本主義的に生産される各商品の価値Wは、定式W=c+v+mで示される」として、まず直接的生産過程での商品の価値規定を提示します。こうした価値規定こそ、労働生産物を商品経済的富として、その価値を等価労働量に還元していたスミスなど古典派以来の労働価値説から直接的に導かれたものです。しかし、その論証こそ単なる同義反復・トートロジーに過ぎない、というマルクス批判を引き起こしました。すでに繰り返し述べたので繰り返しませんが、こうした価値規定を前提にして、ここでまた「費用価格をkと名付ければ、定式W=c+v+mは、定式W=k+mに、商品価値=費用価格+剰余価値に転化される」と述べます。こうした費用価格、利潤の定義では、上記の流通形態としての資本の運動形式は無視され、費用価格や利潤は単に実体的なc+vの見方の違い、「括り方」の差異だけに過ぎなくなってしまう。個別資本が競争する流通形態としての資本、その費用価格や利潤の提起の意味は無くなってしまいます。
 同様にマルクスは、労働価値説に基づく商品の価値規定W=c+v+mを設定するため、剰余価値mの見方の差異だけで利潤pを定義することになります。さらに利潤率も、m/c+vに還元される。また、固定資本の回転を考慮するものの、m/Cが平均利潤の前提に置かれ、価値から単に量的に乖離した生産価格となる。そうなれば同義反復・トートロジーに過ぎないと批判を浴びた労働価値説は、ここで価値と生産価格の矛盾に陥り、さらに批判の矢を浴びざるを得なくなってしまいます。マルクスが折角、第3巻について「競争・信用」を意識しながら、「資本の運動過程から見られる具体的諸形態」とした費用価格や利潤の形態的意義は消えて無くなる。われわれは、ここでも価値形態論を重視し、流通形態としての資本の形態規定である「費用価格と利潤」の見地から、個別資本の競争の基準としての生産価格の展開が必要です。
 マルクスがここで逢着した価値と生産価格の矛盾ですが、上記のc+v+mが前提され、たんにmだけがpに、さらに平均利潤apに転化するだけで、剰余価値mの単なる再配分に過ぎないから、総剰余価値は総利潤に等しい。また総価値=総生産価格になり、総剰余価値=総利潤、総価値=総生産価格として、等労働量交換としての労働価値説は堅持されているという、ここでも同義反復に過ぎない遁辞が主張されます。すでにドグマの化した労働価値説から離れて、新たな価格基準としての生産価格は、価値形態論を前提にして、価値から価格の乖離として説明されなければならない。そのためには資本の直接的生産過程で説明された、資本・賃労働の階級関係の剰余価値論と、ここ個別資本の競争の具体的運動形態との「次元の差異」を明確にする必要がある。
 すでに述べたので略述しますが、価値形態論を前提に価値から質的・量的に乖離する価格基準として、まず「一物一価の法則」が論証されました。資本の競争論としての生産価格が、ここでは「一物一価」の法則を具体化します。費用価格も販売価格も、価格の基準としては生産価格による取引です。労働者も労働力商品の価値を、必要労働を表現する生活資料として資本から買い戻す。労働価値説は、等労働交換のドグマではなく、労働者が必要労働の買い戻しとして生活資料を購入する、こうした必要労働による労働力商品の価値規定として論証される。資本の直接生産過程としては、剰余価値論も蓄積論も、労働による価値規定として説明されてきました。純粋資本主義が前提され、資本・賃労働のマクロなレベルでは、剰余価値が剰余労働により規定されていればよかった。しかし、費用価格・利潤の個別資本の競争の次元では、価格の基準が費用価格も販売価格も生産価格である。
 上記のように労働価値説が前提され、費用価格がc+vで剰余価値mだけが平均化されpに修正されるだけでは、費用価格は価値で売買される。生産価格は販売価格だけでは、生産価格は個別資本の全体、総資本の売買を規制できない。例えば。同じコメが、食堂で生産財として費用価格により購入されるときは価値で、コメ屋で消費財として販売されるときには生産価格になる。これでは一物一価の法則が否定され、一物二価になり生産価格が価格基準を形成できない、という重大な矛盾に陥ることになる。この費用価格の生産価格化を巡り、国際的にも「価値の生産価格への転形問題」が論争されることになったのです。そうした論争として、マルクス価値論をめぐる論争が進められたので、以下「論点」として紹介しましょう。

「論点」
 転形問題は、上記の通りマルクスの費用価格の生産価格化をめぐる論争であり、生産財と消費財など、すでに紹介したマルクスの「再生産表式」に関連した論争でした。問題提起者は、L・ボルトキェヴィッツと言われますが、マルクス経済学の内部でもP・スウィージー、M・ドッブなど、また近代経済学からもP・サミュエルソンなどの参加もあった国際的論争です。再生産表式は、社会的総資本による社会的な労働配分の経済原則の説明であり、c+v+mの価値構成と共に、生産手段・生産財=第一部門と消費手段・消費財=第二部門に分け、使用価値の視点から労働配分を説明しています。こうした使用価値の視点があるから、費用価格と販売価格の社会的絡み合いが論じられることになる。例えばスウィージーは、再生産表式を簡単化し、次のように論点を整理しました。
 (表)略
 ここで第一部門で使用された不変資本は400だが、販売される生産価格は433・1/3、また3つの部門の賃金の支払い総額は200だが、第二部門の賃金財の産出額は166・2/3、第三部門の奢侈財は、たまたまこの表では総剰余価値に見合っている。こうしたマルクスによる費用価格は価値、販売価格を生産価格とした転化論では、産出と投入との間に不一致が生じ、単純再生産の均衡条件が満たしえない。そこで経済原則を充足する再生産表式の性格上、実物面・実体面の均衡は動かせないとすれば、もっぱら価格面での不一致として処理されなければならない。その点で、ここでも費用価格や販売価格が、上述の通り流通形態としての資本の「具体的な諸形態」として位置付けられていた重要性が提起されてきます。とくに質的にも量的にも価値実体から乖離する価格形態を踏まえ、「一物一価の法則」として費用価格と販売価格を同時に生産価格として説明しなければならない。すでに計量的なレベルでの論争になっていますが、さらに費用価格と生産価格が同時に規定しあう関係上、スウィージーは「函数関係」として処理するため、次のような連立方程式を提起します。
 (表) 略
 ここで(1)は、単純再生産の均衡条件を実物・実体的にしめす恒等式、それに対し生産価格で評価され直す際、Ⅰにはx、Ⅱについてはy、Ⅲはzの各未知数を、生産価格による再評価の変化率を示すものとしてウエイトする。平均利潤率を示す未知数をrとすれば、未知数は4つ、方程式は3つで、方程式の解法だけでみれば、①もう一つ方程式を立てるか、②未知数を一つ減らすしかない。①としては、上述の総価値=総生産価格、あるいは総剰余価値=総利潤の命題、②としては、ある部門に貨幣材・金の生産を想定して未知数を減らす。方程式の解法など混乱していた論争を整理すれば以上の通りです。ここでも数学ではない以上、労働価値説のドグマを超えて、価値形態を前提とした一物一価の法則として生産価格を規定すれば、②の未知数を減らす解法、それは金生産をⅢに属するとすれば、貨幣材の金の実物・使用価値が価格形態として生産価格を示すことになる。zをカットできる。
 さらに生産価格の形態規定の重要性は、価値形態としての価格形態だけではない。費用価格の生産価格化が、改めて意味を持ってくる。ここで金生産がそのまま生産価格として購買力を持つとすれば、金生産には平均利潤を分配される規制のメカニズムはどこから与えられるのか?それは金生産部門の費用価格の生産価格化によって与えられる。その点でも費用価格の生産価格化、そして形態規定の重要性が提起されます。いずれにせよ、再生産表式の実物的・実体的な計量関係と、費用価格と生産価格の形態規定の次元の違いを明確にして、計量的な処理を進めることが重要です。その点でも、マルクスが費用価格をたんなる実物的・実体的「生産費用」とせず、形態的に「費用価格と利潤」とした意義が認識されるべきでしょう。
(拙稿「価値の生産価格への転形問題ー価値法則と生産価格」『経済評論』1960年1月参照) 

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by morristokenji | 2018-05-11 11:01
 『自然エネルギーのソーシャル・デザイン』
 ―スマートコミュニティの水系モデル―

*経緯
 
仙台市の政令市移行に伴う宮城町の計画策定への協力
  
作並・瀬戸原地区の土地購入と「賢治とモリスの館」建設

「みやぎ建設総合センター」による建設業振興活動事業に対する助成金
「建設業主導による名取川・広瀬川水系の資源を活用した低炭素社会構築
モデル事業」受託

2011・3・11東日本大震災の発生に伴い、上記「モデル事業」に震災復興の視点を据える。特に、東北電力の発電施設①女川原子力発電所②仙台火力、新仙台火力両発電所の被災による発電停止に対し、③三居沢小水力発電所(1888)が健在だった事実 、および戦前は仙台市電気部の発送電事業が多大な成果を収めた点などを重視することになった。(拙稿「地域の自然エネ活用を:復興再生の道」河北新報、2011・6・26付「持論時論」参照)

*論点
1)オバマ・Green New Dealの自然エネルギーへの回帰、産業構造の転換、さらに最近のJ・リフキンなど「第三次産業革命」論  戦後日本のエネルギー政策と東北開発の総点検 低炭素化と自然再生エネルギーと第三次産業革命の位置づけ

2)晩期マルクスおよびW・モリス、B・バックスの共同体社会主義(コミュニタリアニズム)の視点  晩期マルクスの「共同体」志向とモリス・バックス『社会主義』の接点

3)宮沢賢治の「産業組合青年会」「ポラーノの広場」など、協同組合運動への視座の評価  賢治と高橋秀松(初代・名取市長)の交友と協同組合運動

4)宇野弘蔵「労働力なる商品の特殊性について」(1948年4月『唯物史観』) 労働力商品の特殊性と単純流通A-G-W、「資本の変態」の切断と労働力再生産の個人的消費、生産と消費の経済循環=経済原則、「共同体社会」主義の視点



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by morristokenji | 2018-03-05 20:15
 『資本論』の中には、「商品経済の物神性」など、物神性(フェティシズム)の説明が沢山出てきます。物神性の現象形態、その根拠など、多様な説明です。人間と人間の関係がモノとモノの関係になり、そのモノが魔力をもって人間の意識や行動を支配する。『資本論』で最初に登場するのが「貨幣物神」で、「カネに目が眩む」金権腐敗の政治などでしょう。
 
 『資本論』第1巻、冒頭「商品」論の最後第4節が、「商品の物神的性格とその秘密」でしたが、ここで「商品の物神性」と「貨幣の物神性」がまず取り上げられました。ただ、貨幣の物神性も商品との関係で生じていますから、「商品の物神性」とも言えますが、物神性そのものは商品ではなく「貨幣の物神性」です。商品と商品の関係が、なぜ貨幣との関係となり、「カネに目がくらむ」貨幣の物神性を産むのか、その必然性の解明が「価値形態論」であった。だからマルクスも、順序として第3節「価値形態または交換価値」の説明の後の第4節で「貨幣物神」を説明したのでしょう。
 そこで、マルクスの説明を繰り返しますが、「商品を使用価値として見る限り、商品はその属性によって人間の欲望を充足させるものだとか、あるいは人間労働の生産物として得るものではない」として、商品の使用価値とか、価値規定の内容・労働からではなく、物神性が「商品の形態的性格」、つまり価値形態から生ずる、と明確に言い切っていました。A・スミスのように価値規定の内容・労働を「本源的購買貨幣」としたのでは、商品は労働生産物として貨幣であり、商品は相互に交換・購買し合い、価値形態には思いも到らない流通主義の誤りに陥ったのです。マルクスはそこを批判して、商品物神を貨幣物神として、価値形態から説明したのです。
 商品の価値形態ですが、すでに説明の通り相対的価値形態の商品の価値が、等価形態の商品の使用価値で表現される。繰り返しますが、商品の2要因が相対的価値形態の積極的な価値の表現、等価形態の使用価値が価値の消極的な表現材料の提供として分化する。x量・商品A⇒y量・商品Bですが、商品Aの所有者はAを供給し、商品Bの使用価値を需要する形態で、AとBの価値関係が形成されている。したがって、Aの所有者のBの使用価値に対する欲望が重要だし、欲望を充足する使用価値の量になる。だから、例えば「20エレのリンネル=半着の上着」などは、Aの上着の使用価値への欲望を無視したナンセンスな表現形式になる。
 マルクスの価値形態論は、「簡単な価値形態」「拡大された価値形態」「一般的価値形態」と展開されましたが、上記のAとBとの需要と供給の対立関係を明らかにするものです。「一般的価値形態」では、等価形態としては「一般的等価物」が出てくる。価値物としてBは直接的交換可能性、つまり「購買力」を与えられ、その代わり相対的価値形態のAは、使用価値として供給できることになる。その上で、貨幣形態は一般的等価物としてのBの地位が独占的に固定され、逆にAは使用価値の単位量を前提に供給される。例えば貨幣商品が金だとして、1着の上着⇒2オンスの金、1トンの鉄⇒4オンスの金、10ポンドのコーヒー⇒0.5オンスの金というように、相対的価値形態として供給される商品は、それぞれ商品供給の単位量が、それに対する等価形態の貨幣は、量的に分割・合成が可能なので4オンスとか、0.5オンスなど価値量の貨幣表現、つまり価格表現になります。
 このように価値形態としての貨幣の地位が独占的に固定すれば、直接的交換可能性としての購買力が付与される以上、貨幣が何でも購入できる「有効需要」の担い手になる。逆に相対的価値形態の一般商品は、供給しやすいように単位量の使用価値として市場に出る。価値の貨幣表現である価格に対しては、右肩上がりの供給曲線、逆に需要の方は、価格に対して右肩下がりとなり、商品によっては「限界効用」が低下することが含まれるでしょう。価格は需要曲線と供給曲線の交点になるでしょうが、購買の決定は購買力による有効需要の担い手としての貨幣の側にある。「金は生まれながらにして貨幣ではないが、貨幣は生まれながらにして金である」貨幣物神が、ここから生まれるのです。19Cに金本位制が長く定着し、その後も基軸通貨ドルは金との交換性が保証される金為替本位制だったし、その崩壊後の管理通貨制も「管理できない管理通貨制」だし、為替相場の急変時には、先ずは金を購入する動きが出るのは、他でもない「貨幣物神」のなせる業ではないか?

 物神性の根拠については、資本の直接的生産過程で明らかにされます。流通形態としての資本の「一般的形式」は、すでに説明の通りG-W-G'ですが、「労働力の商品化」を前提にして、産業資本の形式G-W---P---W'-G'において、商品関係が人間関係の形成と結びつくからです。資本による価値形成・増殖過程で、人と人の関係がモノとモノの関係として階級関係となる必然性が解明されます。A・スミスのように価値形態を看過し、労働力の商品化を解明できないまま、人間労働を本源的購買貨幣としてしまえば、人と人の関係がモノとモノの関係に媒介される人間疎外は眼中に入らない。物神性の根拠が問われないまま、商品経済が絶対視されるのです。マルクスは、『資本論』の価値形態論により労働力の商品化を明らかにし、人間疎外の根底から物神性を明らかにしたのです。
 
 そのマルクスですが、すでにみたとおり『資本論』第3巻の第5篇「利子生み資本」において、貨幣の物神性を前提にして、さらに「資本の物神性」を提起しました。第24章の冒頭ですが「利子生み資本において、資本関係は、その最も外的な最も物神的な形態に達する」と述べていた。ここで「利子生み資本」ですが、すでにみたとおりマルクスは、一方において「貨幣資本家」、他方では「機能資本家」を持ち出し、貨幣資本家は「資本として投じ得る貨幣を持ちながら、自らは資本として投じない」資本家、逆に機能資本家は「資本として投じ得る貨幣をもたない資本家」としていました。貨幣資本家は、貨幣の機能として「資本として機能する使用価値」があり、それを機能資本家に貸し付けて利子をとり「利子生み資本」として価値増殖を図る、というものです。
 しかし、この「利子生み資本」には、多くの疑問が寄せられていますが、ここでは繰り返しません。要するに、本来は資本の流通過程を根拠に説明される「信用論」を抜きに、貨幣資本家も機能資本家も説明できない。信用論やさらに商業資本論を説き、資本の競争を媒介にして、資本過剰の見地から利潤率と利子率の対抗関係を説き、利子率が変動する「貨幣市場・資金市場」を説かねばならなかった。ところが、そうした説明を後回しにして「利子生み資本」を形式に説明して「資本の物神性」を説いた。現行『資本論』第3巻の篇別では、第4篇で商業資本が説かれ、そこで信用論や貨幣市場の利子率抜きにして、いきなり「利子と企業者利得」が説かれてしまった。そのため信用論抜きの「利子生み資本」の資本の物神性が登場したとも推測できる。さらにまた、ここでは資金を融通する「貨幣・資金市場」と株式資本などの「資本市場」が混同されているのではないか?いずれにせよ『資本論』第3巻は、すでに指摘の通りマルクスの草稿やノートなどを、エンゲルスがアレンジしたものですが、著しく不合理な篇別の整理のように見えます。
 
 なお、マルクスの「資本の物神性」の説明は別にして、「貨幣・資金市場」が成立し、利子率が確定すると、すべての収益について、それを利子率で資本還元する。それを「資産」と呼び、動産と不動産、金融資産と実物資産、とくに株式資本を中心に「擬制資本」として、「資本市場」も成立してきました。こうした「資産」価値からの収益は、「資産」価値が利子率による資本還元である以上、収益は利子と見なされ、そこに物神崇拝的な性格を見ることは可能かも知れません。しかし、資本と資産の違いもあるので、それを「資本物神」と呼ぶのは如何なものか。昔から有産者(ブルジョア)と無産者(プロレタリア)の区別があり、今日では超低金利による異次元金融緩和の政策が、所得の格差より資産格差を拡大し、両者の対立が階級対立と見なされる傾向もある。(トマ・ピケティ『21世紀の資本』2014年みすず書房刊、参照)その点では「資産」の物神性が特に重要かも知れません。

 「論点」株式資本と金融資本
 
 「資本の物神性」については、「貨幣・資金市場」と「資本市場」の混同の下ですが、マルクスも株式資本を対象にしているように見えます。現実の株価の動向も、配当を利子率で資本還元する点では、「利子生み資本」に属すると言えます。ただ、『資本論』の信用論としては、第25章「信用と空資本」の冒頭で、「商業信用と銀行信用を取り扱うに止める」として、「この信用の発展や公信用の発展との関係は、考察外に置かれる」として、株式資本などは「公信用」と共に『資本論』を超えた領域に属するとしているようです。しかし、すでに述べた初期マルクス以来の唯物史観のドグマともいえる資本主義の生成、発展、没落の歴史的展開と理論的展開との統一、また経済学批判体系プランの「競争・信用・株式資本」からすれば、株式資本を「利子生み資本」として「資本市場」を具体的に展開しようとしていたようにも思われます。その辺は、計りかねる論点でしょう。
 マルクスの意図はともかくとして、『資本論』の最後に株式資本を理論的に位置づけ、資本主義の歴史的発展との理論的な関連付けの傾向は、今日なお強いように思います。また、今日の資本主義にとっては、株式市場の役割から見ても、株式市場を中心とした株式資本、それを利用する金融資本の歴史的役割は軽視できない。むしろ資本主義の歴史的発展としては、現代資本主義も金融資本の発展段階として位置づけざるを得ないからです。しかし、資本主義の歴史的発展の位置づけと、『資本論』が提起した純粋資本主義の抽象、そこでの自律的運動法則の解明、さらに理論と歴史の関連からみた「科学的社会主義」の方向づけからは、株式資本の取り扱いは慎重でなければならない。とくに①原理論、②段階論、③現状分析の三段階の方法からすれば、株式資本を①の原理論に含めることは出来ないと思います。
 言うまでもなく株式資本や株式会社は、現代の資本主義だけに特有なものではない。歴史的には古くから存在し、特に世界市場の発展に寄与してきた。ただ純粋資本主義が理論的に抽象される資本主義の確立期には、その役割が減退したとも言われています。しかし、20世紀の金融資本の発展と共に、資本の蓄積、とくに集中・集積は、株式資本を利用して進められてきた。中小株主の資金の社会的集中、社会的統合の拡大が、金融資本の組織化の重要な槓桿となった。言い換えれば、純粋資本主義の抽象からすれば、その純粋化を阻害し否定する「逆転化」の梃子となったのが、他ならぬ株式資本の役割であり、それ故に原理論として株式資本、株式会社を説くことができない。方法論としては、原理論の法則解明を前提にして、株式資本と金融資本の歴史的意義を明らかにすることが重要です。株式資本を純粋資本主義の原理論の中に無理やり取り込むことは、一方で原理論の法則性を曖昧にするだけではない。同時に他方では金融資本の蓄積における株式資本の組織的統合、中小株主への支配の役割を看過することにもなってしまう。
 純粋資本主義の抽象による原理論は、たんに資本主義の自律的運動の解明にとどまらない。運動法則の解明は、資本主義の運動法則の基礎に「経済原則」が明らかにされ、労働力商品化の止揚とともに、資本主義経済を超える人類社会の構図も明らかにされる。初期マルクスの唯物史観のイデオロギー的仮設の枠組みを脱却して
、「経済原則」の主体的、目的意識的、組織的な実践の新たな地平が拓かれる。そうした純粋資本主義の抽象の意義を明確にしておくことが重要でしょう。

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by morristokenji | 2018-02-26 09:17
「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係を、つまり彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を取り結ぶ。この生産諸関係の総体は、社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、その上に法律的、政治的上部構造がそびえ立ち、また一定の社会的意識諸形態、その現実の土台に対応している。」
「社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階に達すると、今までそれがその中で動いてきた既存の生産諸関係と矛盾するようになる。これらのの諸関係、あるいはその法律的表現に過ぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態から、その桎梏へと一変する。その時、社会革命の時期が始まる。経済的基礎の変化につれて、巨大な上部構造の全体が、徐々にせよ急激にせよ、崩壊する。」
「一つの社会構成は、すべての生産諸力が、その中では発展の余地がないほど発展しないうちは、崩壊することは決してなく、また新しい高度な生産諸関係は、その物質的な存在条件が、古い社会の胎内で孵化し終わるまでは、古いものにとって代わることは決してない。だから人間が立ち向かうのは、いっも自分が解決できる課題だけである。」
「大略、経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、近代ブルジョア的生産様式をあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、と言っても個人的な敵対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生ずる意味での敵対的な形態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時に敵対的関係の解決のための物質的諸条件をつくり出す。だから、この社会構成で人間社会の前史は終わる。」

 少し長いが「唯物史観」の定式からの引用です。マルクスが経済学の研究を始めて以来、「初期マルクス・エンゲルス」の唯物史観が、一貫してイデオロギー的に前提されてきた。マルクスの表現を借りるなら、経済学研究のための「導きの糸」として、マルクスは資本主義を歴史的な社会としてとらえ続けてきた。それは科学的研究には不可欠な「作業仮設」であり、イデオロギー的な仮説だった。仮説は必要不可欠であり、マルクスにとっても、まさに理論的研究の「導きの糸」として役立ったし、その点で唯物史観を抜きに『資本論』もあり得ないし、唯物史観を否定してはならない。しかし、仮説はあくまでも仮設であり、理論や歴史そのものではない。理論については、理論的検討による論証が必要だし、歴史的事実については検証、実証が行われなければならない。理論的論証なしに、また歴史的実証抜きに一方的に主張されれば、それは単なるイデオロギー的なドグマになってしまう。
 まず「初期マルクス・エンゲルス」の唯物史観ですが、最初エンゲルスが投稿してきた『独仏年始』の経済学研究の論稿「国民経済学批判大綱」(1844年)に、マルクスが強く刺激を受けた。マルクスは、もともと父親の影響もあり法律学を専攻し、ベルリン大学ではヘーゲル哲学を学び、ヘーゲル左派として活躍していた。しかし、主筆を務めた『ライン新聞』で、「森林盗伐」問題などを扱っている中で、経済学の勉強不足を痛感していた。それだけにエンゲルスの論文からの刺激が大きく、続いて二人は共同で『経済学・哲学草稿』『ドイツイデオロギー』『共産党宣言』などを書いた。共同作業なので、ここで「初期マルクス・エンゲルス」と表現しますが、ロンドン亡命以降も二人の協力は続いものの、「中期マルクス」であり、「後期マルクス」であり、経済学研究はもっぱらマルクスが担うことになった。エンゲルスは父親の工場経営のため遠くマンチェスターに離れてしまった。
 要するに唯物史観は、「初期マルクス・エンゲルス」の作業仮設であり、A・スミスやD・リカードなど古典派経済学の抜粋、ノート、草稿の中で「国民経済学者は私有財産制の運動を説明するのに、労働を生産の中枢として捉えながら、労働者を人間としては認めず、労働する機能としてしか見ていない」と述べている。ヘーゲル左派として、人間疎外、労働疎外の立場ではありながら、ここでは私有財産の基礎に労働をおいている。この「私有財産と労働」を起点として、階級関係も「ブルジョア(有産者)に対するプロレタリア(無産者)」であり、さらにJ・ロック以来の「労働価値説」を基礎にして、自然法に基づく「自己の労働」の果実としての私有財産を提起したのです。唯物史観は、こうした「私有財産と自己の労働」に基づく古典派労働価値説の受容にあった、と捉えることができるでしょう。

 では、その後マルクスの経済学研究が進む中で、唯物史観はどうなったのか?「中期マルクス」の『経済学批判』ですが、ここには「序説」とともに、「序文」には経済学研究のプランや上記引用の唯物史観が定式化されています。マルクスは自らの経済学研究の跡を振り返り、ここで唯物史観を定式化する。そのうえで古典派労働価値説を継承し、商品、貨幣を論じます。だから『経済学批判」は、唯物史観の定式の枠組みの中で、商品の価値や貨幣の機能が論じられているのです。商品は、古典派労働価値説によって労働生産物であり、労働生産物が富であり、「国冨」である。したがつて商品の価値は労働により決定され、交換価値も基本的に等労働量の交換比率として等労働交換である。貨幣の機能も、こうした商品論の労働価値説に基づいて展開されますが、「貨幣の資本への転化」には進めなくなった。したがって『批判』は、商品論と貨幣論だけで終わってしまったのです。マルクスの挫折です。そこでマルクスは、『批判』に先行して書いた草稿『経済学批判要綱』を超えて、『経哲草稿』以来3度目になる経済学説批判の作業を進め直します。それが『剰余価値学説史』ですが、もう一度マルクスは、ここでスミスやリカードの批判的研究に挑戦したのです。
 この『剰余価値学説史』の研究を通して、「後期マルクス」の『資本論』の地平が拓かれた。古典派労働価値説の批判を進め「価値形態」、そして「労働力の商品化」、さらに「貨幣の資本への転化」を通して、資本の生産過程による剰余価値論の展開に成功しました。その点でいえば、価値形態論と労働力商品化論は、理論的には表裏の関係にある。労働力は労働生産物ではない。しかし、労働力は土地・自然・エネルギーなどとともに、商品経済的富の原基形態をなす。労働力や土地自然まで商品化され、労働市場や不動産取引が拡大する。それが資本主義経済の商品市場の特徴です。例えばスミスは、すでに指摘のとおり商品を労働生産物に還元して、労働を「本源的購買貨幣」とした。生産過程を流通過程に還元し、流通主義のイデオロギーにより資本主義の絶対視に陥ったのです。マルクスは、労働力の商品化の解明に成功し、それにより商品形態=価値形態を明らかにした。古典派労働価値説の批判の要諦は、価値形態と労働力の商品化の解明にあり、それによってマルクスの『資本論』は古典派経済学を科学的に批判し超克できたのです。

 しかし、『資本論』による古典派労働価値説の批判的克服は、それほど安易な作業ではなかった。価値形態論をあれほど強調し、労働力商品化による剰余価値論を展開したにもかかわらず、『資本論』冒頭の商品論では、商品は依然として労働生産物だし、等労働量交換として、価値論の展開が進められている。そのためベーム・バベルク以来、マルクス価値論批判がそこに集中して来ました。また、古典派労働価値説と密接に関連している、私有財産の自己の労働による基礎づけも、すでに解説のとおり『資本論』第1巻の最後に「所有法則の転変」として残されているのです。剰余価値の資本化による資本蓄積の前提に、マルクスはまず「商品生産の所有法則」として、「最初われわれにたいして所有権は、自己の労働に基づくものとして現れた」(第22章 剰余価値の資本への転化」)と述べ、それが「社会的労働に基づく資本主義的私的所有」による資本蓄積、そして「社会的労働に基づく社会的・共同所有」として「所有法則の転変」に基づいた「資本主義的蓄積の歴史的傾向」を第7篇、第24章「いわゆる本源的蓄積」の第7節で説いているのです。
 こうしてマルクスは「初期マルクス・エンゲルス」以来の唯物史観を、ここでまた提起します。しかし『資本論』のマルクスは、一方で古典派労働価値説の根本的批判を進めてきた。価値形態論と一体化された労働力商品化論、そして労働力商品化の特殊性に基づく剰余価値論、そして資本の流通過程論に他なりません。唯物史観の定式化にもかかわらず、上記のとおり「中期マルクス」の『批判』は、「貨幣の資本への転化」を前にして挫折した。それを超えた「後期マルクス」の『資本論』としては、古典派労働価値説の流通主義に回帰することは許されないはずです。古典派労働価値説の批判からすれば、「初期マルクス・エンゲルス」の唯物史観の原点への回帰は、唯物史観を作業仮設からドグマにしてしまう重大な誤りではないか?この誤りも、古典派労働価値説をマルクスが十分批判しきれなかったことによるものではないか?

 以上のように「初期マルクス・エンゲルス」の唯物史観は、エンゲルスの主導で古典派労働価値説による「私的所有と労働」の関係として定立されました。もちろんヘーゲル左派の立場から、疎外論が前提され、疎外された労働による私的所有の基礎づけだった。しかし、「後期マルクス」の『資本論』における純粋資本主義の抽象による価値論が形成されるまで、価値形態論も労働力商品化論も、古典派労働価値説を批判したマルクスには、まだ十分には提起できなかったのです。それがまた「貨幣の資本への転化」に進めなかった「中期マルクス」の『批判』の限界だった。しかし、『資本論』のマルクスは、価値形態論も労働力商品化論も明確に定立し、新たな理論的地平を切り拓くことに成功したのです。だとすれば、『批判』の唯物史観の仮説に埋め込まれた「私的所有と労働」、そして「所有法則の転変」の歴史観からここで決別し、それまでの唯物史観の作業仮設を、純粋資本主義の自律的経済法則による論証により問い直す必要があったのではないか?
 1870年代の「晩期マルクス」にとって、すでにヨーロッパ大陸は周期的恐慌を繰り返し、金融恐慌をバネにして経済成長を続けていた。唯物史観の「恐慌・革命テーゼ」は完全に反故と化し、政治的には「パリ・コンミューン」の激動が、マルクスも指導した国際的な労働運動の連帯組織「国際労働者協会」(第一インター)を解体に導くことにもなった。エンゲルスの「プロレタリア独裁」に対し、むしろマルクスは、ここでL・H・モルガン『古代社会』を読み、新たにまた「古代社会ノート」作りに進んだ。さらに、いち早く『資本論』の翻訳が進んだロシアからは、ナロードニキの女性活動家、ロシア社会民主労働党のメンシェビキ理論家ヴェラ・ザスーリチからの手紙による詰問に、事実上「所有法則の転変」を修正する返書を書かざるをえなかった。それに加えて英訳が遅れに遅れていたロンドンでも、『資本論』仏語訳の読者が広がり、マルクス主義の組織「社会主義者同盟」のE・B・バックスが、「現代思潮のリーダー達 第23回 カール・マルクス」を書いたのです。バックスは、『資本論』の価値形態論、労働力商品化論を高く評価したうえで、パリ・コンミューンを踏まえたのでしょう、「所有法則の転変」を超えて「共同体社会主義」を提起したのです。マルクスもまた、それを「真正社会主義」として受け止めながら、亡妻を追うように死地に赴いたことを最後に指摘しておきます。

 「論点」 「唯物史観」をめぐる歴史観の対立
 初期マルクス・エンゲルスによる唯物史観が、マルクスの経済学研究にとって、近代社会の資本主義を批判的にとらえるイデオロギー的な作業仮設として、極めて重要な役割を演じていたことは上記の通りです。しかし、経済学研究の深化と共に、とくに中期マルクスから後期マルクスの『資本論』への道程は、当時のイギリス中心の資本主義の発展によつて、「純粋資本主義」の抽象による法則性の解明、それによる新たな歴史観の形成の地平を拓くことになった。しかし、にもかかわらずマルクスに対する古典派労働価値説からの制約が強く、「所有法則の転変」の歴史観を残したし、それによる資本主義への「葬送の鐘」を鳴らすことにもなったのです。しかし晩期マルクスは、ポスト『資本論』の70年代、「パリ・コンミューン」の影響など、共同体論の新たな研究に取り組み、自らの歴史観を考え直していた。そうした事情を配慮して、ここで『資本論』をめぐる歴史観の流れを整理して置きましょう。
 
 まず一つの流れは、初期マルクス以来の所有法則の転変を踏まえた「単純商品生産史観」と呼べるようなものです。「最初われわれにたいして所有権は、自己の労働に基づくものとして現れた」、つまり独立自営の農民など小商品生産者の社会が想定されます。そこでは個人的な生産による生産力の発展、社会的分業などの拡大により、商品経済が拡大発展する。しかし、「自己の労働によって得られた、いわば個々独立の労働個人と、その労働諸条件との癒合に基づく私有は、他人の、しかし形式的には自由な労働の搾取に基づく、資本主義的私有によって駆逐される。」だが、「資本主義的生産様式が自己の足で立つにいたれば、労働のさらにそれ以上の社会化と、土地その他の生産手段の、社会的に利用される、したがって共同的な生産手段への、さらにそれ以上の転化、したがって、私有者のさらにそれ以上の収奪は、一つの新たな形態をとる。」社会的生産力のさらなる発展による資本主義的私的所有の否定、自己の労働に基づく私的所有の「否定の否定」として、ポスト資本主義を展望します。

 こうした「所有法則の転変」に基づく所有論的アプローチに対して、別のマルクスによる商品経済の発展の見方がある。「商品交換は、共同体の終わるところに、すなわち共同体が他の共同体、または他の共同体の成員と接触する点に始まる。」(『資本論』第1篇第2章)商品経済は共同体の内部からではなく、外部の共同体との間から発生し、私的所有権も共同体内部の自己の労働に基づくものとはいえない。こうした商品経済の外部性から商品、貨幣、さらに「貨幣の資本への転化」を説き、宇野理論の説明にも一部みられたように、世界市場の市場間の価格差から、商人資本や金貸資本の価値増殖を重視する。労働力の商品化も「いわゆる本源的蓄積」による政策によるもので、こうした労働力商品の特殊性に基づく「基本矛盾」が外部的に設定され、労働力商品化の止揚として、ポスト資本主義がここでは展望されます。この歴史観は、「流通浸透視角」とも呼ばれ、「世界資本主義論」により代表されますが、それは宇野理論の「純粋資本主義」の抽象を否定するものです。

 後期マルクスの『資本論』は、19世紀資本主義の確立と発展、政策なき政策とも言える「自由主義」の下で、自律した資本主義から抽象された「純粋資本主義」の法則性解明です。すでに述べた通り、労働生産物ではない、資本の生産物でもない、労働力や土地・自然まで商品化し、周期的景気循環に代表される資本主義的商品経済として、自律的経済法則が抽象される。純粋資本主義として経済法則が抽象されるからこそ、資本主義の発生、発展、成熟(消滅)の歴史的発展段階と経済法則の原理が、方法的に峻別される。宇野理論の原理論と段階論の区分ですが、さらに各国の資本主義の発展と世界経済の現状分析により、労働運動などの組織や運動が解明されることになる。原理論・段階論・現状分析の三段階論によって、原理論の経済法則から解明される「経済原則」の実現、すなわち地域の自然と人間との物質代謝、家族やコミュニティでの労働力の再生産、地産地消の「経済循環」など、労働力商品の特殊性による「基本矛盾」の止揚によって、経済原則を目的意識的、かつ組織的に実現する道が拓かれる。こうした組織的実践による経済原則の実現こそ、晩期マルクスが事実上志向していた「類的存在」としての人間の「共同体社会」主義の実現であり、それによる「人間社会の前史の終わり」でしょう。


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by morristokenji | 2018-01-31 20:08
 第7篇「資本の蓄積過程」の中心は、第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」です。第21章「単純再生産」、ならびに第22章「剰余価値の資本への転化」は、再生産についての「経済原則」を明らかにする。拡大再生産は、いわゆる「経済成長」論であり、資本主義経済では経済の成長が資本の蓄積として法則的に実現する。第22章のタイトルが、「剰余価値の資本への転化」とされ、拡大再生産の内容が「経済学の謬見」である「節欲説」批判になっています。しかし、拡大再生産としての「経済成長」論を明らかにして、「節欲説」を批判しても良かったかと思います。資本主義経済では、経済成長が「蓄積せよ、蓄積せよ」のスローガンのもと、資本蓄積として遂行され、成長至上主義の「欲望の経済」が実現されます。その法則的解明が、第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」です。
 
 マルクスは一般的法則を説明するに当たり、すでに簡単に触れましたが、ここで資本の構成₌不変資本c/可変資本v(有機的構成ともいう)について、①構成の「不変な場合」と②構成が「高度化する場合」の2つのパターンに分けています。①は、単なる規模拡大・能力拡大型投資で、既存の固定資本投資を前提に稼働率を高め、もっぱら労働力や原材料の流動不変資本の拡大を図る。②は、新たな固定資本投資により資本の構成c/vを高度化し、技術革新と合理化を進め省力化を図る投資です。そして、一般的法則としては、「第一節 資本構成の不変な場合における蓄積に伴う労働力需要の増加」、つまり先ずは①の能力拡大型投資の蓄積で進む。とくに資本の流通過程で明らかにしましたが、固定資本の回転の特殊性から、固定資本の償却が進まない限り、新たな設備投資による固定資本の更新ができない。したがって、既存の固定設備の利用で積極的な技術革新はなく、資本の稼働率を高め、流動不変資本と労働力の雇用拡大が進む。その結果として「蓄積に伴う労働力需要の増加」をもたらすことになります。
 ここで労働力商品の特殊性が表面化し、資本蓄積の制約要因となって、資本主義に特有な人口法則が具体化する。①の能力拡大型投資は、労働力需要の増加により雇用拡大が進むが、流動不変資本とは異なり、前述の第2巻資本の流通過程の「可変資本の回転」は、労働力の再生産としての「個人的消費」に依存せざるを得ない。雇用拡大による賃金の上昇は、労働力の再生産を刺激するが、消費生活を通しての労働力の再生産は、モノの生産、再生産ではない。人間の再生産であり、具体的には家庭で家族として子供が出生し、育児・保育され、進学し、労働力として雇用されるまでには最低でも10数年が必要である。こうした労働力の特殊性に基づく再生産の制約が、労働市場における労働力不足・人手不足となり、賃金上昇の圧力となって剰余価値率の低下をもたらす。剰余価値率の低下は、第3巻の分配範疇では利潤率の低下、つまり資本の過剰蓄積を意味する。当然、経済原則的には、経済成長の鈍化、停滞を帰結します。
 このように①の資本蓄積が進むと、労働市場での労働力の不足、人手不足が必然化するが、それは資本蓄積が労働力商品の特殊性から、可変資本の回転を通して、労働市場の求人倍率を高める結果に他ならない。さらに、先ず①の蓄積が進むのは、固定資本の回転の特殊性が、経済原則から固定資本の償却を迫るからです。だから、①の蓄積パターンの持続的進行は、労働力商品の特殊性、固定資本投資の特殊性から、経済成長の制約要因によるチェックを受けることになる。したがって、経済成長の要因の新たな確保が必要にならざるを得ないが、それは「技術革新」による生産性の向上と、それに基づく相対的過剰人口の形成である。生産性向上により、相対的に過剰人口を形成し、それによる労働力不足・人手不足の解消を図ることになります。
 そこで資本蓄積は、マルクスのいう②の資本構成の高度化、つまり上記の合理化型投資へ転換して、資本蓄積を進めることになります。第二節のタイトルも「蓄積とそれに伴う集積との進行中における可変資本の相対的減少」です。合理化型投資は、上記の①の蓄積が進み、固定資本の回転も進んで、償却資金の積み立ても完了に近づいているので可能になる。つまり、固定設備の更新に際して、新たな生産性向上を可能にする技術革新型の投資が行われ、②の資本蓄積に転換することができる。生産性向上は、上記の通り相対的過剰人口を生み出し、それによって労働力人口を形成する。労働力商品の特殊性を「人づくり革命」ではなく、「生産性革命」への資本蓄積の法則的転換により解決するのです。こうした資本蓄積の①から②への自律的転換を通して、資本蓄積の一般的法則が貫かれる。これが『資本論』による「資本主義的生産様式に特有な人口法則」であり、こうした法則により労働力商品の特殊性、固定資本の回転の特殊性による経済原則からの制約を、資本主義は法則的に解決して「富の発展」である経済成長を進めることができる。

 このように『資本論』では、資本の構成を①と②の二つのパターンに分類し、相対的過剰人口の形成などの説明では、①と②の循環的交代を通して、資本蓄積による周期的景気循環の基礎を明らかにしています。例えば「近代産業の特徴的な生活過程、すなわち中位の活況、生産の繁忙、恐慌、沈滞の各時期が、より小さい諸変動に中断されつつ、10年ごとの循環をなす形態は、産業予備軍、または過剰人口の不断の形成、あるいは多く、あるいは少ない吸収、と再形成に基づいている」と明確に景気循環を基礎づけている。しかし、マルクスのの説明は、必ずしも一貫性があるわけではない。①と②がケース・バイ・ケースで、その時の条件で決まるような説明もあるし、さらに①が歴史的に先行し、資本主義的蓄積の本格化とともに②が不断に進み、相対的過剰人口が累積的に進行する。資本蓄積が進むと、過剰人口も累積化し、失業者が増大して「貧困の蓄積」となり、いわゆる窮乏化革命が説かれることにもなります。マルクスも資本主義の「最後の鐘」を早く鳴らしたかったのかも知れません。しかし、「資本主義的蓄積の一般法則」としては、資本主義に特有な人口法則の解明が重要だった。
 マルクスの説明が、必ずしもスッキリ一貫したものにならなかった理由ですが、いろいろあると思います。大きな理由としては、『資本論』第2巻「資本の流通過程」で明らかにされる「可変資本の回転」による労働力商品化の特殊性、さらに「固定資本の回転」の特殊性が十分に前提されなかった。すでに紹介しましたが、マルクス自身も資本の蓄積過程が再生産過程である以上、その前提に資本の流通過程の解明が必要であることを知っていた。しかし、第1巻の取りまとめを急ぎ、「最初まず蓄積を抽象的に、すなわち単なる直接的生産過程の要因として、考察するのみである」とした。このように直接的生産過程として抽象化したことの結果として、可変資本の回転や固定資本の回転の制約が十分に評価されず、②の蓄積パターンが連続することになり、失業と貧困の蓄積が一方的に強調される窮乏化革命論になってしまった。
 もう一つ、『資本論』第1巻の取りまとめを急いだ点とも関連しますが、ここ第7篇「資本の蓄積過程」には、すでに述べた通り「所有法則の転変」を中心に、第24章「いわゆる本源的蓄積」など、理論的展開の歴史的検証や例証のレベルを超えて、資本主義の生成、発展、消滅の歴史的展開を解こうとしている。そのイデオロギー表現が有名な「収奪者が収奪され」て「最後の鐘」を鳴らすことになる。『資本論』が純粋資本主義の抽象により資本主義経済の運動法則を論理的に説明する筈だったのに、ここで論理的・歴史的展開、つまり「歴史と論理の統一」を図った。そのためにイデオロギー的な作業仮設が独走し、ドグマ化してしまったのではないか?とくに所有法則の転変による「第7節 資本主義的蓄積の歴史的傾向」に集約されていますが、それについては項を改めて検討しましょう。

「論点」 周期的景気循環と純粋資本主義の抽象

 第7篇第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」では、上記の通り周期的恐慌を含む景気循環の必然性の基礎が明らかにされ、マルクス恐慌論としても極めて重要な理論的展開です。しかし、第7篇全体としては、景気循環の必然性の理論的展開よりも、むしろ資本主義の生成、発展、消滅の歴史的展開、とくに「所有法則の転変」による歴史的移行が強調されていた。また、資本主義経済の運動法則としての景気循環の自律的運動法則も、理論的な曖昧さを含む展開だった。その点で、『資本論』における資本主義の運動法則の解明と、歴史的展開・移行との方法的関連が、ここで改めて問い直さなければならないでしょう。
 『資本論』の課題は、すでに明らかな通り近代社会としての資本主義経済の運動法則の解明です。そして、運動法則を理論的に解明するためには、「顕微鏡も科学的試薬も用いるわけにはいかぬ。抽象力なるものがこの両者に代わらなければならぬ」とマルクスは述べ、しかも個人的な価値判断に基づく人為的な「理想型」(Idealtypus)ではなく、「過程の純粋な進行が確保される」「典型的な場所は今日までのところイギリスである。」ドイツなども、イギリスに続いて発展するとして、イギリス資本主義の運動によって法則解明が行われるとしています。資本主義経済の運動法則は、イギリスを中心とする歴史的現実から抽象される「純粋資本主義」になるわけです。
 このようなイギリス資本主義の歴史的発展は、さらに経済政策のイデオロギー面では、重商主義や帝国主義などの政策とは異なり、自由放任政策(laissez faire)の自由主義の時代を迎えていた。これは資本主義経済の発展を、「なすがままに任せる」いわば「政策なき政策」であり、資本主義の自律的発展を推進するものだった。そうした中で後進国ドイツやイギリスにも逆転の動きが強まってはいたものの、世界市場を中心に約10年周期の規則的な景気循環が、19世紀の20年代から20世紀にかけて実現したのです。こうした規則的な景気循環の発展こそ、純粋資本主義の歴史的・現実的な抽象そのものであり、そうした現実的・歴史的抽象による純粋資本主義の運動が、資本主義の運動法則の時間と空間を提供した。こうした歴史的・現実的抽象は、たんなる現実の「模写」ではない。抽象の方法をも反映する「方法の模写」に他ならない。マルクスも周期的景気循環の現実を重視して、『資本論』の「第2班の後書」(1873年1月)では、次のように述べています。
 「資本主義社会の矛盾に満ちた運動は、実際的なブルジョアにたいしては周期的な景気循環の移り変わりにおいて、最も切実に感じられている。近代産業は、この循環を経過するものであって、その頂点が恐慌である。恐慌はまだ先行の段階にあるが、再び進行を始めている。そして、その舞台の普遍化していることによって、並びにその作用の強化されていることによって、神聖なる新プロイセン的ドイツ国の成り上がり者どもにすら、弁証法をたたき込むであろう。」この「後書」きを、『資本論』初版から6年も経った、またフランス語版に対する改訂の作業の後、マルクスは書いた。資本主義経済の自律的運動法則、そして純粋資本主義の抽象の「舞台」が、他ならぬ「周期的な景気循環」により繰り広げられ、「弁証法をたたき込む」法則性を強調しているのです。ここで、『資本論』における純粋資本主義の抽象の意義を、周期的景気循環の自律性として強調して置きます。

「論点2」資本主義的人口法則と「経済原則」
 
 ここで資本蓄積論における周期的景気循環の必然性との関連で、資本主義的人口法則が解明されました。すでに明らかなとおり、労働力商品の特殊性により、可変資本の回転においては、労働力の再生産が単純流通を通して、個人的消費の過程で行われる。一方の労働力が資本に雇用され直接的生産過程で剰余価値を生産し、他方では可変資本の回転により個人的消費で労働力の再生産が行われる。ここに資本主義的な「経済循環」の経済原則と経済法則との関連が明らかにされます。そして、この労働力の再生産は、経済原則から言って、個人的消費の場である家庭・家族、そして経済循環も地域の共同体との関連で進められる。こうした関連は、さらに資本の蓄積過程における資本主義的人口法則との関連でも、さらに特有な相対的過剰人口の問題が提起されます。
 資本主義的人口法則は、すでに明らかなとおり資本蓄積の下で、資本構成の変化に対応して、個人的消費を通して再生産される労働市場の労働力の吸収と反発、そして賃金の上昇と低下、雇用の拡大と縮小として現れます。労働力の吸収が高まり、賃金が上昇し、雇用の拡大が進む、具体的には好況期には、労働力の再生産も拡大基調で進むでしょう。しかし、逆に、資本による労働力の反発が強まり、賃金が低下し、雇用の縮小する局面、具体的には景気後退の不況期には、資本にとっては相対的過剰人口の形成であり、「生産性革命」と「人づくり革命」かも知れませんが、相対的過剰人口の存在はどうなるのか?
 『資本論』では、上述のように不断の有機的構成高度化、それによる「産業予備軍の累進的生産」が強調され、そのため「相対的過剰人口の種々の存在形態」を述べています。景気循環で生ずる相対的過剰人口の他に「流動的、潜在的、および停滞的形態」を挙げていますが、その適否はともかく相対的過剰人口の存在と労働力再生産との関係は無視できない。労働力の再生産が「家庭」・「家族」として図られるとすれば、家族の中の何人かが資本に雇用され吸収されるが、景気が後退して資本が反発すれば、何人かが失業して戻ってくる。さらに家庭・家族が地域の共同体を構成するとすれば、そうした共同体が吸収・反発の調節弁・雇用調整のバッファーとなる。そうしたバッファーを利用して資本主義的人口法則も機能するし、その点にまた、労働力商品の特殊性に基づく資本蓄積の経済法則と経済原則の接点と緊張関係が指摘できるでしょう。
 このバッファーの機能ですが、資本による雇用が拡大し、家庭・家族の労働力が吸収される局面が進むと、賃金上昇と共に人手の不足が進む。とくに少子高齢化などの現実では、人手不足が深刻化し、「人づくり革命」なども提起されるのです。また、権力的に「生産性革命」も叫ばれます。本来なら、資本蓄積の法則性から生産性向上と相対的過剰人口の新たな創出を迎えるはずですが、それが進まない産業構造の硬直化でしょう。さらに20世紀資本主義の共通した政策スローガンとして、「福祉国家主義」とも言える「完全雇用」の政策が登場した。この福祉国家の政策が、労働市場では「不断の賃金上昇」、「慢性的人手不足」を招来し、経済原則の面でも「経済成長の限界」を招くのです。明らかに資本蓄積の歴史的限界とも言えますが、これ以上ここでは立ち入れません。

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by morristokenji | 2018-01-28 20:30
 ここで『資本論』第1巻に戻りますが、第2巻の「資本の流通過程」を前提することによって、とくに第7篇「資本の蓄積過程」について、改めて検討しなければならない論点が出てきます。そもそも第2巻による「補足」の必要性に気づきながら、おそらくマルクスは、第1巻の刊行を急いだのだろうと思います。そのため、論点の多くを一先ず棚上げにして、第1巻をまとめざるをえなかった。とくに「商品生産の所有法則の資本主義的領有法則への転換」を早期に提起したかった。その結果、「所有法則の転変」から、資本主義から社会主義への歴史的転換・移行を説くことにもなり、すでに多少触れましたが、社会主義論=ソーシャルエコノミー論としても、色々問題を持ち込むことになってしまったように思います。まず、その点から検討しましょう。

 第一に、第7篇を開いて、まず奇異に感ずるのは、すぐ「第21章 単純再生産」を始めずに、他の篇とは異なり「まえがき」のような長めのコメントがあることです。マルクスはここで「貨幣の資本への転化」を述べ、資本の循環について「資本の流通」に触れ、資本蓄積の第一の条件として「資本はその流通過程を正常な仕方で通過することが前提される。この過程のさらに詳細な分析は、第二巻で行われる」と述べているのです。つまり、資本の蓄積過程の分析のためには、第二巻の「資本の流通過程」による「補足」、というより「前提」が必要である点が指摘されているのです。とすれば、資本の蓄積過程の前に、「資本の流通過程」を置くことをマルクスも考えていた。しかし、第一巻を急いでまとめることにした、そこで第二巻は後回しになった、ということかと思います。さらに第三巻では、利潤、利子、地代の分配範疇を述べることも指摘し、そのため資本蓄積を「抽象的に、すなわち単なる直接的生産過程の要因として、考察する」と断っています。したがって、資本の蓄積過程の分析には、資本の流通過程、例えば上記の固定資本の回転の特殊性などを、十分考慮して読み取るべきでしょう。

 第二に、単純再生産と拡大再生産は、「経済原則」の説明にとって必要な内容ですが、資本蓄積は「剰余価値の資本への転化」として、拡大再生産が「経済法則」として実現される過程です。その際、「第22章 剰余価値の資本への転化」として「第1節 拡大された規模における資本主義的生産過程。商品生産の所有法則の資本主義的領有法則への転換」が説かれています。ここで、わざわざマルクスは「商品生産の所有法則」を持ち出し、「最初われわれにたいして所有権は、自己の労働に基づくものとして現れた。少なくとも、この過程が妥当でなければならなかった、というのは、同権の商品所有者のみが対立するのであり、他人の商品を獲得する手段は、自己の商品の譲渡のみであり、そして自己の商品は、ただ労働によってのみ作り出されうるものだからである。」(1巻732頁)言うまでもなく初期マルクス以来の「唯物史観」における「私的所有と疎外された労働」の関係であり、また「単純商品生産社会」の想定であって、私的「所有権」の基礎づけに「自己の労働」を持ち出している。こうしたマルクスの「想定」が、所有法則の転変による歴史的移行についての「第24章 いわゆる本源的蓄積」、とくに「第7節 資本主義的蓄積の歴史的傾向」の布石になっている。しかし社会主義論を含めて、ここから様々な疑問が生じてきます。とりわけ所有論的な中央集権型の上からの計画経済のソ連型モデルも、こうした所有法則の転変に起因しているように思われます。

 第三に、「第23章 資本主義的蓄積の一般的法則」では、資本蓄積と「相対的過剰人口」の存在形態など、資本主義的人口法則が説かれます。内容的には、後に検討するとして、このように資本蓄積について「一般的法則」を説き、純粋資本主義における景気循環の基礎を明らかにした上で、さらに「第24章 いわゆる本源的蓄積」が置かれ、しかも所有法則の転変として、資本主義の歴史的生成、発展、消滅が説かれます。しかし『資本論』では、剰余価値論はじめ、他の先行諸篇では、歴史的資料は沢山使っていますが、資本主義社会の歴史的生成、発展、消滅そのものを法則的に展開してはいない。とくに「所有法則の転変」としては、上記の通り「単純商品生産社会」の想定は、A・スミスの初期未開の社会など、労働を「本源的購買貨幣」とする流通主義のイデオロギーに過ぎない説明だった。さらに、資本主義の歴史的生成過程としては、マルクス自身「いわゆる本源的蓄積」の過程を説いている。本源的蓄積と所有法則の転変の両者を、いかなる関連にあると考えているのか?さらに、社会変革のための組織的運動を抜きに、性急に資本主義の「消滅」を単にイデオロギー的に主張するだけではないのか、余りにも性急に「最後の鐘」を打ちすぎているのではないか等、ここで様々な疑問が出てきます。「最後の鐘」を鳴らすのは『資本論』ではない、各国の資本主義の現状分析や世界経済の関連から、多様な形で組織的運動が形成され、そうした組織の主体的運動の成果として鐘が鳴るのでしょう。

 第7篇は、内容的に純粋資本主義の運動法則としては、余りにも多岐、多様にわたりすぎている。『資本論』第一巻の最後の締めくくりとして、単に純粋資本主義の運動法則にとどまらず、資本主義の歴史的生成、発展、消滅まで説き、資本主義の「最後の鐘」を鳴らそうとしたのでしょうが、それは単なるイデオロギー的主張にとどまった、と言えるように思います。恐らくマルクスも、それに気づいていた。だから、「パリ・コミューン」の後の1872年―75年にかけて、自身で改訂に手を入れた『資本論』仏語版(分冊版)では、部分的改定のために手を入れただけではなかった。資本主義の歴史的生成、発展、消滅にかかわる部分、つまり第24章「いわゆる本源的蓄積」の部分を第23章までと区分し、それを切り離して第8篇にしたのです。第23章の「資本主義的蓄積の一般的法則」の論理と、第24章以下の歴史過程の部分を編別構成上は峻別しようと考えたのではないか。「論理と歴史」、「科学とイデオロギー」、「理論と実践」の関係について、マルクス自身の内在的な問題提起だったと思います。

 「論点」「論理と歴史」の統一のドグマ
 ヘーゲルの弁証法との関連でしょうが、いわゆるマルクス・レーニン主義では、①論理と歴史、そして②科学とイデオロギー、③理論と実践について、3者を統一しなければならないというドグマが支配してきました。とくに『資本論』については、「論理と歴史」の統一のドグマの支配が問題です。上記のように『資本論』第1巻第7篇については、仏語版の篇別構成の変更など、「資本の資本蓄積・再生産過程」の論理的展開と「資本の原始的蓄積過程」「所有法則の転変」の歴史的の関連を、方法的にどのように関連付けるか、重要な問題が提起されています。ここに『資本論』の歴史と論理の方法が集約されていると言えます。

 『資本論』は、すでに繰り返し述べているように近代社会である資本主義の運動法則を解明しますが、それは純粋資本主義の抽象によって明らかにされます。だから冒頭商品も、古典派経済学のように労働生産物に限定されないし、また資本の生産物の限定も必要ない。労働市場で取引きされる労働力商品も、不動産市場の土地・自然も、商品経済的富である。そして、流通形態として全面的交換可能性を持つ商品として価値形態が与えられ、貨幣が理論的に必然化した。しかしマルクスは、古典派経済学を批判し、価値形態を明らかにしながら、冒頭商品を労働生産物に還元し、労働価値説を論証した。その上で、『資本論』第1篇、第2章「交換過程」論では、わざわざ商品所有者を登場させ、ここで「自己に労働」に基づく「私的所有」権を設定した。初期マルクス・エンゲルス以来の唯物史観のテーゼであり、商品生産の所有法則とともに、単純商品生産社会を想定することになってしまったのです。
 マルクスは、『経済学批判』では商品論、貨幣論までで挫折しましたが、『資本論』では価値形態を前提にして、商品・貨幣、そして資本を、流通形態としてG-W-G'を一般的定式とするのに成功した。しかし、冒頭の等労働量交換の労働価値説は、単純商品生産の前提からも、「労働力の商品化」を論理的に説くことが出来ない。そこでマルクスは、Hic Rhodus,hic salta!(ここがロドスだ、さあ跳べ!)と自ら叫び、「命がけの飛躍」によって、労働力の商品化を導くことになった。「命がけの飛躍」により、神学上の「原罪」である「いわゆる本源的蓄積」を第1巻の巻末に追いやった上での労働力の商品化であり、産業資本の剰余価値生産の展開だった。その上で、第2巻「資本の流通過程」の位置づけに配慮しながらも、資本蓄積・再生産過程を理論的に展開しようとした。第7篇「資本の蓄積過程」の展開である。
 しかし、「いわゆる本源的蓄積」は、巻末の第24章に追いやられたものの、上記のように第22章では、「剰余価値の資本への転化」を説き、第1節では「商品生産の所有法則の資本主義的領有法則」への転変を提起しているのである。ここでは「自己の労働」に基づく「私的所有」を説き、歴史的単純商品生産社会から、資本主義的領有の近代社会、そしてポスト近代の社会主義への歴史的転換を説く枠組みを提起している。こうした枠組みの中へ純粋資本主義から抽象される資本の蓄積・再生産過程の運動法則も組み込まれてしまっている。その上で、第24章の最後で第7節「資本主義的蓄積の歴史的傾向」が説かれる。ここでの歴史的傾向は正しく「所有法則の転変」であり、純粋資本主義の運動法則は、資本主義の歴史的転換・移行の法則の中に組み込まれたともいえるだろう。

 このように『資本論』第1巻の展開は、序文や後書きに純粋資本主義の抽象による資本主義の経済法則の展開をうたいながら、一方の純粋な論理的展開の方法的見地は、他方の「単純商品生産史観」ともいえる初期マルクスの唯物史観の作業仮設に過ぎない歴史的転化の枠組みに大きく制約されている。まさに論理的展開と歴史的転化・移行の体系的ともいえる混濁であり、論理と歴史の混淆ではないか?そして、「所有法則の転変」は、単なり混濁だけではなく、「科学とイデオロギー」「理論と実践」の統一のドグマとも重なり合いながら、マルクス・レーニン主義の誤謬を招来してしまった点はさらに後述したいと思います。

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by morristokenji | 2018-01-02 15:43
 資本の流通過程は、資本の一般的形式G-W-G'に基づき循環し、回転します。そこでも、生産と消費を繋ぐに当たり、労働力商品の特殊性が、経済原則の面から、可変資本の回転に制約を課しました。それだけではない。さらに、不変資本の投資の中にも、原材料のように一回の生産過程で全部的に価値移転して製品化するもの、それを流動資本とします。それに反し、機械設備への投資などは、部分的に価値移転するだけで、回収が長期化するので固定資本です。A・スミス以来、流動資本と固定資本の区別が行われてきました。『資本論』でも、その資本分類を継承していますが、マルクスは流通過程と生産過程の区別を厳密にして、その上で生産資本ついて、まず固定資本は、機械などに投資された資本で、部分的にしか価値移転されず、投資の回収が長期化します。他方、全部的に価値移転が行われ、一挙に全部的に回収できる流動資本は、固定資本より投資効率が良いのは当然です。その点、固定資本により回転期間の面で大きな制約を受ける。
 資本の直接的生産過程では、すでに説明したとおり雇用した労働力の使用価値である労働を強化する絶対的剰余価値生産、しかし労働強化には制約があった。1日は24時間だし、労働力は人間の能力であって、家畜同然の奴隷ではない。使い捨てではなく、労働力の再生産を保障して、その意味で人権を認めなければならない。それに対して、労働者が資本から必要労働を、その生活手段として買い戻すに当たり、その消費財の生産性を向上し、その価値を切り下げれば、間接的ながら必要労働による労働力の価値切り下げになる。労働強化による直接的な剰余価値生産が絶対的剰余価値生産、それに対し生産性の向上による間接的な剰余価値生産を、相対的剰余価値生産と呼びました。資本にとっては、絶対的剰余価値生産に色々制約があるため、むしろ相対的剰余価値生産がより重要であり、生産性向上が不可欠になります。
 
 『資本論』において、純粋資本主義として抽象されるのは、これもまた労働力の商品化に対応しますが、生産力水準としては機械制大工業です。協業や分業の拡大とともに、機械制大工業の工場制度が、生産過程の「組織者」になり、資本主義的生産が確立した。労働者は、工場制度の組織の中に組み込まれ、チャップリンの喜劇「モダンタイムス」のようになり、労働の生産性も機械の生産性となって、生産性向上が推進される。資本は、不断に生産性向上を求めますが、しかし固定資本の存在は、不断の生産性向上を許さない。なぜなら、固定資本に投資された資本は、流動資本と異なり、一挙に全部的に価値移転できずに、部分的に価値移転して、少しづつ償却されるからです。償却された部分は、部分的に貨幣化されますが、それも償却資金として積み立てて置かねばならない。償却の期間が来た時に、初めて新たな機械とともに技術革新と生産性向上が実現するのです。
 その点で、すでに述べましたが、政府が上から「生産性革命」を叫び、「人づくり革命」を目指しても、固定資本の償却を無視して、機械の更新はできない。機械制大工業は、巨大化する固定設備により相対的剰余価値生産を進める以上、固定資本の償却が進み、その更新に合致させて技術革新を行わざるを得ない。不断の技術革新や不断の生産性向上は無理な話です。それに技術革新は、企業自身よりも、外部の研究機関などの研究開発で進むケースも多い。したがって、企業の固定資本の更新時に上手く技術革新が合致するとは限らない。その点でも生産性革命が不断に進み、相対的剰余価値生産が不断に推進されるわけではない。資本の流通過程も、固定資本の回転の面で、機械設備の償却という「経済原則」からの強い制約を免れないのです。最近では「生産性向上」が実体経済面の固定資本投資を避けて、どうしても流通や金融面の情報化など、ソフト化に集中する傾向が生まれるのでしょう。

 こうした固定資本の償却そのものについては、『資本論』で特に説明がありませんが、非資本主義的な「社会的生産」ソーシャルエコノミーの例を挙げ、「社会的生産の基礎上では、比較的長期間にわたり、その期間中は有用効果としての生産物を供給することなしに労働力と生産手段を引き上げるこれらの作業が、一年中連続的にか、また数回にわたり、労働力と生産手段を引き上げるだけでなく、生活手段と生産手段を供給もする諸生産部門を害することなしに遂行できる基準が決定されねばならない。」と述べ、こうした経済原則が貨幣資本との関連で「貨幣資本は社会的生産においては無くなる。社会が労働力と生産手段とを種々の事業部門に分配する。生産者はたとえば指定券を受け取って、それと引き換えに、社会的消費用備蓄の中から、彼らの労働時間に相応する量を引き出すことになってもよい。この指定券は貨幣ではないし、流通しない。」(2巻、423頁)
 ここでは貨幣資本と貨幣について興味深い問題提起がありますが、それはともかく資本主義経済を超えた「社会的生産」ソーシャルエコノミーでも、固定設備の更新のために「指定券」を準備し、それに相当する更新のための新たな固定設備に一定の労働や生活手段、生産手段を充当して準備しなければならない点を指摘している。上述の労働力商品の特殊性に基づく可変資本の回転とともに、固定資本の特殊性に伴う回転と経済原則の緊張関係がここでも重要です。こうした重要性を無視して「生産性革命」や「人づくり革命」を政府が強調しても、資本主義の法則性や「社会的生産」の原則を無視した強権主義のファッショ的支配に行き着くだけだろうと思います。

 「論点」固定資本の償却・更新と技術革新
 旧ソ連の「社会的生産」の下で、固定設備の償却や更新、さらに関連した施設の整備などが看過され、結果的にチェルノブイリ原発事故などを招いたことが、ソ連崩壊の大きな原因にも繋がったように思われます。 ソ連をはじめ旧東欧諸国では、固定設備の償却・更新が無視され、老朽設備を使い続け、環境汚染などが深刻になっていた。しかし、社会主義の下で「環境汚染などありえない」といった神話が支配していた。「レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所」事故を引き起こした生産力主義の神話でしょう。レーニンの「共産主義は労兵ソヴィェトと全国の電化である」といった教条が、ソ連自己崩壊の原因と見るわけです。
 しかしマルクス『資本論』では、上述の通り特に第2巻「資本の流通過程」では、前項の「可変資本の回転」でもそうですが、資本主義経済を超えた「社会的生産」の下でも、固定資本の償却や更新の特殊性について、いろいろ示唆に富んだ指摘があった。「経済原則」と「経済法則」の緊張関係に触れ、マルクスが「社会的生産」についても、特別に配慮していたことが分かります。にもかかわらず旧ソ連や東欧など、固定資本の償却を無視した工場公害による環境破壊が、眼を覆うばかりの惨状を呈していた。またチェルノブイリの原発事故を引き起こし、自壊に近い形でソ連型社会主義体制が崩壊したのはなぜか?ここで考えてみる必要があるでしょう。
 まず考えられる点は、確かに『資本論』第2巻では、資本の循環・回転を論じ、固定資本について、その償却や更新の特殊性を詳細に論じていました。ポスト資本主義の「社会的生産」の下での特別の配慮も指摘していました。しかし、それは第2巻の話で、マルクスはそれを原稿のままエンゲルスに預けて、第1巻の刊行を急いだ。すでにみたように、第2巻の「補足」が必要であることを示唆しながら、しかしマルクスは第1巻の第7篇では資本蓄積・再生産過程を論じたのです。とくに固定資本の循環・回転による資本蓄積・再生産過程の制約については、第2巻の「補足」が不可欠だったが、それが欠落したまま第1巻は執筆され刊行されたのです。そのために固定資本の回転の特殊性を無視し、不断の「生産性向上」や生産力主義のドグマによって、資本蓄積に伴う「貧困の蓄積」だけが誇大に主張され、悪名高い「窮乏化革命論」のイデオロギーが前面に出てしまったのです。
 そこで次に第1巻第7篇の資本蓄積・再生産過程論を先取りしますが、そこでは資本の有機的構成を提起し①構成不変の蓄積と②構成高度化の蓄積の2つの様式を挙げ、①と②の循環的交代の資本蓄積を論じて、後述しますが景気循環の必然性にも触れていた。周期的恐慌の必然性もまた、そこから提起されるのですが、マルクスの説明は必ずしも明確ではない。その最大の理由は、他でもない固定資本の循環・回転が欠落しているため、①の蓄積・再生産の必然性が十分説かれずに、②の構成高度化の蓄積が不断に進み、相対的過剰人口も不断に増加させる。つまり、固定資本の償却や更新についての制約が無視され、欠落したまま技術革新や設備更新がすすめられる。ここで不断の相対的過剰人口が累積されて失業が増大すれば、資本蓄積は「貧困の蓄積」であり、窮乏化の進行と革命です。
 もう一つ、『資本論』第1巻7篇は、資本蓄積・再生産過程を論じながら、全体的に「所有法則」を基礎に、初期マルクス・エンゲルス以来の「所有法則の転変」で「最後の鐘」を鳴らそうとした。その結果が上記「窮乏化革命論」のイデオロギー的主張でしょうが、こうしたイデオロギー的主張が、『資本論』第2巻による理論的「補足」、とくに固定資本の循環・回転に伴う経済原則と経済法則の緊張に伴う歯止めを無視してしまう。第1巻の刊行を急いだマルクスの心情は分かりますが、純粋資本主義の抽象による『資本論』の科学の意義を十分踏まえておく必要があるでしょう。そのため「経済原則」と「経済法則」の関連、とくに固定資本の回転と技術革新についても、ここで指摘して置くべき重要な論点だと思います。
 

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by morristokenji | 2017-12-31 16:09